第9話 晩餐

 わたしは体が小さい。二メートルを超える大剣を背負うと、切っ先が地面に引っかかってしまう。


「こりゃ……色々調整した方がいいなぁ」

「いや、エイルなら大丈夫です。でも本当にお借りしてもいいんですか?」

「ああ、後で返してくれるなら別に構わんさ」


 確かに異空庫に突っ込んでおけば、鞘とかいらないけど……それだと威嚇の意味が無くなるんじゃないかな?

 異空庫にしまう際は手の平で接触しないといけないけど、取り出すのは特に動作を必要としない。

 取り出した際に現れる場所は、手の平の数センチ先と言う制限があるだけなので、手に持って使う道具なら瞬時に使用することができる。


 ただし、手の平の向きは気をつけないといけないのが欠点。

 昔、取り込んだ水を魔術のように利用できないかと、手を上に掲げて異空庫から取り出したら、頭から大量の水を頭から浴びて溺れかけた経験がある。

 あれが水じゃ無く大木とかだったら、わたし死んでたなぁ。


「いや、今はそう言う問題じゃない」

「ん? エイル、何か言った?」

「いえ、この剣をどう扱おうか、と」

「嬢ちゃんじゃ、力はともかく背丈がなあ。それだと引き抜くことも出来ねぇだろう」


 元々、大剣の鞘と言うのは引き抜くようには出来ていない。

 背中にかつがないと運べないほど長大なのに、引き抜く動作よりも刃渡りの方が長いから、普通にやると引き抜けない。

 なので鍔元を留め金で留めて、刃を剥き出しにして支えるだけの鞘が大半。今、背負っているいる鞘もそんな感じ。


「あ、剥き出し……」

「なに?」

「ちょっと思いついた」


 右手を後ろに回し、剣身触れて大剣のみ異空庫にしまう。そして左手に異空庫から取り出す。

 ギフトの連続使用で、抜刀を再現してみた。


「うぉ!? スッゲェ、抜き手が見えなかったぞ!」


 そりゃ、抜いてませんから。

 うん、多少のタイムラグはあるけど、普通に抜くよりは充分早いかな?

 完全に鞘に収まっていると鞘ごとしまわないといけなくなるけど、刃が剥き出しならギフトの対象を大剣そのものに指定できる。

 鞘がこういう構造だからこそ出来た、ちょっとした工夫ってところかな。


「よっ、はっ! っと……この……!」


 難点は剣を鞘にしまう時くらい。

 背伸びして背中に手を伸ばして四苦八苦してるわたしを見て、バーンズさんが吹き出してます。ちくしょーめ。

 なんとかご主人に手伝ってもらって、鞘に収める事ができたけど、これはちょっと問題かも。


「まあ、背中の鞘口の調整くらいならすぐに出来るから、チャッチャとやっちまうか」

「重要なのは抜く時だから、そこまで落ち込まなくてもいいよ」


 よっぽど沈んだ顔してたのか、二人して慰めの言葉を口にする。


「いや、考え事してただけ。落ち込んでない」

「そんな顔してたら説得力無いって」


 ぷにゅぷにゅと人のほっぺを突いてくるご主人。少し失礼じゃないかなっ!


