第37話 厄事

 オリエンテーションの一件で、五組の面目は建て直しに成功した。

 逆に一組は五組に出し抜かれたクラスとして、その権威を大きく下げることになる。

 二年や三年辺りでは嘲笑の的になっているとか?

 セーレさんには悪いことしたかも知れないけど……まぁ、ガスパーリやリッテンバーグの馬鹿にはいい薬になっただろう。

 そんなわけで、わたしたちは名声稼ぎを兼ねて、武器習熟練習に依頼をこなす毎日を送っている。


「ケビン、そのまま敵の攻撃を引きつけて! アミーさん、配置は?」

「後十五秒ほど待って!」


 ご主人とケビンがフォレストブルと言う野獣三頭と対峙している。

 フォレストブルは森に生息する大型の雄牛で、放って置くと薬草の芽とか食い荒らしてしまうので、どちらかといえば害獣扱いされている動物だ。

 それが三頭程の群れを作っているので、追い払うように依頼されたのが、今回の仕事。

 単体で黄ランク相当のモンスターとして分類されているので、わたしとイーグは見学中。これ、わたしの武器習熟の練習だったはずなのに……


「よし、行くよ! 炎よ、束縛の縄と成りて敵を捉えよ――炎縛!」


 アミーさんの魔術が発動すると、火のロープが発生してフォレストブルに絡みつき、三頭の動きを止める。

 炎縛の魔術はダメージを与えると同時に、移動を封じる魔術だ。敵を分断するには便利。

 ご主人は普通に無詠唱を使いこなすので、詠唱を聞くのは何か新鮮な感じだ。



「効果確認、これで三十秒は動けないわよ!」

「よし、ボクとケビンで一頭ずつ相手する。エイルは残りを頼む」

「はいはーい」


 わたしは気軽に返事すると、ヒョイと間合いを詰めて、すれ違い様にアグニブレイズを一振り。

 スポンとコミカルな音を立ててフォレストブルの首が宙を舞う。

 四メートルを超える体躯を誇るフォレストブルは、そのタフさに定評がある野獣ではあるのだけど……今のわたしの相手では無いね。


「一振りかよ、ありえねぇ……」

「まぁエイルだからね。こっちも三十秒で始末つけるぞ!」


 そう言ってご主人は手に持った小剣ショートソードでフォレストブルに斬りかかる。

 その細く小さな刃は、冗談の様に易々と外皮を切り裂く。魔力付与を行っているからだ。


「だらあぁぁぁぁぁ!」


 もう一頭に斬りかかるケビンの大斧も、ほのかに光を放っている。ご主人から魔力付与を学んで実践しているのだろう。

 だが、こちらはまだ効果が薄い。ケビンの持つ魔力量は、まだ少ないからだ。


 その後、炎縛のダメージもあって、ギリギリ三十秒以内で何とか討伐することができた。

 フォレストブルは特に美味しい素材を落とすわけではないが、食肉としての価値は高い。討伐証明部位の角を切り落とした後は、血抜きして食肉として持ち帰れるのだ。

 これでしばらくはお肉に困る事は無い。じゅるり。



 ランクが上がる程では無かったけど、図書室の特別室を使用する程度には知名度は上がった。

 午後からは本格的に蘇生に関して調査することになる。

 とはいえ、それまではわたしは暇を持て余す。従者は教室に入れないから。なので専用の待機室で授業終了まで待つ事になる。

 そして、暇を持て余していたのはわたし一人じゃなかった様で――


