第二章

第25話 入国

 イーグが同行者になってから、数日が過ぎた。

 能天気な言動をする彼女は意外と早く劇団員達と馴染むことも出来たけど、一番の理由はこの劇団の懐の広さだろう。

 最も、その一番の原因は団長のモーガン氏の性癖に拠る所が大きい。


「というわけでイーグ君、我が劇団に参加する気は?」

「ないよー」

「君が来てくれると、演劇の幅が広がってだね」

「めんどーだしぃ」

「変身とかできる人、絶賛募集中」

「しらなーい」


 まあ、毎日こんな問答を繰り返している。

 わたしから標的がずれたのは、とてもありがたい。

 ギフトの検証など、わたしとしても別にやることもできたし、時間ができるのはとても助かる。


「で、どんな感じ?」

「認識した範囲だと、固形物じゃなくても取り込めるみたい。よく考えたら『水』とかも取り込んでたから、当たり前だったかも」

「じゃあ、『火』とかも可能なのかな?」

「多分」


 今わたしがやっているのは、自分の能力の再確認。『ブレス』を取り込めることがわかったので、他に何が可能なのか実験している。

 気体の収納も可能と判明したので、火種用に適当な大きさの『火』を取り込んでおくのもいいかも?

 異空庫の中では時間の経過も存在し無いので、取り込んだ『火』も消えることも無いし火勢が衰えることも無い。

 いざと言う時は、目眩しや魔術代わりに使える可能性だってある。


「切り札として、先にイーグのブレスを二、三発取り込んでおくのもいいね」

「むぅ、あれ凄く集中力使うから、疲れる」


 イーグのブレスは火炎と違って、プラズマ化した閃光とも言うべきブレスだ。

 その速さは通常の物よりも遥かに速く、火力も高い。

 取り込みに失敗したら、わたしなんて消し炭も残らない。


「エイルがいなくなるとボクとしても困るから、その辺は無理の無い範囲で頼むよ」

「わかった、善処する」

「二、三発と言わず十発でもわたしは大丈夫なんだけどね。それにしても便利だねぇ、そのギフト」

「正直、底が知れないくらいだな」

「お父さんが『秘密にしろ』って言ってたわけがわかった」

「生き物とかは大丈夫なの?」


 イーグの何気ない質問に、わたしはご主人と顔を見合わせた。

 そういえば、それは試して無い。


「できるのかな?」

「やってみるか……まずはそこのカエルで試そう」


 ご主人が道端で鳴いていたカエルを取ってくる。

 活きがいいのを確認してから、わたしはそれを異空庫の中に収納して見せた。


「ふうん……取り込むのは可能なのか。問題は中で生きてているかだけど」


 ご主人は状況を確認してまたメモを取っている。

 わたしはそれを確認してから、再度取り込んだカエルを現出させる。

 見たところ、カエルは元気なようだった。


「生きてる、ね?」

「うん、生き物も取り込めるってことなのかな?」

「でも、こう……見えないところに異常があるかも」

「ああ、その可能性はあるな……イーグで試してみるか」

「うぇ! なんでわたし!?」

「一番しぶとそうだから」

「ボスって実は情け容赦ない人?」


 情け無い顔で愚痴るイーグを問答無用で収納しようとしてみるけど……できない?


