第34話 採取

 北のキャンプ地に到着するまでは特に何の問題もなく――馬車で行こうとする貴族を諌めたりなどの小さな物はあったにせよ――スケジュール通りに到着することは出来た。

 それぞれのクラスに大型のコテージが割り当てられ、一応お互いの達成率など判らないように工夫はされている。

 荷物を解き、すぐさま全体の会合が開かれ、それぞれのクラスの課題を提示された。


「このキャンプにおいて、諸君らは自然と一体化した生活を学び、環境に配慮した知識の収集と言う我が校の理念を――」


 まずは恒例の演説をぶち上げる教師陣。ワラク先生は担当ではなかったのか、今回のオリエンテーションには参加していない模様。

 その横には監視役だろう、エルフの姿も見ることができた。


「では。各クラスの採集課題を発表する。一組はフィロの木の葉を採集してくる事、これは風邪薬に使用される」


 フィロの木は背が少々高いのが難点だが、回収自体はそれほど難しくは無い。植生はまさに広範で、世界中で見かけることができる。

 もちろんこの森にも存在し、子供が小遣い稼ぎにやってくる事もあるそうだ。

 渡された袋は背負い袋五つで、これは結構な量になるからそれなりの時間が掛かるだろう。


「二組はクコの実を三袋、三組はリグニア石を五キロ集めてくること」


 クコの実は汎用の毒消しの材料になる素材で、これも世界中で見ることができる。でも、手提げ袋三袋となると、かなり苦労するだろう。

 リグニア石は魔術触媒として知られ、魔法陣を描くインクなどに混ぜ込まれることが多い。珍しい物ではないが、岩山を登らないといけないので、見つけるには苦労するかも。


「四組はスプリングラビットの毛皮を一着分集めてくること」


 スプリングラビットは防寒具の一般的な素材になる動物で、全長五十センチほどの大型のウサギだ。

 蹴り足が強く、子供が弾き飛ばされる事がよくあるが、死亡するほどではないので危険度は少ない、

 もっとも野生の動物なので、貴族連中には見つけるのも狩るのも苦労するかもしれない。


「五組はジャイアントビーの蜂蜜を十キロ集めてくること」

「……えっ!?」


 わたしたちは一瞬耳を疑った。

 ジャイアントビーは三十センチを超える超大型の蜂で、単独でも非常に危険な昆虫だ。

 もちろん蜂が単独で居ることは無く、十から三十匹と言う大群で巣を作る。

 蜂蜜は栄養剤として高い効果を持つけど、単独でも殺傷力の高い昆虫を大群で相手にしないといけない為、依頼でも人気は低い。

 そもそも数センチのスズメバチですら人が死ぬ事があるというのに……こんな課題を未熟な生徒に出すなんて、正気とは思えない。


「ちょっと待てよ! 俺たちに死ねって言うのか!?」

「すでに決定された課題だ。可能かどうか判断し、不可能と思うならリタイヤしてもかまわない。もちろん創意と工夫で乗り越えてくれると信じているがね」

「っざけんな!」

「教員への暴言は容認できない。リタイヤではなく失格にしても構わないのだよ?」

「……そういうことですか」


 いやらしい笑いを浮かべる教員を見て、ご主人は吐き捨てるように言い捨てる。


「行こう。これ以上口論しても無駄だ。対策を立てないと」

「まだ解散とは言っていないが?」

「迅速に依頼に対応するのも、冒険者の資質ですよ」

「……ふん、好きにしろ」


 憤慨してその場を立ち去るご主人を始めとして、次々とそれぞれのコテージに戻り、自然解散となった。



「どういうことなんだ!」


 コテージに着くや否や、顔を真っ赤にして怒りを表す委員長風の眼鏡男。

 貴族のお嬢様が連れてきた冒険者五人も困惑を隠せていない。


「どうもこうも……つまりはボクたちにリタイヤさせたいのさ。教員側としてはね」

「なぜそんなことをする必要がある?」


 テーブルに座り水を飲むご主人の意見に、質問を返したのは冒険者のリーダー風の男。

 彼はさすがに冷静さを残している様子だった。


「ボクたち五組は、言うなればオチコボレだ。そういったクラスはおとなしく劣等生に甘んじていろというアピールだよ。ボクたちを生贄に上位クラスのモチベーションを上げようという考えだろうね。現に上位クラスほど課題が簡単な物だった」

