第16話 登録
気絶したままのケビンに魔石を押しつけ、『キミは決死の戦闘で相討ちになったのだ、記憶が飛んだのは大怪我をした影響だな』なんていう作り話を作って、ゴースンと口裏を合わせておく。
幸い、グランドヘッジホッグに突き立ったままの原木は、彼が運ぼうとしていた物だ。
原木にはギルドの運搬依頼の関係でナンバリングされているから、裏付けにもなるだろう……多分。
後、手足はご主人がちゃんと再生しておいた。
「でもコイツに丸太を叩きつける腕力なんてあるかなぁ?」
ご主人は今でも懐疑的だけど、そこは火事場のクソ力って事で納得してもらおう。
「でも考えてみれば、わたしが丸太で串刺しにしましたって言うより現実味ある、かも?」
「はっは! そういや、嬢ちゃんは見かけ細っこいからなぁ!」
「む、これでもちょっとプニプニしてきた。リムル様は身をもって知ってる」
「変な誤解されそうだからヤメロ!?」
実際の所は、病み上がりの時以来、一緒のベッドで寝るのが日常になったからなだけ。
兄弟が居なくて、家族と一緒に寝るって行為に憧れていたわたしの意見を取り入れた結果だ。
これから冬が深まるにつれて、寒さも厳しくなっていくので、ご主人としてもありがたかったらしい。
あの家は子供一人だと、結構広いから。
「それじゃ、改めてボクたちの依頼果たさせてもらいますね」
「おいおい、この惨状でまだ試験続ける気かよ?」
「この惨状だからこそ、ですよ。大荒れに荒れる前にさっさと済まして、そ知らぬ顔で街を出たいんです」
「まあ、しばらくはここも閉鎖だろうし、こっちとしちゃ、ありがたいけどよ」
粉々に吹っ飛んだ詰所の残骸(わたしのせいだ、ごめん)から書類を探し出し、ご主人に渡す。
「確か運搬表は……こっからか。じゃあここにサインしてくれ。運ぶ本数も記入すれば、あとはこっちでやっておく」
「ありがとうございます。エイル、一度に何本まで持てる?」
異空庫を使えば何本でも、と言いかけて、ふと思い出す。
ギフトは秘密だから伐採場を出るまでは、わたしの腕力で運び出さないといけないんだった。
「六本までなら、まとめておけば引き摺っていける」
「ではゴースンさん、六本でお願いします」
「了解した。竜人ってのはスゲェ腕力してんだなぁ」
運ぶ丸太を集め、ロープで纏めた後一本一本にタグを打ち付けていく。
こうしないと『ギルド依頼で来た』と言って持ち出し、そのまま消えて丸太を盗む者が出るかららしい。
「それじゃ、ゴースンさん。お世話になりました。また機会があればよろしくお願いします」
「何言ってんだ、災獣を倒してくれて大助かりだっての。でもいいのか? 名乗り出りゃ英雄扱いだぞ」
「ボクの個人的な事情で、目立つのは避けたいんですよ。エイルのこともありますし」
「竜人なんて、レア種族だもんなぁ……仕方ねぇか」
「それでは、ボクらはこれで」
「ああ、また来たら宴会でも開いてやるよ」
「オッサン、おつ」
ぶっきらぼうに挨拶を返し、軽く手を振る。
一本十メートルを超える丸太を六本、それこそトンを軽く上回る重量を物ともせずに、わたし達は伐採場を後にした。
伐採場が見えなくなってから、木材を異空庫に放り込み、散歩のような暢気さで街への帰途についた。
「ン~……」
凝り固まった背筋を伸ばす為に、伸びをして解す。
手足が強化されているとは言え、背筋まではそれほど強化が及んでいない。とは言え、全くの無強化という訳で無い様で、視覚加速時の脳と同じく、竜化に関連する部位は多少は強化されている感じだ。
でないと、軽く手を振った途端に腕が千切れ飛びかねない。ヴァルチャーの時に脱臼したのは、馴染んでない状態で全力を出した影響もあるからだろう。
「疲れた?」
「少し。でも今は大丈夫」
「今日はご苦労様、ご褒美に夜はボクがマッサージしてあげるよ」
「ン、楽しみ」
のんびりした会話を交わしていると、前方より土煙が上がっているのが見えた。
続いて激しい馬蹄の音。
「お、ベリトの騎士団かな?」
「災獣退治の?」
「それ以外無いだろうね。まあボクらは無駄足だってわかってるけど……それにしても、さすがに動くのが早いな」
軍が動くと言うのは、人が個人で動くより何倍も時間が掛かるはず。伐採場はベリトのすぐ近くとはいえ、この早さは賞賛に値する。
わたし達は道を避けて通り過ぎるのを待つ。その間に身嗜みもチェックしておく。
竜化した手足や目が見られると、厄介事が起きるかもしれないし。
