第32話 入学
あれから、さらに一か月が経過した。
ご主人の計画通り、わたしたちはそれなりに実績を積み、わたしとご主人は橙ランク、アミーさんは黄ランクに上昇した。
ケビンに至っては超一流の証である藍ランクまで上昇している。
一か月で十度を超える討伐をこなし、しかもその内容は青ランクですら尻込みするような強敵ばかり。
ワイバーン、グリフォン、ランドウォーム……果ては災獣タイラントライノと呼ばれる魔獣まで討伐しているのだ。
タイラントライノは身長が二十メートル近くある二足歩行の大型爬虫類で、ブレスなどの特殊能力は無いが、尻尾や牙、爪といった一撃がそれだけで破城鎚に匹敵する破壊力を持っている。
皮膚もグランドヘッジホッグに匹敵するほど硬く、バリスタ程度では傷一つ付かない。
だが、わたしにとってはむしろ
魔力付与で身体能力を強化し、一気に懐に飛び込んで片足を滅多切りにして斬り飛ばす。
倒れた所を背後に回り、尻尾に弾かれない様に注意しつつ、首元の脊椎を両断。後は脊髄反射でしか動けなくなった身体を息絶えるまで切り刻めば終了だった。
こうやって書くと非常に単純に倒せるような相手に聞こえるけど、実際はこれほど簡単にはいかない。
まず十メートル近くもある尻尾の攻撃を掻い潜り、懐に飛び込むことが難しい。
次に足の蹴爪を避けつつ、硬い皮膚に守られ、ゴムの様に柔軟な筋肉を裂き、鉄骨の様に硬い骨を切り倒すことが不可能に近い。
最後に暴れまわる二十メートルの巨体の背後に回りこみ、正確に脊椎を両断することが、ほぼ不可能と言える。
これらを正確にこなすことが出来たのは、魔力付与のギフトもさる事ながら、イーグに学んだ剣術の効果が大きい。
的確な体重移動、精密な刃筋、無駄の無い身体運用。
これらがわたしの動きの無駄を削ぎ落とし、更なる攻撃強化に貢献しているのだ。
もちろん体勢も崩れにくくなったので、防御面でも大きな効果がある。
イーグ曰く、今のわたしなら『最強の紫ランクだってねじ伏せる事ができる』だそうだ。
ちなみにこの討伐、アミーさんが新たに覚えた幻惑の魔術で、わたしがケビンに変装して行っていたので、彼のランクが1つ上がることとなった。
この魔術式もイーグの提供による物だ。
もちろん鍛え上げたのは、わたしだけではない。
ご主人も魔術の腕を鍛え上げ、今では十メートル先の相手にも治癒魔術を掛けれるようになっている。
しかも護身用といってイーグに剣術を習っており、魔力付与を使えば黄ランク程度の相手ならあしらえるくらいの力量になっていた。
それを使わなくても橙ランク程度はあるので、充分戦力になりうる。
高い治癒力も合わせて、その持久力はパーティ随一と言えるだろう。
ケビンもわたし達に付き合うことで修羅場を
彼の腕は魔力付与したご主人と互角程度はあり、黄ランクの上位くらいなら五分でやりあえる程になった。
アミーさんもイーグの知識やわたしが持ち出した魔術書から魔術を学び、ケビンとの戦果も相俟って注目の冒険者となっている。
単純な攻撃魔術だけでなく、幻惑系や防御補助など多彩さを増している。
そうして期待のルーキーと化したわたしたちは発言力を増し、わたしも従者として学院に追従することができるようになった。
再び災獣を倒したことが大きく影響したと思われる。
そして今日は学院の入学式。
ご主人は制服とケープ、シャツを纏い、未成年用の半ズボンを履いている。
「何でボクだけ半ズボンなんだ……?」
「少年用の制服だって。似合ってるよ?」
「あー、ありがとうって言っていいのかなぁ」
ご主人は線が細いけど、背は高いのでなんと言うかこう……背徳のショタっぽい雰囲気が、うん悪くない。
わたしも従者用のメイド服を着用している。背中を隠すことが出来ないので、サラシを使って翼をきつく身体に巻きつけることで誤魔化していた。
手足もスカートやブーツ、手袋などで隠すことになっている。
左目はさすがに何時までも包帯と言う訳にはいかないので、眼帯を購入しておいた。
手足をがっつり隠した眼帯ロリメイドになってしまった。せっかく少し膨らんできた胸も、翼を隠すためにガチガチに固められて、大平原化している。
