第40話 原因

 ハウメアさんと再会し、何人かの村人の様子を見て回る。

 最初はわたしたちが原因と思われていたせいか、警戒心剥き出しだったエルフたちだが、ご主人が解毒を掛けて回り、症状が劇的に改善する様を見ると、やや態度を緩和してくれた。


「……それでこの症状になった原因を探ろうと思っているのですが」

「ああ、それに協力するのはまったく問題は無いよ。でもあの場所がこの病気の原因だって言うんなら、もう一度近付くのは遠慮したいね」


 その寝込んでいたエルフのおばさんは解毒により症状が改善し、今では上体を起こして粥を啜れる程度にはなっている。

 その娘だろう小さな女の子が、甲斐甲斐しく世話をしていて微笑ましい。


「ダメよ! あんな目に会った場所に近付くなんてわたし許さない!」

「わかってるよ。私だって勘弁さ」

「そこまで無茶を言うつもりはありませんよ。病気に掛かる前、採取に向かった時、採取から帰った時。何でもいいんです。何か違和感を感じたことなどあれば教えてください」

「そうは言ってもねぇ……そう言えば、森の獣が妙に少ないような気がしたねぇ」

「獣、ですか?」

「そんなのが頻繁に出るようでは危険で歩けない。元から少なかったのでは?」

「エイルちゃん、私たちエルフはそういった獣に気付かれること無く近付けて、初めて一人前って呼ばれるのよ?」

「それが噂のエルフの隠密……」


 ハウメアさんの指摘に、コールさんの隠密技術を思い出す。森の中での隠密術はかなりの物だった。

 あれは、ぜひとも会得したい。


「ま、そういうことさね。ジャイアントビーを相手にするんだから、こっちもかなり気配を消していた。あの状況だと、周囲にはもっと私たちに気付かない獣が寄って来てもおかしくなかったはずなんだ」

「ということは、元からその周辺には動物が少なくなっていた? ジャイアントビーの影響じゃないんですか?」

「私ゃ、これまでもジャイアントビーの討伐には何度も参加している。どれくらい周囲に影響を与えるかくらいはきちんと測れるさ」

「なるほど、ありがとうございます」


 その後、数名を治癒して回ったけど、出てくる応報はみな同じ様な物だった。

 曰く『虫が少なかった』とか『鳥を見かけなかった』とか、そんな違和感を感じた者ばかりだった。

 他に目ぼしい情報も無かったので、わたしたちは夜営覚悟で山へ向かうことにした。

 もはや、現地に行かないと原因を見極めることができないと判断して。



 ハウメアさんの先導で蜜を採取した森の奥へと向かう。

 コールさんも護衛として付いてきているけど、二人とも近接での戦闘はあまり得意では無いそうだ。

 もっともその基準が私たちなので、あまり当てにはならない。


「蜜を採取したのは少し奥の方で、岩山の麓の辺りよ」

「お前たちの生徒がよく試験に利用する辺りだから、安全な場所のはずだ」

「人の出入りは結構多い場所なんですね?」

「そうだな、普通に狩場としても利用している」

「今までそこで疫病が流行ったことは……?」

「ここ百年では、無いな」


 人の出入りが多く、流行り病の発生も無かった場所での発病。

 確かに何らかの原因があったと見て、間違いは無いだろう。

 採取場所に近付くにつれ、イーグの反応が奇妙になってきた。何度か鼻の頭を掻く様な仕草を繰り返す。


「どうしたの?」

「妙に鼻がムズムズするのー」

「鼻が? わたしは何も感じないけど」

「ボクも感じないね」

「わたしもよ」

「俺もだ」


 ご主人は元より、ハウメアさんやコールさんも違和感を感じていない様だ。

 イーグだけが感じている何かがあるのだろうか?


