第38話 地下

 しばらくバルゼイさんのお話を聞いていると就業のチャイムが鳴り、校内がざわめき出す。

 更にしばらくして、タタタタッと軽快な足音。続いてガラッと勢いよく扉が開き、元気な声が響く。


「エイル、図書室に行くぞっ」

「リムル様、そんなに急がなくても」

「い、急いでなんか、無い、ぞ?」

「嘘だ、呼吸が荒く肩で息してるじゃない」

「ハァ、ハァ……本当に浮かれて、走ってなんて、無いぞ!」


 本当にこのご主人は……肩で息をして目を輝かせてハァハァしてる様は、まるでお散歩を待ってる犬みたい。


「ハイハイ、それじゃ図書室に行きましょうね」

「なんだ、その虚ろな視線は……」

「それじゃバルゼイさん。今日はありがと」

「おう、そっちもデートがんばれよ」

「デート違うし」


 バルゼイさんのなんだか生温い視線で、わたしたちは待機室から送り出された。追い出されたとも言う。



 ご主人と図書室までやってきた。始業前から通っていたので、すでに常連と化している。

 そしてなぜか、いつも待機しているエリー。いつ授業受けてるの?


「あら、いらっしゃい。今日は何の調べ物かなっ」

「エリー、いつもいるね?」

「図書委員だもの!」

「授業は?」

「興味ないもの!」

「いや、留年するよ……」


 エリーの男前な発言に、ご主人は冷や汗を流している。

 単位とかあったはずなのに、どうしてるんだろう?


「正直言うと、変な教員の授業受けるより、ここで本読んでる方が勉強になるのよね」

「それはまぁ、認めざるを得ないですね」

「それで、今日はなんの用かな?」

「あ、エリー。今日は蘇生――あぅ」


 スパンと、景気いい音を立ててご主人様がわたしの頭をはたく。

 結構痛かったので、半眼になってご主人を睨む。


「治癒術師としては、生命関連の資料を見てみたいですね」

「えらく曖昧ねぇ。それなら七十二番書架に――」

「ああ、そこはすでに見ているので、他の物を……」

「それ以上となると地下書庫の蔵書になるんだけど?」

「一応ギルドから推薦状を預かってきています」


 貢献度を上げて橙ランクになった時に、推薦状は貰っておいたのだ。本来許可が下りるランクには足りないんだけど、そこはケビンのコネで。


「わははは、こんなこともあろうかと――ふぎゅっ」


 棒読みで笑って見せたわたしの頭を、ご主人が再度叩く。

 こういう時はこう言うモノだって、地下で入手した手記にも書いてあったのに……


「あー、まぁいいけど。地下の資料って結構専門的よ? 大丈夫?」

「それなら大丈夫だと思います。実家にも結構古い資料とかありましたので」

「リムル様の実家は危ないものがたくさん――ぶぎゃ」


 三度目の折檻に思わずしゃがみこんで頭を押さえる。


「リムル君って、なかなかハードね? でも女の子の頭をポンポン叩くのは感心しないぞ」

「エイルは意外と口が軽いと言うことがよくわかりました」

「そんなことないし。ちょっとウッカリなだけだし」

「それが致命的なんじゃないかっ!」

「まぁまぁ、それじゃ地下に案内するけど、ルールは知ってる?」

「ルール?」

「汚さない、持ち出さない、火気厳禁」

「あ、はい」


 考えてみれば、基本的なものばかりだね。

 その他、細々した注意を受けながら、地下の書物庫に案内された。

 黴臭い階段を下り、高さ三メートルはありそうな重厚な扉を押し開けて地下室に入る。


「これだけ黴臭いと、本にも良くないんじゃ……」

「一応地下室には除湿とか気温維持なんて言う魔術が付与されてるらしいわよ」

「へぇ……」

「だから喉に良くないし、火の手が回ると手が付けられなくなるから。それに他にも虫干し用の密閉された大きな部屋とかもあるからね。こっちじゃ燻蒸で虫干ししてるの」


 彼女が示した先、入り口のすぐ傍に別室へ扉が存在した。こちらもかなりの大きさがある。

 あの別室、わたしたちの家よりも大きいんじゃないだろうか?


