第18話 合流
翌朝、ご主人はちょっと顔が赤かった。
なんだかわたしと視線が合うと、目を逸らされる。昨夜はちょっとからかい過ぎたかもしれない。
食事の際もなんだか口元に注目されてる気がする。特にスープとか啜る時。
「と、とにかく……今日から初依頼だから気を引き締めていくぞ?」
「リムル様、力み過ぎると失敗する」
「ボクはいいんだよ。怪我人出た時だけしか仕事が無いから」
「サボる気満々?」
「緊急時に役立つ男と呼んでくれ」
わたしをビシとソーセージの刺さったフォークで指して、微妙な宣言をするご主人。
――昨日の、グランドヘッジホッグを前に治癒し続けた凛々しさはどこに行ったんだろう?
そんなことを思いながら、フォークのソーセージをぱくりと口に含む。
絶妙な焼き加減で塩が効いてて、おいしい。
「あ、ボクの朝食!?」
「『あーん』してくれたのかと思った」
「んなわけあるかぁ」
「しかたないなぁ……はい、あーん」
激昂するご主人に、わたしの分のソーセージを差し出して食べさせる。
ご主人はほんのちょっと躊躇したけど、大人しくそれを口にした。
「むぐむぐ。まあ、話を戻そう。昨日の今日だし多少の混乱は残ってるだろうから、今のうちにこの街を離れるぞ」
「リムル様は、何でそんなに目立ちたくないの?」
「色々と事情があるんだよ。エイルを買ったのも、目立ちたくないのも」
なんだかその質問を聞いた途端に、ご主人は暗い表情になった。
聞いちゃいけないことだったのかな?
西門前、わたしたちは連れ立って待ち合わせの場所にやってきた。
「えーと、目印に青の旗を掲げた……三台の馬車っと」
「リムル様、あそこ」
わたしが指差した先には、青い旗を掲げた三台の馬車と、十人ほどの冒険者の姿があった。
馬車の持ち主だろう人たちが、大きな衣装箱や道具箱を積み込んでいる姿も見える。
「こんにちわ、マクスウェル巡業の方ですね? 今日からよろしくお願いします」
「ん? キミたちも依頼を受けた冒険者かね? 若いのに大したモンだな。わたしは団長のモーガン=マクスウェルだ。よろしく頼むよ」
ご主人が例によって外面よく挨拶すると、一際体格のいいくまのようなオジサンが対応してくれた。
ゴースンさんといい、最近オッサンばかり相手してる気がする。
「昨日登録したばかりなんですよ。初仕事なので至らない所もあるかと思いますが――」
「なに、誰だって最初はある。気にせず張り切ってくれたまえ!」
ご主人が背中をバンバン叩かれてる。オッサンはわたしの方を振り向き、まじまじと眺めてきた。
挨拶して無かったから、気分を損ねたかな?
「あ、わたしエイ――」
「彼女は?」
「ああ、ボクの……奴隷です。後衛なので前衛役が欲しくて」
「ふむぅ……イイ」
「は?」
え、なに? なにが『イイ』の? ひょっとしてロリコン!?
「いいぞ、その姿! 幼く儚げな少女の顔を覆う包帯! それが更に儚さとか弱さを演出している! それでいて活動的なミニスカートのミスマッチが実に映える!」
「あ? え……? ふぇ?」
「そして左腕を覆う腕甲! 無骨なそれがまたアンバランスな魅力になっておる!」
「ええっと?」
えーと、なんだかわたしには理解不能な言語を捲くし立ててます、このオッサン。
団長はそこでご主人に向き直り――
「このコーディネートは君がしたのかね!?」
「あ、はい、ボクですけど?」
「うちで衣装係をやってみる気はないかね!」
「……スミマセンが、すべきことがありますので」
「わたしのご主人を引き抜かないでくれる?」
ご主人の拒否とわたしの拒絶でさすがに我に返ったのか、モーガン氏は謝罪を返してきた。
「いや、スマンスマン。斬新な衣装に少々熱くなってしまったようだ。だが、無理にとは言わんから、気に掛けて置いてくれると嬉しい」
「ええ、食うに困ったら世話になるかもしれません」
「ハハ、それはそれで悩ましいな! では私たちは積み込み作業があるので、しばらく待機して置いてくれるかね?」
