第35話 提出

 蜜を搾り出す作業は、単純作業なので意外と早く済んだ。

 巣の表面を削り、内部に貯蔵された蜜を細かく砕いて熱で溶かせば、ジャイアントビーの蜂蜜は出来上がるからだ。

 面倒だったのはジャイアントビーの死骸を取り出す作業。他にも蜜に適さない部位も存在するので、それも取り除く。

 ミツバチの場合はサイズが小さいのでそのまま砕いても問題ないのだが、ジャイアントビーの巨体ではそうもいかない。

 巣を砕き、内部を溶かす為に選り分け、砕く段階で死骸も取り除いていくのだが、貴族育ちの連中は寄り付こうともしなかった。


「きゃーきゃー言う前に手を動かせばいいのに」

「まぁ、貴族さんの労働力には期待して無いよ。ボクがこのクラスで期待してるのはエイルだけ」


 ご主人はサラッとこちらの喜ぶセリフを混ぜ込んでくるから、油断できない。

 面と向かって期待しているといわれて、張り切らないわけにはいかないじゃ無いか。

 わたしは作業する手を自然と早めて、ご主人に愚痴を零す。


「むぅ、リムル様は口が上手い。そう言われたら頑張るしかないじゃない」

「なら、おべっか使っただけの価値はあったね」

「ダマした!? ずるい!」


 上手く乗せられたと聞いて、ご主人に掴みかかる。

 もちろん本気でやってるわけじゃ無いけど。


「うわっ! エイル、その手で触るのはやめて! ベタベタだから!?」

「リムル様もベタベタの粘々になるがいい」

「お前ら、ジャレてねぇで作業しろよ」


 わたしたちの他愛ないスキンシップに口を挟んできたのは不良風の生徒。

 意外にも真面目に蜜搾りに参加していたのだ。


「居たの、不良」

「不良じゃねぇよ、フリオだよ! フリオ・ホールトン」


 そうそう、そんな名前だった。

 彼は目付きが悪いけどそこそこ上流階級の子息で、魔術の才能があると言うので学院に来た生徒だ。

 家計に余裕はあるけど、貴族では無いらしい。後、不良でも無いらしい。目付き悪いけど。


「何で『目付き悪い』を繰り返したし……いや、確かに藪睨みだけど」

「まぁ、彼女に悪気は無いんだよ。多分」

「あったらぶん殴ってるわ!」


 そんなこんなで蜜搾りを終えたのだった。

 ちなみに蜜は百キロほど採れた。大漁である。



 無理難題を突きつけた教師の足元に、百キロの蜂蜜を叩きつける。


「ば、馬鹿な……」

「お望み通り、ジャイアントビーの蜂蜜ですよ。ちょっと余分まで採れましたが」

「たった一日でだと、どんなイカサマをして入手したんだ!?」

「イカサマとは聞き捨てなりませんね。ちゃんと森で採取した物ですよ。コール氏が証人になってくれます」

「確かにこの目で確認した。いささか、常識外れな手段ではあったがな」

「嘘だ!」

「この私を『嘘つき』呼ばわりか?」

「いえ、そ、そのようなことは……」


 監視員の前で採集したのに、それを嘘呼ばわりされれば、そりゃ気も悪くなろうってものだ。

 まったく、この程度で名高いラウム魔術学院の教師になれるのか?


