第12話 組合

 しばらくの空中遊泳から帰ってきたら、ご主人が怒ってました。


「エイル、そこに正座」

「え、あれ? あの……」

「正座」

「はぃ」


 お説教の内容は至って簡単。

 護衛対象を放り出して、護衛者のわたしとアミーさんが二人揃って遊び呆けていたこと。

 近接戦闘力の無いご主人と、ただの旅商人のデヌカさんを放置したんだから、これはわたしの失態。


「ごめんなさい」

「まったく。本来なら、これはオシオキ物だぞ?」

「オシオキ……エッチなのはイヤです」

「誤解を招くようなことを言うな!?」


 あ、わたしの発言でアミーさんがちょっと赤くなった。

 なにその、『その手があったか!』的な表情は?


「反省が足りないようだから、エイルの今日の晩ご飯はニラ尽くしな?」

「そ、それは勘弁して!」


 ドラゴン化してから、わたしの身体能力は基本的に上昇している。

 目立つ変化をした手足や左目以外にも、嗅覚や聴覚も格段に上昇している。

 冒険なんかには便利なんだろうけど、それはつまり、食事なんかの匂いにも敏感っていうことで。


「ニラは臭い。朝まで臭うの」

「じゃあニンニク料理で」

「もっとイヤァ!?」


 結局、拝み倒して普通の料理にしてもらえた。

 代わりにマッサージする事になったけど……それは元々奴隷としての仕事かも知れない。



 その夜は結局ベリトまで辿り着く事ができずに、夜営する事になった。

 たった二十キロ、と思うかもしれないけど、整地されていない道を行くのは意外と時間が掛かる。

 そもそもフォカロールからベリトの間は三十キロほど。徒歩で一日歩いて、ギリギリ到着できるくらいの距離がある。

 この辺りが、自称衛星都市と言われる所以ゆえんかもしれない。


 干した野菜と肉を煮込んだスープと、日持ちする黒パン。それにデザートとしてリンゴを切って夕食を摂った。

 新鮮な野菜が食べれるのは、街から出た直後の最大の恩恵。

 ちなみに食事を作ったのは、例によってご主人。

 奴隷のわたしがこう言った仕事をしないのを、デヌカさんが珍しそうに眺めてた。


「エイルは不器用だから。ほらあの腕だし」


 そうご主人が言い訳してくれていたのが、印象に残ってる。

 夕食後はわたしたち二人とデヌカさんたち二人の二交替で夜営する。マッサージの約束が有ったので私達が先番をすることになった。


「リムル様、これでいい?」

「うん、悪くない……けどちょっと弱いかな」


 うつ伏せに寝転んだご主人の背中を右手で揉み解す。

 弱いという感想なので、腰の上に跨って体重を掛けて指圧。


「ぐぬぬぬ」

「あ、いい感じかも。でも無理するなよ?」

「大丈夫、まだ。ガンバル」

「というか、なんで片手? 左手はそんなに不器用なの?」

「かなり。試してみる?」

「おう、ドンとこい!」


 ドンと行きました――ゴリッと。


「ぶぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」


 深夜にご主人の悲鳴が響き渡った。



 翌朝、再びやってきたベリトの街。

 入り口で入市料の銀貨十枚を支払い、問題なく街中に入る。

 ちなみにわたしはご主人の所有物なので、入市料は免除だとか。

 そのご主人は、馬車の中で伸びてる。だから左手マッサージはやめた方が言いといったのに……言ったかな? 言ってない気がする。まあいいか。


「護衛ありがとうございました。あなた方が居なければ、どうなっていたことやら」

「いえ、こちらこそ馬車に乗せてもらわなければ、どうなっていたか」

「リムル様、ちょっと重い」


 市内の広場で別れることになったわたしたちだけど、ご主人はまだ立てないので、わたしが背負っている。

 治癒術師なんだから、自力で治せばいいのに。


「ボクはまだ遠隔治癒ができないの! 背中は手が届かないんだよ!」

「身体固い」

「うるさいっ!」


 治癒術は中階級以上の術だと遠隔で掛ける事ができるけど、そうで無い場合は患部に手をかざす必要がある。

 ご主人は上級の部位欠損すら治す快癒の魔術が使えるのに、遠隔治癒はできないと言う歪な成長をしていた。

