第42話 報告

 翌日、疫病の原因の解明は完了したので、息抜きにご主人とマクスウェル劇団の新作を見に行くことになった。


 題目は魔神戦争時の英雄たち。

 『熊』ベアの名を持つ冒険者たちは神々の加護を受けて世界樹を登り、破戒神と共に魔王攻略の手助けをしたのだとか。

 この頃の記録は世界樹倒壊の煽りを受けて、凄く曖昧な物ばかりだ。正確な事実を知っている者はすでにいない。

 いや、長寿なエルフ達なら当時も生きていた者がいるだろうけど、引き篭り体質な彼らは当時も森から出てこなかったという話だし、正確な事実を知るものは居ないだろう。

 なので劇にする場合、当時を想像しながら脚本家が適当な解釈を加えるのが今の主流になっている。今回の劇も大胆な解釈が売りだとか。


 もっとも今回の劇、見所は脚本云々ではないのだ。

 舞台という空間で迷宮を表現する立体感。そこを縦横無尽に跳ね回るアクション。

 いずれも斬新を飛び越えて無茶としか言いようのない物だけど、そのド派手な演出が市井の支持を受けているらしい。


 主演俳優が崖から飛び降りる。

 斥候役が壁を蹴り、敵を飛び越えて背後に回る。

 魔王がバク転をしながら、攻撃を躱す。


「スゴイ、まるでわたしみたい!」

「エイルは軽業のギフトも持ってるからね。よく戦闘中にあんな動きが出来ると思うよ、いつも」


 興奮して握り拳を作るわたしと、冷静に品評するご主人。

 もう少し、興奮して見てあげてもいいんじゃないかな?


「あ、あの魔王の手下、大道具のモトさんだよ」

「え? あ、本当だ……あれ、水の聖女様の名前、ご主人と同じ?」

「あー、ウチのご先祖って話があるからね。どうにも眉唾だけど。それを言ったらエイルだって破戒神様の子孫なんだろ?」

「それだって、イーグが言ってるだけだもの。信憑性は無いよ」

「でもひょっとして、エイルのご先祖様と僕のご先祖様は同じパーティを組んでたかもしれないんだよね。それはなんだか……うん、悪くないね」

「そう、かな?」

「そうだよ」


 貴族がよく見る歌劇なんかは静かに見ないと行けないんだけど、こう言った市井でやる劇は公演中に私語をしても咎められることは無い。

 わたしたちは偶然にも、先祖が魔神戦争の主要人物に連なっているという与太話を経歴に持つので、公演中も話題は尽きなかった。

 劇はおおむね好評で、公演が終わって帰る人たちの表情は、皆興奮した面持ちをしていた。

 一部、嗜好に会わない人がいたらしく――


「ないわー、ユーリがあんなグラマーだとか、絶対ないわー」

「なに、失礼な言ってんです! 胸とか有りますよ、ちゃんと! ほら! ほら!」


 とか、破戒神役のカーラさんを批判してる人も若干名……あれ、イーグ?


 なんだか少年と一緒にイーグがいたような気がするけど、きっと気のせい。

 彼女は『今日は屋台の食べ歩きに行くから!』と、早朝から飛び出していったから、こんなところにいるはずが無い。

 いや、彼女もひょっとして男の子を引っ掛けて遊んでいるのかも知れない……って、やっぱりありえないな。きっとわたしの見間違えだろう。


 似たような誰かのことはスッパリ忘れて、挨拶をするために楽屋に特別に寄らせて貰う。

 訪れたわたしたちを見て、劇団の人たちは歓迎してくれた。


「よう、どうだった? 俺のアクション!」

「きゃー、エイルちゃん来てくれたの? こっち来て、ほら」

「ついに我が劇団に入団してくれる気になったか!」

「なりません」

「彼女を勧誘しないでください。ボクが困りますから」

「チクショウ、相変わらず見せ付けてくれるな、このガキぃ!」


 わたしにアクション指南を受けに来る主演さん。抱きつこうとするカーラさん。速攻で勧誘するモーガン団長に否定するわたし、そしてわたしを渡すまいと胸に抱きこむご主人に、それを見てエキサイトする他の団員たち。

