第22話 憎悪の終着点


 ニクイ。

 ユルセン。

 破滅シロ。



 ワタクシワタシオレワガハイワレをリヨウするゼンブゼンブゼンブコワレテシマエコワレチャエコワセハカイメツボウセヨ。

 

 壊したい。

 壊れたい。

 終わらせてほしい。



 ジッとしていられない。そんな事は不可能だ。だから、だからこそ、剣を振るう。形あるものが無に変わるまで幾度も幾度でも振るう。


 しかし――ゼンゼンタリナイ――


 乾く。渇く。渇くからこそ……壊す。


 しかし、うるおいなど得られるわけもなく、それでもジッとしていると渇いて渇いて壊れてしまいそうになるから壊す。



「滅滅滅滅滅メツゥゥゥ! 死! 死! 斬! 破破破破破破ァ! 壊ィィィ――っ!!」



 オれハ笑っているのか?

 ワレは悲しんでいるのか?

 わたしは悲しいの?

 オれ、ワレ、ワタシは復讐したいの? ワレのワタシハボクデオレハ……。




 思考がぐちゃぐちゃに重なり、もう訳が分からない。

 自分が誰なのか、何者なのかすら分からない。


 

ただ――そんなぐちゃぐちゃな僕らを統率する物がある。



 それは――破壊。

 または――悪意。

 または――憎悪。


 ありとあらゆる負の情念。


 それこそが……スベてのオレワタシの共通事項!!


 利用サレ悲シクテユエニ壊し壊されコワセレバァァァァ!!!



『自分勝手な者どもに破滅おおおォォォォォォォ! ヒャハハハハハハァァ!!! 滅べホロべ滅べェェェェェ! ヨクモヨクモヨクモォォォォォォ! ユルサヌユルセネユルセネバァァァァァァァァァァァァ!!』



 内に眠る原初の闇の命じるがままに破壊を続ける。

 そんな時だった――光が……チラついたのは。




「すぅ――――――――――シュリンガァァァァァァァァァァァァ!!!」




 形ある生き物が視界に入る。

 オレに……壊されるべき物が目の前に現れる。



 ゆえに――コワス。



「破破ハァァ!!! 壊滅烈斬日滅非ィィィィィィィィッ!」



 コレハまだ生きている! コレはまだ壊れていない! ゆえぇぇぇぇにぃぃぃぃぃコワスコワセコワセレバァァァァァァァ。

 形ある生き物ヘト剣を振り下ろす。早く、すぐに、疾く壊レヨ!!


「きゃあっ!!」


 剣が少女の足元へと叩きつけられ、土煙がたちあがる。

 その生き物はまだ声を上げている。


 つまり――まだコワレテイナイ。


 しかし、ワレの視界は土煙に包まれ壊すべき物がどこに行ったのかつかめない。だが、まダコワレていない!! それだけはワカル!!




「破壊滅ッセ愚ゥ流ァァァァァッ!!」



 破滅の咆哮を上げ、手当たり次第に剣を振るう。



「まだ……まだですよぉぉぉぉぉぉ!! 絶対の絶対の絶対に助けてやるんですからぁーーーーーーーーーー!!」

 


 ソレハ――止まらない。

 臆することなくこちらに向かってくる。


 ナゼ? 


 疑問は一瞬。

 しかし、それは破壊の意思に押し流されすぐに消えた。



「滅ゥゥゥゥッ!!」



 オレはその少女めがけて剣を――



「餓ァアァァアァッ!?」




 剣を――振るおうとして、しかし……出来ない。

 急な動きに体が悲鳴を上げている。だが、それでも……出来ない。。

 少女の顔を見たその瞬間からだった。


 何故か……カラダガ勝手に止まるのダ。 



「さっきから思ってたんですけどね――」



 無理な動きの代償ゆえか、オレの動きはその瞬間――止まる。

 その隙を少女は見逃さない。


 少女は薄い笑みを浮かべながらその拳を振り上げ、そして――



「その黒いの……ダサくてあなたに似合わないんですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



 そうして……少女の打撃がオレの横っ面をとらえる。


 鎧越しに衝撃のみ受ける。しかし、これでは壊れない。


 壊れて……クれないノダァァァ!!



「死ィイィィィィィィィッ!!」



 破壊する!!!


 破壊してくれ。


 何もかもが憎い! すべて終われぇ!!


 僕を……終わらせてくれ。


 むちゃくちゃに剣を振りまわす。

 苦しい。

 苦しいからこそ……暴れずにはいられないのだ。



「鬼ィィィッ――」

「あ――」



 鮮血が……舞う。

 血だ。真っ赤で鮮やかな鮮血。

 やけにゆっくりとその光景を俺は見る。

 ピシャアッと俺の手にもその血は降りかかる。




「大丈夫――だから――」



 ナニガ?

