第11話 商人
「うわぁ……」
一瞬にしてならず者を駆逐した自分に、ちょっと驚いた。
ベリトでも思ったけど、この身体のポテンシャルは異様に高い。
「エイル、無事か!」
「あっはい、リムル様。わたしは無事です……けど……」
護衛の人たち、三人が犠牲になってる。もう少し早く辿り着いてたら、と思わなくも無い。
「とりあえず怪我人の治療をしよう。ボクは治癒術が使えますので、任せてもらえますか?」
「え、あ……ああ、ハイ、助かります。ありがとうございました」
突然割り込んだわたしが暴風の様に敵を薙ぎ払う光景に、言葉を無くしていた旅人さんが我に返った。
わたしも服を破られていた女性に、自分のマントを被せてあげる。
翼とか鱗とか見えちゃうけど、今更だよね。
「ありが――ひぁッ!?」
「あ、こんなでも一応人間、わたし」
「えっ、あ……ごめんなさい、あなたは助けてくれたのに、私ったら……」
初見だとやはり怖がられるみたい。一応性別女性としては、身につまされる思いがある。
「彼女は竜人族の末裔なんですよ。ボクも伝説かと思ってたんですけどね」
「へぇ、すごいわね」
「危険では無いのですか?」
「奴隷としての契約を結んでいますから、危険はないですよ」
もちろん、わたしは竜人とやらではない。
一応、竜神バハムートが世界樹の芽を食して人から竜に転じ、世界中を暴れまわったという神話は存在する。
そう言う伝説があるから、わたしは忌避される存在に見られても、しかたないかも知れない。
「――これでよし、と。申し遅れました、ボクは治癒術師見習いのリムル・ブランシェと申します。こちらは旅の共のエイル」
「おお、傷跡すら残らないとは……あ、私は旅の商人でデヌカ・エルリクと申します。こちらの女性は私の護衛です」
「冒険者のアミー・ターラカよ。さっきは助けてくれて、ありがと」
「大丈夫?」
「ええ、あなたのおかげ」
「襲撃していたのは?」
「おそらくは野盗でしょう。この近辺は最近トロールが出たとか聞きましたから、そのおこぼれでも狙ったのでしょう」
モンスターの襲撃があれば町の警戒は強まると思いがちだけど、実際は戦闘による損耗で弱くなる場合が多い。
特に腕利きの居ない辺境なんかでは、その傾向が強い。
そして、町が防衛力を確保しようと躍起になれば、そのしわ寄せは一般市民に及ぶ。つまり旅の商人の護衛なんかが手薄になるってこと。
彼らはおそらく、それを狙ってデヌカさんを襲撃したんだろう。
「三人を助けられなかったのは残念です。エイル、とにかく彼らを埋葬しよう」
「待って。冒険者カード、回収しておくわ」
アミーさんは男達の懐から、名刺大のカードを取り出した。
あれが冒険者登録カードなんだろう。
「……一応、ギルドにも報告してあげないと、ね」
沈痛そうな表情。仲間が死んだのだから、仕方ないか。
「ね、あなた達はどこに向かうの? ベリトに行くなら一緒に行かない?」
「ええ……」
ここでご主人がチラッとこちらを見る。
多分わたしと一緒にいる事で、彼らを警戒してるんだろう。わたしってば、歩く宝物庫だもん。
「そうですね。馬車も無事なようですから、便乗させていただけるのなら、構いませんよ」
「リムル様、ちゃっかり」
歩くの怠けようとしてる。
「それくらいなら喜んで。ここから半日とは言え、結構な距離がありますからな。また襲われちゃ、敵わない」
「エイルは頼りになりますよ」
ご主人に頼られて、少し胸を張ってみたり。
いや、実はさっきまで半信半疑だったけど。バーンズさんには太鼓判貰ってたけど、剣での実戦は初めてだったから。
「ええ、先ほどの動きは凄まじいの一言……いえ、目にも留まらぬと言うべきでしょうか」
「基礎能力が違いますからね」
「いや、良い奴隷をお持ちだ。羨ましい限りで」
「ええ、まぁ……」