「ほんのかすかに、なんだけどねー。少し焦げ臭いような金臭い様な……森が焼ける時の臭いに似てるかな?」

「森が焼ける? この辺に炭焼き小屋とかあるのですか?」

「いや、そんな物は無いな。エルフの里では極力火を使わぬように気を付けているので」

「そうね、炊事とかも魔術で代用することがほとんどだし」

「ふむ?」


 ご主人が顎に手をやって考え込む、いつものポーズ。


「イーグ、臭いがどこから来ているか判る?」

「微か過ぎてわかんないよ、ボス」

「エイルは?」

「わたしは臭いすら気が付かない……けど、魔力反応が薄くある、かも?」


 半ドラゴン化によって、視覚や脳の情報処理力は上がっているけど、嗅覚は特に影響を受けていない。

 そこで魔力探知も実践して見たら、大気中に薄く漂うように『なにか』があった。これは生物の発するような濃度じゃない、かな?


「魔力探知反応あり、か……ということは、魔獣が原因の異変と考えていい?」

「リムル様、これは生物の反応じゃない。空気中に魔力が漂ってる感じ」

「エイルちゃん、魔力を感知する事ができるの?」

「え? えーと……この角で」

「そう、スゴイのね」


 ハウメアさんはわたしが半竜であることを知っているので、隠しても意味は無い。


「魔力探査をノーコストで使えるなんて、冒険者としては羨ましい限りだわ」

「冒険者じゃなくても欲しい。森の監視役にな」

「なんにせよ、魔獣関係ではなさそうだから、この近辺をしらみ潰しに調べるしかないか」

「というかリムル様、焦げ臭いというなら、まずはあそこじゃないかな?」


 そう言ってわたしが指差した先には、リグニア石採取に良く使われている巨大な岩山があった。



 三組の課題だったリグニア石。

 魔術の触媒として使用されるこれは、価値は高いが場所さえ知っていれば、簡単に入手できる類の物である。

 この森に存在する岩山にもその鉱脈は存在し、学院の教材補給兼試験課題として毎年採取の対象になって居るらしい。

 そして、その課題を受けるのは大体二組や三組といった、主席クラスの少し下のクラスで、最下位クラスが受けることは無い。

 コールさんの先導で岩山を登ったわたしたちは、そこで珍妙なモノを目にすることになる。

 それは一つの看板だった。


「……リグニア石採掘場?」


 古ぼけた看板には、間違いなくそう書かれていた。

 つまり……これは……


「カンニング?」

「鉱脈のある場所を後続の為に記しておくことで、採掘試験をスムーズにクリアする為の……?」

あきれたわね。こんなズルをしているなんて」

「こんな物が放置されているということは、里の仲間にもこのイカサマを黙認しているものがいると……嘆かわしい」

「結構な量の鉱石を数日で掘り当ててくると思ったら、こんな裏技を使ってたんですね……イーグ、臭いはどうだ?」

「かなり強くなってるねー」


 この頃になるとわたしにも臭いに違和感があるのを感じとれた。

 焦げ臭いとまではわからないけど、いつも呼吸する空気と微妙に違う臭いがする。

 看板に沿って更に進むと、臭いもはっきりとわかるほどに強くなってきた。


「これは、当たりだね」

「三組の連中が何かやったのは間違いないっぽい?」

「おそらくね」


 山頂付近に到達すると、そこには鉱山の様に整備された坑道に、キャンプできそうなコテージまで設置してあった。

 ここまで来るのに結構な時間が掛かって居るので、主席クラスの一組の課題にはならず、場所も環境も整って居るので最下位クラスの五組の課題にもならない。つまりは、そういうことなのだろう。