「あれ?」

「取り込めない?」

「はい、できない」

「あ、反射的に拒否しちゃったからかも? もう一回お願いできる?」


 能力を受け入れないと、取り込むことはできないのか。

 今度は問題なく異空庫に収納できた。三十秒ほどしてから、取り出しておく。


「え? あれ? もう終わったの?」

「うん、三十秒ほど取り込んでみた。中の様子ってどんなだった?」


 これは実はわたしが最も知りたい事でもある。

 自分の送り込んだ先の空間がどんな物かは、やはり気になる。


「え、わかんないよ。だってわたしは取り込まれた自覚無いもん」

「はぃ?」

「三十秒って言ったよね? わたしはそもそも取り込まれた瞬間から今までの記憶無いよ?」

「そうか、取り込んだ間は時間が止まってるから、中の状況とか認識できないのか……身体に異常は無い?」

「ないね」


 間髪おかず答えて見せるイーグ。


「そんな簡単に……」

「わたしはドラゴンだからね。自分の身体のことくらいは把握してるよー。むしろ、いちいち把握しないといけない人間の方が不便だよね」

「そんなものかな? とりあえず後でケビンでも使って実験しておこう」

「リムル様、外道」


 なにげに、ケビンの扱いがヒドイ。


「それで次はエイル自身についてだけど」

「わたし?」

「身体の方はなんとも無い? この間のイーグとの戦いを見てわかったんだけど、随分身体能力が強化されてる気がしてね」

「きっとドラゴンの肉を食べたせい」

「それは無いね。オヤビンは生き埋めになってから後は、ドラゴンの肉食べて無いでしょ?」

「うん」

「ドラゴンの肉はね、即効性なの。食べたらその場で変化が起きる。だから後々になって効果が出るってことは無いよ」

「じゃあ……なんで?」


 イーグとの戦い、わたしはかなり全力で動き回り、剣を振ったにもかかわらず、身体に傷んだところは存在していない。


「多分、『成長した』ってことじゃないかな?」

「成長?」

「オヤビンの身体はね、ドラゴンの肉を口にして受け入れるだけの下地ができてた。最初の頃はその下地だけでは受け止められなかったから身体を痛めたけど、グランドヘッジホッグを倒した辺りから受け止められるだけの基盤ができたって言うか……いわばレベルアップ的な?」

「そういえば、迷宮内で戦ったら身体能力の成長が著しくなる、って言う話も聞くわよね」

「あ、アミーさん」


 話に熱中しすぎたせいで、背後にアミーさんが近付いてきたことに気付かなかった。

 彼女は人数分のお茶を持ってきてくれていたので、一息入れることにする。


「世界樹の迷宮ですか?」

「ええ、中に入って戦うと、外の数倍の速度で身体能力が上がるって話よ」

「それは凄いですね」

「多分、中は世界樹の空気が満ちているから、効率が上がるとかそんなのじゃないかって話」

「へぇ……でもそれなら、みんな中に入って経験を積むんじゃ?」

「それがそうでも無いのよね。内部は1層からでもオーガやトロールが徘徊するような難易度だから、簡単には挑めないわ」

「それは、厳しいですね」


 トロールに両親を殺されたご主人は、その恐ろしさを身をもって知っている。

 そもそもトロールは兵士が十人単位で当らないと、抑えられないようなモンスターだし。


「中でやって行ける連中は、より強く。そうでないのはドンドン置いて行かれる。少数精鋭の格差社会になってるの、ベリトは」

「そして、その少数も無事で済む保証は無い……」

「ええ、新規に腕利きが増えにくいから、数が減ってしまえば補充が利かない。だからより精鋭が減っていく。悪循環ね」

「それでアミーさんはベリトを離れる事に?」

「そうね、あそこでは迷宮に入れるかどうかで成長速度が大きく変わるわ。私には残念だけどその力量が無い。なら環境を変えてみようかと思ってね。別に諦めたわけじゃ無いわよ?」

