第20話 渡河
わたしが姿を晒して三日が経ちました。
途中、何度か魔獣の襲撃などもあったりしたけど、ここまでは順調に旅程をこなしていると言えるはず。
そんな今も、平原に巣食うストークドッグと言う魔獣を相手に、防衛戦を行っていた。
「えいー、えいー!」
ストークドッグは平原を住処にする魔獣で、草と同色の毛皮が特徴だ。
春から夏に掛けて緑、秋口になると黄色く、冬になると灰色に変化する毛皮は、季節毎の独自の風合を持ち、それなりの値で取引される。
この毛皮の色の変化は彼らの隠密に役立っていて、目視で発見するのは非常に困難な魔獣でもある。
特別な技能は持っていないが、足は早く、底抜けの持久力もある。
群れでこっそりと近付き、こちらが疲れ果てるまで追い掛け回し、動けなくなったところで襲い掛かるのが彼らの狩猟法。
犬と名付けられてはいるが嗅覚は鈍く、逆に視力は馬鹿げて高い。
この魔獣から逃げるには、いち早く存在に気付き、視界から逃れるしか無い。
もっとも魔力感知能力を持つわたしにとっては、彼らの隠密など無いも同然だった。
おそらく毛皮の色の変化に魔力を使っていたのだろう、微弱な魔力波を感知して、奇襲を免れることができていた。
「えーやー、とぉー!」
群れと言っても三十匹程度。
不意をつかれたら被害は出たかもしれないけど、先手を取れれば対処は楽勝。
馬車のわたしたちでは逃げ切ることは困難なので、その場で足を止めての防衛戦に入った。
「エイル……」
「とりゃー、うりゃー」
石を拾って、投げる。
石を拾って、投げる。
石を拾って――
「威力があるのは判ったけど、もう少し気合の入った掛け声は無いの?」
「わたし、気合充分」
本来、盾を構えて待ち構え、攻撃を弾きながら反撃するのがオーソドックスなスタイルなんだけど、ふと思いついた戦法を試してみたくなったのだ。
それは先日覚えたばかりの魔力付与。
武器に魔力を纏わせ性能を強化する技なのだけど、問題は『どこまでが武器か?』という点に疑問を持った。
そこでわたしは『自分の左腕』と言う『武器』に魔力を纏わせて、石を掴んで投擲した結果――とんでもない威力が発生したのである。
様子見で軽く投げただけなのに、投石は空気の摩擦で赤熱し、溶け崩れながら飛んで行った。
そして、草原に潜んでいたストークドッグの頭部を次々と撃ち砕いていく。
「正直、ここまで強いとは思ってなかった」
「うん、ボクもエイルがここまでデタラメだとは思わなかったよ」
結局、十数匹を吹き飛ばした所で、魔犬たちは尻尾を巻いて逃げ帰っていった。
倒したストークドッグの毛皮を剥ぎ取り、肉を捌き終えた頃には日が傾いていた。
血の匂いが他の獣を呼び寄せても困るので、護衛を含めて全員を馬車に乗せ、足早にその場を立ち去ることにした。
わたしは感知能力の関係で御者席にお邪魔している。
「それにしてもお嬢ちゃんの腕力は、相変わらずとんでもねーな」
手綱を持つモトさんが、呆れたように口にする。
怖がられるよりは、よっぽどいい。
「うん、わたしも驚いた。いつもと魔力の操作をちょっと変えてみただけだったのに」
魔力付与に関しては、ご主人から緘口令が敷かれていたので、『竜人族の技の一つ』的なニュアンスで説明している。
ご主人曰く、どうやら神話時代に失われた身体強化という魔術と原理的には同じものらしい。
そんなものがひょっこり復活したとあっては、大騒動になってしまう。
なんだか理由がありそうなご主人は、やはり『目立ちたくない』という理由で、この発見を封印することにしたらしい。
「何でそんなに目立ちたくないんだろ? 危ないことに手を出して無いといいんだけど」
奴隷であるわたしは、いわばご主人と一蓮托生の身だ。
本音を言うと、巻き込まれて死ぬのは
そんなことを思いながら前方を眺めていると……前の馬車が急に停車して人が降りてきた。
「なんだろ?」
「多分川じゃないかな? あの先はランダ川と言うかなり大きな川が流れてたはずだし」
