第17話 依頼

 掲示板には大量の依頼が張り出されていた。

 ただし、薬草採取や材木運搬のように森に入る依頼は、すべて横の保留用掲示板に移動させられている。


「やっぱ、災獣の影響は出てる、か。ケビンに押し付けたけど、バレないうちに早く街を出よう」

「ラウム行きの依頼、ある?」

「どうだろ?」


 ご主人はわたしと言う戦力を手に入れたけど、やはり個人で向かうより多人数の方が色々と便利だし安全だ。


「商隊の護衛、運搬依頼、手紙の配達……数はわりとあるな。どれがいいかなぁ?」

「リムル様、これ、これ面白そう」


 わたしが目を付けたのは、巡業劇団の護衛。

 役者さんとか居るなら道中も楽しそうだから。


「……エイル、完全に趣味で選んだろ」

「な、なんのことかなぁ?」

「まぁ、いいけど……募集は十五人か、結構大所帯なんだな」


 ご主人が依頼票をカウンターに持って行き、お姉さんに詳細を聞き出す。


「この依頼主、どんな劇団かわかりますか?」

「うん? ああ、これね。確か――あった。マクスウェル巡業劇団、主に大陸西部を巡ってる劇団で、過激な演出と派手なアクションが売りの人気一座よ。ただしやりすぎでも有名だけど。街道を通るから比較的安全だし、依頼人も有名人で後ろ暗いところは無いから、初仕事にはピッタリじゃないかしら? ちょっと拘束が長いけど。護衛対象は劇団員十八人と馬車三台ね」


 受付のお姉さんは、まくしたてるように質問に答えてくれた。

 要約すると、これはきちんと裏付けの取れた以来であるということ。


「馬車三台……一台につき、六人の団員と五人の護衛って計算ですね」

「そうなるわね。できれば一台辺りの護衛はパーティで纏まってくれた方が良かったんだけど」

「ボクら二人ですからね。無理でしょうか?」


 ご主人が上目遣いでお姉さんを見つめる。それを見てお姉さんはちょっと顔を赤くしてた。

 ご主人、おねだり上手だなぁ。


「そ、そうね。三人のパーティとかあれば、そこに捻じ込めるから、大丈夫だと思うわ」

「この依頼、今どれくらいの人が集まってます?」

「十二人。あなたたちを入れて十四人になるから、あと一人ね。揃い次第こちらから連絡するから、宿泊先教えてくれるかしら?」

「わかりました」


 ご主人が宿の連絡先を教え、受領印を貰った所でギルドを出ることにしました。

 入れ違いに、ギルドに駆け込んでくる、数人の冒険者とすれ違う。

 直後、中から驚愕の声が響いてきた。


「おい、災獣が退治されたそうだぞ!」

「マジか!」

「しかも新人が一人で倒したそうだ!」

「な、なんだってぇ!?」


 聞こえてきた声に、ご主人がホッと息を吐く。


「ギリギリだったかな」

「ケビンが戻ってくるまでは大丈夫だと思うよ?」

「今晩はきっと大騒動になるだろうな。依頼は後一人で満員だし、早く出発できるといいんだけど」


 食料も水も、異空庫の中にたっぷりと保存してあるので、今からと言われても問題なく対応できる。

 それにしても――


「ヤな奴だったけど、大丈夫かな?」

「ん? ケビンか……まあ、アイツが自分の力量をわきまえてれば大丈夫じゃないかな?」

「無茶な依頼とか押し付けられて、死んじゃったりしたら?」

「せっかく助けたんだから、長生きはして貰いたいね。でも、治癒術師と言うのは助けた相手があっさり死ぬというのも、よくある話なんだ」


 ご主人の家系は治癒術師だから、そういった事例もよくあったのかもしれない。

 死ぬ思いをして助けたんだから、それは避けて欲しいところだけど。


「ま、いくら治癒術師でもそこまで責任は持てないさ。それに今頃ドラゴン退治とか依頼されたりしてな」

「それ死んじゃう」

「さすがにそれを受けるほどバカじゃ無いだろ」


 ご主人はケラケラ笑いながら、宿に戻っていった。

 ご主人……わたしは、アイツは『そこまでバカ』だと思うんですよ?



 今宿泊している宿は、一階部分は食堂兼酒場になっていると言う、よくある構造だった。

 久方ぶりに食事の支度から解放されたご主人は、出てきた料理に舌鼓を打っている。


「やっぱ他人の作った料理って美味いよな」

「じゃあ、わたしが作ってあげる」

「ヤメロ、死ぬから」

「リムル様、ヒドイ!?」


 変化する前は、父子家庭だったこともあり、普通に料理もこなしていたのに。

 今はこの左手のせいで、料理すらまともにできなくなっている。というか、嗅覚に対して味覚も少し鈍くなったかもしれない?