「よう。お前最近『災獣殺し』のケビンに付き纏ってる奴だろ?」

「うゅ?」

「よかったら軽くトレーニングに付き合ってくれねぇか?」


 わたしに声を掛けてきたのは、一組の護衛の一人。まーた連中が絡んできたよ。


「やだ、めんどくさい」

「ハッ、怖いのかよ?」

「うん、怖い怖い」

「テメェ……舐めてんな」

「や、汚い」


 イーグとの訓練で相手の力量を測る能力は向上している。この相手は精々黄ランク程度。緑までは行ってない。

 もちろん、わたしの様にランク付けが適当でない冒険者も居る訳だけど、こいつの場合は警戒するほどでないことがわかる。

 最近ケビンと急激に功績を挙げているわたしたちは、こういう輩に絡まれることが非常に増えた。

 わたしがランク以上の豪腕を持っているのは結構知られてきているけど、知らない連中や、信じてない連中はこうやって絡んでくることが多い。


「噂先行で大した実力も無いガキが……身の程を知らせてやるよ!」


 ついに我慢の限界に来たのか、わたしの胸倉を掴みあげようと手を伸ばしてくる。

 素直に捕まれてやる義理も無いので、わたしはその腕を逆に掴み返し、そのまま捻り上げてやった。

 コイツ程度の力量なら、左目や左腕を使用するまでも無い。わたしも実戦を積んで成長しているのだ。


「あのね? あなたみたいに突っかかってくるバカは結構多いから、それはまぁいい……でも、場所柄くらい考えて?」

「テメェ……離せよ!」

「どうしてもやりあいたいって言うなら、相手になってあげてもいい。でもその時は死ぬ覚悟はしておいて」


 そう言って左手で頭を軽く握り締める。

 手袋が邪魔しているので、爪がめり込むような事は無いが、それでもミシリと頭蓋の軋む。


「あ、あが……、あががががが!?」

「このガキ!」

「ジョンを離しな!」


 頭を握り締められ、のた打ち回る仲間の姿を見て、彼の仲間がいきり立つ。

 その怒りはお門違いって物じゃないかな?


「………………」


 いい加減頭に来たので、掴んだ男を二人の仲間に向かって投げつけようとする。

 そこへ――


「いい加減にしておけ」


 割り込んできたのは、別の生徒の護衛。所在無げにショートソードを身につけてはいるが、これは本来の武器では無いからだろう。

 ガッシリした体格の中年男性。割り込んできた足運びで判る。こいつはかなりの腕だ、少なくとも青ランクは行っている。


「先に手を出したのはそいつだし、彼女は手加減して剣すら抜いていない。本気でやりあえばどうなるか、想像も出来んのか?」

「ライムの護衛か! 部外者が口を出すな!」


 ライム? 彼はエリーさんの従者か。さすが良い人材を選ぶなぁ。

 そういえばこいつら、一組のアイツにそっくりな反応してる。ひょっとして雇い主に絡むように言われたとか?

 だとすれば――


「どうでも良いけど……仮にわたしに負けた場合、リッテンバーグがあなたたちを雇い続けると思う?」


 こいつらがリッテンバーグの護衛と言うのは想像に過ぎない。けど、この傲慢さや見る目の無さはアイツそっくりだ。


「……チッ」


 彼らは舌打ちして、大人しく席に座りなおした。どうやら正解だったようだ。

 一応場をおさめてくれた訳だし、ここはお礼を言っておいた方がいいかな?


