第39話 疫病

 イーグを引き連れて北の森を目指す。

 もちろん荷物はすでに異空庫に放り込んであるので、ほとんど手ぶらだ。

 途中で何匹かの獣やら魔獣やらに襲われたりもしたけど、わたしやご主人のいい実戦練習相手になった。

 ポイズンワスプと呼ばれる毒虫を退治し、討伐証明部位を剥ぎ取っていると、ご主人が首を傾げて疑問を浮かべる。


「おかしいな、この魔獣はこんな場所に生息していないはずなんだけど……」


 ご主人曰く、ポイズンワスプは火山性高山に生息する魔獣の一種で、標高の低いこの森のような場所には下りてこないはずらしい。

 また、寒さにも弱い為、冬場のこの時期は冬眠しているとのこと。


「生態とか変わったのかなぁ?」

「そーかもねー、わたしだって山に生息してる災獣って扱いだったしー」


 時折忘れるのだけど、イーグはファブニールと言う竜種で、非常に高い標高の山にしか生息していないというのが常説だった。

 産卵期にのみ人里近くまで降りてきて、そこら中の生物を食い漁って栄養とする習性があるのだとか。

 彼女はホイホイ人里で買い食いしてるけど。


「資料の情報だけが正解と言う訳でも無い、ということかな?」

「人の残した資料なんて、いい加減な所も多いからねー。『しょせん人は主観のイキモノなのだよ』って神様が言ってた!」

「含蓄深い訓戒なんだけど、なんだか軽いなぁ」


 その後も何度か襲撃にあったけど、様子がおかしい。

 そもそも前回は襲撃そのものが無かったのだから、こう度々襲われること自体がおかしい。

 ご主人もイーグもその異変を察したのか、ハイキング気分が鳴りを潜め、冒険者モードへと移行している。


 北のキャンプ地までは、およそ三時間ほどで着く。そこから更に一時間も森の中を歩けばエルフたちの領域だ。

 つまり現在はすでにエルフの領域。ここまで深入りした冒険者には、必ずエルフの見張りの警告が出るはずなのに、それがまだこない。


「やっぱり……なんだか、おかしいな」

「ん、コールさんこない」

「他の見張りの人がいる気配も無い……エイル、方向はこっちであってる?」

「問題ない、魔力反応もある」


 額の角による魔力探査では、確かにこの先に反応はある。

 エルフたちは魔術に優れた種族なので、この探知能力に反応するからだ。


「なにかあったのかな?」

「多分」

「めんどくさーい、帰ろうよ」

「イーグ、一応これ仕事だからね?」


 いつにも増してお気楽なイーグをなだめ、先を急ぐ。

 かなりエルフたちの反応が近くなってから、ようやく見張りらしき人物が目の前に現れた。


「止まれ! この先はエルフの領域だ。用も無く進入することは許されない」


 樹の上に身を潜め、こちらに向けて弓を引いている。

 いきなり攻撃態勢を取るなんて、どうにも穏やかな雰囲気では無い様子。


「ラウムの冒険者ギルドから来ました。日用品の運搬です」

「嘘をつけ、そんな身軽な様で、どこに荷物を持っていると言うのだ!」

「あー……エイル?」

「あぃ」


 ご主人に促され、地面に依頼の品を放り出す。

 突然現れた大量の鉄器にエルフは驚愕の声を上げた。


「なっ、どこから!?」

「えーと、召喚術の一種です? 持ち歩くと重いので」

「魔法陣もなしに、か?」

「そ、それは……企業秘密です!」

「……まぁいい。品は確認した。今、村は立て込んでいるので、さっさと帰れ」


 あからさまに追い払おうとする見張り。ちょっとそれは無いんじゃないかな?


「いえ、この依頼はついででして。コールさんはいませんか? ハウメアさんでもいいですけど」

「コールになんの用だ?」

「先だって招待を受けまして。不躾かと思いましたがまかりこした次第です」

「……ほう、つまり貴様らか。あの疫病を撒き散らしたのは!」


 その怒声と共に、周囲に矢が打ち込まれる。

 当てるつもりは無いみたいだけど……疫病?