「でも、本当にいいんですか? こんないい剣を無料で貸し出すなんて」

「ホントなら金貨千枚積まれたって売りたかねーけどな。他ならぬリムル坊の安全の為だ、構わんよ」


 ちなみにこの世界、銅貨が最も低価値な貨幣だけど、銅貨は価値が低すぎてあまり流通していない。

 銀貨が主流で取引され、銀貨五枚あればお昼の安いランチセットくらいは食べることができる。

 貨幣の価値は銅貨から、銀貨、金貨、白金貨と上がっていき、金貨までは百枚単位で価値が上がっていく。例外的に白金貨は金貨千枚の価値がある。


 その後、鞘の調整をした後、バーンズさんに剣の取り扱いの基礎を習う約束を取り付けて、店を出ました。

 彼の先祖に高名な騎士が居たそうで、剣術も多少なら心得があるらしい。




 町外れの郊外で、わたしの剣を抜く練習を眺めながら、ご主人は読書をしている。

 大剣を抜くという意識と、ギフトを使用して構えるという動作がイコールで繋がるまで繰り返さないといけないので、日々の訓練が大切。

 ギフトの使用自体は体力を使わないので、今のわたしができる訓練としては最適かもしれない。


「そういえばリムル様」

「ン、何?」

「この剣、そんなに凄いの?」

「……すごいって言ったのはエイルだろ?」

「はぁ、凄いのはわかる。けど凄すぎて、どれくらい凄いのかわかりにくい」


 響いて来る魔力の波動は、あの『邪神の神殿』で手に入れた武具と勝るとも劣らない。

 問題はどっちも桁外れすぎて、参考にならないことだ。


「ボクも剣について詳しい訳じゃないからわからないよ。限定識別はギフトにしか効かないし。剣に銘とか入ってない?」


 言われて剣を初めて調べてみました。

 鍔元に何か文字が刻まれてるのを発見したけど……


「読めない」

「これ、古代語だね。解読はボクにもちょっと無理かな?」


 試しに落ちている木切れに斬りつけてみたら、何の手応えも無くスパンと切れた。

 大剣って言うのは本来重さと速さで斬り潰す武器なのに、すごい切れ味。


「よく切れるのは確か。今はそれでいっか」

「エイルって、そういうところの割り切りが早いな」

「そう?」


 そうかもしれないかな?