あ、ちょっと渋い顔。わたしが奴隷扱いされる事がホントに嫌いなんだなぁ。反奴隷派だって言ってたから無理は無いけど。
ここは少し助け舟を出しておこう。
「リムル様、穴を掘る道具、ない?」
「ああ、そうだな。えぇっと……」
しまった、そういえばシャベルとか持ってきてるけど、異空庫の中だ。
流石に人前で使うのはマズイ。
「折りたたみ式の簡易シャベルなら私が持ってるわ。それにコイツらの剣とか使えば、シャベル代わりにはなるでしょ」
「そうですね、お借りします」
とか言っても、穴掘るのはわたしだけでした。
商人のデヌカさんは元から動く気なし。ご主人は奴隷と一緒に働くわけにも行かず、動けない。アミーさんは男性陣が働かないのに女性が……というわけで見学。
まあ、今のわたしの力を持ってすれば、たいした労働でも無いんだけど。
シャベルを使い、地面をバターの様に掘り起こす。左手一本でシャベルを根元まで捻じ込み地面を抉る。
できた穴に遺体を横たえ、土を掛ける。
一時間程度で三人の埋葬を済ませた。野盗の遺体は、大半が二つ以上に千切れているので放置。この状況ならアンデッド化しても問題ない。
「そういえば、エイルちゃんは翼があるけど、飛べるのかしら?」
「飛べる、よ?」
「それは便利ね。空から偵察とかできるじゃない、冒険者としても素質大よ」
「わたしは……」
奴隷だから、冒険者という夢は叶わない。
「あ、そうね。迂闊だったわ、ごめんなさい」
「いえ」
「自分を買い戻したりとかできないのかしら?」
「リムル様の了承がなければ、無理」
「リムル君?」
「ええと、ボクには彼女がまだ必要なので……」
「でも奴隷として、身分を縛るなんて――」
「それはわかってますが、まだ無理です」
「じゃあ、時期が来たら解放してあげるのね?」
「それは、必ず」
ちょっと説教っぽく責められているご主人。でも解放は約束してくれたみたい?
「とは言え、彼女の買い戻しとなると、高く付きそうですなぁ。何か金銭の当てでも?」
「あー、えー」
まさか異空庫に世界がひっくり返るほどの金貨や神具を隠し持ってるとか言えない。
「えーっと……そうだ、鱗! わたしの鱗、お金になる?」
左腕と右足には竜の鱗がびっしりと生えている。
フォカロールにいる間に調べてみたら、熱に対してかなりの耐性が有り、強度も鉄を遥かに超えるほどあった。
鱗を一枚剥がして鉄の盾を引っ掻いたら、盾の表面が抉れるくらい軽くて薄くて頑丈。
ドラゴン化した手足は痛覚がかなり鈍いので、鱗を剥がしてもそれほど痛くなかったし、しかもほんの数分でまた生えてくるくらい再生力がある。
この鱗を売り物にできるなら、わたしは無限の財源を入手した事になる……狙われる要因が一つ増えたとも言えるけど。
「ほう……一枚よろしいか?」
「んっ、どうぞ」
足の鱗を一枚ペリッと剥がして、デヌカさんに渡す。
竜化した左腕で剥がしたから簡単に取れたけど、実は結構頑丈に張り付いている。
彼はその鱗を弾いたり、眺めたりしつつ鑑定する。果ては馬車の縁を鱗で削ったりもしてた。
「軽い、それに……うーむ、この強度でこの軽さ……素晴らしい! エイルさん、わたしならこの鱗、金貨一枚で買い取りますよ?」
「え、そんなに!?」
その値段はちょっと驚き。百枚もあれば一財産になる。
「そうでもありませんよ。この鱗、五、六十枚もあれば盾を作れます。これほどの軽さでこの強度、しかも熱に強いとなれば、軽く金貨百枚で捌けます」
「……リムル様、わたし買い戻せる?」
「今はダメ」
ご主人におねだりして見たけど、即答。
「ラウムに着くまで……いや、ラウムに着いてからも信頼できる護衛が欲しいんだ」
「解放してくれたら、無料で護衛する」
「エイルの事は信頼してるけど、それでもダメ」
「どうして?」
「それは……」
口篭るご主人。わたしの解放になると、妙に歯切れが悪くなる。
