第10話 出立
フォカロールの町に来て、一週間経ちました。
その間、毎日剣術と魔術の修行に費やし、ご主人の手料理を食べて過ごすという生活で、主従が逆転しているんじゃないかと思わなくも無い日々。
短い間の修行だったけど、それでわかったことは多い。
まず、わたしには魔術の才能が欠片も無いと判明した。
魔力が無いわけじゃない、むしろ桁違いに多い。
半分ドラゴン化しているせいか、それはもう一般人の百倍を軽く超える魔力を持っている。
だけどわたしには、魔術を使用する上で不可欠な『魔法陣の把握力』が致命的に掛けていた。
魔力を練り上げても、それを形にして発生させる魔法陣を組み上げられない。
丸覚えしようとしても、どこか歪な物しか作れない。
結局、小さな炎や光を一瞬作るのが精々という有り様だった。
ならば魔道具の作成は? となったわけだけど。
こちらも散々な結果になった。
魔力付与のギフトはあれど、肝心の道具を作れないからだ。
特に左腕。ドラゴン化した指先は不器用極まりなく、しかも有り余るパワーで容赦なく素材を粉砕してのけた。
では魔力を注ぐだけならどうか? と、ご主人が作った指輪に魔力を流してみたら、これまた許容量を一瞬で突破して粉々に砕いてみせた。
細かい作業と言うものに、トコトンまで向いてないみたい。
結局この一週間で、魔力付与の能力を活かす方法は思いつかなかった。
ついでに文字も習ったので、練習がてら、覚えている範囲を日記に記す事にした。ちょっと気取った文章が恥ずかしい。
日記は人に見せられないという話は、どうやら本当かも。
次に剣の修行だけど、こちらは予想外に適性があったみたい。
右足と左腕のバランスの悪さにも多少は慣れて来て、歩くのも軽く足を引き摺る程度の動きが可能になっている。
さらに軽業のギフトが様々な体制からの攻撃・回避を可能にさせるため、曲芸じみた動作が出来るようになった。
バーンズさんは『基本を怠らなければ、俺なんて簡単に超えられる』と太鼓判を押してくれた。
ちなみにそのバーンズさん、基礎身体能力はともかく技術が凄かった。
先祖に有名な騎士が居ると言うだけあって、代々剣に関わる仕事に就いてきたきたらしく、その蓄積された技能はそこらの冒険者なんて目じゃない。
亡くなった親父さんの跡を継ぐため、冒険者を廃業してきたという話だけど、今でも現役の最前線張れそうだった。
旅立ちの日、カイエン夫妻やバーンズさんに見送られて、町の門を出ました。
なぜ出掛ける前に『辛くなったら、おばさんの所に戻ってくるんだよ?』と声を掛けられたのか……ご主人の生活ってそんなに荒れてない筈なのに。
まあ、そんな一幕もありましたが……
「いい人たち」
「当たり前だろ」
わたしの感想に、当然とばかりに胸を張って見せるご主人。故郷を褒められて、ドヤ顔が可愛い。
「それはそうと、これからだけどね」
「はい?」
「まず一旦ベリトに戻って、冒険者ギルドに行って登録をしておこう」
「なぜ?」
学生になりに行くのに、わざわざ冒険者の資格取る必要ってあるの?
