第26話 到着

 季節は十二月に入り、肌寒さから本格的な寒さに変わっていく。

 雪すら散らつく中、ようやくラウムの首都ラウムに到着した。

 城壁の向こうに広がる町並みと、その中央にそそり立つ巨大なお城。圧巻の風景である。


「エイル、ラウムは国土の半分以上が森だろ? 森はエルフたちの領域で――」

「だから別に、エルフたちの住む街にも首都があるのよ。もっとも集落と言っていいレベルだけど」


 絶好調でラウムについての説明をするご主人の後を継いだのが、当のエルフのハウメアさん。

 この旅の間に打ち解けたご主人が、彼女にリサーチを始める。


「そういえば、ハウメアさんの故郷でしたっけ」

「ええ、懐かしいわね。こんなに早く戻ってくるなんて」

「早く……どれくらい振りなんですか?」

「六十年くらいかしら」


 長っ! エルフの寿命が長いときいていたけど、ここまで時間間隔ずれてるの!?


「恥ずかしいわね。六十年も放浪しててまだ黄ランクなんだもの」

「あー、いや積極的に冒険してなかったんだから、そんな物かもしれないですね」


 そんな会話をしているうちに、検問の順番が回ってくる。

 巡業劇団の護衛と言うことで、特に問題も起きる事無くわたしたちはラウムの中に入ることができた。

 舞台を立てる広場までやってくると、モーガンさんが声を掛けてくる。


「諸君らの協力で無事ラウムに到着することができた。二週間と言う短い間だったが、実に有意義な時間だった」

「いえ、こちらこそ。楽しく旅をさせていただきました」

「別れは惜しいが、これからすぐ舞台の設営に掛からねばならん」

「ええ、わかってます。お世話になりました」

「これが依頼料だ、ささやかながら上乗せさせてもらった。ファブニールなんて貴重な存在も見せてもらったしな」


 お金の入った袋を渡しながら、器用にウィンクなんかを送ってくる。


「我々は冬が開けるまでは留まるつもりだ。良かったら劇も見に来てくれると嬉しい」

「ぜひ、お邪魔させてもらいますよ。立体的機動演劇とか言う斬新な舞台を」

「歓迎するよ。もちろん入団でも構わん。行き場がなくなったなら、訪ねてきてくれたまえ」

「それは……そうならないように努力するとしか」

「はっはっは、それもそうか! では諸君、また会おう」

「はい、モーガンさんもお元気で」


 団長さんのゴツイ手と握手をしながら別れを告げる。

 そこへカーラさんとモトさんもやってきた。


「リムル君、何度も言ったけど君は命の恩人だよ。困ったことがあれば、できる限り力になるから」

「その時はよろしくお願いします」

「エイルちゃん、絶対絶対見に来てね? 約束よ? イーグちゃんも」

「ん、やくそく」

「開演したらオヤビンの首に縄付けてでも見にくるよー」


 いつまでも別れを惜しみ続けるカーラさんをモーガンさんが引っ張っていく。

 色々とクセの強い面子だったなぁ。

 そこへクリムゾンとムーンライトの面々もやってきた。


「ごくろうさん、俺たちはこのままギルドに向かうけど、君らはどうする?」

「ボクたちは……先に宿探しですかね。冒険者が目的で来たわけじゃ無いので、拠点を確保しないと」

「そうか。まあ俺たちもどうせ冬が開けるまでは身動きが取れないだろうし、また会うこともあるか」

「俺は先にギルドに向かうぜ。そっちなら宿の斡旋もしてもらえるしな」

「わたしも、かな?」


 ケビンとアミーさんはギルドに行くのか。

 短期で宿を借りる彼らと違って、わたしたちは学院に入るための長期を見据えないといけない。

 ギルドの斡旋で受ける宿とは毛色が違う所になるだろうし、一緒は無理かも?