「彼らは成績優秀とは言い難いクラス。それがこの様な結果を出したのですから、驚くのも無理は無いと……」

「魔術だけがすべてでは無いと言うことだな。彼らの採取法は力任せな私たちよりも遥かに効率的で安全だった。森に住む私ですら評価に値する程な」

「し、しかし……私共は魔術学院。魔術を使用せぬ採取などは……」

「魔術なら使用していたぞ。もっとも焚き火でも代用できる程度ではあったが」

「それが問題なのです! その程度で好成績を残されては――」

「効率よく運用することも評価の埒外か? その程度の認識で教員とは、魔術学院の権威も地に落ちたな」

「なっ!?」


 あからさまに侮蔑の視線を向けられ、言葉に詰まる教員。

 そういえばこの教師、名前なんだっけ……興味無かったから覚えてないや。


「ともかく、これで私の任務は終わったのなら帰らせてもらうが、いいか?」

「くっ、ええ……構いません」

「ではこれにて失礼」


 さっときびすを返し、教員の元から立ち去るコール氏。

 さすがにあまり相手にしたくない様子だ。彼はそのまま、わたしたちの元までやってきて――


「今回はなかなか面白い物を見せてもらった。これであの巨大蜂ジャイアントビー退治で、怪我人が出ることも減るだろう」

「お役に立てたなら、なによりですよ」

「今度北の森に来るなら私を訪ねてくるといい。美味い蜂蜜酒を振舞おう」

「うっ!?」


 酒と聞いて、言葉を詰まらせるご主人。酒好きな割りに酒に弱いから、この誘いは悩む所なんだろう。

 いつもと逆にやり込められるご主人を見ていると、ニヤニヤしてくる。


「あー、その……非常にありがたい申し出なのですが、ボクはまだ未成年ですので……」

「ああ、そうだったな。では蜂蜜入りの果実水でも用意しよう。なんにせよ歓迎させてくれ」

「はい、それはもう喜んで」


 彼はご主人の返事に満足げに頷くと、そのまま森の中へ消えていった。

 背の高い草に一瞬だけ視界が遮られると、そのまま二度と現れる事はなかった。これが森の中のエルフの隠密術か。

 身体能力だけではあの隠行を見破るのは難しそうだなぁ。


「くそ、五組は課題クリアだ。期間までの間ゆっくり身体を休めていろ」


 コール氏が消えたことで勢いを取り戻した教員が、忌々しげに宣言する。

 このオリエンテーションの期間は五日間。勝手に帰るわけにはいかないので、期限切れか全クラスが課題クリアするまでは待機しておかねばならない。

 つまるところ、残り四日はただのキャンプに成り下がった。

 その事実に気付いた他の生徒は歓声を上げ、コテージへと戻っていく。


「いいのかね、俺ら何もしてねぇ……」

「いいんじゃね? 護衛の仕事が楽だっただけだと思えば」

「こんなのでお金貰うの、なんだか悪い気がするわ……」


 生徒とは逆に、雇われた五人の冒険者は微妙な表情をしている。さもありなん。

 結局、一日目に課題を提出したのは、五組と最も簡単な課題を出された一組だけだった。



 その夜、取り外したカーテンを元に戻している最中に、一組の生徒が訪れてきた。


「おい、ここは五組のコテージで間違いないか?」


 いきなり居丈高にがなりたてるコイツは、間違いなく貴族だろう。

 わたしもご主人も、そんな連中は相手にしたく無いので洗濯で忙しい振りをして距離を取る。できれば早々に立ち去って欲しい。

 見かけはゴツく、身長は百八十センチほど。縦も横も無駄にでかい印象。ご主人と同じ金髪碧眼なのにむさ苦しさばかり先行する外見。

 溢れ出る高慢さが不快感を煽る。


「なんだいきなり?」

「ここは五組かと聞いている、さっさと答えろ」

「名乗りもしないで上から不躾な奴だな。無礼にも程があるだろう!」


 貴族の対応に怒鳴り返したのは、委員長風のアレフだ。

 彼も背は高い方だけど、アレの前ではさすがに霞む。


「ああ、ダメだな。これはこじれるぞ」


 アレフの対応にご主人がボソリと呟く。


「無礼? 侯爵嫡男たる、このフランツ・リッテンバーグに向かって声を荒げる貴様こそ無礼であろう!」

「こ、侯爵!?」


 相手の地位を聞いて、あからさまに腰の引けるアレフ。

 ここで意地を通せるくらいなら見直したのに……


「そうだ、一組主席の俺が聞いているんだ。早く答えろ!」


 しかも一組か……面倒ごとの予感しかしない。


「ハ、ハイ。ここは五組のコテージです」

「その五組に次期侯爵様がなんの用かしら?」


 腰の引けたアレフに変わって前に出たのが貴族のお嬢。


「ふん、ヴェルマーテ伯の出涸らしか」