騎士たちはわたしたちの目の前を通過し……掛けた所で、一人の騎士がわたしたちを見て立ち寄ってきた。
「君たちは旅行者か?」
「ええ、これからベリトへ向かうところです」
愛想よくご主人が応対する。わたしは無言。奴隷を示す首輪をしているので、あまり出しゃばらない方がいいと思ったから。
「そうか……タイミングが悪かったな。先ほど災獣が近辺に現れたという報告が入った。いつどこで襲われるかわかった物じゃ無いから、早く街中に避難するんだ」
「災獣? 何が出たんですか?」
「うわー、ご主人ってば白々しー」
心の中で呟いたつもりだったけど、こっそり口に出てたみたい。
ご主人に爪先を踏みつけられた。右足だから痛くもなんとも無いけど。
「ン、何か言ったか?」
「あ、えーと、災獣怖いなって」
「出たのはグランドヘッジホッグという話だけど……大丈夫さ、ベリトは首都だけあって騎士団も精鋭揃いだ。私たちがいる限り街中は安全だよ」
「巨大なハリネズミ、ですね。攻撃系の魔術師が必要と聞きましたが」
「まあ……ちょっとタイミングが会わなくてね。後から駆けつけてくる予定だから、気にしなくていい」
この騎士団、『アレ』に剣で挑む気? わたしが言うのもなんだけど、あまりにも無茶が過ぎるなぁ。
そう思っていたら、ご主人も同じ意見だったみたい。
「アレに剣だけで、とか無茶ですよ」
「見たことがあるのか? いや、それよりも無茶は承知しているが、早急に救援が必要なんだ。救いを待っている人がいる限りは、ね」
「――そうですか、お気をつけて」
「ああ、ありがとう」
「いえ、こちらこそ知らせてくれて、ありがとうございました」
騎士は一礼して隊列へ戻っていった。
ご主人はその姿を見て、首を傾げている。
「うーん、災獣が出たと言うのに戦力不足で前線に送るなんて、ここのギルドは認識が甘いのかもなぁ」
「長居しない方がいい?」
「うん、エイルが変に利用されたら困るしね。戦果をケビンに押し付けて正解だったかも」
「そういえば、彼もここで冒険者になったんだっけ」
「ああいう短慮なのが幅を利かせてるんだから、ここのギルド、期待はできないね」
「ベリトって言えば、冒険者の本場みたいな印象だったのに、がっかり」
「まあ、権力が集まる所は腐敗するって言うし?」
ヒラヒラ手を振りながら、街に向かって歩き出すご主人。
「迷宮の難易度が上がり、冒険者の質が落ちる。となると迷宮から発掘される宝物の数も減って、利権漁りが激化って所なのかな。悪循環だねぇ」
「そこまでわかるの?」
「推測だけどね。ボクが言うのも変だけどさ、奴隷売買なんて違法が罷り通ってるんだから、モラルの低下はかなり激しそうだよ」
聖樹信仰の足元で、違法な商売が成り立っていると言うのは、確かに違和感があるかも?
「奴隷を使わないと探索もまともに進まない。だから認めざるを得ないのかもね。まあ、そのおかげでエイルと出会えたわけだけど」
「そういう面では感謝しないと」
「いや、さすがにこれは言い訳じみてるかな? でも、エイルに会えて嬉しいのはホントだよ」
ご主人、そう言うのは真顔で言わないで欲しい。ちょっと頭に血が昇っちゃう。
わたしは誤魔化す為に、ご主人を追い越して早足で街に向かって歩き出した。
街の入り口が見えてきた所で、異空庫から木材を取り出し、わたしが運ぶ。
市門でご主人がギルドの依頼票を見せている。周囲は災獣の噂が流れてきたのか、街に入ろうとする市民で溢れ返っている。
その騒動のおかげで、わたしが木材を運ぶという異質な光景は注目されていない。
こっそり作業所の建築現場まで運び込み、いかにも『苦労して運んできました』って風に
ご主人が現場監督の人と話をして、確認印を貰ってきた。その後ギルドに向かう事になった。
「戻りました」
「あっ、おかえりなさい! 無事だったのね」
「災獣ですね? 騎士団の人とすれ違いましたよ」
「ええ、あなたたちが巻き込まれたんじゃないかと心配したわよ」
「ギリギリ会わなかったみたいですね。運がいいようです」
ぬけぬけと法螺吹きまくるご主人。絶好調だ。
「ケビンさんが積み込みに手間取っていたようなので、心配ですねぇ」
「ああ、あの子……向こう見ずな面があるから、無茶しなければいいけど」
「そうね。とりあえず今はあなたたちの手続きをするわね」
受付のお姉さんは必要書類を書き込み、カードを一枚取り出した。
「これがギルドの認定証」
「……あれ?」
赤い縁取りの、名刺くらいのカードを手渡されたんだけど……何も記載されて無い?