「乾燥してるから飲み物は必須だけど、図書室内は飲食厳禁だからね?」

「なんですか、その矛盾……」

「だって本を汚されたら困るもの」


 そりゃ確かに真理だけど……


「喉を潤すなら、本を置いてない別室に行くか、階段フロアでやってね」

「ハァ、まぁわかりました」

「こんな感じで設備は整っているから、本の管理自体はそれほど難しく無い代わりに、危機管理が大変なのよ。特に火。それに長くいると、喉とかお肌とかに悪くて」

「それは……良し悪しですねぇ」

「まぁ、この量だから、虫干しが便利っても一年がかりだけどさぁ」


 そう言って案内された先は……迷宮でした。



「おいィ!?」


 どう見ても上の建造物より広い地下エリア。そこにずらりと並んだ書架の群れ。

 すべての書架には本や巻物がみっしりと詰まり、入りきらずに床すらも侵蝕している。

 随分長い階段を歩かされたと思ったけど、この地下室は高さも半端なかった。そして相応に書架の高さも凄い。五メートルくらいあるだろうか。


「これは……」

「ま、まあ、この中のどっかにあると思うから、頑張って?」

「分類して無いんですかぁ!?」

「出来ると思う?」

「…………無理ですね」


 脂汗を流して首肯するエリー。


「この学院、初代学長の意向で知識の収集を謳ってるけど、何を、どこまで、どれくらい集めればいいのか、指示してなかったから……溜まる一方で」

「リムル様、あきらめよう」

「諦めんな。とりあえず手前から探すぞ」

「一冊も手に取らせる事無く、挑戦者の心を折る。さすが地下迷宮と呼ばれる大書庫ね」

「うぅ~……」


 その日は、日が暮れるまで本に埋もれて過ごすことになった。



 それから二週間後。

 結局、二人じゃとても無理と言うことで、助っ人としてアミーさんとケビンを巻き込むことにした。

 二人は臨時の助手兼用務員という立場で学院の立ち入りを許可され、地下図書室に入室を許された。


 もちろん代償は支払うことになる。

 まず学院には労働力を提供することになった。わたしたちが調べた書物を、ケビンが虫干し用の部屋に運び込み手入れする。

 わたしたちはその間に次の資料を調べる。


 そしてギルドには新しい戦闘術を提供した。

 わたしのギフトを元にご主人が確立させた魔力付与。この技術は危険だと判断して内密にしていたけど、考えてみればこの技を有効に使うにはかなりの技量と経験を必要とする。

 高い魔力や制御力、それに戦士としての近接戦能力も必要になるからだ。

 魔術と戦技を併せ持つ者は、さすがに冒険者にも少ない。

 現にケビンなどはこの技術を使っても、あまり火力が上がっていない。

 有効に使用できるのは、魔術師としても役に立つアミーさんやご主人や、わたしのように魔力が桁外れな存在だからこそだ。


 だが、この技術がギルドに於いて新たな一大革命が巻き起こった。

 俗に言う魔法戦士と呼ばれ、コウモリと蔑まれていた遊撃、中衛が一気に主要近接職に伸し上がってきたのだ。

 彼らは何でもできるのが売りだが、どの能力も中途半端なので前衛でも後衛でも持て余されていたのだ。

 だが、その彼らは剣術に魔力を乗せて戦う魔力付与にはうってつけの存在だった。

 余談だが、後に微妙な余剰戦力扱いだった彼らが一気に一線に復帰したことで、ギルドの戦力が大幅に増強されることになっていた。


「ケビン、こっちの本も頼む」

「ケビンくーん、こっちもー」

「お前ら……」

「リムル様、リムル様! これ、これ見て!」

「見つかったか!?」

「えっちぃ本が!」

「……戻してきなさい」

「おい、エイル、俺にも見せろ」

「うわぁ、ケビンくん引くわ~」


 ご主人にえちぃ本を見せて、顔を真っ赤にしてやろうと画策したけど、食いついてきたのはケビンだった。無念。


「おお! リムル君、リムル君!」


 今度はアミーさんがご主人に声を掛けた。


「なんです?」

「ほら、昔の料理の本! 『かれーらいすのつくりかた 著者ゆーり』だって!」

「破戒神と同じ名前の人だね、親はよくそんな物騒な名を付けたなぁ。あ、料理には興味が無いんで、ケビンに渡しておいてください」

「反応薄ーい。美味しい料理作ろうとか思わないの?」

「作るのボクじゃないですか。ヤですよ、面倒な」

「エイルちゃんに料理教えたりしないの?」

「エイルの料理……」


 そこでご主人は何か遠い眼をしてみせる。失礼な事を考えてるな?


