第19話 旅団
アミーさんとケビンを交えてのラウムへの旅が始まった。
三台の馬車が一列になって進み、わたしたちは二台目の護衛を任されている。
二台目なのは、わたしたちが最も経験の浅い組で、中央部がもっとも襲撃の危険性が低いからだ。
そしてパーティ『クリムゾン』から派遣された水系魔術師のハウメアさんも、わたしたちと一緒にいる。
ハウメアさんはエルフと呼ばれる種族で、長く尖った耳とすらりとした長身が特徴の種族だ。
彼らはラウムに最も多く居住している。種族的に引き篭り気味で好奇心が薄いため、ラウム以外で見かけることは稀な種族でもある。
魔術や弓術に秀で長い寿命を持つ彼らは、その目撃頻度の少なさから神秘的な種族と捉えられていた。
だけど、ハウメアさんは例外的に細身のわりに大きい。主に胸が。
見かけは二十歳くらいだろうか。中間位置を任されたわたしたちの中では、多分もっとも年嵩だ。
いつの間にか、リーダーをケビンが務め、彼女が参謀的ポジションで補足すると言う体制ができていた。
「ハウメアさんはエルフなんですよね?」
「ええ、そうよ」
「珍しいですね、ラウムから出てくるエルフは滅多にいないのに」
「まあ、私はまだ飽きるってことを覚えているからね。村ではそれすら忘れた連中が、日々を無駄に過ごしているわよ」
同じ女性と言うことで、アミーさんは比較的気安く彼女に話しかけている。
あ、ご主人が何か話したそうにソワソワしている。
「リムル様も、お話したい?」
「う、まあな……エルフって言えば長命で有名な種族だし、独自の魔術系も持っていると聞くから、話はしてみたいかも」
「遠慮しないでいいのに」
「妙齢の女性に自分から話しかけるって、なんだか勇気がいるんだよ」
「アミーさんは平気だったじゃない?」
「彼女はほら……色々と足りないから。そういう気分にはならなかったんだよ」
「ん~、聞こえてるよぉ、リムル君?」
「ひぃあ!?」
わたしたちの内緒話をこっそり後ろで聞いていたアミーさんが、猫みたいな口元しながら話しかけてきた。
その、何処か迫力ある声に、ご主人は少々情けない悲鳴を上げてる。
「アミーさん。リムル様は巨乳派だから、そこは諦めて」
アミーさんは十代中盤から後半くらいの年齢で、胸元はわたし同様、かなり残念。
「エイルちゃんは、なぜそんなこと知ってるのかしら?」
「リムル様のベッドの下に――」
「それ以上言うなぁ!?」
「ふふ、まあどこの世界でも男は同じって言うことよね」
「ふぁ!? は、ハウメアさん聞いてたんで?」
「長い耳は伊達じゃ無いのよ?」
「あぁぁぁ」
三人でご主人を弄り倒していると、カーラさんも会話に参加してきた。
「楽しそうね。リムル君の性癖暴露大会」
「やめてください、お願いだから!」
「モトも参加しなさいよ?」
「はは……こっちに飛び火したら怖いから遠慮しておくよ」
「モトさんの好みはすでに把握してるから、弄りようが無い」
「えっ、エイルちゃんいつの間に聞きだしたの?」
その質問にチラッとカーラさんを見やる。
少しだけ後押ししてやるかな?
「荷運びしてるとき。カーラさんが好みなんだって」
「おお~」
「あら、素敵なお話しね」
「うわわわ! 勘弁してよ」
「ひぇ? え、それは……まぁ、当然、かな?」
「神様、うちの奴隷が容赦無用です」
顔を真っ赤にして胸を張るカーラさんに、絶望的な表情で天を仰ぐご主人。
和やかな雰囲気で歩いてたら、不意に水を差す声が響いた。
「お前ら、もう少し緊張感持てよ。俺たちは護衛なんだぞ」
「むっ、リーダー君は少し肩肘張りすぎよ? 二週間も旅するんだから、今から緊張してたら最後まで持たないわよ」
「悪かったな、馴れ合うのは性に合わないんだよ」
「そういえばケビン、君の奴隷はどうしたんだ? 二人ほど連れてたろ」
「あ? あいつらか。役に立たねぇから宿から放り出してやったぜ」
「おいおい……散々こき使ってそれか」
「うっせーな、んな事テメェに言われる筋合いはねーんだよ」
「そりゃそうだけどさ」
追放……わたしも役に立たないと、放り出されてしまうんだろうか?