「冒険者の資格があると、国境を越える時とか楽なんだ。通常だと著名人の紹介状や各種ギルドの会員証とかが必要になるから」
「普通の旅行者とかはどうしてるんです?」
「個人旅行だと面倒になるけど、集団で旅行する場合は旅行を企画した会社なんかが後ろ盾になるから。集団旅行の方が楽って言うのは、こういう都合もあるんだ」
「へぇ」
「そうでもしないと、犯罪者の流入とか色々あるからね」
旅行なんて縁の無い生活だったので、初めて知った。
あれ、でも……
「わたし、そんな検問っぽいの受けたこと無い」
この国に入る時、奴隷商たちは普通にノーチェックで門を通ってた。
商品のわたしたちも、もちろんノーチェック。
「奴隷商人は独自のルートを持ってるらしいからね。話によると門番に手下を
「ふぅん……」
「他にも賄賂の通用する兵士のリストとかも出回ってるらしいぞ」
「リムル様、詳しい?」
「ん? ……ああ、奴隷を買うって決めた時に色々調べてね。一応この国では奴隷は不法だから、慎重にならないと」
このフォルネリウス聖樹国では奴隷は不法だったのか。でも咎められたことは無いけど。
「そりゃあ、必要悪って奴かな。特にベリトでは奴隷は必須といっていい」
「なぜ?」
「迷宮があるからさ。荷物持ちに戦闘要員、他にもいろいろ」
「例えば?」
「雇った荷物持ちが荷物を持ち逃げしたとか、厳しい状況で仲間を餌にして逃げ延びたとかあるじゃない? そういうのが奴隷だったら……まあ、持ち逃げされることは無いし、見捨てても気は咎めない」
絶対に裏切らない、使い捨ての道具としての需要。それが見過ごされている原因になっているってことかな。
「もちろん反対派の人たちも多い。主に正統派の冒険者とかだね。ボクも、少し前まではそうだった」
「今は違う?」
「今も、と言いたいところだけどね。目的の為には手段を選んでいられないんだ」
「目的……ラウムに入学すること?」
「まあ、それもあるね」
世界最大の図書館を持つラウム魔術学院。学の無いわたしでも、その噂は聞いたことはある。
「でも、ベリトにも冒険者養成学校、ある。そこでも魔術はしっかり教えてくれる、はず?」
「うん。かなり本格的に教えてくれるね……でもボクが求めるモノは、あそこには無いよ」
なんか、変な言い回し。それに、声の調子がいつもと違って……こわい?
「まあ、それはそれとして。冒険者の資格を取ったら、次は商隊か何かの護衛に潜りこんでラウムまで行く」
「え、二人きり、じゃない?」
「二人だけだと危ないだろ。エイルもまだ剣に馴染んだわけじゃ無いし。それに夜営とかも辛くなるよ。人は多い方がいい」
「それも……そっか」
夜に見張る時、二交替で六時間ずつ見張るのと、四交替で二時間程度で済むのは、全然違う。
それに疲れを残したままだと、旅足にも影響が出る。
試験まであと三週間、ラウムまで二週間と言うことを考えたら、もう本当にギリギリなんだ。
「あ、でもわたしは?」
「うん、エイルの姿は多分……色々と問題になると思う。だからボクの奴隷であることを前面に示さないといけない。不快な事もあると思うけど、我慢してくれる?」
「大丈夫。わたしは奴隷だから、気にしない」
わたしの返事を聞いて、ご主人が凄く渋い顔をした。
「その、なんて言うか、奴隷としてエイルを買っておいて、今後も奴隷扱いするって言ってるのに変かも知れないけど……ボク、そう言うのが苦手だから、できれば自分を卑下しないでくれるとありがたい」
「え? えっと?」
「なんか矛盾してること言ってるのは自分でもわかってるんだけどね。まあ、二人っきりの時はあまり気張らないでくれていいよってことで」
「はい。あ、えと、うん?」
できるだけフランクに答えてみたら、ご主人はニッコリとお日様みたいな笑顔を浮かべた。
あぶない、この表情は……年上殺しだ。
「それでいい。気付いたと思うけど、あの町じゃボクと同年代の子供が居なくてさ。友達が欲しいと思ってたんだ」
「同年代? わたしの方が一つ年上」
「知ってるけど、とてもそうは見えないなぁ。エイルは小さいから」
「むぅ」
炭焼きの一人娘だったわたしは、元々栄養状態が余り良くなく、背も高くない。むしろ低い、超低い。
そういえばお父さんも背は低いほうだった。背の低い家系かも?