「野盗の喉をかっ切った血まみれのナイフで捌いた魚を、ドラゴンブレスで焼き上げた料理とか……食べたいです?」

「え、なにそれ、こわい」

「彼女は悪い意味で大雑把だから……やめた方がいいね」

「失敬な。ちゃんとするもん。こう見えても噴火前は家事全般は一手に引き受けてたのに」

「どうしてこうなった……?」

「冒険者生活で色々面倒に……」


 潔癖症では冒険者なんてやって行けないから……どうしても雑になっちゃうのだ。

 そんなこんなで、陰鬱なはずの地下の資料探しなのに、なぜか賑やかに探索を進めていた。



 その日の夕食。結局、料理本を読んで『かれーらいす』を作ってしまう辺り、ご主人は実は凝り性だと思う。


「エイル、明日から週末で学校休みだし、またギルドの依頼を受けてみるか?」

「んぅ? 資料探しはいいの?」

「放っておくわけじゃないけど、この家の家賃の問題とかもあるしね。早く買い取りたいし、そろそろ稼ぎに行ってもいいかなって」


 そういえばこの家は買い取りも想定して、レンタルしてたんだっけ?


「なんなら、わたしがそこらの魔獣を狩って素材売る? そしたら多分すぐお金貯まるよー。それからボス、カレーおかわり」

「イーグはちょっと遠慮しろ。まぁ、肉はまだ残ってるから問題ないけど」


 食費に関しては、かなり余裕はある。

 コモドドレイクの尻尾やもも肉が二百キロ以上残ってるし、フォレストブルの肉に至っては一トンほどが氷結されて、納屋に放り込まれている。

 野菜や果物は適宜購入しないといけないけど、食費で一番お金の掛かる蛋白源をキープできているので、とっても安上がり。


「それもまぁ、悪くは無いんだけどね。ただそれって何かヒモ臭いから忌避観があるんだよね」

「わたしは気にしないけどねー」

「まぁケビンのおかげで高レベル依頼を受けれて、お金に余裕が出来てるから別にいいけどさ。息抜きも兼ねて、かな?」


 もう二週間も地下書庫に篭ってる訳だから、気も滅入るというもの。気分転換が必要なのはある。


「北の森にコールさんやハウメアさんに会いに行くのもいいしね」

「そう言えばジュース奢ってくれるって言ってたっけ?」

「宴会の時に飲ませてもらっただろ」

「わたし、お酒がいいなー」

「ジャイアントビーの蜜で蜂蜜酒、作るって言ってた」

「おお、それはいいね! ボス、ぜひ行こう」


 そういうわけで、週末を利用してエルフの里に行くことになったのだった。



「北の森の依頼ですか?」


 翌日ギルドで、森に行くので依頼が無いかを聞いてみると、カウンターのお姉さんに首を傾げられた。


「ええ、エルフの里に知人を尋ねるので、ついでにと思いまして」

「それでは確か物資輸送の依頼があったはずですわ」

「物資輸送?」


 ご主人の質問に帳面をパラパラとめくる受付の人。


「ありました。斧と鉈などの金属製品を運び込む仕事ですね」

「それくらい、森でもできそうなんだけどなぁ……」

「鍛冶は薪を大量に使いますからね。森との共存を掲げるエルフにとって、金属製品の供給は結構な難問なんですよ」

「ああ、なるほどね」


 金属製品は生活に必須なのに、それを作るには鍛冶で薪を大量に消費する。

 森林守護を掲げるエルフにとって、金属製品の精製は頭の痛い問題なのだろう。


「荷はすでにギルドの方で預かっておりますから、すぐにでも出発できますよ」


 この依頼、森に運び込むのは確定しているので、前もって料金を依頼主に渡し、ギルドからの依頼として処理しているらしい。


「結構な量があるので、荷馬車の貸し出しもしてますけど……?」

「袋詰めにしたらどれくらいになりますか?」

「そうですね、袋五つで三百キロ程になりますか」

「それくらいならきっと大丈夫です」

「まあ、エイルさんとイーグさんがいますしね」


 受付さんもわたしとイーグの怪力は知っているので、あっさりと許可を出してくれた。

 ケビンは今回居ないけど、荷を運ぶだけだから大丈夫と言う判断もあるんだろう。

 荷物はご主人が五十キロ、わたしが二百キロ、イーグが残りを背負って町を出ることになった。

 どうせ町を出たら、異空庫に放り込むんだけどね!

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