第13話 試験
振り返った先に居たのは、ガタイのいい少年だった。
大人といっていい体格をしているけど、顔付きが幼いので、きっとわたしたちとそう変わらないくらいなんじゃないかな。
「用事が終わったら、とっとと退けよ。邪魔なんだよ」
「ああ、すみません。ではキーラさん。この試験を受けるってことでいいですね?」
「わかりました、受理しておきますわ」
「チッ、お前らもそれ受けるのかよ」
わたしたちの試験内容を見て、舌打ちする少年。
「『も』ってことは、あなたも試験?」
「俺は試験じゃねぇよ。っつーか奴隷ごときが話しかけんな!」
「――お前!」
「んっだよ? やんのか?」
「リ……ご主人様、ここは抑えて」
こんな奴に名前を知られると、後々まで絡まれそうだから、あえてご主人様と呼んでおくことにした。
「ケビン君、彼らは試験だから受付時間が長引いちゃったのよ。待たせたのなら私が謝るわ」
「いいよ。キーラさんには世話になってるから、今回は水に流してやる」
「……それはどうも」
「ところでケビン君は依頼かしら? 材木運搬を受けるの?」
「まだ大丈夫だろ?」
「そりゃ、この仕事はいつも人手不足だもの。大歓迎よ」
「フン、素人との違いって奴を見せてやるさ」
ケビンとやらは、手に持った依頼票をキーラさんに差し出し、受領印を押してもらう。
彼は私たちを振り返って、鼻で笑った。
「馬も持ってねぇのに、この依頼こなせるとか思うんじゃねぇぞ?」
「必要なのか?」
「木材運ぶのに運搬手段がねぇとか、バカか、お前」
「ボクたちには、ボクたちのやり方があるんで」
「デケェ口叩くな、素人。試験前にひねり潰すぞ?」
「…………」
「ご主人、もう行こう。時間が無い」
「あ、ああ……」
「ふん、精々頑張んな」
彼は一足先に門を抜け、玄関先に留めていた大型馬に跨って駆けて行った。
馬の番をしていた奴隷らしき人が、それを追いかけて走っていく。
あの馬、大きいな。体高が二メートル以上あった。労働馬って奴かな?
「ごめんね。彼も新人なんだけど、入って早々、ゴブリンを倒したりして活躍してね。今、少しいい気になっちゃってるの」
「いえ、かまいませんけど……放置しておいていいんですか。あれじゃすぐに死にかねませんよ?」
「まあ、そこを含めて自己責任なのが冒険者なのよね。生き延びるかは個人の運だもの」
「忠告くらいは?」
「したわよ。下積みから経験を積みなさいって。だから材木運搬なんて地味な仕事請けてるの、彼」
「それで不貞腐れてるってわけか」
あそこまで傲慢になってると、戦闘の無い依頼なんてゴミ程度にしか思って無いだろう。
無駄に自分は大物と思い込んでいる節があるし。
「それじゃ、ボクたちもいってきます」
「いってらっしゃい。がんばってね」
わたしたちはキーラさんに見送られて、ギルドを後にした。
街中をテクテク歩きながら、ご主人と目的地へ向かう。
依頼も戦闘とか無いので、気分はまるで散歩だ。
「リムル様、勝てる?」
「勝つ必要なんて無いよ。ボクたちは試験だからね。でもエイルが居るなら、度肝を抜いてやることは出来るかな?」
「わたし任せなのね」
「頼りにしてるよ。でもまあ、そんな派手な真似はしなくてもいいかな? 今回は合格すればいいだけの話だし」
そんな軽口を叩きながら、屋台から串焼きを二つ買って、わたしに一つ渡してくる。
「お昼まで間があるしね。ちょっとした景気付け」
「――いただきます」
労働するのは主にわたしなんだけど? でも、買い食いで奴隷にも肉を与えるなんて、普通ありえない。
ご主人はいい人だ。それは間違いない。
「ろうひて、ひゃふほうふぁいひゅのひはいふぉふへなふぁったんふぇふは?」
「エイル、何言ってるかわからない」
「むぐ……んく、どうして薬草採取の依頼を受けなかったんですか?」