「ご主人はまだいい、わたしなんて動き難いったら……」
「帯剣できるんだからいいじゃないか」
わたしは従者兼護衛なので、校内での帯剣が許可されている。でも、いつもの両手剣はさすがに威圧感がありすぎるので、
その代わり一本では心許無いので、二本腰に差しておいた。どう見ても変なメイドと化しているけど、気にしないでおこう。
「まー、リムル様と一緒で変な主従だから、いっか」
「ボク、やっぱり変か?」
「大丈夫、押し倒したい」
「やめろよ!?」
奴隷から解放されたけど、わたしはまだご主人に付き従っている。
行く場所が無いわたしにとって、ご主人は最後の拠り所だ。きっと研究が一段落着いても、わたしは彼から離れられない気がする。
まるで産まれたばかりの雛鳥のように、彼に依存しているのかもしれない。
マクスウェル劇団の人たちが、わたしが解放されたことを知って何度も勧誘に来たけど、彼の元を離れたいと思うことはなかった。
「いいや、それじゃそろそろ行こうか」
「はい」
これが、ご主人の目標の第一歩。
わたしたちは制服という防具に身を包み、学院へと踏み込んでいった。
「このラウム魔術学院の開祖は仰いました。『知識を集めよ。次代に継がせよ』と。我々はその思想の元、代々の知識を継承すべく日々精進し……」
大講堂に新入生が集められ、生徒会による歓迎のスピーチが行われている。
だけど、もはや歓迎とかそういうモノから大きく外れた説教と化しているのは、気が付いているのだろうか?
わたしたち従者は生徒ではないので、入り口付近の壁際で直立不動。
ご主人は新入生最下位なので、すぐ目の前の列に座っている。
その後も教員代表やら新入生代表やらの挨拶が続き、二時間経ってようやく解放された。
生徒たちが続々と講堂から出て行ってから、従者であるわたしたちが後に続く。
その後はクラス分けに従い、ご主人のクラスへと付いていく。
本来従者は教室まで付いていくことは出来ないが、初日の今日だけは緊急時に備え、クラスの位置を知らねばならないので追従が許可されている。
ご主人のクラスは五組。成績順に並べられているので、これは一番成績が悪いクラスだ。
このクラスは正規に魔術を学んでいない一般市民が多い。
「おはようございます」
ご主人が一声掛けて教室に入る。
先に入室していた生徒たちの視線が、一斉に突き刺さってきた。このクラスは平民が多いので、ご主人の他に従者を連れているものは居ないみたい。
「おい、あいつ……」
「『災獣殺し』の腰巾着だぜ」
貢献度を上げるために荒稼ぎしたせいで、わたしたちもそれなりに注目されているようだった。
「エイルは後ろで待機しててね」
「はい」
ご主人はボードに書かれた席に付き、用意されていた教材を鞄に放り込む。
しばらくすると席はすべて埋まり、教員が入ってくる。どうも従者はわたしだけのようだ。
「はい、諸君静粛に。今日から一年、このクラスのみんなが諸君のクラスメイトになります。私は担任のワラクと言いいます」
ワラク先生は四十過ぎに見える男性で、やや頭部の後退した冴えない印象の教師だ。
生徒たちも新しい環境に緊張して、猫を被っている様子。
「まず、この後の予定を告げますと、授業の本格的開始は一か月後の二月からになります。二週間後に北のエルフの住む森でオリエンテーションの野営を行いますので、それまでに宿泊の準備などを済ませておくようにしてください。詳細は添付のしおりに書いてありますので、熟読しておくように」
「先生、いきなり泊まりなんですか?」
生徒の一人が教師に質問する。体格のいい男子生徒で自己主張が激しそう。
昔のケビンを品行方正にしたら、あんな感じかもしれない。
「本格的な授業が始まる前に、クラスで一体感を得るためだそうです。それと魔術を学ぶだけでなく、実地を学ぶ必要もあります。そういう時のために野外での活動を学んでおくと言うのもありますね」
「俺たちは魔術を学びに来たのに、野外活動? そういうのは冒険者に任せた方がいいんじゃねぇの?」
そう声を上げたのは、ややヤサグレた印象の兄ちゃん。まるでテンプレのような不良面。
でも言ってる内容はもっともかな?
