第3話 ロード・オブ・ウェポン(3)
街は朝から活気であふれている。新年祭がちかづいているからだ。棄滅都市オルアベスだけではないだろう。教会の教えをありがたがるこの大陸なら、どこでもおなじだ。
住宅街を凍えさせる大気のなかを、ひとびとが白い息を吐きながら歩いている。こどもたちが笑いながら追いかけっこをしている。通りから空を見上げれば、住宅と住宅のあいだを洗濯紐が渡り、洗濯物がつるされている。
サジワンは住宅街を抜け、市場を通り抜けて、歓楽街に足を踏み入れた。朝も夜もない区画だ。眠りをさまたげる喧騒などはない。誰もが酒精や薬に溺れ、起きているのか眠っているのかもさだかでない、鬱屈として退廃した空気がただようのだ。
にぎわうのでもなく寂れているのでもない。ただ生をむさぼり堕落しているこの歓楽街を、サジワンはこの棄滅都市でなによりも嫌っていた。
通りを二本過ぎて、歓楽街の脇道に入った。木造の三階建ての前で立ち止まる。通りに面して庭は広くはないが、立派な構えの大きな家だ。二十部屋あり、使用人が何人も雇われ、さらにおおくの剣士たちが寝泊まりしている。あるじが命を狙われているからだ。
サジワンは家の呼び金を叩いた。呼び金も扉も大きい。巨人族でも通れそうだ。返事はない。もう一度叩いた。
扉の覗き窓が開く。せまい隙間からこちらをうかがう男と目が合った。
「何の用だ?」
「ティアトロコープの魔剣士サジワンだ。アヴィドに会いたい。今日、会うという約束はしている」
「聞いてねぇな。要件を言いな」
「昨日の夜、剣士の決闘を見届けた。アヴィドが仕切った決闘だ。勝負の結果と、魔剣を持ってきた。アヴィドも聞きたいはずだ」
扉が開いた。家のなかに招待される。広間に剣士が四人、椅子に座っている。目が合う。名前も知らないが、何度か顔は合わせている。笑いながらひとりが話しかけてきた。
「よう、ティアトロコープ。あたらしいお友達は見つかったか? いつまでもひとりじゃ寂しいだろ。夜泣いてんじゃねぇか?」
「いつでも誰でも歓迎してる。お前みたいな腰抜けのクズもな。来るか?」
「潰れた傭兵団なんて誰が行くかよ。お前ら、もうただの昔話だぞ」
「言っておくが、うちはまだ潰れちゃいない。俺がいるからな。口に気をつけろ」
剣士たちとにらみあい、サジワンは案内された屋敷の奥に向かった。
アヴィドの部屋は、屋敷の二階の中央にある。本棚が壁を埋め、整頓された書類の束が部屋の中央の大机に積まれている。窓はなく、いくつもの燭台が部屋を照らしている。
ドワーフがその机に座って、金勘定をしている。貸している金と、自分が借りている金だ。アヴィドだ。ひげだらけの顔だが、中年にもならない、若者と言っていい。
ドワーフは、鍛冶と細工と炭鉱掘りが得意な種族だ。小柄で頑健で毛むくじゃらで、偏屈で頑固で自分しか信じない。黄金と宝石が何よりも好きで、資産を増やそうと金貸しになるものもいる。
机の左右に、剣士がふたり立っている。金で雇われた達人だ。訪問者がなにか、借金の踏み倒しや、恨みで押し込みをしようとするなら、このふたりが相手になる。
机の前に立ち、サジワンはふたふりの剣を外套のなかから取り出した。
「アヴィド、昨日の決闘を見届けた結果だ。結果は相討ちだった。証拠の魔剣だ」
「うん。そこに置け。お前は賭けてなかったな。次の見届けの予定はない。金を受け取って消えろ」
書類を読みながらアヴィドが告げる。いつもの態度だが慣れることはない。金だけを頼みに、剣士たちを見下しているこの金貸しが、サジワンは憎かった。だが、聞かなくてはいけない。
「聞きたいことがある。あのふたりは何者だったんだ。遺言を伝える相手がいる」
「遺言なんぞ知らん。金を受け取って消えろ」
アヴィドは顔を上げない。脇に立つふたりの剣士は動かない。サジワンは机にちかづき、剣の柄をすぐ握れるように慎重に置いた。
「アヴィド、あのふたりは双子だった。肉親の決闘だ。父親に会いたい」
「三回目だぞ。金を受け取って消えろ」
アヴィドが手に持つ書類をかえて、また読み始める。サジワンは黙ってアヴィドを見下ろしている。ふたりの剣士がサジワンを見て、腰の剣に手をかけた。
いまは分が悪い。なにか喋れても、あとひとことだ。サジワンはうなずいた。
「そうだな、鉄床から逃げたドワーフには――」
斬光がきらめいて、サジワンの喉と腹を狙う。威嚇ではない。
サジワンの喉は血を噴かなかった。腹から臓腑もこぼれない。双子の魔剣を両手に取り、やわらかな肉を狙った鋭い一撃を、鞘ごと受けたのだ。
なおも刃を押し込もうとする剣士たちに抗いながら、サジワンはアヴィドを見下ろした。書類から顔を上げたアヴィドは、魔剣の意匠を見ている。
「鞘の上からでもわかる逸品だな。いい値で売れそうだ。剣身を見せてみろ」
剣士たちが刃を引く。サジワンは鞘から抜いたひとふりを握り、アヴィドに見せた。
「古い剣だ。よく使い込まれて、何度も打ち直されている。意匠は南でよく見るがドワーフの剣じゃない。ほかの種族の剣でもない。天吏からの賜り物だな」
天吏は天上からの使いだ。天につづくはしごから、地上に降り、神々の意向を神梯都市の司祭たちに伝えるのだ。敬虔な祈りが通じれば、天界の宝物を授かることもあるという。
この賜り物は、神聖な奇跡の物語としてかならず教会に記録される。いつ、何があり、何のために、誰が賜ったのか。いま、誰が受け継いでいるのか。教会に尋ねれば、その逸話を伝えるために教えてくれるだろう。
充分だ。サジワンは剣を鞘に納め机に載せると、アヴィドに背を向けた。
「邪魔した。用事があったら呼んでくれ。そこのふたりの代わりはできるだろう」
返事は聞こえない。アヴィドはもう書類を読んでいるのだろう。
部屋を出たサジワンは、一階のちいさな応接間に向かい、待っていたゴブリンの使用人から、決闘を見届けた代金を受け取った。袋に詰められた銀貨だ。重い。
まともに働けば何日もかけてやっと得られる金額だ。アヴィドはあの決闘でこの何十倍もの金額を儲け、あの魔剣でさらに稼ぐだろう。
剣士たちの技と血と肉と命をかけた戦いは、この歓楽街の金持ちが同元になって、いい賭博の興行になっている。あの双子の決闘は相討ちだ。勝ったものはすくない。サジワンの報告で精算が始まるのだ。
アヴィドの屋敷の外に出たサジワンは、白い息をひとつついて頭巾をかぶる。
――賜り物を受け継ぐ家柄の双子が、オルアベスで決闘をする、か。
ふところの銀貨が重い。双子の遺言を伝えるのは思ったより面倒なことになりそうだ。
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