ランダ川はベリト西方に流れる巨大河川で、この辺りの水源としても有名。
川幅も三十メートルほどもあって、この川に橋を掛けるだけでも一苦労という大きさだ。
逆に言えば、この川はベリト西方の防壁としての役割も果たしていると言える。
馬車を近づけ、何があったのか団長に尋ねて見た。
団長は一番前の馬車に載っているので、状況を掴んでいるはず。
「団長さん、どうかしたんですか?」
「ああ、リムル君か。見ての通りでね。橋の一部が崩落している」
見ると、川の中ほどで、石橋の左側が半分以上崩れ落ちていた。
「リムル君、治癒魔術で橋を『癒す』ことは可能かな?」
「さすがにそれは無理ですよ」
「だろうねぇ……どうしたものか」
完全に崩落した訳では無いので徒歩でなら渡れなくも無いけど、馬車は無理がある。
それに徒歩でもいつ崩れるかわからないから、無理に渡るのは危険だ。
「そういえばさっきのストークドッグ、騎士団の監視圏内なのに出没してたのはおかしいと思ったんです」
「ああ、そういえば見張り塔はこの先だったな。橋が崩れて監視が甘くなったから、あの辺に彷徨い出てきたのか」
橋が崩れたので、見張り業務に支障が出たんだろう。
「だとすれば、橋の崩落は騎士団の知るところと見て間違いは無さそうだな」
「修繕しに来るまで待つのは面倒です。何とか渡る手段を考えましょう」
「そうは言ってもなぁ」
巨大河川に渡されただけあって、この橋はかなり大きい。
その左側が丸ごと崩落しているのだから、修理だって大変な手間になるだろう。
馬車だって通れないこともないのだが、問題はその重量だ。馬車が乗ったことが刺激になって、崩落が拡大する危険がある。
「別に橋を修理する必要は無いんです。そういったことは国の方でやってくれるでしょうから。要はボクたちが向こう側に渡れればいいだけで」
「とは言っても馬車三台だぞ?」
「エイル、馬車持って飛べるか?」
「うぇ!?」
いきなりの無茶振りに変な声が出た。
確かにわたしは空を飛べるけど、馬車を持って飛ぶのは――
――できました。
いや、さすがに馬を繋いだ状態では無理があるので、荷台だけだったけど。
この身体のデタラメ振りには呆れるばかりだ。
先に対岸にクリムゾンパーティが徒歩で渡り、その後わたしが馬車を一台ずつ運び出す。
戻る時にロープを張っていき、徒歩組みが渡る時の命綱を用意しておく。
あとは人と馬を順番に渡れば、作業完了。
「うーむ、便利だ」
「団長、エイルはあげませんよ?」
「いや、わかっているが……」
「うちのパーティにも欲しいな。飛べるってだけでもアドバンテージだし」
「おい、お前ら。黄パーティの俺らを出し抜いてスカウトしようとするな。優先権を主張するぞ」
団長だけでなく、クリムゾンとムーンライトのパーティリーダーまでスカウト合戦に参加してきた。
「ランクとか関係ないじゃん!」
「だから彼女は……」
「クリムゾンは射撃系の役割をするものがいないから、あの投石は欲しいんだ」
「うちだって後衛不足ですよ! ムーンライトならリムル君も一緒に――」
「ダメよ! 彼女は私の抱き枕になってもらうの!」
「あ、カーラさん、ずるい! じゃあ、わたしは着せ替え人形に――」
「それもいいわね。アミーさん、私も参加させてね?」
「そして膝に乗せて愛でるの。ぐふふ」
「アミーさん……ちょっと怖いわ」
「道具係としても、彼女の力は実に欲しい」
「だああぁぁ! ふざけんなお前ら、エイルはボクのモノだ!」
あ、ご主人がキレた。
「エイルは誰にも渡さないからな!」
そう言ってわたしの腕を引っ張り胸の中に抱き寄せる。
この体勢は……ちょっと恥ずかしい。
というか、胸の中からこっそり皆の方を窺がってみると、なんだか全員同じ様な顔でニンマリしていた。
「はいはい、ごちそうさま、ごちそうさま」
「若いっていいわねぇ。私もあんな風に抱かれてみたいわ」
「あ、じゃあ俺が……」
「モト、あんたはまず雰囲気作りを学んできなさい」