何か隠し事でも有るみたいに。
「ボクにも色々都合があるんだ。用事が一段落したら、必ず解放してあげる。だからそれまでは……」
「わかった」
「……うん、ごめん」
少し、口論のような感じになってしまった。雰囲気が悪い。
それをアミーさんも察したのだろう、少しばかり強引に話題を変えてきた。
「そうだ、エイルちゃん空飛べるんでしょう? どれくらいの速さが出るの?」
「うーん、隼よりは速かった。それ以上の速さは目が痛くて出したことが無い」
そう言って少し翼を展開してみる。
わたしの翼は平時は三十センチほどの小さな物だけど、飛行時には二メートル程の大きさにまで広がる。
この翼で飛ぶんだけど、どうも物理的に飛翔してる訳じゃなく、翼を羽ばたかせる事によって魔力を発現させて飛んでるみたい。
込める魔力が多ければ多いほど、速度が出る。
そしてわたしの魔力は半端なく多い。限界まで試した事が無いけど、かなりとんでもない速度が出るはず。
「そっか……リムル様を抱えて飛べば、ベリトまですぐ着いたんだ」
「よせよ、怖いじゃないか!?」
わたし達の会話にアミーさんがクスリと笑った。
「仲がいいのね。まるで子猫がじゃれあってるみたい」
「ボク一応ご主人様なんですけどね?」
「威厳の問題?」
「それは追々手に入れるさ」
「でも、エイルちゃんが空を飛べるなら、偵察とか任せても大丈夫よね? 連中の仲間が残ってたら危ないもの」
「うん……ん? でもわたしがいないと、リムル様を護る人が?」
「あー、わたし一応冒険者だよ? 火炎系の攻撃魔術が専門」
「うん、忘れてた」
「エイルちゃん、なにげにヒドイ!?」
アミーさん、魔術師だったのか。鎧とか着ていないから、そんな気はしてたけど。
「じゃ、お願いしていい? ちなみに死んでもリムル様を護ると信じてるから」
「うぅ、信頼が重いわ」
軽く牽制を入れてから、翼を展開して空に舞い上がる。
なんだか飛んだ瞬間にリムル様が『あ、見えた』とか言ったので、スカートを抑えながら。格好悪いなぁ。
一気に百メートルくらいまで飛び上がり、周囲を索敵。もっともわたしの場合、角のレーダーが有るので、そう不意打ちされる事は無いけど。
それに、やっぱり飛ぶと言う行為自体に慣れてない。正直、足元に何も無いのは怖い。
襲撃の時、飛んで駆けつけていれば、もう一人位は助かったかもしれないけど……そう考えると、飛ぶ事にも慣れておかないと。
左目の視力を活かして、馬車の周囲を見回したけど、他に怪しい人影は無し。
二十キロくらい先にベリトの城壁が見える。そしてそこからそそり立つ世界樹も。
竜神が登り、魔王が登り、破戒神が砕いた世界樹。
神話の生き証人。
故郷を失い、こんな身体になったのだから、解放されたら冒険者になって挑戦してみるのもいいかも。
それもご主人の用事とやらが済んでからだから、いつになるかわからないけど。
しばらく空中遊泳を楽しんだ後、ゆっくりと舞い降りると、アミーさんが駆け寄ってきた。
「見てたけど、飛ぶのって楽しそうね。今度私も抱えて行ってくれない?」
「リムル様は怖いって言ってましたけど?」
「女は度胸よ! それに一度くらい空を飛ぶって経験をしてみたいもの」
「じゃあ……今から」
「へ?」
呆気にとられた彼女の隙を突いて背後に回りこみ、脇から手を回してロック。
そのまま翼を一打ちして、再度空に舞い上がった。
「う、うひゃあああぁぁぁぁぁ!?」
甲高い悲鳴を上げてじたばた暴れるアミーさん。
「暴れると危ない。落ちる」
「お、落とさないで! ジッとしてるから」
「うん、それじゃ加速」
「なんでぇぇぇぇぇ!」
それから、腰が抜けるほど空中遊泳を堪能させてあげました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます