第5話 ロード・オブ・ウェポン(5)

 神梯都市エドレステアは、大陸の都市国家郡の中枢だ。

 はるかな太古、地上で栄華を極めた王朝が堕落し、怒った神々が流星を降らせた。王朝は滅び去り、大地にはいくつもの大穴が穿たれた。

 神々の怒りをおそれ悔い改めたひとびとは、流星の軌跡をさかのぼった虚空のかなたにこそ、楽園があると信じた。すべての大穴の中心に、天へ祈りをとどけるはしごを建てて聖堂として神々をたてまつり、周辺に住居を築いた。

 神々こそが我々の主であるとして、都市に王は生まれず、それぞれのはしごをあがめる司祭が生まれた。大陸の都市国家郡のはじまりである。

 時代をくだり、異国や蛮族、あるいは都市国家間のあらそいで、大穴のはしごと都市国家は減り、異民族に征服されることもあった。

 楽園へいたるはしごを護る都市国家は、いまでは減ってしまった。

 だが、もっとも巨大な大穴に築かれたエドレステアは、神々の怒りを象徴しいまにつたえる神梯都市として、そのはじまりからいまに至るまで、都市国家群と異国に対し、ゆるがぬ権勢を誇っていた。

 エドレステアは流星が落ちた中心に巨大な聖堂を建立し、その周囲に五重の城壁をめぐらせた広大な城郭都市である。

 この地の利におとる城郭と聖堂は、奇跡を信奉する僧兵や騎士たちの献身によって、長く外敵から守護されてきた。

 名門ヒルトゥラ家は、聖堂から城郭を一枚へだてた一等地に、広大な屋敷をかまえていた。

 庭園、私設の兵舎に訓練場、騎馬をやしなう厩舎に、いくつもの部屋を持つ邸宅だ。敷地には私兵が見張りに立っている。

 サジワンはその屋敷を訪問し、屋敷の門から邸宅の玄関に通され、いま、剣を抜いた私兵に取り囲まれていた。

 ひとり残らず魔剣を握る剣士だ。日々、研鑽をかさね、鍛え抜いているとわかるつわものぞろいだ。

 サジワンは、双子の遺言とベレンスレブの行方を伝えるためにヒルトゥラ家の当主との面会を門塀にたのんだだけだ。ほどなく、邸宅の玄関前に案内され、ひらいた扉の向こうに抜かれた白刃がきらめいていた。

