第33話 準備

 クラスミーティングを終えてご主人と合流、二人で窓の外を眺めると三々五々に帰途に着く貴族達の馬車が見て取れる。

 他にも寮に向けてタラタラと歩く一般生徒の姿も。


「ボクたちの教室の生徒もいるね。ワラク教師にあれだけ言われたのに」

「ん」


 彼は前もって準備しておくことが重要だと言っていたのに、早々に帰宅するなんて。


「ま、ボクたちだけでも、やれることはやっておこう。エイルは図書室の場所とかわかる?」

「話だけなら聞いたことがある」

「いつの間に?」

「ついてきて」


 受験の時、エリーとお茶をしていた時に図書館の場所は聞いている。

 ご主人の手を引いて、図書室に案内。一階の一角に図書室の掛札がある巨大な部屋を発見した。


「で、けぇ……」

「うん、聞いてたけど、ここまでとは思わなかった」


 一階の一角と言うけど、校舎一つの一階部分が丸ごと図書室と化している。

 話では、この他にも地下書庫もあるんだとか。


「さすが最大の蔵書量を誇るだけはあるね」

「エリー、ここを管理してるって言ってた」

「ここの図書委員は重労働っぽいなぁ」

「うん、大変だって言ってた」



 扉を開けて中に入ると、入り口付近に大きなカウンターが設置されていた。

 そのカウンターの中に、予想通りエリーがいた。


「あ、エイルちゃんだ! ここに来てるってことは、ご主人の試験は受かったんだね」

「うん、こっちがわたしのご主人様」

「どうも、リムル・ブランシェです。と言ってもエイルはもう解放したので、ボクは主人でもなんでもないんですけど」

「あ、そうなんだ。良かったね!」

「ん、とりあえずの目標は達成」


 彼女はパタパタとスリッパを鳴らしながらカウンターから出てくる。

 その様子を奥の管理者が、物言いたげに眺めているのが目に入った。


「エリー、少し静かにしないとマズイ?」

「あ、しまった。私、すぐ調子に乗っちゃうのよね」

「フレンドリーなのは、相談しやすくて良いと思いますけどね。まぁ、場所柄からすれば致し方ないかと」

「そう言ってくれると助かるわ。挨拶が遅れたわね。わたしはここの2年で、図書委員のエリー・ライムよ。以後お見知りおきを」

「はい、お世話になります。それで今日は二週間後のオリエンテーションの事を調べに来たんですけど」

「あー、あれね。確かこっちの書架に歴代の成績とかを纏めた記録が……」


 エリーに促され、人目のあまりない書架に案内される。

 そこには『新入生野外実習試験記録』と言う冊子が三冊ほど収まっていた。


「歴代のオリエンテーションの記録と結果が、大まかだけど書いてあるわよ」

「助かります。それとこの会場の周辺地図とかありますか?」

「んー、開催地はいつも同じというわけじゃないから、ここでやるっていうのは断言できないかな?」

「じゃあ、北の森でエルフの管轄地の地図を。現在判明してるのはこれだけですし」

「アバウトかつ広範囲ね。一応こっちのが地図になるかな?」


 差し出したのは『周辺森林地図 北部編』と書かれた一冊。

 ご主人はそれを受け取りながら――


「これ、貸し出しできますか?」