「ここの所に指を当てて……そう、そしたら文字が浮き出してくるでしょ?」
ご主人がカードの端の部分に指を当てると、文字が浮き上がってきた。
内容はこんな感じ。
リムル・ブランシェ 人間族 男性 十二歳
登録:ベリト本部 ランク:赤
職業:治癒術師 貢献度:0
「へぇ……書類に記載されたもののデータだけですね」
「一応個人情報だからね。説明は必要かしら?」
「お願いします」
「まず、ギルドの構成員は犯罪行為を行わない限り、ギルドが後ろ盾となって、その身分を保証します。つまり国境を越えたりする時とかの査察が楽になるわね」
「それはありがたいですね」
「ギルドは依頼も斡旋しています。依頼はランクによって受けられる範囲が変わるから注意してね」
「そのランクって言うのは?」
「基本、虹の色に準じて高くなるの。赤が一番下で、橙、黄、緑、青、藍、紫が一番上の7段階。依頼票の色で見分ける事ができるシステムになってるわ。これはどこの国のギルドも共通」
「ボクたちは赤ってことですね」
手元のカードを見ると赤い縁取りが付いている。これがランクを示しているんだろう。
「ランクが高いと何か有利なことがある?」
「難易度の高い依頼はそれだけ報酬も高くなるし、それにギルドの融通も効くようになるわね」
「具体的に?」
「買取価格の割り増しとか、各種依頼の優先権とか? 他にも知名度に直結するから、各国の対応も色で変わるわよ? 紫なんて英雄扱い」
「すごいですね。紫の冒険者はどれ位いるんです?」
「そんなの一つの国に一パーティあればいい方よ。各国で六人居るか居ないかね」
「へぇ、色はどうやったら上がるんです?」
「それは依頼の達成度とかギルドへの貢献度とか、後は魔石の回収量とかかな?」
危ない、あの魔石を提出してたら、いきなりランク上がっちゃう所だった。
って、待って? ということはケビンのランクが上がっちゃうってこと?
「リムル様……」
「ちょっと、失敗したかもしれないね」
「どうしよ?」
「なるようになるさ。明日までにこの街を出よう。うん」
明後日の方向を遠い目で見つめるご主人。
あの性格で権力を持ったら、色々面倒な事になりそうだし、そうした方がいいかも。
それに有頂天になって無茶な依頼受けて早死にとかされたら、それはそれで後味が悪い。
「それと、カードは年一回の更新が必要だから、一年に一度はギルドで更新手続きをしてね? 後無くしたら、再発行料として金貨一枚取られるわよ」
「結構高額ですね、気をつけます」
「あ、先に言っておくけど、カードの偽造とかは今の所できないから」
「する人いるんですか?」
「昔は居たらしいけど、今は無理ね。登録時に個人の魔力波を記載するから、所有者以外が指を当てても表示されないの」
それを聞いてご主人はわたしにカードを差し出してくる。
意図する所を察して、カードに指を当てるけど、何も表示されなかった。
「なるほど……」
「他に質問、あるかしら?」
「魔石や収集品をギルド以外で売る場合はどうなります? 具体的に言うと相場ですが、ランクによる優遇は受けられます?」
「ギルドは相場を公開しているから、市井に流しても、優遇額とそれほど差が出ないはずよ。ただ貢献度が上がらないから、ランクの上昇には影響を与えないけど」
「ふぅん……他には無いかな? じゃあ、エイルの登録もお願いします」
ご主人はわたしを前に押し出して、登録させようとしたけど、受付の人は首を振って拒否。
「ごめんなさい、その子は奴隷なんでしょ? あなたの所有物扱いだから、登録はできないの」
「そんな――! いえ、そうか……そう、なんです……よね」
少し落ち込んだようなご主人の表情。
「リムル様、わたしは別にいい」
「エイル……」
「冒険者になりたかったわけじゃ無いし、ご主人を護るのが仕事だから」
「――ゴメン」
うなだれたご主人の頭を撫でておく。落ち込んだ弟を慰める姉になった気分。
「ほら、旅の準備もしないといけないし、早く行こ?」
「ああ、そうだね。それでは失礼します」
「ええ、活躍を期待してるわね」
そして、お姉さんに一礼し、依頼の掲示板を見に行く事にした。
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