「ああ、異空庫にクコの実が入ってるから?」
「はい」
ご主人は少し考えて、肩を竦めた。
「異空庫については内緒だしね。そうなると、薬草を取りに行く時間どっかで暇を潰さなきゃいけなくなるだろ? それが無駄に感じたんだよ」
「それは……」
確かに人前では使えないから、何処か別の場所で取り出す必要があるだろう。
そして見かけ軽装のわたしたちが、間を置かずいきなり大量の実を持ち込んだら、不審に思う人も出るかもしれない。
合格すればいいだけなら、物凄い速さで試験をクリアしたとか、物凄い量を持ち込んで合格した、という結果は無くてもいい。
わたしたちが欲しいのは冒険者カードだけであって、名声は必要無い。変に目立つ必要は無い。むしろそういう噂は邪魔になる可能性がある。
だから適量を、そこそこの時間の後で持ち込む必要がある。その時間を無駄と判断したのか。
「ふむ? でも、それだと薬草採取でもよかったってことじゃないですか?」
実際に探しに行って、無かったら手持ちから追加すればいい。
「手間が同じなら、確実に損をしない方がいいでしょ。薬草は見つからない可能性があるけど、材木は確実にそこにある」
「リムル様……あざとい」
薬草採取の為に森を彷徨うくらいなら、森の入り口まで行って帰って来るだけの仕事を選んだってわけだ。
本来、重労働のはずのこの試験も、わたしのギフトなら散歩がてらにクリアできる。
「賢明と言って欲しいね。ボクは楽がしたいんだよ」
ご主人は、食べ終わった串をタクトの様に振って、機嫌よく答えてくれた。
ベリトの街の東の外れには、巨大な森がある。
世界樹の周囲を取り巻くこの街なら、材木には困らないだろうと思われるかもしれないが、世界樹はとにかく固い。鉄よりも遥かに固い。
故に、枝や木切れといった木材は、ほとんど入手できない。だから周辺の森まで切り出しに行く必要がある。
普通の街ならちょっと出て切ってくるということができるが、この街は世界樹の根が方々に伸びて街の各所を断絶しているせいで、森までかなり大回りをしないといけなくなっている。
なのでこういった材木運搬の仕事は、常に人手不足となっていた。
木材集積場には多くの人が作業していた。
ベリトは世界でも有数の大都市だ。そこを賄う木材をここから運び出しているのだから、活気があるのも当然。
「すみません、ギルドから依頼を受けてきたのですが」
「ああ、木材運搬かい? さっきも一人来たよ、ごくろうさん。あそこの詰所で手続きをやってるから行ってきな」
「ありがとうございます」
作業員が指差した詰所には、さっき見た大型馬が荷台を付けて停められ、積み込み作業をしていた。
動いているのは、もっぱら奴隷の人たちだ。
詰所に近付くわたしたちを、作業を監視していたケビンが見咎めた。
「よう、今頃ご到着か。本当に手ぶらで来るとはアホだな、お前ら」
「どうも」
ご主人はもう『バカは相手にしない』という態度ありありで、中傷をスルーしてる。
それが気に障ったのか、ケビンは足音も荒くこちらにやってきた。
「てめぇ、素人の分際で俺を無視する気か?」
「こっちも仕事なんだよ。世間話してる余裕は無い」
「っざけんな!」
ご主人の胸倉を掴みあげるケビン。
わたしは剣の柄に手をかけるが、ご主人がそれを制止した。
「エイル、よせ。おい……依頼主の前で余計な暴力沙汰を起こす気か? ボクは今、依頼されてここに居るんだぞ?」
あ、ここでご主人に手を出したら、ギルドの依頼を妨害したと取られてもしかたないのか。
「――くっ、ベラベラと良く回る舌だな」
「お前の拳ほどじゃない。無闇に振り回すな。さっさと手を離せ」
「覚えとけよ」
「ああ、忘れてなどやるものか」
ご主人はケビンの手を振りほどき、詰所の中に入っていった。