「残念ながら、禁帯出よ。でも写していくのは問題ないから、そこの机使うといいわ」

「そうだ、高位治癒術式に関する書物とかありますか? ボクは治癒術を使いますので、興味あるんですよ」

「んー、確か地下の保管庫に有るには有るんだけど、地下の本は上位成績の者か高学年にならないと閲覧できないのよ」

「そうですか。何から何まで、ありがとうございます」


 ご主人が礼を言って、机に向かう。わたしもその後を追って本の内容を調べ始めた。



 過去のオリエンテーションでは、クラスごとに森の素材を採集するミッションが与えられ、その速度で成績を競う試験だったようだ。

 採集品目はキノコや木の実、薬草とかが多く、あまり難易度は高くなさそう。


「でも、そのわりに未達成の班も多いんだな」


 ご主人の指摘の通り、毎年少数の班はミッションを達成できずにリタイヤしている。

 リタイヤしたクラスがどんなミッションだったかは記載されていない。


「それにクラスごとに、集める素材は違うみたい?」

「あ、ホントだ。この年とか、解熱剤と高級キノコが別々のクラスに出されてるな。となると植生なんかも調べておいた方が良いか」

「リムル様、ここ、ここ……動物の素材も提示されてる」

「うわ、狩猟ミッションもあるのか。新入生にはつら過ぎないか?」


 どうも提示される素材は各クラスごとに違うらしい。

 しかも採集から狩猟まで幅広いため、これを調べておけば良いと言うのは一概にはわからない。


「動物の生息域に、植物の植生範囲、それに地理も知っておかないと厳しそうだな」

「リタイヤしても良いんだし、無理に覚える必要は無いよ?」

「でも、今後もこの街で研究をするんなら、地理や素材の繁殖域は知っておいた方が良いさ」


 そういって逐一ノートに書き写していくご主人。正直めんどくさい。


「異空庫に仕舞ってこっそり持ち出せないかな?」

「やめとけ。知識の占有をしたいわけじゃないし、それに盗難防止の処置くらいはしてるはずだよ。異空庫は内部の信号まで遮断していなかったから、ばれる危険性が高いよ?」

「むぅ……」


 そういえば、イーグは異空庫内部の器物に掛けられた発信の魔術を受信して、わたしに襲い掛かってきたんだっけ。


「こういうのを簡単に複写できる魔術はないの?」

「そういった魔術は聞いた事がないなぁ。イーグなら何か知ってるかもしれないけど」

「あの子は丸覚え帝王だから、ピンポイントな魔術には対応してないかもしれない」

「ひどいな、一応ボクらの師匠だろ……」


 イーグは様々な剣術や魔術に知悉ちしつしているが、それは過去にそういった技術の使い手を知っていたからに過ぎない。

 本来ドラゴンを始めとした魔獣は、生命体として完成されているせいか、技術の向上には無関心でいることが多い。

 イーグも例に漏れず、そういった技術を見て知ってはいるけど、自力で改良したり開発しようという欲求は殆ど無い。


 それからしばらく書籍の模写を行っていたが、その成果は芳しいとは言えない。

 調べたいものが無いわけではない。むしろ探せば必ずと言っていいくらい詳細かつ精密な資料が出てくる。この辺りはさすが『知識の坩堝るつぼ』と呼ばれる学院だと感服したくらいだ。