「一組はフィラの木の葉集めだったな。つまり我々は噛ませ犬ってわけか」

「そんな横暴、認められませんわ!」

「君が認めなくても、教員には関係が無いだろうね」

「くそが! 舐めやがって!」


 ご主人の推測にお嬢様と不良が怒りの声を上げる。


「もちろんボクも舐められたままで居るつもりは無い。連中はこちらに切り札が居ることに気付いていない」

「切り札?」

「もちろん、エイルのことだよ。ボクが彼女を従者にしているのは伊達じゃない」

「リムル様、何か手段がある?」


 正直言ってわたしは一対一なら絶大な力があると思う。だけど、今回のような『群れ』を相手にするには、相性が悪い。

 多数を相手にするには魔術が最も簡単な対応策だが、わたしはあまり魔術に適正が無かった。


「数を相手にするには、確かに攻撃魔術が楽なんだけど……今回は必要ない」

「というと?」

「必要なのはカーテンやマント、それから薪、かな?」

「なにするつもり?」

「ワラク先生が言ってくれた『前準備』が役に立つ。まずは巣を見つけないとね。その為には、今日は念入りに準備しよう」


 そう言って、コテージ中のカーテンを剥ぎ取り始めた。



 夜間は夜目が利かないので、わたしとご主人の二人で森に入る。

 時刻はすでに深夜。他の生徒はすべて寝入っているけど、抜け出す際に、監視員だけは気付いて付いて来た。

 エルフも夜目が聞くので、特に問題はないだろう。他の生徒が居ない方が、むしろ全力を出せると言うのもある。

 夜目の利かないご主人を背負い、森の中を駆ける。


「そういえば監視員の人、名前は? ボクはリムルです。この子はエイル」

「コールだ」


 まるでわたしの様なぶつ切りの返事。

 抜け出すわたしコールに付いて来たのだから、観察力はある人のはずだし、興味が無いわけでもないはずだろう。


「採集の上で、留意しなければならないことはありますか?」

「出来るだけ森を荒らさないようにしてもらえればいい」

「それは……シンプルですね」

「リムル様、着いた」


 ジャイアントビーの生息地は、森の奥の水際が多い。

 水分の多い地域だと草花が多く咲き、蜜を集めやすいというのも有るらしい。


「よし、じゃあ巣を探すぞ。ボクは光球の魔術を使うから、気にしないで」

「わたしは夜目が利くから、そのままでも大丈夫」

「見つけても合流するまで手は出さないで」

「わかった」


 一時間ほど沢沿いに森を探索していると、ジャイアントビーの巨大な巣を発見した。

 大木の枝にぶら下がったソレは五メートルほどもある。巣の位置も同じくらいの高さで、ちょっと厄介。


 すぐさまご主人と合流し、手はず通りに強襲を掛けた。

 ジャイアントビーは視野が広く、鋭い視力を持っている。複眼なのは伊達じゃない。

 その分、夜間での行動には大きな制限を受ける。

 夜闇に紛れて近づき、カーテンを縫い合わせて作った大風呂敷で巣をすっぽりと包み込む。

 何匹か包みきれずに漏れてしまったけど、足の速さに任せて巣だけを完全に封印する頃、漏れた蜂が襲い掛かってくる。

 すぐさま小剣二本を引き抜き、夜間で動きの鈍った蜂を斬り飛ばして回る。

 時間にしてほんの数分で殲滅を完了した。


「よし、じゃあもう一枚被せるぞ。作業中に逃げられたら危険だし」

「うん、わかった」


 次に容器を巣の下にセットして、薪を配置。ご主人が熱球の魔術を作って火を着け、巣を全体的に熱し始める。


「これは何をしているんだ?」

「ジャイアントビーは蜂の魔獣です。蜂は熱に弱くて、六十度ほどに暖めてやると死亡します。だから巣ごと暖めてるんですよ」

「ふむ……では、熱で蜜が溶け出したりするんじゃないか?」

「だから下に受け皿を用意しました。後、暴れだすとさすがにカーテンでは耐えられないので、エイルが破られそうな所を叩いて、暴れる蜂を仕留めて回ります」

「あの容器はどこから出したんだ?」

「内緒です」

「彼女は翼を生やして飛んでいるが、ナニモノなんだ?」

「秘密です」


 カーテンを破ろうと針が所々から飛び出すけど、わたしはそれを叩き折って回る。

 三十センチを超える体格があっても、巣の中で飛ぶことはできない。巣の中は狭く、助走ができないほどきつく包まれているので、一気に突き破るほどの勢いがつけられないでいた。