「魔術師が冒険者の真似事をしてはいけないと言うことは有りませんよ。むしろフィールドワークの大切さを学んで頂くのは重要な案件です」
「森で野営だなんて野蛮な……しかも森! 貴族の私が野で過ごすだなんて……」
そう不平を述べたのは、豪奢な金髪の巻き毛を持つ女性。典型的な貴族の風貌。
「向いているかどうかは関係ありませんね。それに身分も学院内では関係有りません。少なくとも建前上は。それにこのクラスの生徒に、手段を選ぶ余裕はあるのですか?」
「くっ!」
このクラスは学院最下位。建前上、身分制を否定する学院で育ちを主張するなんて、無意味と言える。
むしろ魔術の腕前こそ至高な学院に置いて、五組のわたしたちは、いきなり後が無い。
フィールドワークを選り好みする余裕なんて無いはずだ。
「それにこのオリエンテーションで、他クラスとの競争なども企画されています。最下位の五組の汚名を
「ハッ、それなら気にすることねぇよ。このクラスには『災獣殺し』の仲間がいるんだぜ!」
「そんなところで期待されても困るんですが」
「なんだよ、金魚の糞じゃ役に立てませんってか?」
挑発的な言葉を吐く不良面。この野郎、ご主人になんてこと言いやがる……わたしが思わず一歩踏み出そうとすると、ご主人に制止させられた。
「エイル、よせ。ボクは見ての通り後衛、しかも治癒術師ですからね。どの様な競争かは知りませんが、アクティブな行動は苦手なんですよ」
「おいおい、腰巾着を認めんのかよ」
「そのとおり、ボクはオマケですよ」
「違う! リムル様は――」
「エイル、いいから」
「でも……!」
ご主人はわたしやイーグが功績を上げて、その恩恵を受けているだけの自分に引け目を感じている。それはわたしも傍から見て感じていた。
だからこそ、ご主人は強くなることに貪欲に取り組んだ。魔術だけでなく剣にまで手を出し、魔力付与も実用レベルまで会得している。
そして貪欲であると同時に、卑屈にもなって来ている。届かぬ高みを毎日イーグに見せ付けられているからだ。これは悪い傾向だと、わたしは思う。
「先生、従者を連れて行くことは可能ですか?」
「それは構いません。それを含めて個人の力と評価されますから……というのは表向きの話で、上位クラスの貴族には野営の知識も技術も無いものが多いから、という事も有るからですね」
「ああ、確かに貴族連中には野外でのキャンプは難しいでしょうね」
ご主人がちらりと金髪の女性を流し見る。
「な、私を馬鹿にする気ですの!?」
「いえ、ですが不快にしてしまったのでしたら謝罪しますよ」
「森での野営の知識についてはしおりに記載していますが、より詳細については図書館などで調べることが出来るでしょう。他にも現役の冒険者を雇ったり話を聞くことで学ぶことが出来ます」
「……つまり、『事が起こる前に学び、備えろ』と言うことか。学院の基本理念には合致するな」
ワラク教師の言葉に、ご主人が納得したように呟いた。
「おっと、少し話しすぎたようですね。それでは皆さん、二週間後を楽しみにしていますよ」
そういって彼は教室から出て行った。先ほどの一言は自力で到達する必要があるものだったっぽい?
とにかく、二週間後に備えて準備しろってことだよね、ご主人。
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