第26話 解体
「ハァ……ハァ……ハァ……着いた」
全速力で走って既に足はガクガクだ。
だが――着いた。
俺の眼前にそびえるのはデヒュールヒーズ城。
数日前まで魔人族が治める城であったそこには見慣れない軍旗がいくつもはためいていた。
「良かった……」
見慣れない軍旗。ということは、ここには人間族が詰めているのだと思われる。
確証のない当てだったが、どうやら第一関門は突破できたようだと少し安心する。
しかし――
「止まれぇ!!」
頭上から声が響く。
そちらを見れば、城壁の上からこちらを見下ろしている人間たちが数人。弓矢をつがえる者もおり、何やら警戒されているようだ。
「貴様らぁ! 何者だ?」
どうやらかなり警戒されているようだ。
まぁあちらからしたら魔人領からいきなり人間が二人湧いて出たわけだからな。警戒するのは当然か。問答無用で射られないだけまだマシというものだ。
射られないのはおそらく俺たちが魔人領から逃亡して来た人間の可能性があるから――だろうか? そのように身分を偽ったほうがいいか? いや、しかし嘘がバレると信頼は地に落ちるし……。
仕方ない。ばれると厄介になりそうな真実だけ伏せてありのままに伝えるか。
そもそも俺は腹芸が苦手だからな。
「俺はシュリンガー! もう一人は白魔導士のカルシア・バーべバンズだ! こちらに敵対の意思はない」
そう言って、カルシアを地面に横たわらせて両手を上げる。無抵抗アピールだ。
「カルシア……まさか、カルシア様か!?」
「魔人の怪しげな術に惑わされ、行方不明と聞いたが……」
「勇者様は居ないのか?」
兵士たちがざわめく。どうやら、あの勇者は自分の都合のいいように事実を捻じ曲げて伝えているようだ。いや、あの勇者自身そう思い込んでいたようだから嘘ではない……のか?
まあいい。好感触だしこのままいこう。
「カルシアは深手を負い、すぐにでも治療が必要な状態だ!! 残念ながら俺には治癒魔法の心得もなく、医術の心得もない。ゆえに、助力を請いに来た次第だ!! 城に入れて欲しい」
「ならん!!!」
なに!?
カルシアは人間族にとって重要な人材であるはずだ。
知名度も高いようだし、あの勇者パーティーの一角を担っていたのだから間違いない。
その彼女が瀕死の状態なのに手を貸せないと言う。なぜだ?
「なぜだ!?」
「知れた事。貴様が人知を超えたその脚力にて走っていたのを我々は目にしている。貴様は魔人である可能性が極めて高い。ゆえに、貴様を城に入れるわけにはいかん!!」
「それは……」
くっ……全速力で駆けてきたことが裏目に出たか。地獄のような鍛錬の末に手に入れた力であり、俺自身は人間なのだがそれを言ったところで信じられないだろう。
「ならば、彼女だけでも城に入れてくれないか!? 彼女はニンゲ……俺たちの希望だろう!? 彼女が失われるような事があれば勇者様は嘆き、悲しまれるぞ!?」
思わず人間にとっての希望とか言いそうになったがぎりぎりこらえた。
この状況でそんな言い方をしたら余計魔人なんじゃないかと疑われかねないからな。
「――――――」
ひそひそと兵士たちが話し合っている。おそらく、どうするか話し合っているのだろう。
だが、悠長にしている時間はないんだ!!
俺は頭を地に着け――頼み込む。
「頼む!! 疑わしいのは分かっている! だが時間がないんだ!! 一刻も早く治療しなければカルシアが死んじまう! 俺にとって大切な……かけがえのない物をくれたんだ。俺に出来ることなら何でもやるから……だから……頼む!!!」
恥も外聞もない。ただ――頼み込む。それしか出来ないから。
「どうします? 確かにあれがカルシア様なのであれば助けない理由はありませんが……」
「だがあれが魔人で我々を謀っていた場合、貴様は責任を負えるのか!?」
「責任うんぬんの話じゃないでしょう!?」
「とにかくだ!! これは慎重に判断するべき案件だ! その間にカルシア様が死なれたとしてもそれは仕方のない事だろう。我らを責める者が居れば
「なっ!? ……本気ですか!? せめて白魔術師を幾人か向かわせるだけでも……」
「あの男の身体能力が聞いた通りであれば慎重を期すのは当然だろう!? アレが動ける中、むざむざ門を開くなど愚かでしかない! 門を開けた瞬間侵入されればなんとする!? それで魔人を領内に入れたとなれば我らの首が飛ぶぞ!?」
「ですが――」
それでも未だに俺の事が信じられないのか。動き出さない人間たち。
どちらにしろここで足止めを食えばカルシアは助からない。幸い、カルシアの事は助けてもいいと判断してくれているらしい。それならば、魔人よりは交渉の余地がある。
問題は、この俺自身がどう考えても怪しいという事だ。急いでいたとはいえ、全速力で駆けてきた姿を見られたのは痛かった。
だが――逆に言えばその問題さえ解決すればカルシアを助けるためにあいつらは動いてくれる可能性が高いという事だ。
ならば話が早い。俺は顔を上げ、立ち上がる。
「構え!!」
俺が立ち上がったのに反応して射撃体勢を万全にする弓兵達。やれやれ、警戒するにしても少しばかり過敏じゃないか?
まぁ、いい。すぐに射るという気配は誰からも感じない。射撃命令が出されない内に済ませてしまおう。
既にヴィネの魔剣はない。代わりの剣の持ち合わせもない。だが――俺は剣士だ。
手刀で敵を斬れるくらいには修行を重ねている。
まさかその修行の成果をこんな所でお披露目することになるとはな……。
「があぁっ――!!」
俺は――右の手刀でまず自身の左腕を斬り飛ばす。
「あああぁぁっ――」
痛い。涙が出るほどに痛い。
痛みにのたうち回りたくなる。
だからその前に――斬る!!
「だぁああああああっ――」
次に、俺自身が動けなくなるように、自身の両足を斬り……飛ばす!
止血なども考えない。ただ、傍目から見て俺が無力になったと分かればそれでいい!
両手両足を切断してしまえばさすがに警戒を緩めるだろう。
もっとも、さすがに右手だけはそのままだ。斬る腕がないのでこればかりは勘弁願いたい。
「たの――む」
痛みのショックで気が遠くなる。
後は――賭けだ。
そうして俺の意識は闇に沈んだ。
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