第4話 ロード・オブ・ウェポン(4)
サジワンはこの都市国家では見かけない、大陸の果てから来た異邦人だ。たくましい長身には、若さに合わない落ち着いたたたずまいが身についている。
端正なほそい小顔の、細い目の奥にある神秘的な黒いひとみに見つめられている気がして、修道女のヤルミラは応接室の窓の外へと、自分の顔をそらした。
「剣の賜り物ね。そこそこあるけど、どんな剣だったの?」
「鍛造の長剣だ。こしらえは南の方で見る。何かないか?」
「悪いけど、わたしは剣の意匠のことはわからない。待ってて、図版を持ってくるから」
「ありがとう、あんたとあんたの神に感謝するよ」
愛想もなく礼を言うサジワンに、こんなことくらい何でもないとそっけなく手を振って部屋を出たヤルミラは、教会の書庫に向かった。
ヤルミラは、まだ朝の寒い廊下を早足に歩く。顔が熱い気がする。あとで、天のはしごに懺悔しなくてはいけない。サジワンが次に来るのはいつだろうか。
書庫に入り、ヤルミラはミロスラフ司祭と顔を合わせた。教会の一室に本棚をいくつかならべた狭い部屋だ。棚は豪華な装丁の背表紙で埋まっている。
ミロスラフ司祭は小太りの中年だ。司祭の家系に生まれ、神のはしごに祈りを捧げて生きる敬虔な信徒だ。
「ここに来るとは珍しいですね。何の本を探していますか?」
「はい、天のはしごより賜った奇跡を記した本です。どこにあるのか、司祭はご存知でしょうか」
「それなら、この棚に。でもすこし待ってください。私もその本に用があります。しばらく前に奇跡の持ち主がかわり、その記載をあらためなければいけません。そのあとでも構いませんか?」
「はい。実は、奇跡について聞きたいという方が訪ねてきているので、きっとその方がいいでしょう。すこし待ってもらうように伝えます」
「お願いします。ちなみに、どなたでしょう。私が知っているひとかな? お会いしましょう」
「サジワンです。魔剣士の、ティアトロコープの。あの子、やっと礼拝に来たのかと思ったら、つるぎの奇跡について聞きたいことがあるそうです」
うなずきながら、ミロスラフ司祭が本棚から目的の本を手に取った。
「偶然ですね。この修正も、つるぎの奇跡が対象なんです。彼と会うのは、久しぶりです。私も行きましょう。待っていてください」
ミロスラフ司祭が上品に会釈をして書庫を去る。ヤルミラも会釈を返し、サジワンの待つ応接室に向かう。司祭の話を聞かせると、サジワンはうなずいた。
ミロスラフ司祭がほどなく部屋に入ってきた。サジワンに丁寧な挨拶をして、神々の祝福をさずける。
「あなたの日々がすこやかで、おだやかでありますように。さて、あなたの用事を済ませてしまいましょう。そのあとで、懺悔したいことがあれば聞かせてください」
司祭は応接室の椅子に腰掛けながら、サジワンとのあいだに置かれている机に、分厚い本を載せた。表紙をめくり開くと、金具で書類を綴じ込められるようにできている。古い本らしく、獣の皮をうすくなめした書類や、かすれた書類もある。
はるか昔から、神吏からの賜り物の奇跡は記録されているのだ。教会の総本山である神梯都市には、逸話を伝える書物だけで膨大な著述がある。その奇跡の意味をただしく学び伝えるために、神学者たちが日夜、研究し討論をしている。
ミロスラフ司祭が持っている本は、その奇跡を伝導するための説話を納めているのだ。ひとたび奇跡の解釈が変われば、あらたな説話が大陸のすべての教会に配布され、各地の司祭たちに管理される。
サジワンはすこし書類をめくった。読めない文字や古い図版を見て、自分で探すのは諦めた。司祭と顔を合わせる。
「剣の賜り物について教えてほしい。おそらく一対の魔剣なんだが、意匠は南の方で見る。使い込まれていて、なんどか打ち直されている。そんな剣だ」
「はい、実際に使われているつるぎの賜り物、となると相当に絞られますね。そして一対となれば……。すこし待ってください。気をつけて本をめくらないと、破けてしまいますから」
司祭が慎重に書類をめくる。時間がかかりそうだ。
サジワンはミロスラフ司祭の指のうごきを見ながら、賜り物の奇跡がこの街にあらわれた意味を考えていた。
神吏からの賜った奇跡といっても、魔剣としてのちからは、あくまで、地上で打ち上げられた魔剣より優れたものにとどまる。伝説や神話に見られる、海を裂き大地を割り、それこそ夜空に浮かぶ月を砕いたような魔剣を賜ることはない。