 深くは考えずに素振りを続行。大剣を鞘から抜き打ち、右手で短剣を構え、自己流の二刀流で振り回す。

 とりあえず基礎とか判らないので、一通り上下左右に振り分けた後、再び鞘に戻す。

 これを一セットとして、日が傾くまで何度も繰り返した。


「いつの間にか素振りしてるけど、病み上がりなんだから自重しろよ?」

「うん、大丈夫」

「その重い剣担いだエイルを、更に担いで家まで帰るなんてゴメンだからな」

「多分……大丈夫」

「明日は朝からランニングと魔術学だから、余力は残しておくように」

「……もうやめる」


 魔術学にひるんだ訳じゃないんだからね。


「それじゃ帰って休養だな。日も傾いてきたし、丁度いい時間だろう」

「あ、晩ご飯の支度……」

「いいよ、ボクが作る。エイルは身体を休めることが最優先な」

「わたし、奴隷なのに?」

「そう言うの、嫌いだって最初に言ったろ。エイルを買ったのだって、仕方なしにだったんだから」


 その言葉になんとなく暖かい物を感じ、自然と笑みが浮かんでくる。

 わたしはマントを被りなおし、ご主人と帰途についた。




「ご主人、これはなんです?」


 夕食の食卓に並んだ料理を見て、思わず声を上げる。


「名前で呼べってば。レバーとニラとほうれん草の炒め物。それにこっちは海藻類を使ったスープ。珍しいだろ、貧血にいいそうだよ」

「わたし、レバーとニラはちょっと……」

「身体にいいから食べろ。命令」

「……はぃ」


 これが二度目の命令。なんだか悲しくなってきた。

 レバーは血の風味がして、どうしてもあの生き埋めになった時に貪った、ドラゴンの肉を思い出してしまう。

 胸にこみ上げてくるものを我慢してると、ニラが更に追い打ちをかけてきて危なかった……でも、頑張って全部胃に収める。

 海草のスープが意外と口にあったのが救いだったかも。


「リムル様、それは?」


 わたしはご主人が口に運んでいる飲み物を見咎めて、声を掛けた。

 うっすらと赤い、そして微かに漂ってくるアルコール臭。


「あ、バレた? これワインを果汁で薄めた奴。ストレートだとまだキツくてね」

「というか、未成年がアルコールはダメ」

「固いこと言わない。なんだったらエイルも飲む?」

「ダメ」

「あ、ひょっとして飲めない? エイル……エールって名前なのに」

「それはリムル様が付けた名前で……それに飲めないって訳じゃ」

「じゃあ飲もう。ほら」


 わたしのグラスに、なみなみとワインが注がれた。しかも薄めて無い奴を。

 実を言うと、アルコールを飲んだことは一度も無い。少なくとも記憶にある限りでは。


「むぅ……」


 グラスを睨んで、しばしの葛藤。その向こうにある、少し小馬鹿にしたようなご主人の顔を見て、覚悟を決めた。

 引っ掴む様にグラスを持ち、一気に喉に流し込む。

 知識ではワインは薄いお酒のはずなのに、喉の奥がカッと熱くなる。

 こめかみの辺りに鼓動を感じて、脳に勢い良く血液が流れ込んでいく感触。

 なんだかフワフワとして、気持ちいい。


「リムル様、おかわりくだしゃい」

「お、意外といけるじゃん。いいよ、お祝いの無礼講って奴だ。ドンドン飲もう」

「お祝いってなんでしゅかぁ」

「エイルがウチに来たお祝いかなぁ」

「それはめでたいでしゅねー、かんぱーい」

「かんぱーい」


 次の一杯を呷ってから……わたしの記憶が無くなった。




 翌朝、わたしはベッドの中で固まっていた。

 前日の記憶が無い。その上、ご主人と同じベッドで寝ている。

 しかもガッチリと腕の中に抱きすくめられ、ご主人もわたしも服を着て……着て……ない。


「あ、あぅあぅ……」


 奴隷として買われた時、覚悟は決めてた……でも、こんな不意打ち。

 しかもお腹の辺りに何やら固い感触……これはアレだ。多分アレだ。『教育』で色々教えこまれたしたアレだ。


 ――こう、心の準備とか雰囲気とか、何より覚えてないって、なんで!?


 強引に『される』ことは覚悟してた。死ぬほどの屈辱を受ける覚悟もしてた。

 でも、知らない間に……そんなのは想像してなかった。


「うぅ……うぇぇ……」


 涙が出てくるのを抑えられない。嗚咽が漏れるのも。

 そんなわたしの動きが気になったのか、ご主人が目を覚ました。


「……え? えぇ?」


 ご主人も混乱してるみたい。慌てて抱きすくめていたわたしを手放し、自分の身体を改める。

 上を着てないのを確認して、顔面が蒼白になっていった。

 あれ、でも……


「うそ、エイル……ゴメン! ボクなんてこと……本当に、ゴメン」

「あの、リムル様?」

「謝って許されることじゃないけど! ちゃんと責任とか取るから!」

「リムル様ってば」

「だから、えっと……」

「ご主人様、ちゃんとズボン履いてますね?」

「……へ?」


 そういえばわたしもスカートは履いたままです。

 抱きしめられていたので、下は確認できませんでしたが、今はわかります。

 来たまま寝たせいで、しわしわになってプリーツの乱れたスカート……これ、直すの大変なんだ。


「あれ? じゃあ……」

「きっと、お酒を飲んだせいで熱くなって上を脱いじゃっただけ、かも?」

「マジ?」

「大マジ」

「……なんだぁ……よかった、この歳で人生の墓場行きかと思った」


 その墓場ってわたしの事? それは流石にムカッと来た。


「リムル様」

「なに? あ、エイルも早く服着なよ」

「責任、取って?」

「ふぇあ!?」

「女の子を裸で抱きしめてたんだから、充分『有罪』?」

「イ、イヤ、それは……だからゴメンって……」

「わたし、泣きました。わりと本気で」

「うっ、ぐぅ」

「わたし、奴隷だった。こういう扱いも甘んじて受け入れないといけない。我慢」

「そんな……ああ、もう! わかった、わかったから! 何をして欲しい? なんでもするぞ! 結婚だって、しろと言うならしてやろうじゃないか!」

「えっ、いえ、そこまでは流石に――」


 開き直って仁王立ちになるご主人。

 その、座ってるわたしの目の前に、ちょうどテントが……微妙に恥ずかしい。

 ちょっとからかいすぎた、かな?


「えと、ごめんなさい。調子に乗ってた」

「え、本気じゃないの? いいんだぞ、何でも言って」

「何もなかったのだから、気にしない。別に減る物じゃ無い」


 いや、本当は色々減るけど。精神的に。

 でも、ここらで手打ちにしないと本当にお嫁さんにされちゃいそう。

 わたしの目的は奴隷からの解放であって、お嫁さんじゃない。


「そっか……それならよかった。うん」

「リムル様、もうお酒、やめよ?」

「そうだね。もう少し大きくなるまでやめた方がいいね」


 と、まあこんな朝の顛末があったり。

 でも、少しだけご主人と仲良くなれた気がするので、結果オーライかな?

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