「何のことです!? それにいきなり……失礼でしょう!」

「だまれ! 新たな蜜の採取法と謀り、我らの中に疫病を広げようと言う企て……すでにお見通しよ!」

「そもそも疫病ってなんですか!」

「まだシラを切るか!」


 今度は当てるつもりの一撃。

 さすがにこれを見逃す訳にはいかないので、アグニブレイズを盾代わりに使って弾く。

 更に第二射を放つ気配があったので、わたしは一気に間合いを詰め、見張りが登っている樹を、根元から一振りで切り倒した。


「うおぉぉぉぉぉ!?」


 もちろん木に登っていた見張りもタダじゃ済まない。

 倒れ行く樹から投げ出され、地面へと落ちる。草が深く茂っているので大怪我をすることは無いだろう。


「クッ、卑怯な!」

「いきなり攻撃を仕掛けて卑怯って事は無いんじゃないかな?」

「ぐおぉぉぉ! これはなんだ? 重い、どけろ!」


 倒れた見張りに、イーグが剣を乗っけている。

 今、彼女が使用しているのはセンチネル改。あのバカでっかい大剣だ。

 グラムを貸しても良かったのだけれど、あれはバーンズさんからの借り物。おいそれと他人の手に渡せない……たまに忘れるけど。

 それに二メートルを遥かに超える鉄板は威圧感抜群だし、それを片手で扱うイーグの異様さも際立つ。


「うふふ、重い? 重いでしょ? でももっと重く出来るんだよ。どれくらいまでなら耐えられるかなぁ?」


 センチネルには軽量化が掛かっていて、これがないと重量が百二十キロになる。軽量化してすら二十キロほどもあるのだから、どれほどトンデモない剣かが判る。

 そして、付与してる魔力を逆に吸い上げてやれば、ドンドン重くすることができるそうだ。

 もっとも『やる意味は無いよー』って言ってたけど……こういう利用法もあるじゃないか。


「さて、それじゃオハナシしてくれるかなぁ?」

「貴様らに話すことなど――ぐあぁぁぁ!」


 イーグの尋問に拒否を示した瞬間、彼女が付与魔力を吸い上げた。

 ミシミシと何かが軋む音。そして見張りの身体が少し地面にめり込んでいる。


「イーグ、その辺にしておけ。すみませんね、彼女は少々気が短いもので。何をするのかこちらにもわからないのですよ」


 ご主人が見張りとの仲を取り成している……ように見えて、少し脅迫を交えている。

 つまり、さっさと話さないと次は止めない、と。


「ボクたちは本当に何も知りません。村に疫病が流行っていると言うのなら、何か力になれませんか?」

「白々しい!」

「ボクは治癒術師でもあります。病に関しての知識もありますので、何かお役に立てるかもしれません」

「そもそもお前らが原因だろう!」

「そこが良くわかりません。大体、ジャイアントビーにそれほど強力な毒や病原菌などは無いはずなんです」

「なに?」


 確かにジャイアントビーに刺されると、毒で死ぬ場合も存在する。

 だがそれは極々稀なケースで、実際は刺された痛みによるショック死が一番多い。次に傷による失血死だ。

 毒による死など、よほど相性が悪く無い限り、起きない。


「きっと別に要因があるはず。ボクはコールさんやハウメアさんとは知った仲です。ここは信じてくれませんか?」

「ハウメアともか……いいだろう、村へ案内する」


 こうしてエルフの村へ案内されたわけだけど、さすがに敵愾心溢れる視線を受け続けるのは堪えた。



 エルフたちの村はなかなかにファンタジーだった。

 森の中にツリーハウスが乱立してるような光景は、観光名所としても充分にやっていけそうなくらい、興味深い。

 子供とかならきっとワクワクする光景だろう。わくわく。


「エイル、目が輝いてるね?」

「そ、そんなことない。リムル様こそキラキラしてるよ?」

「二人とも同じだと思うけどねー」

「観光に連れて来たわけではないぞ、早く来い。こっちだ」


 少しくらいゆっくり見物させてくれてもいいと思うけど、病人が待っている現状、今はご主人の医療魂に火が付いている。

 短く『行こう』と急かされたら、ついて行かないわけにはいかない。

 一際太い大樹の洞に作られた階段を登り、村で一番大きな家に案内された。