教会はこの奇跡の威光をしめすために、あえて聖堂に奉納せず、すぐれた信徒に授け天下に広めさせることがある。その信徒は教会の尊厳をになう者として、重大な責任を負う。
剣の賜り物を授かった使徒となれば、敗北は許されず、ましてや、けして喪失させてはならない。
つまり、この剣鬼と剣魔が眠る街で、決闘の果てに、薄汚い金貸しに巻き上げられていいものではない。双子は魔剣のちからを使わず、おのれの剣士としての技量に運命を懸けた。ただの鉄剣でもよかったはずだ。
――勇敢だった、誇りを守った、と言っていたな。
双子には、魔剣を振るって決闘をする理由があった。なにかはわからない。
「サジワン、ありました。このつるぎではないでしょうか」
ミロスラフ司祭が本の向きを反転させて、サジワンに見せてくる。紙の書類につづられた文字はあまり古くはない。精緻に描かれた挿絵は、記憶にある魔剣と一致する。見つけた。
「これだ。だがすまない。知らない文字で読めない。教えてくれないか?」
ミロスラフ司祭は笑顔でこころよくうなずいた。
魔剣はベレンスレブという。この奇跡を賜った聖人の名だ。
ベレンスレブは教会に仕える僧兵だった。出自はまずしく出世は望めなかったが、若くして武技の才覚をしめし、教会から授けられた使命を果たすこと数度にして司祭に任ぜられた。
そして伝導師として大陸の南方へ向かい、苦難に遭遇した。神のはしごの威光がおよばない僻地にあって、蛮人たちが教会の荘園をおびやかしていたのだ。
ベレンスレブは僧兵と農民たちを率いて蛮人たちを撃退し、さらには教会の荘園を開拓した。
大陸の南方はながらく蛮人の抵抗があり未開の地となっていたが、この聖戦を契機として神梯都市の騎士団たちが征伐に乗り出し、教会は勢力を伸ばした。
この功績をベレンスレブが祈りをもって神のはしごに伝えたところ、振るっていたふたふりの長剣に神々の祝福が授けられ、強大な魔剣となったという。
南方の大地を開拓する聖戦のなかでベレンスレブが討ち死にしたのち、魔剣は教会に奉納され、聖剣として記録された。
魔剣ベレンスレブは神梯都市の聖堂で管理され、使徒に使命とともに授けられ、持ち主をかえて、教会の敵と戦い、傷ついては打ち直されてきたのだ。
「賜り物の由来は以上です。最近では、名門ヒルトゥラ家に、二十年授けられています。ですが、つい最近、喪失してしまいました」
ミロスラフ司祭が書類をめくり、記載されたばかりのあたらしい記載を指で指し、サジワンにほほ笑んだ。
「なにかの縁でしょう。先ほど、ここから私が追記しました。あなたの知りたいという剣でしたね。ヒルトゥラ家の双子の兄弟が堕落し、剣を持って逃げたということです」
記載によれば、双子はベレンスレブを売り飛ばし、その後の消息はわかっていないという。そしてベレンスレブは、聖者によって取り戻されることを待っている。
ミロスラフ司祭が本をしずかに閉じる。長い話だった。
サジワンはすぐに司祭に聞いた。
「双子は、賜り物を売り飛ばしたのか? 何のために?」
「わかりません。なにかが彼らの清い魂をそそのかしたのでしょう」
腕を組んで物思いにふけるサジワンの見て、同席していたヤルミラが笑顔で手を合わせる。
「司祭様、どうやらサジワンはこの賜り物に興味があるようです。いま食事を用意しますから、一緒に食べながらでも……」
「いや、もう帰る。司祭、ヤルミラ、聞かせてくれて助かった。ふたりの神に感謝するよ」
「そうですか。私も今日、あなたが訪ねてきてくれたことを、あなたの神に感謝します。なにかあればまた来てください。いい一日を」
腰を上げたサジワンに、ミロスラフ司祭が上品に会釈する。
サジワンは見送りも待たずに教会から出る。歩きながら司祭の話を思い出す。
双子は魔剣を売ったと教会は記載を広めている。双子の決闘を見届けたサジワンの知る事実とは違う。誇りを守ったという双子の遺言とも異なる。そして、あまりにも早すぎる。深入りは避けたほうがいいのは明らかだ。
だが、なんにせよ、尋ねる相手はわかった。双子の父親、ベレンスレブの正当な持ち主だった、名門ヒルトゥラ家の当主だ。
教会の本拠地、神梯都市に行かなくてはならない。
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