第28話 理由

「なにそれ、せっかく助かったのに奴隷にされちゃったの!? ひどいじゃない」

「まー、その時はわたしも髪の色とか、いろいろ様変わりしてたし?」

「エイルちゃんはお人好しが過ぎるわよ? 私だったら皆殺しにしてやるんだから!」

「エリー、過激」


 エリーが熱いお茶をポットに入れて持ってきてくれたので、風の強い屋外でもそれほど寒さを感じない。

 そもそも日当たりもいいし、センチネルを風除けに使っているのもあって、ちょっとしたハイキング気分だ。


「でもそれを知って解放してくれないご主人様、リムル君だっけ? 彼もヒドイわよ」

「そう? 優しくていいご主人だよ?」

「優しかったら解放してくれるっての」

「むぅ」


 さすがにご主人の非難には頬が膨れるのを感じる。

 良くしてもらってる自覚はあるのだ。


「あ、ゴメンね? 別に気を悪くさせようと思ったわけじゃないのよ。エイルちゃんがそこまで信頼してるんなら、きっと良い人ではあるのよね」

「ご主人はいい人、よ?」

「うん、そうだね」


 微笑んでワシワシと頭を撫でるエリー。

 角に当たりそうだから、あまり撫でるのは遠慮してほしい。人外なのがバレちゃう。


「で、そのリムル君だけど……どう? ここ受かりそう?」

「ご主人なら大丈夫。魔術に関しては天才的」

「そんなに凄いんだ」

「でも攻撃魔術は苦手だから、そこだけはちょっと心配」

「どこが天才なのよ……まあ、治癒術師用に回復力を測る試験もあるから、大丈夫だとは思うけど」


 ご主人はインテリなので学科は大丈夫なはずだから、問題ないと思うけど。


「それよりこの剣が無ければ中でお茶できたんだけどねぇ」

「ん、しかたない」


 人がいるとは思わなかったから訓練にこれを使ってたけど、持ち運ぶには異空庫に仕舞わなければならない。

 人前で仕舞うわけにはいかないので、出しっぱなしだ。色々と面倒な剣である。


「さすがに、これ持ち込んだら苦情が出そうだしね。よくこんなの振れるわねぇ」

「ん、体質のおかげ」

「ギフトね。豪腕辺りでも持ってるのかしら」

「そんなところ?」


 とりあえず嘘はついていない。それにギフトは個人の切り札だから、隠すのも不自然じゃ無いはず。

 彼女もそこはわきまえているのか、深くは追求して来ない。


「これ、どれくらいの重さがあるの?」

「百二十キロくらいかな? 量ったことは無いけど。以前は軽量化の付与魔術とか掛かってるみたい」

「百二十!? エイルちゃん、ひょっとして私を持ち上げたりできる?」


 そんなことを言ってきたので、ヒョイと抱きかかえて見せた。俗に言うお姫様抱っこだ。

 さすがに襟を持ってぶら下げるのも失礼だし、なにより彼女はわたしより二十センチほど背が高い。


「わ、すごいすごい! 本当に力持ちなのね!」

「エリーの重さは大体――」

「言うなー!?」


 大方の目安を告げようとしたら、絶叫してわたしから飛び降りて行った。


「最近、運動不足だから気にしてるのよ!」

「エリーは柔らかくて気持ちいいよ?」

「そこが微妙な所なのよね」

「ご主人はわたしは『骨ばってて硬い』って文句言うし」

「……リムル君と抱き合ったりしてるの?」

「寝るときはいつも。ご主人は体温が高くて気持ちいい」


 寒いし。それにご主人は子供らしく体温高いから、温かくて気持ちいい。


「そ、そう……最近の子は進んでるのね。いえ、奴隷だからそう言うのは当然なのかしら?」

「……?」


 なにやら小声でブツブツと考え込むエリー。

