第30話 生活

 翌日、わたしたちはギルドへ訪れた。拠点となる家と依頼を探すためだ。

 紹介された中で目に付いたのは、町外れにある一軒家。

 受付のギルド嬢に案内されて、現物を見学しに行くことになったのだけど。


「学院から少し遠いけど条件は悪くないですね。でも値段が――」

「金貨八百枚、さすがに予算オーバー」

「ですが、この価格はこちらとしてもギリギリまで切り詰めたものですので」

「何とか五百くらいまで、まかりませんか?」

「レンタルならばもう少しお安くできるのですが……」

「改修も視野に入れているので、レンタルはちょっと問題がありますね」


 依頼で差額の金貨三百枚を稼ぐには、少々時間が掛かかりすぎる。

 それにもう一つの問題……周囲の治安もあまりよろしくない。

 その物件は町外れにあるということで、警邏の巡回なども少なく、モンスターの襲撃などがあれば真っ先に被害にあいそうな場所だった。


「僕は治癒術師として働いていた経験もあるので、ギルドで雇ってもらって何とか前借するとか、できませんか?」

「わたしの一存では、ちょっと……」

「ですよねぇ」


 ご主人が自由にできる金額は金貨五百枚が上限。


「リムル様、よかったらわたしが……」

「いや、いい。レンタルで借りて、後ほど購入という流れは可能ですか?」

「多少無駄ができますが、可能ですよ。月に銀貨で三百枚、金貨3枚になりますが」


 どうもご主人はわたしからお金を借りることに忌避感を持っている様子。

 出会った頃は異空庫の中身まで利用しようとしていたのに。

 もっともあの頃は、初めての奴隷売買と禁忌に一歩踏み出した高揚で暴走気味だったと、今ならわかる。

 ともかく、薬草探しや素材集めなどの、赤ランクの報酬の基本は銀貨三十枚程度が相場。月に十回やれば元は取れる。生活費のことを考えると、二十回程度で元は取れる計算だ。

 だが購入も視野に入れるということは、そこからさらに貯金も蓄えなければならない。それも、かなりの額を。


「これは毎日薬草引っこ抜きに行かないといけないねー」


 イーグは気楽そうに感想を述べているけど、いざとなると鱗引っぺがして売ってやる。

 実際、資金を稼ぐ手段自体はいくらでもある。

 イーグやわたしの鱗を売ってもいいし、『地下室』から持ち出した財宝を処分してもいい。金貨八百枚というのは一般市民の年収四年分に匹敵する大金だが、ひねり出せないことはない額だ。

 だが潔癖症のご主人は、自分の都合で巻き込んだわたし達の援助を受けることを、嫌がっている節がある。

 初めて会った時は『異空庫の中に何がある?』とまで確認したしたたかさはどこへ行ったのやら。


「とりあえず、この物件を見過ごすのは惜しいので、レンタルってことで契約できますか? 後々に購入も検討しますので」

「はい、わかりました」

「それと、戻ったらこの子たちの冒険者登録もお願いします」

「はぁ!?」


 これはわたしとイーグも驚きの声を上げる。


「なに驚いてるの、もうエイルは奴隷じゃないんだから、冒険者登録できるだろ」

「それはそう、だけど……」

「ならエイルもなっておいたほうが色々と都合がいいこともあるでしょ。それにイーグも」

「えー、わたし面倒」

「キミを連れ歩くだけで問題が起きそうなんだから、なっといて」


 確かに『歩く大災害』とまで呼ばれる災獣の中でも最高峰のファブニールなんだから、面倒は多そう。


「この方たちですか……その、当方のギルドは小遣い稼ぎも兼ねて幼少の登録者もそこそこいますけど、いささか幼すぎる気が――」

「あ、彼女たちはこう見えて僕より年上なんですよ?」

「え、そうなんですか?」

「わたし一つ年上」

「えーと、わたしはぁ――」

「言わなくていいからね?」


 イーグの歳を聞いたらひっくり返りかねない。エルフだったら、イーグより年上はいるかもしれないけど。


「では問題ないですね。ギルドに戻って手続きを行いましょう」

「はい、お願いします」


 ご主人の鶴の一声に押し切られた形で、わたしも冒険者になることになった……まぁ、いずれはなるつもりでいたから、問題はないけどさ。



 ギルドは相変わらず強面のお兄さんで満ち溢れていた。ベリトほどの数はいないし、質もあまり良くはなさそう。

 ゴロツキ一歩手前というのが半数と、成り立てのピカピカが四分の一、後は子供の小遣い稼ぎ兼任って言う感じのが四分の一。

 残りの極々少数に腕利きがいるみたい?