 本来、奴隷であるわたしがご主人と同じテーブルに着くと言うのは無礼なことなんだけど、ご主人はそういった行為をとても嫌がる。

 なのでわたしは『一緒に食事を摂る』という贅沢を行えるわけだけど。


「――むぅ」


 食べ終わった皿に、ちょっと切ない視線を注ぐ。

 以前は小食過ぎるくらい食が細かったけど、今はご主人の三倍はよく食べるようになってしまった。

 どうやらこの身体は燃費が悪い。桁外れの筋力を発揮できるのだから、当然かもしれないけど。


「足りないなら、追加を頼んでもいいよ?」

「本当?」

「手持ちにはまだ余裕があるから、大丈夫。それにエイルは自前のお金も持ってるだろ」


 あ、そういえば初めて会った時に、異空庫に金貨二百枚持ってるって言ったっけ?

 金貨二百枚と言うと、ちょっとした見習い職人の年収に匹敵する。


「お姉さん、この魚の包み焼きと、クリームシチューと、ミートソースパスタと、串焼きの盛り合わせと、リンゴのコンポートください」

「は、はい……」

「食いすぎだろ!?」

「大丈夫、わたし太らないから」


 実際、買われた時は骨と皮だけみたいだった状態だったけど、今はそれなりにふっくらしてきて、フニフニになってる。

 とは言え、一定以上に回復してからは、全く贅肉がつかなくなった。胸周りはもう少し欲しいんだけど……

 元々の燃費の悪さに加え、魔術の勉強や剣術の修行なんかでカロリー消費が増えたことが原因なのかな?


「別にいいけど、腹壊すなよ?」


 呆れ声を掛けてくるご主人。

 その時、店にギルドの受付に居たお姉さんが入ってきて、一直線にこちらに寄ってきた。


「ああ、いたいた。依頼の件、人数が揃ったわよ。明日の朝九時に西門前に集合だって」

「あ、それはよかった。うん、すぐに出発できて嬉しいよ」

「それにしても、あなたたちが帰った後大変だったのよ?」


 そんな愚痴をこぼしながら空いた席に腰を下ろす。

 席に着くのはいいけど、ヒョイヒョイわたしの串焼きに手を伸ばすのはやめて欲しい。

 奴隷の身分だから、文句は言えないけど。


「昼過ぎに災獣が現れたって報告が来たと思ったら、夕方には倒されたって話が出たんだもの」

「倒されたんですか、それは良かった」

「それも倒したのは騎士団でも高レベル冒険者でもなく、あのケビン君だってのだから驚きよ。ゴースンさんの話がなかったら、信じられない所だったわ」

「証人が居たんだから、真実なんでしょう」

「そうね、超大型の魔石まで提出されちゃ、疑いようが無いもの。即座に幹部会議が招集されて、彼は赤から緑のランクに引き上げられることになったわ」


 緑……赤から橙、黄を飛び越えて、三段階も上を表す色だ。

 色の評価は大体こんな感じ。


 赤―― 駆け出し。

 橙―― 新人。

 黄―― 一人前。

 緑―― 腕利き。

 青―― 一流。

 藍―― 超一流。

 紫―― 英雄。


 大雑把だけど、こんな感じの認識が通っている。

 普通の冒険者は黄位まで上がり、緑になる頃に引退する。青まで到達できるのはそれこそ全体で千人に一人くらい。

 青から藍に到達できるのは、更に百人に一人と言うところ。

 そこまでいけば、充分『成功者』と呼ばれるようになるだろう。

 緑まで上げたというのは、ギルドが与えられる最大限の報酬、なのかな?


「ケビン君が戻ってきた時に話聞いたんだけど、自分でも信じられなかったのか、目は泳いでたわよ」

「そりゃあ、えーと……いきなり環境が変わったわけだし」

「そうかな? その後『なんでもいいから仕事くれ、街から出る奴!』って言い出したから、あなたたちと同じ物を推薦したのよ」

「ごふっ!?」


 それを聞いてご主人がいきなりむせた。

 つまり、最後の一人ってケビンなんだ?


