第21話 治療

 橋を渡って翌日。

 このキャラバンは巡業劇団というだけあって、大きな街の合間にある宿場町でも、劇を披露して回っているらしい。

 開演するのはほんの数日。旅の合間に練習を重ね、街に着いたら丸一日掛けて通し稽古をして、突貫で公演する。


はたから聞いても無茶なスケジュールですね」

「そうかも知れん、だが私たちの芸を楽しみにしてくれる者がいる以上、その無茶を押し通してこそ芸人と言うものだろう」

「まぁ、嫌いじゃないですけどね。そういうポリシー」


 熱の入った指導をする団長の脇で、ご主人がお茶を啜って相手している。


「でもこれ、本当に劇、なんですか?」

「無論」


 半ば呆れた視線を練習に向けるご主人。

 そこでは役者が木の枝から飛び降り、見得を切るシーンが展開されていた。


「舞台には木とか無いですよね?」

「無ければ作ればいい。確かどこかの神もそう言っていたそうだ」

「いやいや、それでも危ないですよ? 高さも三メートルくらいありますし」

「うちの役者なら問題ないぞ」

「役者スゲェ……いや、マクスウェル劇団がすごいのか?」

「そこぉ! 逃げる姫を助ける為に割って入るシーンなのに、着地でふらつくな! 見栄えが悪くなるだろう」

「いや、団長。この高さをふらつかずに着地とか、無理ですって」


 役者さんが呆れたように返してくる。うん、普通の人じゃ無理だよね。


「なに言ってる、エイル嬢ちゃんは出来たぞ」

「その子と一緒にしないでくださいよ!?」

「うん、わたしも無理だと思う」


 わたしがあの高さから飛び降りても平気なのは、この手足があってこそだ。

 あと軽業のギフトの効果もあるかな?

