第22話 切札

 地下室……あの、土砂崩れの仲で迷い込んだ、竜の死体があった場所のことかな?

 それ以外にも、大量の金貨や、神話級の武具、人が扱えそうも無いくらいの装備などがゴロゴロと転がっていた。

 そんなことを考えていたせいだろうか、わたしは『地下室』と聞いて狼狽し、反応が遅れてしまった。

 一息に間合いを詰めてくる、銀色の少女。


「――しまっ!?」

「エイル!」


 目の前で振り下ろされる小さな拳。

 その拳がとんでもない威力を秘めているのが、なぜか理解できた。


 ――失態!


 心の中で毒付きつつ、被害を最小限に抑えるべく左手を盾にするため、動き出す。だけど間に合いそうに、無い。

 その時、避け損ねたわたしを突き飛ばす人影があった。


「えっ?」

「が、はぐっ!」



 ご主人がわたしを突き飛ばし、少女の拳を脇腹に受けていた。

 大量の血を吐きながら、倒れ臥すご主人の姿。


「ありゃ、余計な被害は出す気なかったのになぁ」


 どこか他人事のように、暢気に呟く少女。その声もどこか遠い。


「り……リムル様っ!?」


 駆け寄ろうとするも、少女の存在がそれを許さない。

 迂闊に近づけば、反撃でこちらが倒される。それが、わかる。

 動けなくなったわたしの状況を見て、彼女はご主人の頭を踏みつけ、更に告げた。


「これは治療しなきゃ助からないね。どう? 今すぐ返却すれば、彼を解放してあげるけど」

「はな、せ……」


 ――何をしてる、貴様。


 その光景に頭に血が昇るのを感じた。大事な何かが、文字通り踏みにじられている。


「ん? 彼を助けたくないのかな?」

「その、足を……」


 ――誰を踏みつけている……彼は……


 脳内で色々なところのリミッターが外れる感覚。


「今すぐ……」

「ん?」


 ――わたしのご主人を……足蹴にするな!


 怒りに任せて、その全てを爆発させる。反撃? 知った事か!


