第31話 登録

 行きがけに手早く薬草を集め、コモドドレイクの住処まで向かう。距離にしておよそ一日。

 往復の時間と狩りの時間をあわせれば、試験にもギリギリ間に合うはずだ。

 森に入って一泊し、岩場を抜けた先に魔獣の巣穴を見つけることが出来た。


「うわ、居る居る。どうするのリムル君、結構数多そうだよ?」


 斥候に出たアミーさんが報告してくる。彼女の報告だと、数にして十五、六匹はいるそうだ。

 規模としては、かなり大きな巣穴といえる。通常なら青ランク四パーティで当る事案だろう。


「そうだな……経験を積まないというのも問題ありそうだし、イーグに適当に焼き払ってもらってから、ボクたちで残党を仕留めよう」

「い、一匹程度なら何とか相手に出来るぜ……?」

「じゃあ、ケビンには一匹丸ごと相手にしてもらおう」

「冗談だよ! みんな一緒でお願いします!」


 本来、わりと絶望的な規模の巣穴なのに、気楽にしていられるのはイーグのおかげといえる。

 まぁ、わたしもかなり楽に倒せそうな気はするけど。


「エイルも余裕がありそうだから、岩場を挟んでイーグとエイルで挟み撃ちな。最後の一匹はボクたちで倒せるか試してみよう」

「りょーかい、ボス」

「ケビンは怪我が厳しいと思ったら、すぐにエイルと交代してボクのところに戻ること」

「わかった」

「アミーさんは適宜支援砲撃。味方に当てないように気をつけて」

「うん」

「イーグは最後の一匹には手出し無用。エイルはケビンが危険なようだったら交代ね?」

「はい」

「それじゃ……行くよ!」


 何度か組んで気心の知れた仲だから、打ち合わせもスムーズに終了。

 わたしはイーグと二人、コモドドレイクに向かって突撃を敢行した。



「なんていうか……身も蓋もねぇな」


 戦闘はつつがなく終了。すでに残党も処理し、今は倒した魔獣の証明部位と素材の剥ぎ取りを行っている。


「ケビン、口より先に手を動かせ」

「わぁってるよ」


 コモドドレイクは巨体でタフとはいえ、イーグやわたしの一撃を受けて平気でいられる程ではない。

 巣穴を挟み、逃走ルートを封じつつ奇襲を掛けたわたしたちに、対抗する暇もなく次々と狩られていく。最後の一匹にはケビンを前面に押し立てて対応した。

 ケビンもこの二週間でかなり腕を上げているのか、多少の傷を負いながらもコモドドレイクの攻撃を捌き、アミーさんの火炎魔術で押し切り勝利することが出来た。


「でもよ、剣の一振りでコモドドレイクの首がポンポン飛んでいくんだぜ? なんかおかしいだろ」

「エイルちゃんならありうる」

「いやアミー、その認識はおかしい」


 ちなみにわたしは斬れ味重視のグラム。イーグも竜化せずにセンチネルを使って殲滅した。

 コモドドレイクの討伐証明部位はブレスを吐き出すための燃料を溜め込む液腺。それ以外にも店に売れる部位は多いので、剥ぎ取る量はかなり多い。

 皮は防具の素材になるし、尻尾や足回りの肉は食用になる。牙や爪も武器に適する。それが十六匹分。

 内臓やらその他の肉は食用にも薬用にも適さないので、埋めて処理する。


「これ、どうやって持って帰るんだよ」

「適当な丸太とグランドヘッジホッグの針を使ってそりを作ろう。それをエイルとイーグが引いていけば余裕だろう」


 十六匹分の手足と尻尾、それに皮。重量にして軽く数トン単位になる。

 わたしがその重量を引けるのは材木運びの時に実験済みだ。しかも今は魔力付与による身体強化も可能になっている。

 純粋ファブニールであるイーグも、もちろん引けるだろう。



 手早く橇を組み、ゴリゴリと引いて街へと戻る。途中で血の臭いに引かれて、野犬が数匹襲い掛かってきたけど、ケビン一人で撃退できた。

 どうやら彼の腕も橙ランクに匹敵する程度には上がってきているみたい。

 野犬の討伐部位である牙を抜き、素材になる皮を剥いでおく。肉は役に立たないので埋める。


「獲物が増えるのはいいけど、荷物が増えるのは困るな」

「大丈夫、肉体労働役第二号が居るから」

「それは俺か? 俺なのか!?」


 ご主人に指差され、ケビンがわめく。

 幸い三つ目の橇を作る必要も無いまま、街まで辿り着くことが出来た。

 街中に入ると、馬鹿でかい橇を引いているわたしたちは凄く目立つ。その先頭を歩いている(歩かされている)ケビンは更に目立っている。


「おい、なんだよアレ……」

「あの先頭、『災獣殺し』のケビンだろ」

「あの橇、コモドドレイクだよな? 何匹倒してきたんだよ」

「十匹は軽く超えてるぜ……十五匹くらいか?」

「コモドドレイクの群れって、青パーティが三つとか四つくらいで連携して倒すようなモンだろ? 単独パーティであの数か……すっげぇな」

「単独で殲滅か……新しい伝説になるな」

「あの橇を引いてる子たちも凄いぞ。あの重量を物ともしてない」

「それを率いてるってのは……やはり、さすがだな」


 周囲のざわめきを聞いてご主人は満悦顔だ。ニヤリと悪役っぽい笑いを浮かべて呟く。


「宣伝効果は抜群だ」

「やめろよ! もう勘弁してくれ!?」

「やだよ、キミにはもっと目立ってもらって、ボクらの隠れ蓑になってもらう。代わりにそれなりのバックは提供するつもりだから安心して?」

「できるかー!」


 ご主人の思惑は、ケビンの名声を盾に自分たちの功績も引き上げていく方針だ。単独で功績を挙げれば目立つけど、ケビンを矢面に立たせれば、多少は目眩しになるという考えのようだ。