「それではこちらが薬草採取の依頼になります。内容は回復用ポーションの材料となるセラスの葉を二十枚。冒険者用の試験は毒消し用のクコの実を二十個ですね」

「二人だと四十個ですか?」

「そうなります。期限はどれも三日以内。森の奥はエルフの領域になりますので、乱獲にはご注意を」

「そこに踏み込んだら、面倒なことになりますか?」

「おそらくは。ですが立て札も立ててありますし、誤って迷い込む可能性は少ないかと。それにギルド試験という話をすれば、多少の融通は利かせてくれますよ」

「なら安心ですね」

「セラスの葉やクコの実の形状に関しては大丈夫ですか?」

「ええ、一応薬学も修めてますので。彼女たちもボクが指導しておきます。」

「わかりました。がんばってくださいね」


 そういえば、エルフといえばハウメアさんの故郷だ。一度覗きに行って見たい気持ちはあるかな。

 それぞれが依頼を受けてギルドから出ようとしたところで、見知った顔を見て足を止める。

 掲示板の前で渋い顔をしているのはケビンだ。一緒にアミーさんもいる。珍しい。


「ケビンじゃないか、どうしたんだ?」

「あ、聞いてよリムル君! ケビンってばねぇ――」

「言うなー!」


 珍しくアミーさんの方が主導権を取っている様子。これもなんだか珍しいな。


「なに、どうかしたの?」

「分不相応なランクになっちゃって仕事が受けられなくなっちゃったんだって」

「あぁ……」


 そういえばケビンはすでに一流の証の青ランク。今まで材木運びや薬草探ししかしたことがなく、せいぜいゴブリン相手に暴れてたケビンが、いきなり青の魔獣退治とか受けるのは荷が重いか。