それとも返品だろうか……
この世界、主を失った奴隷は死んだも同然だ。
それがイヤなら、あの奴隷商の元に戻るしかない。それだけは絶対に避けたい。
「リムル様」
「ん? なに、エイル」
「わたし、ガンバル」
「お、おぅ……?」
そのためには護衛をキチンとこなさいないと!
わたしは拳を握り締め、フンスと鼻息荒く覚悟決めたのだった。
とはいえ、ラウムまでの道のりは整備された主要街道。定期的に宿泊小屋が配置され、大体数日の行動距離毎に宿場町もある。
街と街の間には、騎士達の見張り塔まで立っているとあっては、早々トラブルなんて起こるべくも無い。
むしろこういう主要街道の監視が厳しいからこそ、フォカロール間の街道に盗賊が流れてきたと言うのもあるのだろう。
「ふあぁぁぁああぁぁぅ」
「エイルちゃん、大きな欠伸ね。でもレディなら、口元を隠すくらいはした方がいいわよ?」
緊張感の緩みが最大に達し、思わず気合の入った欠伸を漏らしたわたしに、クスクス笑いながらハウメアさんが注意してくれる。
ちょっと注意の方向性がズレてる気がするけど。
「あ、ごめんなさい。気持ち悪かった?」
「いえ、むしろ子猫みたいで可愛かったわよ」
「……むしろトカゲなんだけど」
「ん?」
「んーん、なんでもない……んぅ?」
「どうしたの?」
前方の馬車から、魔力の反応が一つ、こちらに向かってきている。
多分、クリムゾンの人が着けている精神抵抗の指輪が反応してるんだと思う。
『精神抵抗の指輪』は、竜の咆哮や、吸血鬼の魅了と言った精神干渉攻撃をある程度緩和してくれる。
金貨十枚と結構割高だけど、値段の割りに効果が高いので、一人前の冒険者には必須のアイテムだ。
前の馬車クリムゾンのパーティが護衛に付いていて、全員黄のランク持ちだから、おそらくみんな着けていると思う。
全員、魔力の反応あったし。黄ランクだと、魔法のアイテムの一つは持ち歩くようになるんだな。
「あら、トーニじゃない? 何かあったの?」
やってきたのはクリムゾン所属のトーニさん。確か斥候役を担当してる人だ。
「いや、そろそろ昼時だから休憩を挟もうと思ってな。後ろの連中にも伝えてくるから、前に追いついておけよ」
「了解、そう言うことらしいわよ、リーダー」
「わかった、馬車の速度上げてくれ」
カーラさんに話を振られたケビンが、御者に指示を出す。
徒歩のわたしたちは走って前に追いつかないといけないから、タイヘンだ。特に体の弱いご主人は、かなりへばっている。
「え、エイル……待って」
「もう、リムル様はしょーがないなぁ」
わたしはご主人に背中を貸し、彼を背負って駆け出した。
右足で地面を蹴り、同じ右足で着地する。左足は倒れない様に地面を滑らせ、支えるだけ。
そんな独特の走法は、正直言って非常に揺れる。背負われた方はたまった物じゃ無いと思う。
「うわ、揺れる! 落ちる!?」
「揺れる……胸くらいなら触ってもいい」
「ざっけんな、揺れるどころか揉めるほども無いだろ!」
その発言はかなりムッと来たので、ちょっとした嫌がらせに最後の一歩を大きく跳躍してやる。
一気に十メートルほどもジャンプして、馬車を追い抜き、飛び越え、前方の馬車に追いついた。
「うわわわ!?」
「フフン」
「なんてことするんだ、お前はっ!」
「リムル様が悪口言うから」
「そうじゃない、後ろ見ろ!」
振り返ると、2台目に乗っていた面々は口をあんぐりと開け、今起こった出来事に驚愕していた。
小さな少女が、少年とは言え人一人を背負ったまま馬車を飛び越え、一気に前方に追いついたのだから、無理は無いかもしれない。
「えーと……これは……」
「ああ、もう。仕方ないな、こうなったらエイルの正体、バラすか」
「ごめん、なさい」
「いいよ、どうせ二週間も一緒に過ごすんだ。隠し通すなんて出来なかっただろうし。早めに話す機会がで来たのは僥倖だったかもね」
調子に乗って失敗してしまった。気分の悪い昼食になるのを覚悟しないと……