その上、ここ一週間の粗食とストレスでガリガリに痩せ細り、更に小さく見えるようになってしまった。
歳下に見られるのは、由々しき事態かもしれない。
「それとも『お姉ちゃん』って呼んで欲しい?」
うぐっ、それはちょっと……鼻の奥がつーんと来た。
――はなぢ、でそう。
「それは、いい。リムル様は意外と意地悪」
「なんでだよ。まあ、ボクも呼ぶ気は無いけどさ。それと二人っきりの時は、様付けもやめていいんだよ?」
「これはダメ。けじめ」
というか、呼び方は一定にしておかないと、人前でうっかり呼び捨てにしちゃいそうだし。
ここ一週間の修行でも、わたしに応用力って言うのが無いことが判明したから。魔術限定で、だけど。
そんな無駄話をしてると、前方から何か騒々しい音と、魔力の反応が……これは誰か魔法使ってる?
「エイル!」
「はい!」
緊張したご主人の声に、わたしも剣を抜いて駆け出す。
今は丘の手前で緩い登り坂になっているけど、喧騒はこの向こうから聞こえてくる。
近づいていく程その音も大きくなり、金属の打ち合わせる音や悲鳴、魔法の炸裂音なんかも聞こえてきた。
「リムル様はここで待っていて、わたしが様子を見てくる!」
一声掛けて返事も聞かず飛び出していく。
右足で大きく地面を蹴り、左足は倒れないように支えるだけの、独特な走法。
一気に丘を越えると、その向こうでは馬車の一団が粗末な装備の集団に襲われているのが見えた。
多分盗賊だ。情勢は馬車の方が不利に見える。
馬車の上には女性の姿。その女性は服が半ばまで破られ、野卑な男に突き倒されていた。
「でぇあぁぁぁぁぁ!!」
大きく上空に飛び上がり、気合いの声を放って盗賊の注意を逸らす。
最初、盗賊はその声がどこから聞こえてきたのかわからなかったようだ。
それも当然の話で、わたしは跳躍で十メートル近い高さまで跳ね上がっていた。
落下の勢いそのままに、一人を背中から叩き斬る。
「ぎゃぶっ!?」
バーンズさんに借りている大剣は、盗賊を頭から真っ二つに切り裂き、それでも勢いが止まらず地面に刀身の中まで埋まった。
すぐさま地面から引き抜き、右手の短剣と併せて構えを取る。
人を一人縦に切り裂き、地面を抉りながら、その刃は刃毀れ一つ無い。すごい剣かも。
「なんだ、てめぇ!」
「なんだかわからないけど……加勢する!」
「う、た、頼みます!」
通常だと様子を見てどっちに加勢するか決めるんだろうけど、女性を押し倒してる連中が真っ当な人間のはずが無い。
たとえ義や理が向こうにあったとしても、これで間違いないはず!
「ガキがしゃしゃり出て来るんじゃねぇ!」
襲い掛かって来る盗賊、その数四人。周囲には護衛の人たちだろう死体が三つ。
他には、短剣で立ち向かってる人は鎧すら着ていないから、きっと馬車の持ち主? それと馬車の上の女性。
魔力の反応は彼女からしてるから、きっと護衛の魔術師の人かな。
「げりゃぁああぁぁぁぁぁ!」
狂声を上げて飛び掛ってきた男を、大剣の横薙ぎで刎ね飛ばす。
これも、相手の皮鎧ごと真っ二つに引き裂き、吹っ飛んでいく。
人の身体が二つに千切れ飛んでいくありえない光景に、男たちの動きが一瞬止まる。
わたしの竜の左目は、その隙を見逃したりしない。
そして残り三人を蹂躙するのは、その一瞬で充分だった。
右手の短剣を投げつけ、大剣を振り回し、果ては凶器と化した右足で蹴り付ける。
男達は悲鳴すら上げる暇もなく、壊れた人形のようになって吹き飛んでいく。
まさに瞬き一つするかしないかの合間に、男たちは物言わぬ躯と化していた。
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