「最近、青で来てる依頼ってグリフォンだのヒポグリフだのの幻獣が主でよ。手に負えねぇから仕事にならないのに、生活費が掛かって貯金が……」

「最近は私がご飯おごってあげてるのよ」

「チクショウ、何でこんなことに」

「それはちょっと心が痛むかな? ふむ……」


 ご主人が掲示板を眺め、一枚の依頼票を手にとってケビンに渡す。


「これを受けなよ。ちょうどボクたちの仕事と場所が重なってるから、手伝ってあげられる」

「え、いいのか? って、コモドドレイク退治!?」


 コモドドレイクとは、全長が三メートル程もある大型のトカゲだ。一応ドラゴンの亜種とされ、炎のブレスも吐いてくるし、タフ。

 そんなトカゲの親分の巣が発見されたらしく、退治の依頼が来ている。

 コモドドレイクは結構大きな巣を作るから、おそらくはそんなデカブツを十匹程度は相手にすることになるだろう。

 青のパーティがいくつか連携して対応するような依頼だ。


「その代わり報酬は山分けな?」

「あ、じゃあ私も噛ませてよ。エイルちゃんたちが居るなら安心だわ」

「俺たちだけじゃ、荷が重くないか?」

「エイルもイーグも居るのに?」

「……それもそうか」


 コモドドレイク退治の報酬は金貨百枚。小さな村落なら数匹で滅ぼせる魔獣だけに、報酬も高額だ。

 だが竜種最高峰のイーグが居るなら、簡単極まりない仕事。ケビンもそれを知ってか鼻歌混じりで依頼を受けに向かった。

 その姿を見て、周りの冒険者達がざわめきだす。


「おい、あの『災獣殺し』がコモドドレイクを退治するんだってよ」

「しかも単独でかよ。今度こそ死ぬんじゃねぇ?」

「どうかな? あいつ魔竜ファーブニルを撃退したって話だぜ?」

「マジか!? すでに人間じゃねぇな」

「それどころか新米のレクチャーも兼任するみたいだぜ」

「素人守りながら魔獣の群れ相手にする気かよ……正気じゃねぇだろ」


 ご主人、気を利かせたみたいだけど、なんだか逆効果になってます。

 上機嫌でわたし達と合流したケビンに、今度は厳つい顔した兄ちゃんたちが話しかけてきた。

 三人組で装備もそこそこ。なかなか経験は積んでそうだ。


「よう『災獣殺し』。そんな素人と組むより俺たちと組もうぜ?」

「そうそう、そんな赤どもより俺らの方が絶対役に立つぜ」

「大体力量があってないだろ、弱っちぃ赤どもはすっこんで――げぼぁ!?」


 その時点でイーグの右足が兄ちゃんの一人にめり込んでいた。

 兄ちゃんは蹴りの勢いでほとんど水平に吹っ飛んでいき、木板の壁をぶち抜いて隣の部屋へ消えていく。


「な!? て――」


 いきなりの惨劇に呆気に取られた兄ちゃんたちが我に返り武器に手を掛けたかたちで、今度はわたしの左ボディが炸裂。

 イーグに負けず劣らずの勢いで、こちらは扉をぶち抜いて通りへと消えていった。

 こんなのを相手にするのは面倒だけど、付き纏われるのはもっと面倒。

 それを見てご主人は軽く頭を抱えた後、取り繕うために口を開く。


「その程度の力量で『災獣殺しの英雄』ケビン殿に取り入ろうなど言語道断。せめてこのイーグに勝てるようになってから出直してくるんだな。ケビン殿はボクの数倍も強いぞ!」


 ご主人の宣言を聞いて、さらにざわめくギルド。

 さらっと自分の数倍はケビンが強いという真実も混ぜ込んでいるあたり、腹黒い。


「マジか。さっき飛んでいったあいつ等って黄ランクだよな!?」

「それを一蹴したガキどももすげぇけど、その数倍だと?」

「人間ってあんな風に飛ぶように出来てないだろ。ナニモノなんだ?」


 愕然とするギルドに、さらにご主人の追撃。


「くくく、このイーグは我らの中でも最弱……」

「わたし、オヤビン――エイルお姉ちゃんにコテンパンにされたのだー」

「な、なんだと!」


 まぁ、ご主人の部下の私の従者というイーグの立場は、確かに最弱と言えよう。

 私がイーグを倒したのも、嘘じゃない。


「確かに一番年下に見える……って事は他の連中はどれだけ……いや、『災獣殺し』はどれほど強いんだよ」

「無理だ……俺達にはあいつ等に付いて行くことはできん」

「ああ、あんな連中と一緒に仕事したら、それこそドラゴンの巣に突撃させられるぜ」

「近付かない方がいいな」

「ああ、命あっての物種だぜ」


 さらに暴走する噂に、がっくりと肩を落とすケビン。

 わたしはその肩にポンと手を置き――


「ボッチ確定、おめでとう?」

「うるせーよ!」


 ご主人は残った最後の一人に目を向け、告げた。


「さて、まだやるかね? これ以上我らの手を煩わせるというのなら、次はこの四天王最強のアミー殿が相手をすることになるが」

「え? うぇ!? ちょ、リムル君!?」

「ま、待ってくれ、俺は降りる! 降りるから見逃してくれよ! ちょっとした出来心だったんだよ!」

「あいつが最強なのか?」

「一番年上そうだしな」

「そういや見ない顔だな」

「二週間くらい前に流れてきた連中だよ。確かケビンと一緒に来た……」

「ああ、なるほど。だから顔に見覚えがないのか」


 あわあわ慌てるアミーさんを他所に、ご主人の大法螺は止まらない。


「彼女の魔術は山をも砕く。東の平原の惨状、ファブニール一匹の仕業と思ったかな?」

「た、確かに……平原のあちこちにクレーターが……」

「あれを災獣とはいえ、魔獣一匹がやったとは思えねぇ」

「あいつがやったのか」

「俺、ナンパしないでよかったぁ」

「お前勇気あるな、してたら今頃干物になってたぞ、きっと」

「ああ、運が良かったぜ……」

「た、助けてくれぇぇぇ!」


 残った一人が、まるでドラゴンにでも遭ったかのような必死の形相で逃げ出していった。

 それを見てドン引き状態の男性冒険者たち。アミーさんも悲痛な表情。


「あ、ああぁぁぁ……」

「ボッチ二号?」

「うわぁぁぁぁん!」


 ご主人のホラは周囲に被害をもたらすみたい。わたしも注意しないと。

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