「そんなわけだから、仲良くしてあげてね?」

「ボクたちとそりが合わないの知ってて言ってるでしょう?」

「そんなことないわよぉ。君ならキチンと折り合いつけていけると思ったから」

「ご高評を仰いだようで……」

「まあ、そういうことだから。明日、よろしくね?」


 散々飲み食いしたお姉さんは、そう言って席を立ち、店を出て行った。

 嵐のような人だった。



 減った分の食事を追加注文してお腹を満たした後は、部屋でご主人と昼の戦闘を考察することにした。

 なお、部屋はシングル一部屋だけ取っている。わたしと一緒に寝ることに拒否感の無いご主人は、節約の為といっていた。

 わたしもふわふわで温かいご主人と一緒に寝れるのは、気持ちいいので賛成している。


「それじゃ昼の丸太のアレ、魔力付与の結果ってこと?」

「はい」


 ご主人が真っ先に話題に上げたのはやはり、グランドヘッジホッグの毛針をへし折り、外皮を突き破った丸太の一撃。


「魔道具を作る時と違って、内部に魔力を込めるのではなく、外側に這わせるようにすると、武器? の強度が上がって、攻撃力が増した」

「それ、最初から判っててやったの?」

「いえ、魔道具作成の時はいきなり内部に魔力を流していたのですが、今回は素材が木材なので、従来の方法だといきなり破裂すると思って、ゆっくりと浸透させるよう意識して、外側から魔力を這わせたらこういう結果に」

「つまり、魔力を表面に這わせることによって内部に圧力を掛ける事無く、魔力反応のみで装備の『攻撃力』という要素が強化された……?」


 ご主人はしばらく頭を悩ませた後、ふとこちらを見て――


「エイル、君の短剣を貸してくれ」

「はい?」


 疑問符を浮かべながらも右手用の短剣を渡す。

 ご主人は短剣を手に魔力を注ぐ仕草をはじめた。


「難しいな。こんな感じでいいのか?」

「リムル様、それだと中に入っちゃってます。もっと外側から表面を撫でるように……」

「うーん……ここ、かな?」

「そうそう、いい感じ……あっ」

「うわっ!?」


 わたしの短い悲鳴と同時に、ご主人の手の中から短剣が弾け飛ぶ。

 幸い短剣は破壊されず、ご主人に怪我もなかった。


「ゴメン、暴発しちゃった」

「初めてだから仕方ないです。大丈夫、もう一度……」

「うん、がんばる」


 しばらく試行錯誤を繰り返した後、ご主人は魔力をことに成功した。

 わたしと比べると、纏った魔力はかなり薄いけど、昼の丸太と同じ状態といえるだろう。


「エイル、丸太……は無理だから、何か適当な物を出してくれ。試してみたい」

「はい」


 そう言われて取り出したのは、干し肉の塊。いつもはナイフで削り落として、水で戻して食べてる物。

 試し斬り用の硬さは充分にあるはず。

 それをご主人は短剣の軽い一振りで真っ二つにして見せた。


「これは……すごいな」

「うん」

「っと、効果時間は十秒程度しか持たないか」

「追加で注ぎ込む事で持続時間を維持できる」

「あ、ホントだ」

「ところでリムル様」

「なに、エイル?」


 さっきから気になっていた事。どうしても口にせずには居られない。


「さっきからの会話、なんかエロい」

「うるさいよ!?」


 顔を真っ赤にして喚くご主人。わたしもちょっとだけ顔が赤い。


「とにかく! かなり微妙な魔力操作が必要になるから、いきなり戦闘で使いこなすのは無理だけど、慣れればこれは大きな武器になるね」

「うん、刃物だと効果倍増って感じ」

「魔力って空気中だと拡散しちゃう傾向にあるから、表面に纏わせるって発想はなかったな」

「今までの歴史でも?」

「うん、ひょっとしたら英雄や達人と呼ばれる人たちの馬鹿げた攻撃力は、無意識にこれを行ってのことかもしれないね」

「ふぅん……これを使いこなせればご主人も戦えたり?」

「それは無いね。ボクじゃ、まず剣を当てることができないもの」

「残念」

「でも護身用に覚えておくのは悪くないかな?」

「なら、わたしが修行つけてあげる」


 えへんと胸を張って、宣言。

 奴隷なのに身の回りの世話とか、全部ご主人が自分でやっているから、実は肩身が狭かったのだ。

 ご主人はわたしより器用だから『自分でやる方が早い』といって、させてくれなかったのもあるけど。

 そんなわたしを見て、ご主人もクスリと微笑む。


「お手柔らかに頼むよ」

「大丈夫。それじゃ夜は長いんだから、もう一回出来るでしょ。ご主人は若いんだから、がんばって」

「おい」

「ほら、そんなに硬くならなくてもいいのよ? わたしに任せて、リラックスして……」


 ここぞとばかりに『教育』の成果を利用して、扇情的なセリフを並べ立てる。


「お前、わざと言ってるだろう!」

「うん」

「エイル、正座。『命令』だ」


 こうして、わたしは一時間正座させられた。

 ご主人の『命令』って、こんな事ばかりに使われているような?



 なお、ご主人が夜こっそりトイレに行ったまま、三十分ほど戻ってこなかったのは、気付かなかったことにしておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る