 彼女はどうも、先走る傾向があるみたいだった。



 そんな風に楽しくお茶をしていたら、いつの間にか陽が傾いていた。


「ゴメン、そろそろご主人帰って来る」

「あ、そうね。確かに試験も終わる頃だわ」

「お茶、ごちそうさま」

「こちらこそ、今日は楽しかったわ。入学しても仲良くしてね?」

「わたしが入学するわけじゃ無いし。でもよろしく」

「あはは、よろしくね!」


 彼女は手早くお茶の道具を片付け、校内に戻っていった。ウン、いい子だ。


「じゃ、またね」

「また今度ね」


 軽く手を振りあった後、センチネルを担いで正門前に戻る。

 途中人目が無いのを確認、魔力探査も併用して念を入れてから、センチネルを異空庫に仕舞う。

 しばらく暇を潰していると、ご主人が門から出てきた。


「おかえりなさい」

「ただいま、って言うのはまだ早いかな?」

「試験、どうだった?」

「ま、受かりはしたよ。最下位だったけど」


 最下位? ご主人が? まさか!


「なんで!」

「学科はトップだったんだけどなぁ……実技がね」

「リムル様の魔術でダメだったの?」

「試験内容は十メートル先の的に魔術をかけることだったんだよ」

「あー……」


 ご主人は最上級の治癒魔法である快癒まで使いこなせるけど、遠隔使用ができない。

 これは施療院で患者に接しながら魔術を使ってきた弊害とも言える。

 院では患者の容態を見間違わないよう、常に近くで術を行使するからだ。

 ここで必要なのは術式の強度であり、遠隔で使用するような器用さでは無い。

 ゆえにご主人は近接治癒と言う、非常に特化した成長をしている。


「苦手な攻撃魔術の炎弾を使って何とか滑り込んだ感じだね。体術の試験結果は推して知るべし」

「うん、そっちは無理ってわかるよ」

「うるさいよ!? ちょっとはフォローしてよ」

「自分で言っといて……わがまま」

「それでも女の子には期待していて欲しいのが男心なんだよ」

「リムル様が凄いのはそこじゃ無い。わたしは知ってるし」


 ご主人の凄いところは、患者を前にしたらどんな恐怖にも立ち向かっていけるところだ。

 決して、剣を取って戦うことでもなければ、魔術で敵を倒すことでもない。


「う、うん。まあ、エイルがわかっててくれるならいいんだよ」

「はい」

「それでね……」


 そこでご主人は凄く真剣な表情をした。

 まるで敵に会った時みたいな鋭い表情。


「帰ったら話があるから。食事の後は部屋で待っててくれる?」

「ん? わかった」


 なぜ今じゃいけないんだろう、とは思ったけど、あまりに真剣な表情なのでわたしは頷くだけにしておいた。



 食事が終わってしばらくしたら、イーグが温泉から帰ってきた。

 どことなく恍惚とした表情、というか『子供は見ちゃいけません指定』されそうなくらい蕩けてる。

 なまじ美幼女な外見なので、背徳感が半端無い。服もどこか緩んでて、『事後』を激しく連想させる。


「イーグ、ひょっとして今までお風呂に入ってた?」

「いやー、いいお湯だったぁ。オヤビンも来ればよかったのに」

「わたしはのぼせるから、遠慮する」


 お風呂への誘いを拒否しておいて、イーグの服を整える。この格好はなんだかご主人には刺激が強いと思う。

 襟元をキチンと合わせ、少しずれた腰周りを調整し、服の裾を引っ張って背中もピシッと整える。

 出来上がったイーグは、『事後の蕩けた美幼女』から『頬を染めたウルウル瞳の美幼女』へと変化した。

 これはこれで危ない気がする?


