第25話 ズットイッショ


 すべてが終わった戦場。荒れ果てて、がれきの山となり果てた戦場。

 シュリンガーはカルシアの為にここを去り、ダラムもいずこかへと消えた。

 残るは破壊の痕跡だけ――のはずだった。


 ガラッ――


 がれきの山。その一角が音と共に崩れ、人間の手が現れる。



 むくりと……その少女はその身を起こす。



 右目の銀眼、左目の金眼にて少女は荒れ果てた大地を睥睨へいげいする。

 その病的なまでに白い肌には痛々しい斬り傷の後が残っている。だというのに、血は一滴も流れていない。その肢体は傷ついていながらも、神秘的な美を内包したままだ。



「………………」



 無表情のまま、辺りを見渡す少女――ヴァレン。

 そうして彼女は――私は……ミツケタ。



「マス……ター」



 ぴょこぴょこと歩き、私はマスターの下へ行く。行って、その体を抱きしめる。

 見ればマスターはその体に大きな裂傷を負い、気を失っているようだった。


「う……うぅ……」

「マスタ……生きてる?」




 それでもマスターは生きていてくれた。

 でも……死にかけていた。



「半分……死んでる?」



 死人は蘇らない。

 私は、死人の肉体を動かしているだけだ。それは私の思い通りにしか動かない。魂のない虚ろな入れ物だ。



「このままだと……マスター……死んじゃう?」



 今もなお、マスターの体からは生命に宿る赤き血潮が流れ続けている。

 このまま放っておけば数分もしないうちに死んじゃう? そうなれば私は……また独りぼっち? 



「じゃあ……いいよね?」



 私は薄く笑みを浮かべ、マスターの耳元でそう囁く。

 意識もなく、瀕死のマスターは何も答えない。答えられない。つまり――拒否もしない。できない。



「――アハッ♪」



 私はマスターの唇を蹂躙する。

 いつもは蹂躙させられる側の私。そんな私の初めてのキス。

 

「ん――はぁ……んむ……ふぅ……」


 ぴちゃっ……ぴちゃ……と煽情的な音が響く。


 それは、愛し合う者同士の睦み合い……では断じてない。死にかけの男と、それを意にも介さず悦楽に浸る魔女。異常者の行いであった。

 その行為に終わりが来たのは、数分が経過した後だった。偶然か、はたまた必然か。男がその間に絶命することはなかった。


「ん……はぁ――これで……印は刻めた」



 私がワタシになった最初で最後の外法。

 人を、人でなくす魔法。

 私を人でなくしたアレがなんだったのかは分からない。だけど、なぜかやり方だけは私の中に刻まれていた。するのは初めてだけど、不思議と絶対にうまく行くという確信がある。

 だから――楽しみだ。




「それじゃ……イタダキマス」


 ヴァレンが大きく口を開ける。

 普段、小さな声でしか喋らなかったヴァレン。彼女が大きく口を開ける事は殆どなかった。嬌声を上げる時ですら、必死に口を押さえていた彼女。だからこそ――勇者も見た事がなかったソレがこの瞬間初めて露わになる。



 それは――鋭い牙だった。

 それは本来、奥歯があるはずの場所。人間、いや、魔人にもあるはずのない鋭い牙がギラリと輝いていた。



「かぷっ」


 そうしてヴァレンは――私は……マスターの首筋にその牙を突き立てる。


 瞬間、牙を通して私の口内に流れ込んてくる血液。

 それは……今までに味わったことがないくらいに美味で――刺激的で――鮮やかな味わいだった。



「がっ――あぁっ!! ぎ、ギギィィィィィッ!!」


 意識が戻ったのか、マスターの口から痛々しい声があふれ出る。

 しかし、それだけだ。傷ついたマスターの体は身じろぎする程度にしか動かない。非力な私でも抑え込める。



「んふ――ちゅっ――くちゅっ――」



 マスターの中の熱い血潮が私の中に流れ込んでくる。

 生きている者にしかない熱いソレに、私は夢中だった。いつまでもこうしていたい。いつまでもこうしていたい。

 これも、一種の交尾なのかなと思った。

 マスターの中に元々あるものが、私の中にドクドクと流れ込んでくる。キモチイイ、キモチイイ。もっと――もっと――もっと!!



「ギガ、ガァッ……アァッ」


 ビキビキと軋むマスターの体。その口からは相も変わらず痛ましい声しか聞こえなかった。

 それは――肉体が作り替えられる痛み。

 かつて私が味わったソレをマスターも味わっている。いつも私に痛いやキモチイイを与えてくれるマスターに、今は私が痛いやキモチイイを与えている。




 ――興奮した――





「マスター……はぁ……マスタァ……」



 いつまでも続けていたい行為。だけど、どんな行為にも終わりがある。

 ちゅうちゅうとマスターを吸う。だけど、もう美味しかったソレは流れてこなかった。

 マスターの血液は、もういくら吸っても出なかった。



「ぷはぁ……」



 私はマスターの首筋から口を離し、ぺろりと唇をなめる。少しでも無駄にしたくないから。もう味わうことができないマスターの血の味。たった一回だけの盛大なご馳走。だからこそ、食べ残しがないように自身の唇をぺろぺろと舐める。



 それもすぐに終わり、そういえばとこんなときに言わなければいけないセリフがあったのを思い出す。そう――こんなときは――



「ふふっ、ごちそうさまです。マスター。とっても……おいしかった……です」

「ん……」



 瀕死の状態だったマスター。その傷は癒え、もう大丈夫そうだ。

 その心臓の鼓動は止まっている。止まっているけど、息はしている。


 これで――私とマスターは同じ存在になれた――


「おそろい……ふふっ」



 子供のように眠るマスターの体をぎゅっと抱きしめる。

 ぎゅっと抱きしめ、耳元で囁く。



「ね? わたし、役に立ったでしょ? 便利な道具でしょ? マスター。これからはずっとずっとずーーーーーーーーーーっと一緒だよ。あの化け物がいない場所まで逃げて――逃げて――逃げて――そこで私とずっとキモチイイ事しようね? もう私の事役立たずのゴミだなんて言わないよね? ふふっ。ふふふふふふふふふふふふふっ」


 これからの事を想像して、歓喜に打ち震える。

 あの怖い怖い化け物から逃げて、逃げて、逃げて……私はマスターとずーーーーーーっと愛し合うの。

 マスターが私をずっと見てくれる。それだけで私は幸せなの。


 だから……私をいっぱい虐めてね? マスター♡




 その後、黒魔術師ヴァレンと勇者が表舞台にその姿を現すことはなかった。

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