 入り口で履き物を脱ぎ、薫り高い草で余れた絨毯が敷かれた広間に案内される。

 奥の一団高い場所に一人の老エルフが待っていた。


「ようこそ、客人。どうやら我が同胞が、とんだ粗相をしでかしたようじゃな?」

「長老!?」

「いえ、大事はありませんでしたので」


 かなりキワドイ攻撃を受けていたにも関わらず、ご主人がしれっとした顔で返す。


「ワシの名はカシヤン。そっちのおっちょこちょいの名はダーサじゃ。よろしくな」

「ボクはリムルと申します。こちらの者は従者のエイルとイーグ。竜の血脈を継ぐ者です」

「なんだと!?」


 わたし達の素性を聞いて驚愕するダーサ君。落ち着きが無いのは確かなようだ。


「ホッホ、竜とは大きく出たのぅ。危険は無いのかね?」

「彼女に関しては問題ありません。イーグは……まぁ、彼女は気まぐれなので。危害を加えなければ多分安全かと」

「多分じゃ困る、多分じゃ!」

「落ち着けダーサ。そこがおぬしの欠点じゃ」

「しかし!」

「さて、コールとハウメアは今呼び出しておる。それまで少し話でも付き合ってくれんかの?」

「ええ、構いませんよ。この村を襲った疫病、ボクも興味があります」


 ご主人は単刀直入に用件を述べる。無駄な駆け引きは必要ないと見たらしい。


「お主は治癒術師じゃったか?」

「はい。まあ修行中の身ではありますが。微力ながらお手伝いできるかと」

「そうじゃな。あれは、お主らから新たな蜜の採取法を教えてもらって数日経った頃じゃ。村の中で数人、熱を出す者が出てきての。風邪かと放置しておったのじゃが、日に日に容態は悪くなる一方。一週間も経った頃には、自力で起き上がることもできんようになっておった」

「一週間で……かなり進行が早いですね」

「寝込んだ者の共通点がジャイアントビーの蜜を口にした者だったのでな。それで村の者が、お主らを警戒しておるのじゃ」

「その蜜をお見せいただけますか?」

「良かろう。ダーサ、持って来てやれ」

「はい」


 しばらくして、ダーサさんはかめを担いで戻ってきた。

 中には甕の口一杯まで蜜が入っていた。


「少し、口にしてよろしいですか?」

「構わんよ」


 ご主人が甕の中に食事用の匙を入れ、一口舐める。

 しばらくして眉をひそめ、次に解毒の魔術を掛けて見る。


「やはり……」

「毒か!?」


 ご主人の反応にいきり立つダーサさん。


「いえ、この蜜は毒じゃありませんよ。害をなす毒素があれば解毒の魔術に反応して、ボクにわかるはずです」

「やはりのぅ」

「それにカシヤンさんもわかっていたでしょう? 薬物鑑定のギフトを持っているのだから」

「ホッ、気付かれたか!」


 これには心底驚いた表情を見せる長老。

 そう言えばご主人は限定識別のギフトを持っていて、ギフト持ちを見抜くことが出来たんだった。


「人が悪い……この蜜が原因ではないことくらい、わかっていたんでしょう」

「まぁの。だが、その蜜を採りに行った者の大半が罹患したとあっては、黙っておるわけには行かんじゃろ」

「別に原因がある、と見るべきですね」

「それがわかれば苦労はせんの」

「採りにいった者が罹患したと言うことは、現地の方に問題があったのかもしれません。案内、してもらえますか」

「それは構わんよ。あと病人を癒して行ってもらえると助かるのじゃが」

「はい、今日はそちらを優先しようと思います」

「客人に感謝を」


 話が一段落付いたタイミングで、コールさんとハウメアさんがやってきた。


「丁度ええ、お主ら客人を病人の元へ案内せぃ。わしも少し疲れたで、横にならせてもらおう」

「え、あの……はい?」

「長老、成り行きくらい教えてください」


 いきなり命令を下されて困惑する二人。それにたいし面倒じゃとばかりに、手を振って見せる長老。

 つまり、説明はわたしたちでしろというわけか。

 結局ご主人が道すがら事情を話して、彼らに協力してもらうことになった。

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