 わたしは団長に言われて、一度だけあの高さから飛び降りる動きを見せた。

 飛び降りろと言われたけど、むしろ飛び上がって一回転し、右足と左手で華麗に着地を決めて見せたら、団長はいたく気に入ってくれた。


「あの動きを真似ろとは言わないが、せめて一回転くらい……」

「いや、軽業師じゃないと無理っしょ」

「仕方ない。エイル嬢ちゃん、うちの劇団に……」

「エイルはあげませんって」

「実に惜しい」


 どうも団長さんはわたしの悪魔的な容貌や、軽業ギフト持ちの体捌きがお気に召した模様。

 そんな団長さんを横目に見ながら、ご主人がカップを差し出してくる。


「エイル、おかわり」

「はい」


 カップを受け取り、お茶を淹れに向かう。

 と言っても、わたしがお茶を淹れるわけじゃ無い。ご主人が前もって大量に作っておいたお茶を異空庫に仕舞い込み、ポットの中にこっそり現出させるだけ。

 時間経過の存在しない“異空庫”だから、お茶はいつまでたっても熱いままだ。

 それをポットからカップを注いで完成。

 ちなみに実際にお茶を淹れようと頑張ってみたら、カップを粉々にしてしまった。豪腕が憎い。

 熱々のお茶をご主人に渡し、ついでに団長さんにもおかわりを注ぐ。


「おお、すまんな。君は実に気が利く」

「ん、ついでだから」


 指導で叫び続けて、咽喉が痛かったのだろう。団長はおいしそうにお茶を口に運ぶ。

 そこへ――


 ドガン、と大きなモノが崩れるような音が響いた。


「なんだ!?」

「道具係の方だ!」

「きゃああ! 誰か、モトが下敷きに!」


 音の発生源に駆けつけると、そこには組み上げてた足場が崩れ、山のように積みあがっていた。人の手が、崩れた材木の隙間からかろうじて見えている。


「モトさん!?」

「待て、エイル! 迂闊に材木に触ると逆に崩れる!」


 ご主人がわたしを制止し、代わりに駆けつけて手を取り脈を計る。


「よし、生きてる。上手く隙間に嵌まりこんだみたいだけど……出血が多いな」

「ねぇ、お願い早く……早く彼を!」


 震える声でご主人に縋っているのはカーラさんだ。彼と気安く会話する彼女にとって、気が気では無い状況だろう。


「わかってます……エイル、崩れないように棒か何かでこの隙間を支えることはできないか?」


 ご主人の命に、崩れて積みあがった材木の山を見上げる。

 これは今回の劇の見せ場である立体的なアクションシーンを演じる為の、組み立て足場の残骸。

 舞台に上げる為、できるだけ簡易に設計されているけど、人が上に乗るものだけあって、分量は結構な物がある。

 つまり、重量もそれなり。


「やってみます」


 わたしはそう答え、鞄の中に手を突っ込む。もちろん鞄の中に何か入っているわけじゃない。異空庫を誤魔化す為の小細工だ。

 取り出したのはグランドヘッジホッグの毛針。ただし魔力が通って無いので、ロープの様に纏められている。


「その鞄、色々入ってるのだな」

「備えあれば、なんとやら」


 感心する団長に一言返事をしてから、毛針に魔力を通す。


「うげっ」


 変な声を上げたのはケビン。彼はこれで手足を千切られたんだから、いい印象は無いだろう。

 毛針は魔力を通せば硬化する。そして、その硬度は注がれた魔力量に比例して硬くなっていく。

 わたしから大量の魔力を注がれたそれは、鋼玉コランダムに匹敵する硬さにまで硬化した。これはグランドヘッジホッグよりも遥かに硬い。


「行きます」

「慎重にな」

「はい」


 隙間に毛針を挿し込み、ゆっくりと積み重なった材木を押し上げる。

 結構な重量が掛かるが、わたしの力なら何の問題も無い。崩れないようにゆっくりと押し上げ、広がった隙間からご主人がモトさんを引きずり出す。


「よし、エイル降ろしていい。ただしゆっくりとな」


 引きずり出したと言っても安全圏にまで離れたわけじゃ無い。ここで崩れたらご主人まで危険に晒される。

 慎重に材木の山を降ろし、念のためご主人のそばに控える。

 また崩れてきても、わたしが受け止めてご主人を護る為だ。


「手と足、それに肋骨……骨盤もか。開放骨折まで行ってないのが救いだな。内臓は……片肺が逝ってるな。時間が掛かればアウトだった」

「ねぇ、助かるの? ねぇ!」


 震える声で心配そうに尋ねるカーラさん。


「ここに治癒術師がいないなら、危なかったですね」

「治癒術って……これほどの怪我は快癒の術が使えないと――」


 そう言ってきたのはクリムゾンの治癒術師のお姉さん。

 確かにこれほどの重症、一般的な冒険者の治癒術師では手に余る。彼女だって上級治癒術である快癒は使えない。でも……


「ボクは使えます。ご安心を」


 ご主人は遠隔で治癒を掛ける事はできない代わり、接触さえしていれば、ほとんど傷を癒すことができる。

 その回復力は、わたしとは別の方向でバケモノじみていると言っていい。

 ご主人の発する淡い光がモトさんを覆い、捩れた手足が、潰れた胸が、見る間に癒されて行く。


「あ、あぁ」


 その溜め息は誰が吐いた物か。眼前に展開された光景は、まさに一枚絵のような美しさがあった。

 タイトルは、そう……『聖人』とか『奇跡』とでも付けるべきか。


「……神様」


 カーラさんの感極まった声。

 ほんの一分にも満たない治療で、モトさんの怪我は完全に癒されてしまった。


「ふぅ」

「リムル様、おつかれ」

「エイルも。よくやってくれた」

「あ、あの、モトは?」

「大丈夫です。でも血と体力を大量に失ってますので、しばらくは安静に。後、滋養のある物を食べさせてあげてください」

「ありがとう……ありがとう、本当に……」


 カーラさんはそう言って泣き崩れ、モトさんに縋り付いてしまった。

 なんだ。彼女もまんざらじゃ、無かったんだね。

 なんだかホンワカして、ニコニコしてるわたしの頭を、ご主人が優しく撫でてくれた。



 宿場町での公演は無事終了した。

 変わった点といえば、わたしたちへの風当たりが更にやわらかくなったことと、カーラさんがモトさんから離れなくなったくらい。

 仲間を助けたわたし達は、ある意味恩人として遇されるようになった。

 もっとも護衛と言う立場から労働はしっかりと行っていたけど。

 というか、サボろうとしたら、ご主人のゲンコツが落ちるので、サボれない。


 そしてカーラさん。どうにも踏ん切りがつかなかったモトさんへの思いが、あの事故で決壊したのか、それはもうベタベタ、ベタベタと……クソが!

