第43話 採掘
まず温泉を採掘するとなると、この地域に詳しい人が必要になる。
ハウメアさんが真っ先に候補に上がったけど、彼女は依頼を受けて、今は村を離れているそうだ。
なのでコールさんを呼び出して、水脈の流れを説明してもらう事になった。
「確かに井戸でそういった事例が有るのはよくある事だが……また大規模だな」
「井戸も温泉も変わりませんよ。地面の下から水が湧き出す現象という点では」
「それにしても二人でそれほど大規模な掘削が出来るのか?」
「今日はまず場所の特定だけです。掘る方法は……いずれ、追々に」
採掘方法が異空庫からドラゴンブレスを取り出すことなので、コールさんにはとても見せられない。
ご主人と二人で、こっそり掘る事になると思う。
「……まぁ、森を荒さんのなら別に構わんけどな」
さすがに不審な態度に思われたようだけど、適当に流してくれた。こういうところは義理堅い人だと思う。
「坑道の方はどうなります?」
「落ち着くまでは、リグニア石採掘の依頼は取り下げだな。あそこの採掘権を持つのが村だから、多少収益に影響が出るが……毒沼の湧く坑道と言う噂を広げられるよりは良いだろう」
「では、表沙汰になる前に対処しておきたいですね」
「そうしてくれると、助かる」
その後、コールさんの案内で森の北側へ回りこむ。
「この辺の水源は北側から流れ込んでいるから、この辺りが水源の直上になるはずだが」
「こればかりは掘ってみないことにはわかりませんね」
「そうだな。まず井戸でも掘ってみるか?」
「いえ、ここだと少し環境が良くないです。もっと開けた所はありませんか?」
「開けた所?」
多分ご主人はブレスの影響で薙ぎ倒される木々を憂慮しているのだと思う。
エルフたちは森を大切に思っているらしいので、なるべく被害の少ない場所を選ぼうとしているのだろう。
「ええ、温泉を掘削するとなると、お湯の成分などで森の木々が枯れたりすることがあると聞きます。周囲の開けた場所の方がいいでしょう」
「なるほど、配慮感謝する。そうなると向こうの方かな」
コールさんが指示したのは少し東にずれた場所で、木は繁っておらず草原の様になっていた。
この場所なら森に被害を出すことも無いだろう。草原の草花に被害は出るだろうけど。
「ここなら大丈夫そうですね。それじゃ試掘してみましょう……エイル?」
「やっぱりわたしが掘るんだね?」
「ボクは頭脳労働者だから」
「またそういう事を。怠け者なリムル様は嫌い」
「うっ……し、仕方ないな。ボクも掘るからさっさと済ませよう」
「仲が良くて結構なことだが、子供二人に労働させて、俺が見物というわけには行かん」
いや、正直居ない方が早いので帰ってください。
そうは思っても善意の申し出を断ることもできず、結局は日暮れ近くまで人力で掘り進めることになった。
夕方、十メートル近くは掘り進んだだろうか。
穴掘りにもっとも労力を
この運び出す作業を、もっとも力の強いわたしが担当し、コールさんとご主人が穴の底で掘り進めると言う役割分担で、順調に掘削は進んでいた。
「なんだか、土が湿ってきました?」
「ああ、それに蒸し暑い……源泉が近いかもな」
「いきなりドバッと噴き出したりしませんよね? かなりの温度でしたよ、あそこのお湯」
「そんな作り話みたいな湧出はあまり聞いたことが無いな。大丈夫だろう」
実際よほど地下の圧力が無いと間欠泉のような噴出は起こらないらしい。
それでも万が一という事を考えたら、それもあり得る。
「リムル様、穴掘り、わたしが代わる」
「エイルは土運びがあるだろ」
「ここまでぬかるんできてるなら、もうそれほど掘らなくてもいいはず。わたしなら熱にも強いから、源泉が噴出しても大丈夫」
「そうか。でも……」