「手伝いましょうか? エイルはこう見えて、かなりの怪力ですよ?」
「いや、それは……ふむ……ではお願いしようかな」
「お任せください。エイル?」
「はい、行ってきます」
ご主人としては、少々人見知り気味なわたしに気を使ってのことだろうと思う。
わたしがモーガン氏の指示で荷物を運ぶ間、ご主人は他の冒険者に挨拶をして回っていた。
大きな箱を運んでいる人を手伝うように言われたので、駆け寄っていく。
「お、お嬢ちゃん手伝ってくれるのかい?」
「はい、わたし力持ちです」
「アハハ、そりゃ頼もしいな。俺は道具係のモトって言うんだ、よろしくな」
「エイル、リムル様の奴隷」
「奴隷? そりゃあ、穏やかじゃないなぁ」
「色々あったけど、不幸じゃないよ?」
「ならいいんだが。いいご主人に恵まれたようだな」
「ン、リムル様は優しい」
「それは良かった。んじゃ、まず俺も幸せになるためにコイツからやっつけるとするか!」
そう言って彼が指差したのは一メートル四方の木箱。
「小道具が入っててな、持ちにくいから往生してたんだ。支えるだけでいいから――げ」
わたしが左手一本でヒョイと持ち上げたら、カエルが潰された時のような声を上げてた。
左手一本というか、左手でしか持てないんだけどね。
「スゲーな、お嬢ちゃん」
「わたし、左手だけは腕力ある」
「右手は?」
「人並み、かな? 人より少し弱いかも」
「変わってんなぁ。ギフトって奴かぃ?」
「そんな感じ」
「なんにせよ、こりゃ助かるわ。頑張ってくれよ!」
「任せる」
モトさんの指示でどんどん荷物を運び込む。
すると役者の人とかの目に留まったのか、お菓子とか貰えた。おいしい。
でも、お菓子をくれるのはいいんだけど、頭を撫でようとしてくるのはちょっと困る。額に角があるのがバレてしまう。
「頭を撫でるのは宗教上の理由で、ダメ」
「えー、残念。サラサラの髪とか気持ちよさそうなのにぃ」
「お姉さんの髪の方がサラサラしてる、よ?」
「自分の頭撫でても嬉しくないもの。あ、私の名前はカーラよ。カーラ=ネイム。よろしくね」
「エイル。よろしく」
「エイル……水神様の名前ね。いいじゃない」
「リムル様がつけてくれた」
わたしの言葉にカーラさんは目を丸くする。
「え、つけてくれたって……リムルってあっちの坊やよね? 元の名前は?」
「忘れた。火山の噴火に巻き込まれて色々あったから」
「そう、可哀想に。何か困ったことが有ったらわたしに相談してね。力になれるか、わからないけど」
「ありがと、そうするね」
わたしが謝意を示すと、カーラさんは
「あーもう! 団長! この子可愛いんだけど、持ち帰っていい?」
「やめろ!?」
何てこと言い出すんだ、この人。なんか前科もありそうで怖いんだけど。
「全くお前は! 巡回劇団なのに猫拾ってくるわ、犬拾ってくるわ、熊拾ってくるわ……いい加減にしろ!」
「えー、いいじゃない。可愛いから」
「人食いグリズリーが可愛いと言うお前の感性がよくわからんわ!」
「被害なかったじゃない」
「モトが一時間追い掛け回されただろう!」
やっぱり前科あった。しかも見境が無い。
話題に出たモトさんをチラリと見ると、苦笑いを浮かべながら頬を掻いている。
「追いかけられたの?」
「あー、まぁ……よくあることだし」
よくあるんかい!?
「よく怒らなかったね……」
「こればっかりは惚れた弱みでねぇ」
おおっと、こんな所にロマンスの種が!
その発言に、わたしはニンマリとした笑みを浮かべる。いつだって女の子はコイバナが好きなのだ。
「へぇ、どんな所が好きになったの? 両思い? 告白とかした?」
「ちょ、なにいきなり饒舌になって!?」
「乙女の最大の関心事だもの」
「そういうもんか? いや告白はしたんだけどなぁ。なんか、はぐらかされちまって」
「むぅ、でも断られたわけじゃないんだ?」
「まぁな。そういう点ではまだ望みはある……のかねぇ?」
この人わかって無いなぁ!