 悪役な笑みを浮かべるご主人の胸倉を掴んで、やり場のない怒りに喚くケビン。それを見て観衆が更に沸く。


「見ろよ、たけってやがる!」

「あれだけ戦ってまだ足りないというのか」

「狂戦士だな、まさに」

「おお……もう……」


 もはや何を言っても偉業に変換されてしまう有様。ケビン、南無。

 そんなギャラリーを引き連れてギルドへと帰還。受付のお姉さんに報告を済ます。


「お疲れ様。詳細の説明は必要かしら?」

「ん、ご主人が登録していた時に聞いていたので、大丈夫」

「わたしもだいじょーぶー」

「それでケビンさんの依頼ですが……こちらも完了を確認しました。素材はすべて買取でいいですか?」

「ああ、構わない」

「いえ、肉を一匹分ボク達に融通してください。食料にしますので」

「了解しました。ではコモドドレイク討伐完了報酬が金貨百枚。素材十五匹分が金貨二十一枚。野犬の毛皮は銀貨六十枚となります」

「では、金貨四十枚をボクたちとアミーさんに。ケビンには金貨四十一枚と銀貨六十枚を」


 合計は金貨百二十一枚と銀貨六十枚。なかなかの物だ。

 ケビンは名目上リーダーなので、少し多めに割り振っている。


「え、ええ? いいの、私そんなに貰っていいの? っていうか、五人で山分けじゃないの?」

「だよな? 五人だと一人金貨二十四枚に銀貨三十二枚だろ」

「いえ、この二人はまだ見習いですし、リーダーはケビンなので多めに。それにボクたちは薬草集めの依頼とかこなしてますので」


 わたしたちの薬草集めは三人で銀貨九十枚を受け取っている。


「お前らがそれでいいなら、俺としてはありがたい限りなんだが……」

「そうよね、ホント悪いわよ」

「いえ、その代わり一匹分の肉を受け取ってますので、実はアミーさんが一番割り食ってるんですよ?」

「そんなことないわ。私なんて後ろで魔術撃ってるだけだったもの。一番楽してるわよ」

「それを言ったら、一番楽したのはボクですよ」


 ご主人は治癒術を使用できるので、パーティの生命線だから良いのです。


「それではこちらを。それにしても到着二週間でこの偉業、さすが『災獣殺し』ですわ」

「いや、俺の力じゃないし」

「しかも力に奢らぬその態度……これが強者の余裕……」

「ああ、もう……お前ら、恨むぞ」


 投げやりな様子のケビンの肩をご主人が抱え、こっそりと耳打ちしている。


「悪いとは思ってるよ。その代わりにお願いしたいことがあるしね」

「なんだよ?」

「これから一か月、キミにはどんどん功績を上げてもらう。そして名を上げたら、学院にエイルを従者として連れて行けるように掛け合って欲しいんだ」

「そんなモン、俺みたいな雑魚の言葉が通るはずないだろ」

「だから名を上げてもらうのさ。そのためにボクたちは最大限協力する。もちろんそれに応じた金も手に入るだろう。今日みたいにね」


 こそこそとナイショ話をするご主人は、まるで詐欺師のようだ。


「名声を得たキミを学院も無視することは出来ないだろう? ましてやファブニールを撃退できる戦力とのパイプは、のどから手が出るほど欲しいはず」