「ボクは魔術学院の入学を目指しているので、そっちは無理かもしれませんね」

「リムル君なら、きっといい術者になれるよ」


 ハウメアさんが惚れ惚れするような笑顔を送ってくれる。

 エルフは美形が多いって言うけど、これはずるい。


「じゃあなリムル。今度会ったら、また風呂覗きに行こうぜ!」

「行きませんし、行ってません!」

「エイルちゃん、またモフモフさせてね?」

「ほどほどに?」

「今度会ったらガキが増えてたりしてな」

「増えませんよ!?」

「師匠、また稽古付けてくださいよ!」

「うむ、よきにはからえー」


 冒険者たちは、そんな好き勝手言いながらギルドに向かって行った。

 同じ街にいるんだし、きっとまた会うことになるだろうけど、あっさりしたものだ。

 きっと別れに慣れているのだろう。


「それじゃわたしも。リムル君も落ち着いたら連絡頂戴ね」

「ええ、もちろん。有望な冒険者のコネですから」

「まったく、余計なことしてくれやがって……手に負えねぇ依頼が来たら引っ張り出すからな。連絡先はしっかり教えろよ」

「ケビン、男のツンデレは気持ち悪い」

「誰が『気持ち悪い』かっ!?」


 二週間も一緒に旅をすれば、さすがに本質と言う物が見えてくる。

 コイツも、これでいて別れを惜しんでいるのだろう。

 自信過剰で、粗野で、乱暴だけど……根は悪人じゃない。初めて会った時は、際限なく天狗になってただけだ。


「じゃあな、もう余計な真似すんなよ!」

「エイルちゃん、またねぇ!」


 二人の姿を手を振って見送る。

 その背中が雑踏に消えると、ぽっかりと周囲に空間が出来たような気分になった。

 町の広場の入り口で、見渡す限り人で溢れていると言うのに。


「寂しく、なったな」

「……ん」

「最初に戻っただけなのに、な」

「濃い面子だったから」

「そうだな……よし、それじゃ行こうか。宿探しだ」

「はい!」


 わたしはご主人と手を繋いで宿探しに向かう。

 歩く時に手を繋ぐのは、わたしがまともに歩けなかった時の名残だ。



 ご主人はこの後、学院の試験を受けなければならないので、一階が酒場になっているような宿は避けて、できるだけ静かな宿を探す。

 食堂はついていた方がいいけど、なかなか良い物件は見つからず、結局食堂の無い宿に泊まることになった。

 通りを二つほど入った場所にある閑静な立地の三階建て宿で、勉強するには悪くない。

 二階の奥まった部屋を1つ取ることになった。

 ご主人は二部屋とろうとしたけど、宿の主人は奴隷二人に部屋を貸すのを渋ったせいだ。


「さてエイル?」

「はい?」

「出せ」

「……へ?」


 部屋に入ってガッチリと鍵を掛けたご主人は、わたしにそう告げた。


「破戒神の地下室とやらから持ち出したものだ。イーグの話だと結構な量だって聞いたぞ」

「あぅ~」


 しまった、そういえばすでにバレてたんだ。


「でもリムル様。正直言って……この部屋じゃ狭い」


 持ち出した物の中には竜の死骸だってある。こんな狭い部屋で全部出せるわけが無い。


「そだねー、この部屋が五つくらいはいるよ。それでも竜の死骸は出せないだろうけど」

「竜の死骸!?」

「わたしのおかーさんなんだー」


 アハハと衝撃の事実をぶっちゃけるイーグ。


「なにそれ、初耳」

「昔の話だよー。破戒神様の武勇伝の一つだね」

「それでイーグは眷族になったんだ?」

「その時はわたし、卵だったからね。わたしにとっては破戒神様がおかーさんみたいなモノだよ」

「へぇ」


 さすが神様。ファブニールをぶっ殺して卵を奪って育てるとか、スケールがでっかい。


「さすが、と言うか……とにかく、ここでは狭いって言うなら、せめて中に何が入ってるか教えてくれないか?」

「えーと、魔剣とか魔槍とか、燃える斧とか、ごっつい弓とか……あとなぜか木刀なんかもあった。それと薬とか魔道書とか、あと金貨がたくさん」

「なにその脈絡の無いラインナップ」

「全部世界樹の迷宮から持って返ってきたものだね。神魔戦争って知ってる?」

「神と魔王が争ったっていう、あれ?」

「そう、その時に手に入れたものだよ」


 と言う事は……伝説の武具!?