「いつかはリベンジする心算つもりなんですね?」

「もちろん! まだ諦めるような年齢じゃないもの!」


 ガッツポーズをとって見せる彼女は、女性のわたしから見ても可愛い。

 外見と言うより、その仕草が。


「いいな……」


 わたしがそんなポーズを取るとむしろ怖い。左腕の威圧感プレッシャーは半端無いのだ。


「ん? じゃあオヤビンも修行してみる?」

「修行って……エイルが経験積める様な強敵って、お前くらいじゃないか?」

「そうじゃなくて、わたし一応剣術とか体術もこなせるよ? 無駄に長生きして無いもの」

「え? ドラゴンって、そう言う技術は軽視する傾向があるって聞いたけど」

「破戒神様がね、そう言う『小細工』が好きな人でねー。わたしも影響受けてべんきょーしたんだよ」


 最強生物になに仕込んでやがる……鬼に金棒じゃない。


「でも、わたしと戦った時はそんな技使わなかった」

「うん。使う必要があるとは思わなかったもの。身体能力だけなら、まだわたしの方が上だからね」


 そういえばあの戦い、最初にがむしゃらに突っ込んで殴りかかった後は、『近付いて斬る』しかしてない。


「オヤビンは素質がピカイチだから、教え甲斐がありそう」


 ニコニコ笑う幼女の姿を見てると、剣を扱えるのか疑わしくなってくるけど……バーンズさんに剣の基礎的な扱いは習ったけど、具体的な戦い方というのは時間が足りなかったので学んで無い。

 今後、ご主人を守るためにはそういった『技術』も必要になるだろう。


「わかった。よろしくお願いするね」

「あ、私も! 剣習いたい!」

「アミーさん、魔術師よね?」

「いざという時は戦えるようになりたいのよ」


 そういえば初めて会った時、彼女は男の人に組み敷かれていた。あの時『剣が使えていたら』とか思ったのだろう。


「ん、おっけー。まとめて面倒見ましょう!」

「なぁ、俺も……頼めるか?」


 そこに割り込んできた声は――ケビンだ。


「俺も、強くなれるか? なれるなら、頼む」


 そう言って頭を下げるケビン。少し前なら信じられない光景。

 彼も尋常ならざる戦闘を何度か経験して、自分の力不足を痛感したんだろうか?


「一人でも二人でも変わらないしねー。別にいいよ。キミの場合、特に力の使い方に無駄が多そうだしぃ」

「おいおい、ずるいぞ。俺も教えてくれよ!」

「俺も! いつまでも橙ランクじゃいられないしな!」


 そう言って次々と参加を表明する護衛たち。


「うわぁ、これはさすがに面倒」

「自分で撒いた種?」

「しかたないかぁ」


 こうして、道中の合間にイーグ剣術道場が開催される事になった。



 更にそれからさらに数日。国境の関所を越えわたしたちはラウムの国内に入った。


 ラウムはいうなれば森と山の国だ。国土の六割を占める大森林と三割を占める山岳地帯の合間に人の住む街が点在している。

 もちろん主要街道も森と山を縫うように伸びていて、その分、人目も少ない。

 それはつまり山賊なんかが徘徊する土壌にもなる訳で……


「お前ら、命が惜しかったら金目のモン置いて行けぇ!」

「多少人数が多いくらいで、俺たちダズラッド盗賊団に敵うと思うなよぉ!」

「ひぇへへへ、いい女が多いじゃねぇかぁ」


 まあ、こんな輩も出てくる。


「…………」


 先頭を行っていたクリムゾンの面子は無言。

 後ろから追いついたわたしたちは、哀れむような目で彼らを眺める。

 背後のムーンライトも後ろから出てきた盗賊に逃げ道を押さえられ、すでに退路は無い。


「ま、囲まれてるのは気付いてたけどね」

「いい実戦経験になるよねぇ」


 暢気に呟くわたしとイーグ。彼らの中に魔術師は居ないので、魔力感知には掛からなかったけど、わたしにだって下手糞な隠行くらい見抜ける感覚はある。


「おいおい、護衛の兄ちゃんたちビビってるぜぇ」

「だらしねぇの雇っちまったなぁ、ぎゃはははは!」


 無言のクリムゾンに、調子に乗る盗賊。


「師匠?」


 クリムゾンのリーダーがイーグに声を掛ける。これは許可を求める声だ。


「ン、喰らってよし」

「よっしゃあぁぁぁぁぁ! 実戦だああぁぁぁぁぁ!」

「きききき斬ってもいいの? 斬るよ? 斬るよぉぉぉ!」

「血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ……」


 なんだか盗賊を超える狂気が前方から発生した。


「どうしてこうなった……?」

「ちょっと、やりすぎたかなぁ?」


 その後、三十人の盗賊たちは物の数分で殲滅されたとか。

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