「あるよ! だってイヤなら断るはずだもの」
「そうか? だったら嬉しいな」
そんな会話で盛り上がりながら作業していると、あっという間に積み込みが終わってしまった。
モトさんにお礼を言われて、ご主人のところに戻ると、二人の冒険者がご主人と会話しているのが見える。
あれは……
「アミーさん!」
再会が嬉しくて、思わず抱きついてしまった。
彼女はその勢いにふらつきながらも抱きとめてくれる。
「エイルちゃん、お久し振り!」
「どうしたの? 確か迷宮に入るとか言ってたはずじゃ?」
「もう、迷宮に入るには力不足だとわかったとも言ったよ」
「じゃあ、この依頼にも参加してくれるんだ」
「もちろん、そのつもり」
「やった!」
わたしは満面に喜色を浮かべ、そしてもう一人に視線を移す。
今度は不機嫌を隠しもしない。
「それで、なんで『これ』がここにいるの?」
「『これ』言うな!」
そこにいたのはケビン。
残念ながら、ご主人の魔術で手足はキチンと生えている。
「俺は……昨日は調子に乗って、有頂天になっちまったけどよ。それだけで済まなくなったんだよ」
「というと、やはり?」
「ワイバーン退治の依頼が二件に、グリフォン退治が一件、それと近場で黒竜の目撃情報があるから調査してくれってのが一件。今朝になってこれだけ舞い込んできやがった」
「それはまた……予想以上にハードな依頼だな」
「いくら災獣を倒したからって、そんなもん単独で受けたら死んじまうだろ!」
「ご愁傷様、と言うか倒した?」
ご主人の疑問符に、ケビンが仰け反るくらいに胸を張る。
「なんだかそういうことになったんだよ。途中で意識は無くなっちまったからよくわかんねぇけど、グランドヘッジホッグと相討ちになったらしいぜ、俺」
「あー……」
今更『わたしたちの吐いた嘘でした』なんて言えない。
まあ、さすがにワイバーン倒そうと思うくらい増長して無いのは良かった。
そんな雑談で時間を潰していると、冒険者パーティの1人がこちらにやってきた。
「キミたち、そろそろ出発しようと思う。自己紹介と振り分けを決めるから、こちらに来てくれないか?」
「あ、はい。お手数かけます」
「今行きまーす」
ご主人とアミーさんは愛想よく応じている。ケビンは……鼻を鳴らして無言で歩いていった。
今回の依頼に参加する冒険者のパーティは2つと4人。
全員黄ランクの六人パーティ『クリムゾン』と、五人組の橙パーティ『ムーンライト』だ。
そこにわたしとご主人、アミーさんとケビンが参加して15名。
「という訳で俺たちが黄ランクなのに紅い『クリムゾン』だ、よろしくな」
「俺たちは『ムーンライト』です。冒険者になって一年くらいの駆け出しだけど、よろしく」
軽いジョークを交えつつ自己紹介するクリムゾンと、やや虚勢を張ってる感のあるムーンライトの面々。
ここら辺の余裕の有無に経験を感じる。
「わたしはアミーと言います。わたしも一年目の橙ランクよ。よろしく頼むわね」
「ボクはリムル、昨日登録したばかりの初心者で、治癒術が使えます。こちらはボクの奴隷のエイル、前衛をこなします」
「ケビンだ。昨日緑ランクになった」
ケビンの自己紹介を聞いて、周囲がざわめいた。
「あの『災獣殺し』のケビンか」
「大物じゃねぇか、なんでこんな依頼受けたんだよ」
「すっげぇ、俺ホンモノ見ちゃったよ」
そんな声があちこちから沸きあがる。ここまで特別扱いされるのか。押し付けてよかったかも。
「『災獣殺し』と組めるなんて光栄だな。それで割り振りなんだが」
「俺達は丁度五人組だから、一緒に動かせて貰えるととありがたい」
真っ先に提案してきたのはムーンライトのリーダーだ。
「ああ、それはこっちもそう提案するつもりだったから構わないよ。問題は残り二つなんだが……そうだな、ウチから一人派遣するから、キミたちと組んで使ってくれないか?」
「人数的にそうして貰えるとありがたいですね」
「俺はリーダーだから、無理として、キミたちの職分はどうなってる?」
「ボクはさっきも言いましたが治癒術師です。後衛ですね」
「わたしは前衛アタッカー」
わたしの役割を聞いて、リーダーは驚いた表情を浮かべた。
「細く見えるのに、大した物だな」
「エイルちゃんってすごいのよ。あ、わたしは火炎系魔術師。だから後衛ね」
「俺は――」
「ケビンの名はオレたちも聞いてるよ。となると、防御役がやや足りないか?」
「それならエイルに任せましょう」
ご主人の意見に、クリムゾンのリーダーは渋い表情を見せる。
「いくらなんでもその装備では……」
「
「ふむ……では、こちらからは魔術師を出しておくよ。水系が得意だから、相性は悪く無いだろう。リーダーはケビン君に頼みたい」
「あー、まぁ、ランク的にはそうなりますねぇ」
ご主人の『しまった』と言う表情。
あの短絡思考にリーダーを任すのが不安で仕方ないけど、こればっかりは反論しても妥当と言われてしまう。
事情を知らないアミーさんも、もちろん賛成してる。
こうして、やや不安含みのたびが始まった。
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