 いや、落ち着こう、わたし。

 二人が幸せになれたのだから、これは良いことじゃないかな、うん。


「ねぇ、モト。本当に無理して無い?」

「もう大丈夫だから」

「本当? 体調悪くなったら言ってね?」

「ああ、もちろん」

「それでね、今夜なんだけど……」


 モジモジ、モジモジ。身体をくねらせるカーラさん。

 ええ、二人が幸せになったのなら……なら……ああもう! ウザイ!


「うぜぇ」

「リムル様もそう思う?」

「うん、さすがにね。あ、エイル、パン屑付いてる」

「ん、どこ?」


 わたしがネコのように顔を擦ってるけど、取れてないっぽい?


「ほらここ」

「どこ?」

「ああ、もういいから動かないで」


 ご主人がわたしの顔からパン屑を取って、自分の口に運ぶ。


「ん、ありがと」

「どういたしまして」

「お前ら人の事言えねえっての」

「ねぇ。もう、爆発しやがれ」


 ええ、なんで!?



 そんな風な毎日がそれなりに過ぎ、旅程も半ばに達し、そろそろ国境と言うところで、わたしたちは一人の旅人とすれ違った。

 流れる白銀の髪に、紅く、深い吸い込まれそうな瞳。十歳くらいの幼女の姿なのに、恐ろしく美しく妖艶さを漂わせた旅人。

 街から遠く離れているのに、旅の埃とは無縁そうな清潔な服装が、違和感を醸し出している。


「こんにちわ」

「あ、ああ」

「いい日和ですね」

「そうだな、お嬢ちゃんは一人かい?」


 そんな挨拶を団長が交わしていた。

 後列のわたしたちが追いついても、全く気付いていない。それくらい、彼女に魅了されている。


「ええ。あ、そうだ。おじさん、怪しい人を見かけませんでした?」

「怪しい?」

「そう。大きな荷物を抱えてる人とか、おっきな馬車に大荷物積み込んでいる人とか……馬車?」


 そう言って彼女はわたしたちの車列を見る。

 彼女が大荷物を運んでいる誰かを探しているのだとすれば、わたしたちも該当するだろう。


「んん? うーん……」

「私たちが、何か?」

「いえ、ちょっと探し物をしているのですが……失礼ですけど、馬車の中をあらためさせてもらっても?」

「あ? うむぅ……私たちは巡回劇団なので、大荷物なのは当然なのだが?」

「ああ、いえ。別に皆さんが盗賊と思ってる訳では……失礼な申し出と言うのは重々承知しています」

「まあ、怪しまれる物があるわけでも無いし、時間を取らせないと言うのなら別に構わんよ」

「ありがとうございます、それでは――いえ、やはり結構です」

「は?」


 団長の申し出を拒否した彼女は、追いついた馬車の傍に立つわたしを見つめていた。


「うん、どうやって隠しているのかはわからないけど……キミだね?」


 ニッコリと微笑む少女。

 だけど、その微笑が恐ろしい。殺気すら含んでいる。

 そしてそこに含まれたプレッシャーは……グランドヘッジホッグなんて目じゃないくらい激しい。


「え……あの?」

「誤魔化しは効かないからね? キミが持ち出した魔道具には、一定の発信の魔術が仕込まれているんだ。そこにあるのは、わかる」


 そう言ってわたしを指差す少女。

 発信の魔術、それは道具に仕込む事のできる魔術で、特定の波動を放ち続けるようになる。

 それを感知すれば、どこにその道具があるか一目でわかるようになると言うものだ。


「え、あ? 持ち、出した?」

「そう。破戒神の庵の地下室から、キミが持ち出した物を……返してもらおう」


 そう言って彼女は、戦闘態勢に入った。

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