第23話 拙い知識



 カルシアを助ける。そう決意したはいいものの、どうすればいいのか……。


 治癒魔法などが使えれば話は早かったのだが、残念ながら俺は魔法というものを何一つ使えない。

 ヴィネの魔剣とロアの鎧が失われた今、俺が持ち得るのは鍛えたこの身一つだけだ。

 医療の心得があるわけでもない。

 こんなにもカルシアに生きて欲しいと願っていて、彼女の為ならなんでもしてみせると意気込んでみても実際の所、俺に出来ることなんてたかがしれているのだ。



 それでも、このまま放っておけば確実にカルシアは死ぬ。俺の聞きかじった知識を総動員して彼女を助けるんだ!!



「とりあえず、止血しないと……まずは……」



 カルシアの手首に触れ、脈があるかどうか確認する。



「脈は……ある。だが、このままでは……」



 人間は血を流しすぎると死ぬ。

 半分の量の血が流れると死ぬのだが、そもそも人間は30%の血が流れ出た時点で生命の危機があるのだと聞いたことがある。これ以上血を流し続ければカルシアは確実に死ぬだろう。



「坊ちゃん!!」

「ダラム! 無事だったか」



 振り返らず、ダラムの声に応える。カルシアの治療によって、五体満足とは言えないまでも動けるようだ。



「カルシアの姉御は……」

「まだ生きている! だが、このままでは確実に死ぬだろう。ダラム。お前、治癒魔法が使えたり医療の心得があったりするか?」

「いえ……すいやせん」

「いや、いい」



 ダラムが力なく首を横に振る。そもそも、魔人は治癒魔法と相性が悪いと聞いたことがある。使えないのも仕方がない事だろう。



「治癒魔法が使える知り合いか、医療の心得がある知り合いはいるか?」

「いやすが……おそらく手を貸してはくれねえでしょうね」

「ちっ……」



 思わず舌打ちしてしまう。

 だが、考えてみれば当たり前のことだ。


 ダラムの知り合い、それはつまり魔人という事だ。その魔人が人間であるカルシアを治療するのに力を貸してくれるとは到底思えない。


 ――仕方ない。 


「魔人がダメなら仕方ない……。人間に助けを求めるしかない」

「はぁっ!? 正気ですかい!?」


 俺の案に対してダラムが驚愕の声を上げる。

 ダラムが驚くのも当然だ。今まで敵対していた人間に対して何を言っているんだ? というのもあるだろうが、それ以上にこの案には致命的な問題点があった。

 それは――


「人間に助けを求めるって……この周辺のどこに人間が居るってんですか!? ここは魔人領の奥地……人間なんざいるわけねぇでしょう!?」


 そう、ここは魔人領の奥地。魔王城のすくそばの村だ。こんな所に人間が居る訳がない。

 ならばどうやって人間に助けを求めるというのか? 


 答えは簡単だ。


「人間の領地めざして俺が負ぶって行く」


 そう、近くに人間が居ないというのならば人間の住む場所まで行けばいい。行って、助けを求めればいい。


「どんだけ遠いと思ってんですか!?」

「落ち着け。人間の領地を目指すとは言ったが、おそらくその道中……デヒュールヒーズ城に幾人かの人間がいるはずだ」

「デヒュールヒーズ城に?」

「ああ。勇者はデヒュールヒーズ城を落とし、占拠した。その占拠した城を空のままにするか? 俺ならそんな事はしない。おそらく既に人間の軍がデヒュールヒーズ城に詰め、魔人に対する前線基地になっているだろう」


 たとえ、そうでなくても人間の領地に行くにはデヒュールヒーズ城を越えなければならない。どちらにしろ、人間に助けを求めるなら通らなければいけない箇所なのだ。



「た、確かにそうかもしれやせんがそれでも遠すぎる!! ここからデヒュールヒーズ城まで軽く十キロはあるんですぜ!? それまでカルシアの嬢ちゃんが持つとは思えねえ! それならダメもとで片っ端から俺が同胞に声をかけて……」

「人間を助けてくれる魔人なんている訳がないだろ!!!!!」

「――――――っ」



 魔人側に与してる俺ですら、人間と言うだけで疎まれ続けてきた。多くの魔人にとって、人間は倒すべき存在でしかないのだ。俺がここまで生きてこられたのは、単に魔王様が魔族の中で特殊だったというだけだ。


 だが――無理もない。

 恨み、憎しみは連鎖する。人間が魔人を憎み、恨み、同様に魔人も人間を恨み、憎しむ。そうしてお互いの溝は深く、深くなっているんだ。

 だから、この関係はそう簡単には変えられない。憎しみを絶つのは本当に……本当に難しいから。



「いつかこの関係を変えなきゃいけない。だが、それは今じゃない! 今は何よりもカルシアの命を救う事が最優先だ!」

「だからそれまで持つわけがねぇって言ってるでしょうが!」

「いや――方法は……ある。なぁダラム。お前、今すぐに人体を冷やす術ってなにかあるか?」

「は? 何を突然――」

「いいから出来るか出来ないか答えろ!!」

「で、できやせん!」

「なら――これしかない!!」


 俺はカルシアの体を地面に横たわらせ、仰向けにさせる。

 苦し気に息をしているカルシア。その呼吸は次第に静かになっている。

 その呼吸を――止める!!



「ハァッ!!」


 俺は自らの拳をカルシアめがけ、振り下ろす。

 狙うは、心臓。

 強すぎず、しかし、弱すぎず、力加減には十分注意して力を振るう。

 


 パァンッ!! と火花が弾けるような音が響き、カルシアの体が跳ねる。

 そうして、呼吸は――止まる。


「な!? 何やってんだ馬鹿野郎!?」


 掴みかかってこようとするダラムの手。俺はそれをさらりと躱し、身じろぎすらしなくなったカルシアの体を抱える。



「心臓を止め、仮死状態にできた……と思う。これで出血量は減るはずだ」

「な――」


 血液が流れるのは心臓が動いているから……らしい。

 つまり、その心臓が動きを止める。もしくはその動きが遅くなれば血液が流れ続けるのを止められるのではないか?

 それと、重症を負った者を意図的に仮死状態にして後で治療する技術があるとかないとか聞いたことがある。


 俺にできるのは……こんな事しかないんだ。


 俺は、カルシアのを自らの背にのせ、決しておとさないように自らの衣服を引きちぎり、それでカルシアの体が落ちないように固定する。

 


「その状態で行く気ですかい!? 仮死状態にしたっつっても長時間そのままにしたら死にますよ!? それは人間だろうが魔人だろうが関係ねぇ! 無茶だ!!」

「無茶だろうがなんだろうがやるしかないんだよ!!」



 俺はカルシアを抱え、走り始める。



「坊ちゃん――」

「行くぜぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 止めようとするダラムを尻目に、俺は全速力で駆ける。

 目指すは――デヒュールヒーズ城だ!!

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