 そんなご主人を揶揄するようなじゃれ合いをするわたしたちを、デヌカさんは微笑ましそうに見ていた。


「はは、私も面白い経験をしました。主人と奴隷と言うより、友達や幼馴染の様な気安い関係ですな」

「躾が行き届かず、恥ずかしい限りで」

「いやいや、これはこれで新しい主従関係かもしれませんぞ?」

「そうであれば良いのですが」

「ともあれ、無事辿り着けたのはあなた方のおかげ。これはホンのお礼と言うことで」

「そんな! 受け取れませんよ。ボクたちは当然のことをしたまでで」

「亡くなった方々に支払う予定だった報酬です。受け取ってあげてください」

「それは……それでは、受け取ります。ありがとうございます」


 アミーさんの方を窺いながら、報酬を受け取るご主人。

 彼女も軽く手を振って答える。


「いいのよ、ラッツも……死んだ人だけどね。彼らも身寄りは無いって言ってたし、余剰報酬はギルドに吸い上げられるだけなんだもの」

「それでは、遠慮なく」

「それじゃ、わたしもこれで。今回のことで修行不足が身に染みたわ。迷宮に挑むなら、もう少し実力を付けないとね」

「はい、ではご縁があれば、また」

「アミーさん、さよなら」

「エイルちゃんも。空飛ぶの、楽しかったわよ」

「また、飛ぼう?」

「今度はもう少し優しくネ?」

「心掛けとく」


 そう言って颯爽と立ち去っていった。いかにも冒険者って雰囲気だ。

 わたしよりいくつか年上にしか見えないのに、全然違う。かっこいい。



 ご主人の案内で、見慣れた宿に部屋を取る。以前も泊まっていた宿だ。

 部屋を二つ取ろうとしたご主人を慌てて制止。いきなり無駄遣いは良くないし、なんだか金持ちのボンボンが……という感じの視線も感じる。

 それにわたし一人だと、いざという時が不安だし。そんなわけで、ツインルームを借りて部屋で荷解き。

 一息吐いたら、今度は冒険者登録をしに行くこととなった。


 手袋や包帯、マントなどで異貌を隠し、ドーナツ状になった市街の南側にあるギルド本部に向かう。

 ベリトの街がドーナツ状なのは、中央に世界樹が鎮座しているから。

 しかもその根が四方八方に広がっているため、街路のあちこちが寸断されていて、まるで迷路のようになっている。

 これはこれで、防衛戦略的には優れてるんだとか、ご主人が説明してくれた。


 ギルドの入り口のスイングドアを押し開き、中へ入る。

 内部は武装した厳つい人たちがたむろしている、ちょっと怖い空間だった。

 奥にはカウンターが有り、その横には掲示板。隣接している建物への通路の先は……食堂、かな?

 ご主人は物怖じせずにカウンターまで進み、要件を告げる。

 カウンターに居たのは、ネームプレートにはキーラって書いてある、エルフのお姉さんだ。


「冒険者になりにきたんだ。登録をお願いしたい」

「……キミ、少し若いようだけど、冒険者って過酷よ。大丈夫?」

「若いのは認めますけど、大丈夫ですよ。それに一人じゃないし」

「後ろの子?」

「ええ、戦闘奴隷なんです。かなりのモノですよ」


 わたしはマントの下に大剣を背負う形にして、武器を隠している。

 理由は借りている大剣が名剣過ぎるから。これを理由に絡まれる可能性だってあるくらいの名品だ。

 だから人の多い場所ではマントの下に剣を入れるようにしている。

 もちろん隠しきれる訳では無いので、身の丈に合わない武器を背負っているのは一目瞭然だけど。


「そっちの子も小さいみたいだけど……って言うか、ヒョロヒョロじゃない?」

「見掛けはね。アレでいて、背中の剣を片手で振り回すんですよ。それにボクは治癒術師だから、前線には立ちません」

「そう? まあ、ギルドは基本、来る者は拒まずだから登録は出来るけど」

「お願いします」


 ご主人がやり取りしてる間に、ギルドを見渡す。

 ロビーは結構年季の入った造りになっていて、掲示板の依頼票以外にもあちこちに張り紙がしてある。

 あまりに古くなってて、文字が読めない張り紙だって散見できる。例えば……


 ――なになに……大半が掠れて読めないけど『嘔吐行為を禁止』? 酔っ払いでも来たのかな?