「どけろと言っている!」


 右足に魔力付与を掛け、全力で体当たり仕掛ける。

 その速度には少女も驚愕の表情を浮かべた。


「まさか、身体強化!?」

「どけぇぇぇぇ!!」


 左肩から体当たりをかまし、少女ごともつれ合う様に地面を転がる。

 体当たりした左肩は大きく裂けて出血していた。だけど今はそんなことに構ってる暇は無い。


「よくも! ご主人を! 足蹴にしてくれたなっ!」


 少女に馬乗りになって、がむしゃらに左右の拳を叩きつける。魔力付与を掛けた、必殺の拳だ。

 だが、それを少女は事も無げに拳打を逸らし、捌き切ってみせる。


「くっ、この!」


 この相手は危険だ。本能が、そう教えてくれている。

 このまま一気に、反撃させる事無く……そう思って攻勢を強めようとした瞬間、ぐるりと視界が回転した。


「あぇ?」


 気が付けば、少女から数メートルも離れた場所に転がされていた。


「いや、驚いたね。まさかこの時代に身体強化アクセル・ブーストを使いこなす人間がいるなんて、驚き」


 服に付いた土埃を叩き落としながら、少女が立ち上がっている。


「今……何を、された?」

「ま……ごほっ、魔力だけを、げふっ……放出して、弾き、飛ばしたんだ」

「リムル様!? 無事?」

「無事、じゃない……癒すから、時間、稼、いで……」

「はいっ!」


 ご主人の無事に、俄然やる気が出てきた。

 奴隷から解放して貰う為に仕えてるとは言え、無駄に怪我とかして欲しくは無いもの。


「うん、面白いね、キミ。面白いから、ちょっと本気で相手してあげる」


 そこへ冷水を浴びせるような、彼女の声。

 トン、と少女が地を蹴って宙に跳ねる。その身体は地に落ちること無く、高く舞い上がり……爆発するかの様に大きく膨れ上がった。


 そこに現れたのは、巨大な翼を持つ、黒い竜の姿。

 全長で二十メートルにも及ぼうかという巨体が、重力を無視したかのように宙に浮かんでいた。


「そういえば名乗ってなかったね。あーあー、んっ、ゴホン……我が名はイーグ。破戒神の係累に名を連ねる、魔竜ファブニールなり」

「……え」


 最初、色々な事が理解できなかった。

 まず、目の前にいきなりドラゴンが現れたこと。

 そして、少女の声がドラゴンから発せられたこと。

 更にドラゴンが魔竜ファブニールであるということ。

 トドメに、そのファブニールが破戒神の眷族であるということ。


「まぁ、死骸を返せって言うのは後でいい。 今は我がやる気になっていることのみが重要」

「な、なんで……」

「何百年振りか……全力で暴れることができる相手を見つけたのだ。これは楽しまざるを得まい? さぁ、存分に殺戮遊戯ふけろうぞ!」


 ただのバトルフリークかっ!? 思わず心の中で突っ込みを入れながら、横っ飛びに跳ねる。

 飛び退いた場所を、閃光の様なブレスが薙ぎ払って行った。

 その地面は溶け崩れ、溶岩の様になっている……とんでもない熱量だ。


「戦意を察して避けたか、楽しませてくれる!」

「うっさい、合意も無くいきなり襲い掛かるな!」

「戦とは片方が始めると決めた時に始まっているのだよ! そう主が言っていた」

「それを言うなら、『双方が』でしょ」

「フン、それこそ甘い。相手が覚悟を決めてなくとも、殴りかかることは出来るのだからな」


 喋りながらも、立て続けにブレスを吐きかけてくる。

 幸いにして、ブレスは魔力によって生成されているらしく、攻撃前の魔力の流れで感知できる。

 とはいえ、このまま地面を走っていれば、いつ流れ弾が馬車のほうに飛んで行くかわかったモノじゃ無い。

 回避の合間に翼を広げ、わたしも空へと舞い上がる。


「ほう、飛ぶこともできたか。ならば遠慮はいらんな!」

「どこが遠慮してた!」


 地面はあちこちが溶岩溜まりと化している。

 溶けて硝子状になった地面は、今後草も生えないだろう。

 もはや環境破壊レベルだ、これで遠慮してたとか……


「だぁりゃあぁぁぁぁ!」


 翼の動きの邪魔になる背中の大剣を引っこ抜き、ブレスを迂回しながら斬りかかる。

 ファブニールはその巨体に似合わぬ俊敏さで、斬撃を避けてみせた。

 懐に潜りこんだわたしを、今度はファブニールの爪が襲うが、小回りはわたしの方が利くので、難なく回避。

 何度も離れてはブレス、潜りこんでは爪を回避し、斬撃を避けられ、受け止められると言う攻防を繰り返す。

 そして、しばらくして決定的な差が表に出てきた――スタミナだ。


「くそっ」


 額を流れ落ちる汗を手の甲で拭う。目に入ったら……特に左目に入ったら致命的だ。

 飛行だって体力を使うわけじゃ無く、魔力で飛んでいるのだから疲れてきたわけじゃ無い。

 でも視界からの情報を処理する脳が限界に来ている。

 偏頭痛が起きてくらくらするし、視界がじわりと赤く染まってきた。眼球の毛細血管が破裂し始めているのか。

 どう考えてもわかる。もう長くは持たない。


「相手は……まだ元気いっぱい、かな」


 大きく距離を取っているから、今はブレスも吐きかけてこない。代わりにその翼を打ち振って、猛然と追撃してくる。

 わたしは小回りの優位を活かして、何とか距離を保っているけど。


「コイツ、どう考えてもグランドヘッジホッグと同格じゃないや」


 強さの桁が一つどころか、二つ三つは上だ。

 攻撃力も耐久力も持久力も相手が上。唯一、小柄故の敏捷さだけはこちらが勝っているけど。

 格上の相手と正面からり合うのなんて馬鹿げてる。

 勝つ為には、不意を突くなり、隙を作るなりしないと。