 うん、ここは変わってない。その事実に少し安心した。


「まぁ、様式美という奴だな。それでどうだったかね? 私的には結構な自信作なんだがね」

「ええ、凄かったですよ。劇と言うと左右の動きが主体なのに、前後はもちろん上下にもあんなに激しい動きをするなんて」

「舞台でしゃがんで動くのが新鮮だった」


 劇と言うとやはり遠くからは見難くなりがちだ。だから基本的に立った状態での立ち回りが多い。

 なのに今回の劇は、高い場所に足場を作り、そこでしゃがんだり跳ねたりというアクションを見せた。これは凄く斬新だと思う。


「そうかそうか! よし、このアクションはイケるぞ。この調子で次の作品も……」

「団長、勘弁してください! この動きが出来るようになるのに、どれだけ掛かったと思ってるんです!?」


 変な方向性に創作意欲を発揮する団長を、団員が諌める。あれだけ跳ねたり飛んだりしたら、体力の消耗も凄いはずだし、しかたない。

 彼らには諦めの境地に達してもらおう。ご愁傷様。



 その後、テラスで軽く昼食を摂ってから、エルフの村に出発することにした。

 テーブルの上には例によって、わたしが三人前、ご主人が一人前のセット。

 ご主人は軽めのホットサンドとスープにサラダ。わたしはスープの付いたパスタセットとミートドリアと鶏肉のグリル。それにデザートのクッキーも追加する。

 わたしの前に並んだ料理の量に、他の客は興味深げな視線を送って来るけど、今は無視。美味しい物を前にして、余計なことを考えるのは料理に対する冒涜だ。


「しかし……いつ見てもよく食べるね?」


 モリモリと料理を口に運ぶわたしを見て、ご主人が呆れたような言葉を漏らす。

 家での料理はご主人が作っているので、わたしの食べる量なんて先刻承知のはずだ。

 ただ、イーグと言うもう一人の大食漢がいる都合上、最近は大皿から取り分ける料理ばかりを作っている。

 なので個人の量を一目で見れる食事と言うのは、実は久し振りなのかもしれない。


「わたしは燃費悪いから」

「動きが鈍らない程度なら、別にいいけどね。ほら、口元」


 わたしの口元に付いたドリアの米粒を、ご主人が摘み取る。わたしはその指先をぱくりと咥え、米粒を咀嚼した。


「うわっ、コラ! 普通人の指をしゃぶるか?」

「もったいない」

「キミはもっと恥じらいを持つべきだな」

「どうせリムル様だしー」

「イーグみたいな喋り方して誤魔化すな。それと『どうせ』ってなんだ、失礼な」

「これくらいじゃ怒らないって知ってるもの」

「ぐぬぅ、見透かしたようなことを……」


 怒った振りはしているけど、結局注意だけで済ましてくれた。

 つい勢いで舐めちゃったけど、ちょっと無作法だったのは確かだから、今後は注意しよう。


 食事が終わる頃には、なぜかテラス全体がほっこりした雰囲気に包まれていた。



 昼過ぎには村へ出発する。今回は荷物が無いのでイーグは留守番をしてもらった。

 彼女も、毒素の混じった湯気が漂うあの村には、あまり近付きたくないらしい。戦闘になる危険も少なそうだし、特に問題は無いだろう。


 出発時刻がいつもより遅いので、時間短縮にご主人を抱えて空を飛んで行く事にした。

 目立つといけないのであまり高度は取れないけど、高速で木々の梢を掠めるように飛ぶのをご主人はいたく気に入ったようだった。


「意外。怖がるかと思ったのに」

「エイルがボクを落っことすはずが無いからね。そうとわかってれば、ちょっとしたスリルだよ。逆に気持ちがいい」

「アミーさんは怖がったのに」

「こういうのは男の方が平気なのかもしれないね」

「今度機会があったら、とびっきりアクロバティックな飛行してやるもん」

「楽しそうだね。期待してるよ」


 余裕ぶったご主人を抱えたまま、エルフの村まで辿り着いた。

 彼らはわたしの姿も見ているので、飛べるのは知っているはずだから、直接村の中に降りる。