「という訳で、エイルは竜人族と言う珍しい種族なんですよ。けして悪魔なんかではありません」
ご主人の説明の補足に、わたしは帽子を取り、手足を晒し、左目の包帯を外す。
その異形に、息を飲んで凝視する人たち。例外は前もって知っていたアミーさんだけ。
「奴隷契約の首輪もつけていますし、きちんとボクが監視しておきますので、その……追い出さないでください」
「なるほどなぁ、あの怪力はそう言う事だったのかぁ」
言い辛そうに弁解するご主人の声を遮って、モトさんが感心した声を上げた。
「なに、気にする事無いさ。うちは元々巡業劇団だしね。変わった種族やら、風習ってのには慣れっこだよ」
「そ、そうよね! モトってばいいこと言うじゃない、見直したわ」
「そうかな? でも決めるのは団長だから……」
「もう! そこは『俺に任せろ!』って胸を張る場面でしょ」
「むぅ」
どうやらモトさんをハジメとした裏方さんや役者さんには受け入れられそうなんだけど、肝心の団長さんはまだ無言。
「団長? まさかダメとか言わないわよね? もしそうなら私、団長のこと見損なっちゃうから」
「何を言ってるんだ? ダメなわけが無いだろう。むしろ大歓迎だ!」
「は、はぁ?」
喜色満面で両手を挙げる団長さん。その、ちょっと威圧感がすごいです。
「むしろ欲しい! ぜひうちに欲しいぞ!」
「いやそれは……」
「わかっている、わかっているが、彼女の外見なら悪魔や吸血鬼役まで幅広くこなせる。実に惜しい」
「彼女、演技は多分無理なんじゃ?」
「最初から演技の上手い奴などおらん! そんな物は慣れと練習の成果でどうにでもなる! それよりその格好で大立ち回りをすれば実に舞台に映えること方が重要だ」
「そう言えば、エイルは“軽業”のギフトを持っていた――」
「なに!? ということは立ち回りも完璧ではないか! リムル君、2人揃ってうちの劇団に」
「だから、ダメですって。ボクにもやる事があるんですから」
「ぐぬぅ」
色々問題は残った気はするけど、劇団の方はこれで一段落だろうか?
後は護衛の人たちだけど。
「わたしは元から知ってたからね。命の恩人でもあることだし、エイルちゃんが一緒にいてくれた方が楽しいかな」
真っ先に声を上げてくれたのが、アミーさん。彼女の援護に思わず目頭が熱くなった。
ケビンは未だに難しい顔をしている。彼の性格だと、賛同は難しそう?
「まあ、竜人と言っても何が悪いって訳でも無いしな。奴隷契約の首輪も着けて管理してるんなら、俺たちに異論は無いよ」
「上のランクの人が賛同しているのに、俺たち橙ランクが反対する訳にもいかないか。別にいいぜ」
クリムゾンとムーンライトの面々も、次々と受け入れてくれた。
その様子に、あからさまにホッとした表情を浮かべるご主人。
一同の視線は、唯一賛同の声を上げなかったケビンに向けられる。
「ふん、別にいい」
周囲の視線を受けて、彼は渋々といった体で、同行に賛成してくれた。
全員の賛同を得て、わたし達は晴れて堂々と護衛の職に付くことができるようになった。
その後昼食の準備の為に解散する時、ケビンが話しかけてきた。
「災獣倒したの、お前らだな?」
「えっ?」
「俺だってバカじゃねぇ。一人で丸太ブッ刺して災獣を倒すとか、自分でできるかどうかは、考えりゃわかる」
「…………」
「アイツがやったんだな?」
「ああ」
「そっか……サンキュな」
はぁ!? お礼? あのケビンが!
「言ったろ、自分の力量くらいはわかってる」
そう言ってプイッと顔を背け、足早に立ち去って行った。
「これが噂に聞くツンデレって奴なのか?」
「ご主人、どこでそんな単語を?」
「リムルと呼べ。なんか先祖伝来でそんな言葉があるって聞いたんだよ」
「……ご主人の先祖も得体が知れませんね」
わたしはその日、名家の蓄積した知識と言うのは、意外と侮れないと思い知った。
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