「何でそんなものを地下室に放置してるの!?」

「邪魔だったからじゃないかな?」

「大雑把過ぎでしょ!」

「一応封印は掛けてたんだけどねぇ。まさか山が噴火するとは思わなかったよ」


 むしろ山の噴火に会っても、形を保ってたってことが脅威と考えるべきか?


「なんにせよ、一度目録とか作っといた方がいいかもね」

「わたし解説するよー」


 その後、ご主人の勉強の合間に異空庫の中身を調査する作業が追加された。



 ご主人の入試までおよそ一週間。本当にギリギリで到着したわけだけど、申し込みを行ったら後はゆっくり出来ると言うものでは無い。

 特にご主人は勉強の追い込みで、とても忙しい。

 そうなると、奴隷のわたしたちはとても暇になる。


「イーグ、これは?」

「サードアイって言う大弓。ガッチガチに強化の魔術が付与されていて、大人十人で引いてもビクともしないよ!」

「なんて使えない……これは?」

「専用の鉄矢。撃つと射手が吹っ飛ぶくらいの衝撃波を出すよー」

「ますます使えない」


 という具合に目録作成で暇を潰している。

 ご主人は街を散歩して来てもいいとは言っているけど、わたしは奴隷の首輪付きで、イーグもどこからか持ち出した首輪を付けているので、厄介事に巻き込まれる気配しかない。

 結局、わたしたちの持ち主であるご主人と一緒の時以外は出歩かない方がいいという判断だ。


「この木刀は何?」


 取り出したのは一メートル五十センチほどの大きめの木刀。

 柄に『風林火山』って彫り込んである。


「ん、魔剣ミストルティンだね。世界樹の番人フロアキーパーの一つであるヴィゾフニールを倒すための武器だよ。ちなみに柄の文字は破戒神様直筆」

「魔剣に落書きとか」

「神様だし、いーんじゃない?」

「じゃあ、このクスリは?」

「ん、媚薬だね」

「ぶふっ!?」


 あ、なんだかご主人様がすごい反応してる。


「オークの体液から成分抽出した奴。こうかはばつぐんだ!」

「『こうかはばつぐんだ!』じゃないよ! 何でそんなのが地下室に置いてあるの!」

「使ってたからじゃない?」

「もう神様なんて信じられないっ!?」

「リムル様……いる?」

「い、いらねーし! 興味ねーし!」


 顔を真っ赤にして、ぷいと視線を逸らすご主人。でもなんだかソワソワしてる。

 思春期の少年としては夢溢れるアイテムなんだよね?


「ちなみにこれ、効果が強すぎて御禁制になってるから、使うときは注意ね?」

「違法じゃないか!」

「奴隷を買っておいて何を今更。そもそも、これはそんな法律が無い頃の品だしー」

「五百年も前の薬なら、薬効抜けてるんじゃない?」

「それは試してみないとわからないよ。試す?」


 なんだかトンデモない提案をされた気がする。

 大体試した場合、お相手は必然的にご主人と言うことになるわけで。


「それは……ちょっと、イヤ」


 薬でうやむやの内にとか、そういうのは遠慮したい。

 奴隷だから無理矢理って言うのも覚悟はしてるけど、やはり納得してで奪って貰いたい想いはあるのだ。


「なに、オヤビンはボスとそういう関係じゃないんだ?」

「ボクたちは未成年なの!」

「ふうん……オヤビンが嫌なら、そういった事ができなくする薬もあるけど?」

「なんか危なそうだな、オイ」

「人体に危険は無いよー」


 そんな風にご主人の勉強を邪魔したりしながら、一週間があっという間に過ぎていったのだった。

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