 突然舞い降りてきたわたし達に呆然とする村人を置いて、村長宅へ押しかけた。



「ほう、リグニア石が混じった湯気とな?」

「ええ、坑道内から持ち帰った水を煮詰めて水分を飛ばしたところ、これが出てきました」


 報告を受け、長老は長く伸びた顎鬚あごひげしごく。

 ご主人が取り出したのはリグニア石の粒が入った小瓶。長老はこれを受け取り、しげしげと眺めてから問い返す。


「原因はわかった。空気中の湯気に有毒な物質が混じっているとなれば、坑道は閉鎖するしかない、か」

「そうですね……坑道内の土に含まれるリグニア石が問題な訳ですし、あの水脈を何とかすれば……魔術で何とかできませんか?」


 イカサマに使われたとは言え、あの坑道から採れるリグニア石は魔術師としては貴重な資源だ。

 できるなら、今後も活用しておきたいのだろう。


「水脈そのものに干渉するような大魔術は、さすがに知らんのぅ」

「エルフには独自の魔術体系を持つものもある、と聞きましたが?」


 あ、そうか。妙にご主人がエルフに協力的だと思ったら……目当てはそっちか。


「そういうモノも、確かに有るが……余所者には教えられんよ、さすがにな」

「ふむ、では水脈を何とかできれば……どうです?」

「なに?」

「ボクらが坑道の水脈を抑えることができれば、その『独自技術』とやらをご教授願えませんか?」


 なんだろう、別に私たちの居ない所でどうにかすればいいだけの話なのに、ご主人に魔術を教える流れになってきてる?


「ふむ、面白いことを……だが、そうだな。いいだろう、我らとしても水脈を操作する技には興味がある」

「よし、言質は取りましたよ?」

「ただし後払いじゃぞ? きちんとあの坑道から水脈を除外して、リグニア石を再び採取できる様になったらの話じゃ」

「ええ、もちろんそれで構いませんよ」


 えー、なんだか長老とご主人が悪役領主と悪徳商人の密談風景みたいになってる。

 もう黒いオーラとか透けて見えそう。


「それじゃエイル、早速行こうか」

「あ、え……はい?」


 意気揚々と長老宅を出るご主人を、わたしは慌てて追いかけることになった。



 長老の家を出たご主人に、わたしは問いかける。

 水脈を退かせるとか、そんな魔術はわたしは知らない。


「リムル様、何か手段あるの?」

「無くは無い、かな。ほらよく聞くでしょ? 『井戸を掘ったら別の場所の井戸が枯れた』って」

「それが?」

「温泉地にもそう言う話は結構有ってね。いろいろ要因はあるんだろうけど、水脈の上流で温泉を掘れば、あの鉱山に流れ込む量は減る訳じゃない? だから掘削をして見ようと思ってね」

「…………それ、誰が掘るの?」

「もちろん、エイル」


 だと思った!

 だけど土を掘るのは異空庫に向いていない。となると結局力技で掘っていくしかない。

 汗まみれの泥まみれになるのかと思うと、気が滅入ってくる。


「安心して、ここには人目が無いんだから」

「ん?」

「イーグのブレス、異空庫に何発残ってる?」

「……あ」


 そう言えば地下室を掘る時にも使うって言ってたっけ。

 これはいい予行練習になるかもしれない。


「確か、十発ほど入ってるよ」

「全力でどれくらい掘れるか試してみよう。無理だったら力技しかないけど、その時はイーグを連れて掘ればいいだけじゃない? 彼女も温泉を掘るって言ったら拒否しないでしょ」


 そりゃ、風呂好きのあの子に『温泉掘るぞ』って言ったら、全力で手伝ってくれるに違いない。

 しかも一つで水脈が枯れなければ。複数掘ればいい訳で……つまりこの取引、失敗しようが無いってこと?


「リムル様……なんか、ずるい」

「そんなことないさ」


 気楽に答え、ご主人は鼻歌混じりに先を進んでいった。

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