 剣陣をまえに、丁寧に招かれたかのようにサジワンは一礼し、表情もかえず、たしかな足取りで邸宅の玄関に入り、背後で扉が閉じられたのである。

 おのれを取り囲む剣士のひとりが、話しかけてきた。壮年のたくましい男だ。この剣士たちを統率していると、ひと目でわかった。

「はるばるご苦労だな、若いの。聖剣のゆくえを知っているそうだな。名と用事を聞かせてもらおう」

「ティアトロコープの魔剣士サジワンだ。棄滅都市オルアベスで、魔剣ベレンスレブが決闘に使われた。戦ったのは双子の剣士だ。ヒルトゥラ家の頭首にその遺言を伝えたい」

 外套をまとったまま頭巾を脱いだサジワンを見て、剣士たちが剣を構えなおす。神梯都市では、まだ大陸の果ての異邦人は信用されていない。

 壮年の剣士がサジワンを一喝した。

「聖剣と言え、物知らずが! ベレンスレブは聖典にも名を記された奇跡の剣であるぞ! お前のような卑しいものが口にしていい名ではない! 気をつけろ!」

 睨みつけられてもサジワンはまっすぐ見返し、表情をかえない。

 壮年の剣士はサジワンをあざけった。

「どうせ小銭欲しさに、作り話でもしに来たのだろう? お前ら異邦人の考えそうなことだ。まあ、聖剣の話を聞いてやらんでもない。来い、牢屋でたっぷりと吐かせてやる」

 取り囲む剣士のふたりが、ちかづいてくる。

 異邦人のあつかいとしては何もおかしくはない。

 だが、サジワンもここで言いなりになるほど腰の抜けた生き方はしていない。

 あと一歩で間合いだ。サジワンは壮年の剣士から目をそらさず、声をかけた。

「なあ、あのベレンスレブか、そんなに大した魔剣なのか? たしかに名剣だが、オルアベスなら、あの程度は珍しくない」

 剣士の足が止まる。取り囲む剣士たちに殺気がみなぎる。

 得体のしれない異邦人が、神の使徒たちが信じる奇跡をあなどったのだ。

 壮年の剣士の顔から、サジワンをさげすむ笑いが消えて、取り囲む剣士たちに命じた。

「引き裂け。だが殺すな。聖剣のことを聞かねばならん」

 ふたりの剣士が剣を振り上げ、サジワンが外套の中に手を潜り込ませた。

 剣閃とともに剣士たちが弾き飛ばされ、背後の仲間たちをなぎ倒す。

 壮年の剣士は、外套を払ってあらわれたサジワンの両腕を見て目を細めた。魔剣だ。

「見せてやる。ティアトロコープの魔剣ダークフライだ」

 サジワンは両手にひとふりの長剣を握っていた。両刃の魔剣だ。誰も見たことがない、異形の意匠をしている。

 長い剣身は青白くにごり、きらめきなどない。敵の刃を止める鍔もない。サジワンが握る柄には翡翠色の石が埋め込まれ、そのまわりに白い鉄板を何枚も張り合わせて、掴めるようにしてあるだけだ。鉄板の隙間からは刀身が見えている。

 鍛錬を重ねた刀匠が打ち上げたとはいいがたい、鉄棒を削って刃をつけて斬れればいいとでもいった、醜い剣だった。

 サジワンがダークフライを払い、かすかな血が床に飛ぶ。

 弾き飛ばされた剣士の血だ。うめき声を上げるふたりの剣士を仲間が手当する。

 残りの、仲間の血を見た剣士たちが、一斉に、サジワンに斬りかかった。

 前後から襲う剣士をかわして、サジワンが魔剣を払う。

 斬撃を受けとめた剣士の刃が折れ、また背後に吹き飛んだ。

 神のはしごに仕え魔剣を握っていた剣士たちは、サジワンに一閃も浴びせることができずに、次々と倒れていった。

 全員が傷をおさえて、かきむしりだした。

 介抱する仲間を突き飛ばし、おのれの皮の下に爪をたてて肉を削る。気を失うような激痛でも指が止まらない。

 十五人いた剣士たちが三人になり、ようやく怖気づいた。残りの全員は床に倒れて伏せて、おのれの傷をさらに深くしている。

 壮年の剣士は、醜悪なものを侮蔑するまなざしをサジワンに向けて、吐き捨てた。おのれの命令にしたがった部下のことは気にかけない。

「やはり、お前のようなやつが握る魔剣など、そんなものか。敵を凌駕し勝利するのではなく、責めさいなみつづける。醜い剣だ」

「殺したくない時にはこの剣が一番だ。気に入ってる。はやく連れて行って、まわりの肉ごと傷を削ぎ落とせ。ほうっておけば骨まで掻きむしる」

 壮年の剣士は、残った三人の部下に助けを呼ばせながら、おのれの剣を抜いた。片手であつかう長剣だ。

 サジワンはダークフライを握り直し、感心した。

 剣士が握っているのはただの鉄剣のようだ。構えもなみなみならない修行を物語っている。この異邦人など敵ではないと、自信があるのだろう。

 だが、ティアトロコープの魔剣士の敵ではない。

 サジワンは剣を構えず三歩を進んだ。

 もう間合いだ。

 壮年の剣士は動かない。

 サジワンも足を止めた。

「何事だ! やめろ、やめろ! 剣をおろせ!」

 若い声が玄関に響いた。

 だがサジワンと壮年の剣士は向き合ったままだ。

「おい、テオフィル! 私の命令だぞ! 剣を納めろ! なんだこの怪我人は! そこの異邦人、双子の遺言を伝えたいと言ったな!」

 壮年の剣士テオフィルが剣を引き、サジワンもダークフライを外套のなかに隠した。

「そうだ。剣鬼と剣魔が眠る街で、ベレンスレブを握って決闘した双子だ。その双子の父に遺言を伝えに来ただけだ」

「決闘しただと? なんということを……」

 サジワンとテオフィルの間に、少年がひとり立った。金髪に青い目で背がひくい。これから美しく育つだろうという、生まれの良さがひとめでわかる。

 テオフィルが声を張り上げた。

「ぼっちゃん、その話をしてはなりません! それも、こんな異邦人の前で!」

「黙れ! 異邦人、名前をなんと言う? 私はウリヤス・テイヨ・ヒルトゥラ。当主アウグスト・テイヨ・ヒルトゥラのひとり息子だ」

 傷にもだえる剣士たちに周りにしながら、たくましい異邦人を前にしてウリヤスは堂々として、物怖じするところがない。

 サジワンは気づいた。双子に顔が似ている。兄弟だろうか。

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