「俺にそんな力はねぇよ!」

「だがそんなこと、向こうは知るよしもない」

「ぐぬぅ」

「それにどっちにしても結果的には同じさ。実質戦力がボクたちである限り、ね」

「どうしてそこまで表沙汰にしたくないんだよ、お前ら」

「誰にでも都合ってものがあるよ。エイルたちにも納得してもらってる」


 理由はすでに聞いてますけどね。死者蘇生の魔術開発とか、さすがに他人には聞かせられない。


「くっそ、人をコマ扱いしやがって……」

「本当に悪いと思ってるんだよ。だから資金的な面でも役に立とうと言ってるんじゃないか」


 三日で金貨四十枚、市民一か月分の月給が二十枚から四十枚と言われている。

 それを考えるとかなり大儲けだ。これは平均的な青ランクの報酬の四倍に当たる。


「それに今回だけでもキミの腕はかなり上がってると見たよ?」

「まあ、確かにな……」


 本来格上の魔獣との戦いをこなし、ケビンもアミーさんもかなり腕を上げている。

 このまま手を組めば、いずれはランクに負けないほどの力量になる可能性だってある。

 強くなる道を目の前にして、上昇志向の強いケビンが耐えられるはずもなかった。


「ああ、くそ! わかったよ、貴様の掌で踊ってやる。その代わり絶対俺を強くしろよ!」

「まかせとけ。というか、それはエイルの役目なんだけどね」

「そのエイルの主人じゃねぇか、貴様は」

「ああ、エイルは解放したからもう奴隷じゃないんだ」

「あ、そうなんだ? エイルちゃん良かったねー!」


 アミーさんがわたしを抱え上げてクルクル回る。祝福してくれるのは、素直にうれしい。


「でも、まだリムル様は支えてあげないと」

「もちろん、それは応援するよ!」

「ん、ありがと」

「でもエイルちゃんの首輪姿が見れなくなるのはちょっと残念……」

「え゛っ!?」

「だって、なんだか嗜虐心がそそられるんだもん」

「ごめん、ちょっとアミーさん寄らないで」

「え、なんで!?」

「むしろ、そこで驚く理由がわからない」


 ちょっとドン引きしたわたしにケビンは鬱陶しげに声を掛ける。


「お前ら緊張感が削がれるから、ちょっと黙っとけ」

「なによ、力を借りようって相手に酷い言い草ね」

「お前の力を借りるんじゃねぇ!」


 反応したのは、なぜかアミーさんだったけど。


「ま、そんな訳で明日は宿からの引越しがあるから、明後日にでももう一度依頼を受けよう。青ランクの依頼はケビンじゃないと受けられないから、また頼むよ」

「ああ、明日の夜に依頼を受けよう。勝手に選ぶのもあれだから、お前も来てくれるか?」

「夜なら時間も空いてるだろうから、構わないよ」

「あ、ケビンだけずるいわよ。わたしだって強くなりないんだから、混ぜなさいよ」

「チッ、飯奢ってもらった恩があるからな。断れねぇか」


 こうしてケビンとアミーさんとの、欲望塗れの協力体制が構築された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る