「ども、ありがと」

「構わんさ。あんたたちはお嬢が気に入ってるらしいしな」

「わたし、エイル。橙ランク」

「俺はバルゼイ。青ランクだ。そっちは橙といっても実力はそれ以上なんだろう?」

「種族的に力が強いだけ」


 一応尋ねられたら、そう答えるように打ち合わせしている。わたしの腕力は人間の範疇を超えているから。

 イーグ曰く、『腕力だけなら魔王並』だそうだ。


「種族を含めてそいつの力量さ。変な嫉妬に駆られて余計な揉め事を起こす連中より、役に立つ」

「チッ」


 バルゼイさんの皮肉に舌打ちが返ってきた。

 それでも彼の実力に遠慮してか、特に何も行動しない。


「んぅ、バルゼイさん、結構有名人?」

「そうだな。青の上位で藍に近い位置にいるからな」

「よくエリーが雇えたね」

「……そうだな。まぁ、そこも彼女の運だろうな」


 何か、言葉に詰まったような気がする? それにしても運……か。

 噴火に巻き込まれ、奴隷にされたわたしの運の悪さはかなりの物だと自負できる。


「運、ねぇ」


 ポツリと呟いたわたしの言葉に不満の感情が含まれているのを感じ取ったのか、バルゼイさんは言葉を繋ぐ。


「運は重要な要素だぞ。罠や毒の回避や敵の索敵。標的に出会えるかどうかすら運が影響する」

「出会う?」


 標的では無いけど、わたしはご主人と出会えた。

 噴火も、奴隷も、不運ではあったけど、どれか一つの要素が無ければ出会えなかった。

 そういったわけでは運は良かったと言えるのだろうか? だとすれば……


「違う」

「違う? なにが?」

「運は……結果に過ぎない。良いことも悪いことも、結果の解釈が違うだけ」

「そうか? 冒険をしていると、明らかに良いことも、どうしようもなく悪いことも起こるぞ」

「わたしは噴火に巻き込まれた。奴隷として売られた。それは運の悪いことだと思う。でも……」


 ご主人と出会ってからの出来事を思い出す。

 いろんな人と出会って、ここまで来た。どうしようもなく運の悪い事だったけど。


「今ここにいて、力を得て、ご主人と一緒に居るのは、別に悪いことじゃない」

「ほぅ?」


 感心するように、こちらを見遣るバルゼイ。


「良いことか悪いことかは、後で変わる。今は『そういったこと』が起きたというだけ」

「ふむ、よくわかっている。出来事を良くするか悪くするかは、後からでも変えられる。冒険者なんてやってると、特にな」


 さっきとは正反対のことを言う彼。こちらを試していたのかな?


「冒険をしてるとな。理不尽なんていくらでも起こる。運が悪かったなんて諦めてたら、緑ランクにだって成れやしない」

「それが冒険者の秘訣?」

「ああ、腕のいい奴等は『運が悪い』をどうにかして、無理矢理にでも帳尻合わせするんだ。できずに諦めた奴から引退していくのさ」

「へぇ~」

「今、運が悪かったけど捨てたモンじゃないと思ってるなら、嬢ちゃんはきっと大成できる」

「そうかな? そうだと、いいな」


 わたしがそう答えると、バルゼイさんはふと視線を逸らし呟く。


「こんな話したのは、エリーお嬢以来かも知れんな」

「そうなんだ?」

「お嬢はああ見えて箱入りだったからな。いろいろと話をさせられた」

「あー、なんとなくわかる」


 わたしも初めて会った時はたくさん話をした。思い返してみれば、彼女の話よりわたしの話の方が多かった。

 彼女は凄く聞き上手だから、つい口が軽くなってしまう。


「そういった意味ではエイル嬢ちゃんも同じ部類かもな」

「そう? わたしあんまり聞き上手じゃない」

「口下手っぽいけど、警戒心が薄れるというか……な?」


 そういえばわたしと相対した人は嫌悪感を抱くか、警戒心薄く懐く人が多いかも。

 噴火前だと、そんなことは無かったはず。

 なんだろう、変化による種族特性的な影響力とかあるのかな?


「むぅ?」

「ん、なんだ?」


 これは人に言っていいかどうか、わたしでは判断が付かない。せっかく好意的に対してくれてるのに、何らかの影響でそう強制されてるとしたら……きっといい気分では無いはず。


「ううん、なんでもない。もっと冒険者の話、聞かせて?」

「いいのか?」

「わたしたちは実力的にはともかく、経験的には新米だもの。いろんな話、聞いておきたい」


 いくら強くても、罠に陥れば実力を発揮できずに敗北してしまう。

 イーグからも、そう言う話は結構聞いている。実際に経験した人の話だと、やはり説得力が違うだろう。

 それにどこからご主人の目的の話題が出るとも限らない。経験豊富な冒険者の話はお金を払ってでも聞いておきたい。


「そうだな、では――」


 そうして授業が終わるまで、バルゼイさんの冒険譚を楽しませてもらった。

 経験豊富な彼の話は、他の冒険者達ですら耳をそばだてる程、豊富だったのだ。

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