 そんなのに目を通してるだけでも、充分な暇つぶしになりそう。


「じゃあ、こちらの用紙に記入して。文字は……魔術系なら知ってるわね」

「はい、問題ありません」


 ひょいと背後から用紙を覗き見る。

 記入欄は名前や性別、出身地や犯罪歴程度だ。これで大丈夫なのかな?

 あ、武器の所にエイルって書き込んでる。それってヒドイ。


「……エイル?」

「彼女の名前です」

「あー、まあいいわ。一応このギルドにも入会試験ってのがあるのは知ってるかしら?」

「ああ、やはり有るんですね。どんなのです?」

「初級の常駐依頼を一つクリアしてもらうの。今だと薬草採取、材木運搬、食肉狩猟かしらね」

「詳しく説明してもらえますか?」


 お姉さん、その説明は大雑把過ぎる。


「薬草採取は回復剤に使う薬草を取ってくる事よ。街を出てすぐの所に森があるでしょ? あそこに生えてるクコの実を取ってくるの。薬草知識が必須よ」

「ふむふむ」


 説明を聞きながら帳面を出してメモを取るご主人。


「材木運搬も似た様な物ね。森の伐採場から、建築用の木材を街の作業所まで持ってくるの。こっちは薬草知識とか要らないから脳筋向けね」

「脳筋って……いやまあ、薬草知識なら人並み以上にありますけどね」

「治癒術師ならそうでしょうね。で、最後の食肉狩猟は外に出てピギードッグを三頭狩ってくる事。ピギードッグは知ってる?」

「ええ、確か豚と犬の合いの子みたいな野獣ですね?」

「そう。その肉が安上がりでそこそこ美味しくてね。庶民の味方なのよ。その分、いつも不足気味だから補充したいってわけ。強くも無いしね」

「そうは言っても、狩りなだけあって命の危険はあると」

「まあ、三つの中では一番危険度は高いわね」


 そこまで聞いて、ご主人は少し考え込んだ。


「この中の一つだけでいいんですか?」

「ええ、一つだけ」

「奴隷の使用は可能ですか?」

「人脈も力の一つよ。もちろん可能」

「では、材木運搬を」


 その答えを聞いて、予想外と言う顔をするキーラさん。

 そりゃ、治癒術師が体力試験を受けると言い出したんだから驚くでしょうよ。


「いいけど……重いわよ?」

「彼女がいますから」


 ああ、わたしなら異空庫を使えば大量に運べるからか。流石ご主人、小狡い。

 というか、クコの実なら確か異空庫の中にたくさんあったはずなのに、なぜそっちを選ばなかったんだろう?


「まあ、選択は個人の自由だし。期間は三日、その間に街の作業所の親方から合格証を出してもらえば完了とします」

「その期限には今日も含まれます?」

「もちろん」

「まあ、いっか。森の伐採場の場所を教えてください」

「地図を渡すわね」


 渡された地図には、南門を出て東に進んだ所に×印がついていた。

 森の縁にあるし、ここが伐採場なんだろう。


「でも、ボクは『迷宮に入って来い』とか言われる物だとばかり思ってましたよ」

「昔はそうだったらしいわね。でも世界樹が折れてから内部のモンスターが凶悪化したらしくて、試験に使えなくなったって話よ」

「へぇ……世界樹を折ったのは破戒神だっけ? 神って奴が迷惑だと、初めて思いましたよ。おかげでわざわざ街を出なきゃいけなくなったなんて」

「そうね、わたしもそう思うわ」

「――おい」


 その時、背後から剣呑な雰囲気を纏った声が掛けられた。

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