「失敬な!」

「そうかな? ヴェルマーテの長女は、長男にすべての才を吸い上げられて残った出涸らしと言う噂だぞ?」

「わたくしは……兄のオマケではありませんわ」

「こんな所に甘んじて、よく言う」

「くっ、一体なんの用ですの」


 唇を噛み締めるようにして、屈辱に堪えるお嬢様。

 わたしとしては、彼女は嫌いではない。ちょっと高飛車な面もあるけど、クラスのことはちゃんと考えてくれている子だ。

 現に、冒険者をお小遣いで雇ってきてくれたのも彼女だし。雇われた冒険者は黄ランク。けして安くない出費だったはず。


「お前たちが汚い手段を用いて、俺たちを出し抜いたと聞いてな。どんな手段を使ったか聞き出してやろうと思っただけだ」

「答えるとでも思っているのかしら? そのオツムはお花畑?」

「貴様……出涸らしの分際で!」

「そもそもわたくしたちは直接関わってないから、どんな手を使ったのか知りませんもの」

「フン、所詮出涸らしには何も期待できんと言うことか」

「…………」


 涙を堪える彼女に、わたしは久し振りに頭にきた。これは初めて会った時のケビン以来の怒りだ。

 一歩踏み出そうとするわたしの肩を、ご主人が掴んで止める。

 代わりに一歩前に出て、告げる。


「ジャイアントビーは夜目が利かないので、夜に巣ごと網で包み、熱で焼き殺したんですよ」

「ふん、そんな事か……五組らしくセコい手を使うものだな」

「力が無いので、知恵を使わせてもらいました」

「策を労じるのは無能の証拠か。我等には必要ないな」

「かもしれませんね。お陰で首位は頂きましたが」

「チッ、運が良かっただけで大きな顔をするな」


 忌々しげに唾を吐くと、フランツは自分のコテージに戻っていった。

 ひとまず追い払い溜め息をつくご主人に、お嬢様が話しかけている。


「よかったの、話してしまって?」

「ああ、構いませんよ、ヴェルマーテさん。どうせ半端な知識と力量じゃ怪我するだけですし」

「マリアでよろしいですわ。それにしても、半端な力量ね。つまりあなたは半端じゃ無いと言う自慢ですの?」

「半端無いのはボクじゃなくてエイルですよ。彼女の夜目の良さと敏捷さがあってこそ成し得たことです」

「そ、そう……彼女が嫁なのね」

「え?」

「え?」


 いまなにか……微妙な意味の違いがあったような?

 三人で首を傾げていると、そこに威勢のいい声が掛かってきた。


「や、五組の諸君。うちの困ったちゃんが厄介掛けたネ」


 視線を向けると、そこには背の高い女子生徒が立っていた。

 ご主人を超える、百六十センチくらいの長身。スタイルもメリハリがあって抜群。黒くて長い、艶やかな髪に整った細面。

 年の頃は十五歳くらいなのに、明確に美人と言う範疇に分類される容姿。


「あれの増長にはウチも困ってるんだよね。まぁ、犬に噛まれたと思って水に流してくれないかな?」

「あなたは?」

「あ、ゴメンゴメン。私はセーレ・カークリノラース。セレたんでもカー君でも、好きなように呼んでいいよ?」


 その名を聞いて、後ろの方でボソボソと話す声が聞こえる。


「今度は一組次席だぜ」

「実力なら主席以上って話だけど」

「アイツの主席は家の力だろ。実質彼女が……」


 とかなんとか。

 つまり、彼女が真のナンバーワンって事かな。


「好き好んで他所のクラスにケンカ売ることも無いじゃない? だからこれはお詫びにね」


 そう言って彼女が持ち出したのは、一本の瓶。酒瓶だ。

 なんだか高そうな焼印も入っている。 


「いや、尻拭いして回ってる私が言うのもなんだけどさ。ホントにゴメンネ? 特にヴェルマーテのお嬢さん」

「え、いえ……気にしてない、とは言いませんが、まぁ……気にしないようにしますわ」

「お酒、一応みんな成人済みだろうけど、禁止されてるから内緒で飲んでね? あ、後でチクって嵌めようって気は無いから安心して」

「はぁ」


 マリアも威勢よく、軽快に話す彼女に毒気を抜かれたように返す。


「未成年の子は悪いけど我慢してね。それでさ、ついでと言っちゃなんだけど、私にも詳しく教えてくれないかなぁ? 蜂退治のこと」

「ああ、それが本題ですか」

「余興よ、余興。酒の肴。そんな腹黒いことしないわよ、失礼ね」

「まぁ、隠すことじゃないので別にいいですけど」


 そんなこんなで5組のコテージで、彼女を交えて酒会が催されることになった。

 人懐っこい人もいたものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る