「あ、イーグも戻ってきてたのか。丁度いい」


 そこへご主人が戻ってきた。紅潮したイーグを見て一言。


「ん? 風邪か? 長湯は感心しないぞ」


 ああ、このご主人はダメだ。まるで恋する乙女的仕上がりの彼女に、この程度の感想しか出ないなんて。

 やはりまだまだ色気より食い気の年齢なんだなぁ。ちょっとほっこり。


「それでだな。話と言うのは……エイル、ボクの目的についてのことだ」

「うん、話してくれるの?」

「ああ、試験も受かったし、これで一区切りは付いたと思う。だからエイルには話そうと思うんだ」

「あ、じゃあわたし外に出とく?」


 イーグがシュタッと手を上げた。ここらは意外と気が利く。


「いや、イーグも聞いていて欲しい」

「じゃあ残るー」


 ご主人はベッドに腰掛けるイーグとわたしを見てお茶の用意をする。

 なにか話しにくい内容なのか、時間稼ぎしているようにも見える。

 お茶を配り終えたご主人は、意を決したように宣言した。


「ボクの目的は……死者蘇生の魔術を開発することだ」

「はぃ?」


 死者蘇生の魔術は、お伽噺ではよくある魔法だ。現在ではその理論が確立されていないので、魔術ではなく魔法と呼んでいる。

 魔法とは、理論が存在しないと法則。理論が確立していないということは、人間には使用不能ということ。

 それは術理では無い想像……いや、空想上の技術。だから魔法と呼ばれている。


「ボクの両親は、トロールに殺された」

「あ……」


 そうだ、ご主人は三か月くらい前に、両親を亡くしている。

 ご主人ほどの魔術の腕なら、その魔法の事だって考えないわけが無い。


「幸い両親は食われること無く、比較的損傷が少ないままで済んだ。その肉体はすでに再生してある」

「でも、それは三か月前の事で……」

「うん、さすがにそのままだと腐るから、凍結の魔術で保存してある。実家の地下室に」


 ご主人の家にお邪魔している時、『地下には入るな』と強く注意されていたのは、こう言う理由だったのか。

 ちなみに凍結の術式は食料保存なんかで活用されている。

 生き埋めになった時、ファブニールの肉もこの術で保存されていた。


「この世界にはいろんな宗教があるけど、死者の蘇生はどれも禁忌に属していると思う」

「ん、そうだねー。破戒神様も『それはしない方がいい』って言ってたね。自分は『不老』で『不死』なのにさ」

「うん、まあ他にも世界樹信仰なんかだと、『死者の魂は、世界樹の中に戻り、再び世に生まれ出ずる』なんて教えてるからね。蘇生は禁忌に属するはずなんだ」

「リムル様がわたしを手放そうとしなかった理由は、つまり……」

「この研究が知られれば、ボクは命を狙われる。世界樹教徒から、確実に。だから護衛が欲しかった。絶対裏切らない、信頼できる護衛が」


 それが嫌いな奴隷に手を出した理由なのだろう。


「ベリトの学校に入らなかった訳も……?」

「あそこは実用重視の機関だからね。研究機関としては向いてない。対してこのラウムは、世界最古にして最大の文献貯蔵量がある。研究にはもってこいだ」


 エルフとの結びつきの強いこの学校は、世界でも最古の多様な文献が集まっている。

 蘇生についての書物も存在するかもしれない。というかきっとある。死者蘇生は不老不死と並んで人類の夢なんだから。

 そもそも神話にある竜神バハムートが人から竜に変じた理由も、不老不死に絡んだ事件が原因だと伝えられている。


「無事入学もできたし、これで一息はつけたと思う。だからエイルには、ボクの本当の目的を知っていてもらいたかったんだ」

「ねーねー、ボス。わたしはー?」

「もちろん、イーグにもね。五百年生きているらしいから、その辺は期待してるよ?」

「おまかせー」


 無邪気な振りをしてるけど、イーグは実に博識だ。

 五百年の年月と、破戒神の持つ知識が混然とその頭に詰まっているのだから。

 さらには古代の騎士の剣術なんかも記憶しているので、わたしの師匠も兼ねて貰っている。

 彼女の高い身体能力は、記憶した通りの動きを再現できる。力が強くて速いだけのわたしの剣を、あっさりと受け流してしまう程度には腕が立つ。


「それともう一つ……」


 ご主人が、物凄く悩んでいるような表情で、どデカイ爆弾を落とした。


「エイル、君を奴隷から解放しようと思う」

「――え?」

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