「それに土を運び出さないなら、わたしが掘る方が早い」
「それは確かに。じゃあお願いできる?」
「がってんしょーち」
ご主人達をロープで引っ張り上げてから、ご主人がわたしに耐熱の魔術をかけてくれる。
これで多少の熱なら火傷すら負わないはず。ならば手っ取り早く――
「とりゃあぁぁぁぁぁ!」
「ちょ、エイル!?」
わたしはおもむろに、穴底に向かって、ダイナミックな飛び蹴りを放った。
ゴボンと右足がド派手に沈み込む感触。
その向こう側は驚くほど手応え(?)が無く、どうやら掘り抜けたことが判る。
続いてゴボボボボッという不穏な音。なんだかマズイ気配がするので慌てて足を抜こうとすると、右足が抜ける前に踏ん張った左足が沈み込んだ。
「あっ、ちょ……マズッ!?」
一瞬の躊躇。
その短い時間に、音は振動を伴って鳴動を始め……ゴバッとばかりに温泉が噴出した。
「ああああぁぁぁぁぁぁっづうぅぅぅぅぅぅ!?」
間欠泉顔負けの勢いで噴き出した源泉にわたしも一緒くたに弾き飛ばされた。
もちろん全身火傷しそうなほどのお湯を浴びて。
幸い前もって【耐熱】を掛けて貰っていたので、火傷は負わなかったけど、熱いものは熱い。
「あづいあづいあづい……!」
「……バカな事をするから」
地面に転がり、水揚げされた魚の様にビチビチと悶えるわたしに、ご主人が冷たい言葉を掛ける。
ご主人はちゃっかりローブを頭の上に翳して、降りかかるお湯を避けていた。
コールさんは距離をとってこっちを見ている。心成しかその視線が冷たい。しょーがなかったんや!
呆れ顔のご主人が氷結の魔術で冷やしたお湯をわたしに掛けてくれる。
火傷はしなかったけど肌が真っ赤になってて、見てて痛々しい。
後、ずぶ濡れ。当然だけど。
「予想以上に地圧の高い場所だったみたいだね。この調子なら坑道の温泉も出なくなるんじゃない?」
「かもしれん、がそれはしばらく様子を見てからになるだろうな」
「すぐに結果の出る物でも無いですしね。それじゃあエイルが着替えたら帰ります。ボクたちは直接帰るので……コールさん代わりに報告しておいてください」
「まぁ、都合の悪いことでは無いから構わんが、いいのか?」
「今日はもう遅いですし……今から長老に報告に行くと、逆に迷惑になるかもしれません。明日の朝に改めて報告に行きますので」
「確かにもう日が暮れてきているからな。時折忘れるのだが、お前たちはまだ子供だし、夜歩きは危険か」
「まぁ、それもありますけどね。エイルもこうびしょ濡れだと……」
「リムル様、わたし濡れたままでも構わないよ?」
むしろ着替えたくない。熱湯を頭からかぶったので、濡れた服の冷たさが心地いい。
「濡れたままだと風邪引くよ。それに……いろいろと――」
「ん、なに?」
最後の方がよく聞こえなかった。
ご主人はに居心地悪そうにしている。
「いろいろ……貼り付いて危ないから」
「んぅ?」
「服とか! 濡れて貼り付いてるだろ。ちゃんと着替えてくれよ!」
「ああ、そっか」
つまりご主人はわたしの『みわくのボディライン』に悩殺された訳だ?
「んふふ、ついにリムル様もわたしの魅力に気付いた?」
「いや、もう少し肉は欲しい」
「――この! コールさん、リムル様がヒドイ」
「ああ、確かにもう少し肉付きがいい方が健康的だな。エルフ族もあまり良い方では無いが、それより細いんじゃないか?」
「うぐぅ」
燃費の悪いこの身体では、人の三倍食べても消費の方が多いくらいなんだから、仕方ないじゃない。
「リムル様。求む、高カロリー食材」
「ボクが太るからダメ」
そう言うご主人もかなり細い。
そう言えばご主人の料理は、肉よりも野菜がメインの料理が多い気がする。
医療関係者だから、偏らないように気を配っているんだろうか?