 問題はその資料があまりにも膨大すぎて、調査が横道に逸れることがあまりにも多かったから。


「あ、ここってフィロの木が自生してるんだ……これ、を煎じて飲めば流行性感冒に効くんだよね」

「リムル様、目的から逸れてる」

「あ、ごめん……お、こっちにはクラーレが生えてるのか」

「リムル様……」


 と、まあこんな調子だったので、結局は翌日も図書館に入り浸ることになった。



 とはいえ、毎日図書館通いをするわけにはいかない。

 わたしたちは一応冒険者で、しかも注目株だからだ。調査の合間には、もちろん依頼を受ける。


「というわけで、北の森を主軸にした依頼を受けてほしいんだ」


 その日、夕食時にケビンとアミーさんに会って、今後の依頼の傾向を相談することになった。

 イーグは最近朝の鍛錬時以外見かけない。少し離れた山にいい温泉を見つけたとかで、そこに入り浸っているそうだ。

 火を噴くドラゴンにとって、寒いこの時期と地方は厳しいのかもしれない。


「野外実習ねぇ。お前らに今更必要だとは思えんのだけど」

「だよね。エイルちゃんってば、もはや熟練冒険者の域だし?」

「そうでもない。エイルは技量のわりに知識面が疎いところがあるからね。それに依頼も下見がてらって程度だから、無理にとは言わないよ」

「たかだかオリエンテーションに、やる気になってんじゃねぇっての」


 ケビンはなんだかめんどくさそうな反応をしている。

 考えてみれば、彼にはまったく関連性のない依頼なので、そういう反応になっても仕方の無いところかな。


「まぁ、俺はお前らが居ねぇと仕事にならねぇから、別にいいけどさ」

「そうでもないよ。ケビンは確実に腕を上げているって」

「お前に勝てない程度じゃなぁ……」


 ご主人は魔力付与の魔術を使えば、何とかケビンを倒せるレベルだ。もっとも使わないとアミーさんにも遅れを取る程度の力量だけど。


「それはボクがズルをしてるからだよ。普通に戦えばケビンにはまだ敵わない」

「魔力付与か……俺も学んでみたいな」

「お、ついに向学心に目覚めたかね? ならボクが教えてあげよう」

「お前、無駄にスパルタそうだから遠慮するわ」


 最近、ご主人は剣の腕がケビンと近いせいで、いい感じに仲がよくなっている。ライバルって関係だろうか?

 わたしを置いてじゃれ合っているのを見せられる事もしばしば有るので……正直ムカッとする。

 ムカッと来たのでテーブルの下でケビンの足をゲシゲシと踏んでおく。それはもう念入りに。


「いってぇ! いてぇっての!? お前、力が半端ねぇんだから、ちょっとは加減しろよ!」

「エイル、無意味に仲間を攻撃するのは、よくないぞ?」

「ぐぬぬ……ごめんなさい」

「でも北の森ってエルフの管轄地でしょ? あんまり依頼とかないんじゃない?」

「それもそうなんだよね。ハウメアさんの伝手つてを頼ってみるかな?」

「だから、なに本気になってるんだよ?」

「リムル様は地味に負けず嫌いだから」


 だからこそ、十二という若さで治癒系魔術を極めていると言えるけど。

 それに、図書室地下の保管庫に入るためには好成績を残す必要がある。次の試験は四ヵ月後の四月の定期試験だ。

 そこでより好成績を残し、教員の印象を良くしておけば、地下に入室する事が出来るかもしれない。

 だからご主人は燃えているんだろう。ならば従者のわたしが張り切らないわけにはいかない。


 それから二週間、わたしとご主人はハウメアさんの力を借り、北の森を探索しまくったのだった。



 二週間が経ち、オリエンテーション当日。


「これは……予想しなかった展開だ」


 ご主人は目の前の光景に、あんぐりと顎を落とす。

 正直わたしも同じような心境だ。


 目の前には上位クラスの生徒が雇った冒険者の群れ。新入生百五十人に対し、冒険者が同じくらい居る有様だ。


「おい、これ……ずりーんじゃね?」


 不良っぽいクラスメイトがぼやくのも無理はない。

 確かに採集試験ならば人手は多いほうがいいし、野外に慣れた冒険者のサポートもありがたいけど、いくらなんでもこれは無いでしょ。

 かくいうわたしたちのクラスも、貴族風のお嬢が新米冒険者を一パーティ雇ってきているけど、他のクラスはそれ所ではない。

 最上位の一組なんて生徒の倍の六十人近い冒険者を雇っているし、二組は四十人。三組と四組もそれぞれ四から五パーティの二十人ほどを確保している。


「リムル様、ボンボンの冒険を甘く見てた」

「うん、ボクもここまでとは思わなかった」


 教員たちはいつもの光景なのか、慣れた物だった。

 毎年こんな騒ぎを起こしているんだろうか?


「それではこれよりオリエンテーションを開始します。まず北のキャンプ地に向かって移動。それから一泊して明日から試験開始です。護衛を雇ってきている者も多いようですが、各自気を抜かないように注意すること」


 教員が拡声の魔術を使って注意事項を伝達し、わたしたちのオリエンテーションが始まったのだった。

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