第28話 そして一つに



「ん……」



 体が……重い。

 目を開けることすら億劫おっくうだと思える。

 それでもずっと寝ている訳にもいかないから……俺は目を開ける。



「ここ……は?」



 まず目に入ったのは真っ白な天井。

 感じたのは鼻にツンと来る臭いだ。


 そして、ベッドに固定されている俺。右腕を除く四肢が厳重に固定してある。

 それでも軽く動かそうとしてみるが、そもそもそれらの感覚が鈍くなっていることに気づく。そして――



「すぅーーっ。すぅーーっ、すぅーー」



 ベッド脇の椅子に座り、俺の胸を枕代わりにして気持ちよさそうに寝ているカルシアの姿に気づく。

 


「すぅーーっ。すぅーーっ。ぐぅーーーーっ」



 カルシアはとても気持ちよさそうに眠っていた。その姿を見てホッとするのと同時に、現在の状況が大体つかめた。


 起きた瞬間は気づかなかったが、ここはデヒュールヒーズ城の部屋の一角だ。人間の治癒術に合わせるためか、大幅な改装が行われているようで気づくのが遅れた。



「腕は……くっついているみたいだな」



 未だに動かない自身の左腕。しかし、動かないだけできちんとくっついているようだった。感覚が全くないから詳しい状態までは分からない。まぁ捨てるつもりで斬ったものだ。これから先動かないと言われても文句はない。


 こうして治療されたうえで放置されているという事は信用はしてもらえたらしい。おそらく人間達に治療され一命をとりとめたカルシアが何かと口を聞いてくれたんだろう。



「良かった……」



 こうしてお互い無事に生き残れて……本当に良かった。

 唯一動かすことができる右手でカルシアの頬に触れる。

 


 温かい。

 生きている。

 生きて……くれている。



 当たり前のことかもしれない。ただ、そんな当たり前の事がたまらなく嬉しくて、やり遂げたんだという実感がわいてくる。



「うー……ん?」



 元々眠りが浅かったのか。俺が頬に触れた事でカルシアが目を覚ます。

 寝ぼけ眼でこちらを見つめるカルシア。



「おはよう」



 そう言って、笑いかける。

 お互い無事に目覚めることができた。その事が嬉しくてたまらない。



「おはよーございまぁす。…………ってシュリンガー!? 起きたんですか!?」



 がばっと俺の体を支えに起き上がったカルシア。カルシアは『あっ』と声を上げ、申し訳なさそうな表情を見せる。



「す、すみません。痛かったですよね?」



 咄嗟とっさの事とは言え、けが人である俺の体を支えにしてしまった事を詫びるカルシア。


「気にするな。ほとんど感覚すらなくて痛みも感じねえよ。それより、お前は大丈夫なのか? 体、どこも悪くないか?」

「え、ええ。幸い、どこも悪くありません」

「そうか……良かった」



 カルシアの頬に手を当てたまま、俺は笑いかける。


 しかし……やはり女の肌は柔らかいな。ぷにぷにしていていつまでも触っていたいくらいだ。



「シュリンガー……」



 彼女が俺の名を――呼ぶ。

 今まで何度も呼ばれているというのに、それだけで胸の内が温かくなる。



「シュリンガー。すみませんでした。私……」



 カルシアが何やら申し訳なさそうな顔をして、贖罪の言葉を口にする。


 おそらく自分の為に俺がこうなってしまった事に対して、責任を感じているのだろう。

 俺は彼女にそんな顔をして欲しくなくて、それ以上何も言わせないようそのピンクの髪へと右手をのせてその髪を撫でながら、


「いい」

「――」



 ただ、一言。その一言で彼女を黙らせる。



「俺がやりたいからやったんだ。お前を救いたいから……やったんだ。それが叶った。それで……十分だ」

「いや……あの……」


 まだ彼女は申し訳なさそうな顔をしている。


 そう……だよな……。

 彼女はとても優しいから。だからこそ自分を責めるのをやめない。自分に厳しくて、他人にどこまでも甘い優しい女の子だから。


 まぁ、そんな所も可愛いんだが。

 それでも、俺は彼女に笑って欲しいから――言葉を尽くす。



「そう言ってもお前は気にしてしまうよな? お前は……優しいから。最初は甘い甘いと思っていたが……それこそがお前の強さだったんだな。でも、これだけは分かってくれ。そんなお前だからこそ、俺は救いたいと思ったんだ。これは俺が勝手にやった事なんだよ。だからさ……そんな辛そうな顔しないでくれ。それでさ、いつもみたいに馬鹿みたいに笑ってくれると俺は嬉しい」



 俺の感じた想いをそのままに伝える。

 意識して、カルシアへと笑いかける。

 ちゃんと笑えているだろうか? 変な笑顔になっていないだろうか? なにぶん、誰かに笑いかけた事なんて数えるほどしかないから自信がない。



「あう……あ……」



 カルシアが笑顔になるどころか顔を真っ赤にしてその動きを止めてしまう。ふむ……やはりうまく笑えていなかったらしい。


「すまないな。なにぶん、笑顔になったこと自体が少ないんだ。だから……うまく笑えない」



 今までの人生。ずっと必死で生きてきたから。笑い方なんてとうに忘れてしまった。必要ないとすら思っていた。

 だけど――






「いつか言ったよな? 笑えない俺を笑わせてくれるって。その言葉にさ……甘えていいか? 俺一人じゃどうしてもうまく笑えないけど、お前と一緒ならきっといつか心の底から笑えるようになると思うんだ」


「えと……それって……プロポ……はうっ」



 ますます顔を赤くして、遂に黙ってしまうカルシア。

 そんな彼女の様子に不安を覚えてしまう。

 伝わっていないのだろうか? ダメだな。やはりこういう遠回りな言い方は性に合わない。もともと、俺は喋るのが得意な方ではない。

 だから――



「カルシア……好きだ。愛している。お前の居ない世界なんて俺にはもう考えられない」

「すっ!?」



 そう、初めからストレートに言えばよかったんだ。

 そして――


「シュリ――」

「嫌なら……振り払え」



 唯一動く右手で彼女の顔を引き寄せていく。

 そこまで力は入れていない。カルシアの非力な腕力でもやすやすと振り払える程度の力しか入れていない。



 ゆっくりと――確実に近づいていく俺とカルシアの距離。

 カルシアは拒まない。



 そうして俺たちの距離が――ゼロになった――

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