わたしは忌々しそうにご主人を見るケビンを睨みつけ、一言告げる。
「彼に手を出したら……殺す、よ?」
「あ? 奴隷風情がでかい口叩くんじゃ――」
あいもかわらず大口叩くその口に、左手の爪を突きこんでやる。
咽喉を貫く、その直前で止めて――
「わたしは奴隷だから、主人を守るの。違う?」
「あっ、が……」
「格が違う相手がいると知るべき。危害を加える気なら手加減はしない、容赦もしない。挽肉になるまで叩き潰してあげる」
チクチクと咽喉を刺す感触に、身動き一つ出来なくなったケビンを見て、わたしは溜飲を下げた。
ゆっくりと腕を引き、ニッコリと笑ってあげる。ただし顔の前に竜化した鋭い爪を立てたままで。
「これ以降はわたしたちに関わらないこと。いい?」
「あ、ああ」
「エイル、そのくらいにしておけ。早く来るんだ」
「はい」
遅れたわたしの様子を見に来たご主人が、仲裁に入る。
わたしは腕を軽く一振りして――それだけで結構な風を巻き起こしたけど――詰め所に入っていった。
「表で何かあったのか?」
詰所で待っていたのは、筋骨隆々とした、いかにもな格好のオッサンだった。
わたしは炭焼き小屋で生活していたため、こういうタイプの人間は見慣れていて……正直むさくるしい。
やはりご主人のような、可憐な美少年タイプが好みだ。
「いえ、先輩が来ていたので挨拶していただけですよ」
「ああ、同じ冒険者だものな」
「ボクはまだ見習いなのですけどね」
「そうか? まあ、身体は見習いっぽいけどな。もっと鍛えろ、少年!」
ガハハと笑うその姿は、豪快といえば聞こえはいいけど……うん、昔近所に住んでた樵のオッチャンを思い出す。
「俺はここの責任者でゴースンというんだ」
「ボクはリムルです。よろしく」
「……エイル。よろ」
軽く自己紹介したところで、彼は窓の外を指差した。
「あそこに積んである木材が街中に運ぶ分だ。切り出す手は足りてるんだが、運ぶ方が追いつかなくてな。冒険者に依頼しても精々一度に五本程度しか運べんし、困ったもんだ」
「冒険者は人手としては多いですが、運搬用の馬車を持っている人は少ないですしね」
「馬車を貸し出して、とか思うかもしれんが……馬車も結構な値がするからな。迂闊な奴には貸し出せん」
「ボクが言うのもなんですけど、冒険者もピンキリですからね」
「お前たちは馬車持ってないようだが?」
「そこはそれ、冒険者ですから。奥の手の一つや二つはあるんですよ」
少し誇らしげに胸を張るご主人が可愛い。
ケビンの積み込みが終わるまで、ゴースンさんがお茶を出してくれると言うので、少し休憩が入ることになった。
席を外している間、ご主人が耳打ちしてくる。
「エイル、悪いけど人目が無くなるまでは、キミが材木を曳いていってくれる?」
「人前で異空庫はマズイから、了解」
「何本くらいい、いける?」
「多分、あの馬よりは力ある?」
外で積み込んでいる大型馬を指して、胸を張る。
そこにゴースンさんがお茶を持って戻ってきた。
「そういえばゴースンさん。試験なんですけど、何本持って行けば合格とか判りますか?」
「ん? 規定は六本を三日以内だな。結構でかい原木だから、一度に二本でも大変だぞ」
「ではボクらは六本まとめて行きましょう」
「おいおい、大丈夫かよ……」
「彼女の力なら余裕ですよ」
疑惑の視線を向けてくるゴースンさんに、ドラゴン化した左手を見せる。
この人なら、多分見せても大丈夫だと思う。
「こっ、コイツ!?」
「竜人族です。今はボクの奴隷ですけどね」
「伝説の……驚いたな。よく飼い慣らしたもんだ」
「ですから――」
そこで扉が勢い良く押し開かれた。
「親方、大変だ!」
どうやら、何か起きたみたい?
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