 こうなると大きな身体はむしろ邪魔だ。布を突き破る手段である針をへし折ると、今度はその体が邪魔になって後続が出てくることが出来ない。

 三十分ほどモグラ叩きを続けていると、とうとう動きが無くなった。


「よし、もう少し様子を見て動きが無い様なら持って帰るぞ」

「了解」

「こんな取り方があるとはな」

「もっと頑丈な網があると、確実なんですけどね。ワイヤー製とか」

「鉄なら燃えないから熱源をもっと近づけられるからか。なるほどな」

「それに針で破られる可能性が少ないですしね。夜間だと動きが鈍いので、夜目が利いて素早いエルフだと、楽に捕獲できるでしょう」

「この方法を俺の村で広めても?」

「構いませんよ。ジャイアントビーは居るだけで危険ですし、蜂蜜は利用価値が高いですから」

「生態系を潰すのは本意ではないが、な」


 後日、コールさんの所属する村の特産品に、ジャイアントビーの蜂蜜が追加された。



 枝をへし折り、巣を包んだままコテージに持ち帰る。

 五メートルを超えるサイズの巣なので、十キロのノルマは余裕でクリアできるだろう。

 朝、カーテンの無い窓から差し込む光で早々に目を覚ました生徒たちが、玄関先に放置された巣を見て驚愕の声を上げる。


「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!?」

「んぁ?」


 絶叫したのは意外にもチンピラモドキ。早起きの不良って珍しい。

 わたしは巣を見張るために、寝袋を使って巣の傍で夜を明かしていたので、大声で目を覚ますことになった。

 眠い目をこすりながら、寝癖で金髪を爆発させた不良モドキを見上げる。


「これはジャイアントビーの巣。夕べ取ってきた」

「んな危険なモン持ち込むな!」

「中身はきっと全滅してる。安全」

「きっとってなんだよ」

「一晩中見張ってても動きは無いから。後は蜜を搾り取るだけ」

「どうやったんだよ……」

「リムル様の策略?」

「あのガキか……末恐ろしいな」


 ご主人は最年少の十二歳なので、平均入学年齢が十五を超えるこの学院では、『ガキ』扱いも致し方ない。

 そうでなければ、とっちめているところだ。

 不良の絶叫で目を覚ました他の生徒も次々と起きだしてくる。他の生徒も、巣を見た反応は不良と大差ない。

 全員が起きだしてきた所で、ご主人が昨夜の作業を説明し、蜜作りを開始する。


「巣を取ってきてくれるのはいいが、勝手なことをしないでくれないか?」


 ご主人に苦情を申し立てるのは委員長風の生徒。確か名前はアレフ・サウスフィールドだったっけ?


「単独行動は悪いと思うけど、非常に危険な場合もあったからね。失敗して責められるのも面倒だし」

「そもそも失敗するような策を実行するということが――」

「じゃあ、みんなで巣に突貫するかい? それともリタイヤを選ぶ? 昨日ボク以外で意見を出した人は居なかったと思うけど」

「お前っ!」

「文句を言うだけなら誰でも出来るんだよ。そもそもあれだけワラク先生に前準備の重要性を指摘されていたのに、ボクたち以外で図書室を利用した人、いないでしょ」

「く……」

「楽に獲物が手に入ったのだからいいじゃないか」


 険悪な空気に割り込んできたのは、雇われ冒険者のリーダー。


「今ならトップで採集試験をクリアできる。多少無茶をしたかもしれないが、結果は悪くないだろう。無理に突っかかる必要もないだろう?」

「それはっ! ……わかりました。でも今後はみんなに相談して行動してほしい」

「了解」


 ぜんぜん『了解』してない風でご主人が答える。

 行動を起こさず不平ばかりの他の生徒に、意外とご主人は怒っていたのかもしれない。

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