「リムル君、レンタルは? レンタルはオーケー?」
「まあ、彼女が必要になれば、彼氏の方に依頼を出せばいいわけだし」
「ところでさっきのセリフ、劇に使ってもいいかね?」
チラリとご主人の顔を覗き込む。うわぁ、真っ赤になってる。
「あ、ち……ちが……」
「言わなくていいよぉ。少年少女の淡い恋愛模様とか、お姉さん甘酸っぱくて大好物」
「カーラ、さすがに趣味悪いぞ?」
「ダメよ、リムル君! エイルちゃんは私があんな事とかこんな事するんだから!」
「お前もそろそろ正気に戻れ、くそバカ」
「なによ、ケビンのクセに生意気よ!」
「なんだとぉ!?」
どうやら、からかわれてたのがわかった。
ご主人はこれ以上無いくらい顔を真っ赤にして――
「ちくしょー! お前らなんか大嫌いだあぁぁ!」
絶叫しながら逃げ出していった。
「……ちょっと、からかいすぎたかな?」
「大人げない」
わたしの少し責めるような視線に、カーラさんは肩を竦めて見せる。
「だって仕方ないじゃない。彼ってば、なんだかあなたに負い目感じてるみたいに見えたんだもの」
「ご主人は元々奴隷とか好きじゃないって言ってたから」
「そうでしょうね。あの子ってば、あなたにすら何処か他人行儀に接してたもの。それがちょっと……ね」
「むぅ」
確かにご主人は『わたしを買った』という事実に負い目を感じてる。
それが主従関係という壁になって、何処かよそよそしさを感じていたのは確か。
その壁をカーラさんは気に入らなかったのだろう。
でも……他の連中は? クリムゾンパーティに目を向けると、リーダーが答えてくれた。
「俺たち冒険者は基本的に奴隷を使わない。そりゃ使ってる連中も多いけどな。でもそれって『奴隷の力』であって、『自分の力』じゃ無いだろ?」
「そう、かな?」
「そうさ。俺たちが目指すのは自分の力であの世界樹を登りつめた、偉大な先達たちだ。奴隷を使い捨てて登ってる邪道共とは違う。だからアイツにも最初は違和感を感じててな」
ご主人がわたしを使い捨てるとでも……?
「まあ、そんな屑共とは気性が違うことは、ここ数日で充分理解できたよ」
その言葉にケビンが視線を逸らす。
彼も奴隷を使って仕事をしてたから、後ろめたいんだろう。
「まぁ、そこに気付いて奴隷を解放した奴もいるけどな」
そう言ってケビンにニヤリと視線を投げた。
「解放? 追放って聞きましたけど」
「どっちでも同じだろ。細けぇこと気にすんなよ」
「奴隷としては、同じじゃないと宣言する」
「うっせーな、奴隷をどうしようと俺の勝手じゃねぇか」
そういえばあの時、ケビンは奴隷を捨て駒の囮にせず、自ら斬り掛かって行ったっけ?
あの場面だと、奴隷に注意を引かせて、自分が影から斬りかかるのが一番安全だったと言うのに。
意外とコイツも『いいご主人様』だったのかもしれない。
「それよりお前、戦えない主人をいつまでも放置しておいていいのか?」
「――あ」
わたしは慌てて、ご主人の後を追いかけていった。
幸いにして、ご主人はすぐに見つけることができた。
元々ひ弱な文学少年のご主人が、遠くに行くことなんてできない。
「リムル様?」
「エイルか……あれは、その……違うんだぞ?」
「わかってますよ」
わたしはあくまで『買われた奴隷』。
もちろん解放してもらう為にいろいろ仕掛けるけど。色仕掛けとか?
ご主人はわたしを見つめた後、重い口を開いた。
「ボクは……ボクには、やらなきゃいけないことが、ある」
「ラウムに入学すること?」
「それは手段だな」
「じゃあ、治癒魔術を修めること?」
「それは結果論」
「じゃあ、なに?」
わたしの質問に、ご主人は答えを返さない。
「まだ、ダメだ。ラウムに着いたら、全部話す。だからそれまで待ってくれないかな」
「ん、わかった」
いつか話してくれるなら、今はいいか。
わたしはご主人に手を差し伸べ、みんなの元に戻っていった。
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