「……いや、そもそも相手の土俵で戦うこと自体が間違い」


 周囲を見回す。雲ひとつ無い好天で、奇襲なんて掛けようが無い。

 相手の土俵じゃないといっても、わたしが持っててアイツに無いものって……小回り、素早さ、小柄な身体、あとはギフトくらい。


「――あ」


 一つ、思いついた。

 だけど、できるかどうかわからない。ぶっつけ本番で……でも、このジリ貧の状況だと、他に手が思いつかない。


「もう、最近わたし、こんなのばっかり!」


 ヤケクソ気味に叫んで反転する。


「ふん、自棄になったか? やはり人の限界は……いや、仕方ない所か」


 自暴自棄になって突撃してきたと判断したのか、正面からブレスを吐き掛けるべく、大きく口を開くファブニール。

 わたしも今回は回避行動を取らず、一直線に突っ込んでいく。

 ゴゥ! と、空気すら焼き尽くして、伸びる閃光。

 わたしはその光に左手をかざして――


 異空庫に『ブレス』を取り込んだ。


「なに!?」


 この戦いで何度目かの驚愕を浮かべるファブニール。

 これまでの会話で、相手がこのギフトについて知らないのはわかってる。

 そしてわたしの左腕が高い耐熱力を持っている事も。これが人間の右腕だったら、取り込む間もなく焼き尽くされていたはず。


「くら、えぇぇぇぇぇっ!」


 そしてギリギリまで近づき、取り込んだばかりの『ブレス』を現出させ、叩きつけた。


「んな、バカなあああぁぁァァァァ!」


 ファブニールはどこか間の抜けた叫びを残し『自分のブレス』で地面に叩きつけられた。



 魔竜は気絶したのか、しばらくは動こうとしなかった。

 わたしは恐る恐るファブニールに近付き……そこで、魔竜はパッチリと目を開いた。


「ひゃぅ!?」


 数メートル程も飛び退って警戒する。

 だけど魔竜はそこでポンと少女の姿に戻って、ほがらかに告げた。


「いやー、まいったまいった。強いねぇ」

「え?」


 戦意はすでに感じない。わたしの本能も、危険は知らせてこない。


「もう、終わった?」

「うん、おしまい。キミの勝ち」


 正直、いきなり戦いを挑んでおいて、『まいった』で済ましたくない。

 だけど、わたしの方はもう限界。ここで『じゃあ、死ぬまでやろっか?』とか言われたら、確実に死ぬのはわたしだ。

 多少ムカつくけど、ここは引いておいたほうが得策。


「でも、できれば命は助けて欲しいかな?」

「そもそも、なんで襲ってきたのか理解できない」

「あー、そいや『問答無用』だったっけ。事情話すけど聞いてくれる?」

「その前に服を着る。ご主人が変な目で見てる」

「見てねーよ!?」


 巨竜サイズから幼女に変わったのだから、もちろん彼女は服を着ていなかった。

 戦いに巻き込まれた形のご主人は、近くに隠れていたので、もちろん見てる。すけべ。


「あ、でもわたし着替え持って無いや」

「ほれ」


 異空庫から、わたしの着替えを取り出し投げつけた。

 なんというか、ご主人に裸を見せ付けられるのが、我慢ならなかったから。


「さんきゅ。でね? あの地下室はわたしが管理していてね。噴火の時は留守にしていたんだけど、帰ってみればスッカラカンになっててビックリだよ」

「あ……え?」


 もそもそと着替えながら、事情を話す魔竜。なんだか、変な光景かもしれない。


「で、慌てて追いかけてみれば、どうも同族っぽい子から気配を感じるし? どうなってるのかなって?」

「なにを……」

「ああ、いきなり殴りかかったのは悪かったと思うよ? でもほら、泥棒にいきなり『返せ』って言っても、普通聞かないじゃない? だから最初にガツンといっておこうと思ってね」

「わたしは――」


 返さないといけないのだろうか? いや、元の持ち主が現れたのだから当然返却しないといけないのはわかる。

 でも、なんだか釈然としない。現にご主人に大怪我を負わせたのだから。


「んん~、でもなぁ……なんか返せって言うのもおかしな感じがしてねぇ」

「へ?」

「うん、キミね。あの山の麓にいた子供でしょ?」

「そう、だけど?」


 着替え終わった彼女は、腕を組んでウンウンと頷く。


「まぁ、わたしも今になって気付いたんだけどさ。それでね、あそこって破戒神様の血族が住んでる場所なんだよね」

「はぁ?」


 そんな話は聞いたことが無い。なぜ、わざわざ不便で危険な山の中に住み着いてるのかは不思議だったけど。

 ベリトのように、もう少し街寄りに住んで、山に通う方が便利ではあったはずなのは確か。


「ということは、キミは破戒神ユーリ様の子孫ってわけで……それはつまり、地下室の財宝諸々は子孫であるキミも受け継ぐ資格があるってこと……かな?」

「いや、疑問系で言われても」

「だからさ。暫定的にキミを持ち主として認めてあげるよ。ドラゴンが守る財宝を力尽くで奪い取るなんて、お伽噺みたいだね!」

「いや、ちょっと……わけが……」

「あ、でもわたしは監視に付くからね! 危険な物も多いんだから」

「え、あの……」

「あ、負けたんだから『ご主人様』とか呼んだ方がいい? 破戒神様はそう呼んであげると、鼻血流して喜んでくれたよ」


 なに仕込んでるんだ、破戒神。ちょっと殺意を覚えたぞ。


「それじゃ、これからもよろしく!」


 ピシッと敬礼してのける魔竜。


「え、ついてくる気?」

「モチロン。そうじゃないと監視できないじゃない」

「え、ええぇぇぇぇ!?」


 こうして、旅の仲間が増えたっぽい?

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