「ん? 単にボクは胃腸があまり丈夫じゃないから、油物を少なめにしてるだけだよ?」
ご主人の嗜好のせいでした……今日から毎日買い食いしておこう。
そんなわけで、わたしたちは一旦街の方へ戻ることにした。この採掘の結果が上手く行くかは、しばらく時間を置かないとわからないからだ。
夜になって帰宅したイーグにことの顛末を話しておく。すると彼女は、近場に温泉ができたと
「えー、わたしを置いて温泉に行くなんてズルイー」
「置いていったんじゃなくて、掘りに行ったの」
「でもでも、ゆっくり入ってきたんでしょ?」
そう言えばせっかく温泉が湧いたんだから、少しくらい浸かって来れば良かったかもしれない。
少々温度が高いけど、ご主人の氷結の魔術で調節すればいいし。
「そっか、氷結でできた氷は融けないから、高温の温泉の調節には丁度いいかもね」
「エルフの村が温泉宿になる日も、近い」
「それは……いいな。みんなで遊びに行けるといいね」
ふむ、ご主人と温泉? 研究とか一段落着いたら、行ってみたいな。
わたしもイーグほどじゃないけど、お風呂好きだし。みんなで入るというのも興味はある。
「それで、今日は遅くなったから直接帰ってきたけど、きちんと長老には報告に行かないといけないから、明日も村に行くよ?」
「わたしも行くー。行って温泉入るー!」
「イーグなら別に、今からいっても問題ないんじゃないかな……?」
「リムル様、それは良くない」
「……なんで?」
心底疑問そうに首を傾げるご主人。
日頃切れ者なクセに、どうして微妙なところは抜けているんだろう?
「想像してみる。夜の闇の中、湧き出した温泉で戯れる、一頭の魔竜の姿……」
「ギルドに討伐依頼が来るね。確実に」
「返り討ちにするもん!」
「するなっ!?」
「イーグ、どうせ明日行くんだから今晩は我慢する」
「はーい」
そんなわけで、翌日改めて長老の元に向かうことにしたのだ。
「話はコールから聞いておるよ。坑道の方も調べてみたら湧出量は目に見えて下がってきておるらしいの」
翌朝、早朝から騒ぐイーグを連れて、エルフの村へ報告に来た。
ちなみに長老宅へイーグは連れてきてない。彼女の目的は別にあるから。
「効果がある様で良かったです」
「それでな、もっと早く採掘できるようにならんかと、村人数人を送り込んで更に掘削させておる」
「それは……夜中に叩き起こされて強制労働させられる村人さんには、ご愁傷様としか」
「はっはっは、相応の見返りは用意する
「そうしてあげてください」
夜中の労働を想像して、げっそりするご主人。いくら夜目の聞くエルフだからといって、これは可哀想だ。
「それで、お主にも見返りを用意せねばならんのじゃったな」
「ええ、その事に付いてです。『独自の魔術理論』ご教授願えますね?」
「そうは言ってものぅ……いろいろ多岐に渡りすぎて、どこから話せばいいものだか」
「ボクは治癒術師なので、生命に関する技術など有れば」
いつものご主人のセリフ。生命の研究と見せかけて、蘇生魔術の理論を学ぼうとする手だ。
「生命のぅ……そっちも結構な種類があってなぁ。例えば蘇生に関してとかな?」
「――なっ!?」
蘇生? その技術がここにあるの!?
「ホッホ、小僧が初めて素の表情を見せたのぅ。目当てはそれか?」
「いえっ、それは……」
いつに無く逡巡した表情を見せるご主人。
ここで目的をばらすべきか、目の前の老人が信用できるのか。そして、持ち出された話題が真実なのかどうか。
いろんな疑問が脳裏に渦巻いているらしい。そしてご主人は結論を出した。
「はい、ボクの目的は蘇生魔術の開発です」
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