「五組を最下位にするために、簡単な課題を環境良く、か。ふざけてるな」

「呆れて物も言えん。これがこのラウム最高峰の学院のすることか」

「昨今、冒険者の劣化が激しいって聞いてたけど、こんなのを送り出してるようじゃ、それも当然ねぇ」

「むぐうぐぐぐぐぅ……」


 整った環境で、準備された者を持って帰るだけの試験。そんな舞台裏を見せられて、呆れ顔の二人と鼻を押さえて悶えるイーグ。


「ボス、ボス! この臭いヤバイ。こんな空気吸ってたら病気にもなるよ」

「ここが原因で間違いない?」

「もう絶対! 焦げくさい臭いに紛れて、鉄の焦げる臭いまで混ざってて大変」

「ここから出たそのガスが吹き降ろしの風に乗って、麓近くまで届いてたというわけか」

「だとすると、わたしたちもここに長居するのは良くない?」

「多分ね。空気を遮断とかできないし、ちょっと困った。とにかく一旦この場は離れよう」


 確かに、息を止めて探索することはできないしね。

 その日は一旦山を降りて、充分距離を取ってから様子を見ることになった。



 夜営中、布を顔に巻いて簡易マスクを作る。

 息を止めることはできないので、結局この様な気休めで妥協するしかなかったのだ。

 夜営場所はイーグの嗅覚で臭いの届かない場所を選んだ。


「明日は坑道の中に入って見ようと思いますが、こんなものしか用意できませんでした。なので体調に違和感を覚えたら、すぐボクに申告してください。解毒の魔術で症状を緩和できるのは確認済みですから」

「了解した。お前は構わないのか?」


 答えるコールさんは、顔の下半分に黒い布を巻きつけ、その風貌はまさに暗殺者めいてきている。

 見てるだけで不穏な雰囲気を感じさせて、落ち着かない。


「もちろんボクもできるだけ気をつけます。でも、見てておかしいと思ったら声を掛けてください」

「まぁ、リムル君はいつもエイルちゃんに見られてるもんね」

「なにそれ、コワイ」

「む、リムル様はわたしの視線、迷惑?」

「い、いや、そういう意味じゃ……ゴホン、それはともかく、念には念を入れて一時間おきに全員に解毒を掛けて、体調に異常が無くても四時間で外に出てくるようにしよう」

「話を逸らさないで」

「逸らしてないよ! エイルは怖くないから!?」


 いつに無く鋭いわたしの視線に、狼狽するご主人。


「だからそのジト目をやめて。なんか吹き出しそうになるから」


 ……どうやらご主人には、わたしの『鋭い視線』はジト目に見えるようだ。おのれ。



 翌日、顔にマスクをつけて山に登る。

 はたから見てると、怪しさ満点の集団になったけど、背に腹は代えられない。

 それとわたし達も休みが今日までなので、できれば問題を今日中に解決しないといけない。そうでないと明日の授業に間に合わなくなるからだ。

 イーグの嗅覚頼みで危険範囲を判断していたが、山から少し離れるだけで臭いは消えるので、それほど拡散している様子は無い。

 坑道の前で一旦小休止を取り、明かりを確保してたり準備をする。


「それじゃ、そろそろ行くけど、各自体調には充分気をつけて?」

「了解」

「イーグ、感覚的にはキミが一番鋭いみたいだから、何かあったら……何でもいいからボクに報告を」

「がってんしょーち」


 注意点を再確認し、坑道へ足を踏み入れる。

 学生が試験がてらやってくる場所だから、モンスターのような生物は居ないだろうけど、今回は目に見えない敵の存在がある。

 そこに足を踏み入れると言うのは、予想以上にプレッシャーがあった。


 坑道の中は驚いたことに、ただ掘り進めただけでなく木枠で補強され、足場もきちんと整備されている洞窟になっていた。

 まるで観光のための洞窟のみたいな有り様だ。


「ここまで整備されてると、楽に進めるだろうね」

「でも狭いー」

「悪いけど何が居るのかわからないからイーグが先頭で。その後ろにエイルがお願い」

「わたし後ろを護らなくていいの?」


 洞窟などでは、背後からの襲撃に備えるのも大事だと聞いた。

 最前線に最大戦力のイーグを置くのはいいとして、次に腕が立つわたしは、後ろを護った方がいいんじゃないかな?


「体格的に二人が一番小さいからね。こういう場所だと有利に働くかもしれない。最後尾はコールさんで」

「むぅ、りょーかい」


 そう言う訳で、前からイーグ、わたし、ご主人、ハウメアさん、コールさんという順番で内部を探索することになった。

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