 


「大丈夫だから。もう……苦しまないで?」



 ふっと感じる優しく……苦しげな吐息。

 トンっと俺の体がソレを受け止める。


 愛しきソレを受け止める。


 ソレが……カルシアが与えてくれる命の息吹。柔らかな生の胎動。



「苦しかったですね」



 優しい手つきで、ゆっくり、しかし確実に彼女は俺が欲していたものを与えてくれる。

 


「辛かったですね」

「ア……アァ……アァ……」



 それでも……憎悪だけは消えない。



「ニクイ……ニクキィィィィ!! ギィィィィィィィィッ!」

「そうですよね? 憎いですよね? 分かる……だなんて私にはいえません。でも――もうそんなに苦しまなくてもいいんじゃないですか?」

「ガ?」



 もう……いい?



「憎み、憎まれる関係なんて疲れるだけですし、幸せになんかなれっこないです。それよりも愛し、愛される関係の方が私はいいと思うんです。そっちのほうが幸せだと思うんですよ。シュリンガーもそうは思えませんか?」

「ア……イ?」

「ええ、そうです。愛です。知ってますか? 心を受け入れ合うと書いて愛なんです。そっちの方が素敵でしょう? 逆に、憎しみは心を増やすと書いて憎しみなんです。憎しみが憎しみを呼んで、どんどん恨みが募り続ける。こんなに悲しくて……辛いものはないですよね? ケフッ――私は……そんな想いをシュリンガーにしてほしくないんです! だって……シュリンガーはもう十分に苦しんだじゃないですかっ! 悲しんだじゃないですか! なら、後は幸せにならなくちゃ嘘でしょう!?」


 切実に、想いを吐くカルシア。

 だが――憎しみとはそう簡単に斬り捨てられるものではない。


「なら――――――この憎しみはどうすればよいのだ!? どうすればいいの!? 利用され、蔑まれ、ポイ捨てされた私たち俺たち余らはどうすればよいというのだ!? 笑って忘れろと!? 出来るわけが――」




 募る憎しみを隠すことなど出来ない。

 募る憎しみを忘れる事など出来ない。

 俺に集まる憎しみは永劫渦巻き続け、目を逸らすことなどできない。


 どうすればいい。どうすれば救われる?

 答えがほしい。この憎しみから解放されるのならばその通りにするから。だから、答えが欲しい。

 だというのに――



「そんなの――私にも分かんないですよっ!!」



 ――答えがもたらされることはなかった。



「そんなの……ゴホッ……一人一人が折り合いを付けていくしかないんですよ!! でも、これだけは私にだってわかります。憎しみっていう感情ばかり追いかけていても辛くなるばかりなんです! だから――どこかで――誰かが断ち切らないといけないんですよ!! そうしなきゃ憎しみがぐるぐると螺旋のように渦巻くだけで終わりなんて来ないんです。それじゃあ……誰も幸せになんかなれない」



 そう言って、カルシアはうすく微笑む。



「シュリンガー……あなたが――好きです――」

「ッ――」


 なに……を……?



「あなたが好きです。あなたを――愛しています。だから……私はあなたには誰よりも、何よりも幸せになって欲しいんですよ。あなたが自分の憎しみをどうすればいいのか分からないというのならば、私がその憎しみをどうにかしてみせます。あなたが笑えないというのならば、私があなたを笑わせます。どれだけ大変でも全部全部ぜーんぶどうにかします。私がそうしたいんです。それじゃ……ダメですか?」



「なん……で?」

「好きだからですよ」



 間髪入れずに、優し気に微笑みながら答えるカルシア。

 その笑顔を見ていると――温かい。

 胸の内にぽぅっと温かい何かが生まれる。



『ああ――――――そうか――――――果てなど――――――初めから――――――なかったんだなぁ――――――もう――――――悲劇は――――――いい――――――こんな人間も――――――居る――――――それだけで――――――救われる――――――』



 

 消えていく。

 数多の憎しみ、この世を呪う呪詛の怨念が消えていく。

 それぞれ、みんな折り合いをつけて去っていく。

 今までヴィネの魔剣とロアの鎧に振り回されてきた者達の怨念が消えていく。

 ガシャンッと音を立ててロアの鎧がひとりでに外れ、地に埋もれ、その姿を消していく。



「シュリンガー? もう、平気ですか?」



 カルシアが不安げな表情で尋ねてくる。



「あ、ああ。もう――大丈夫だ」


 拳を握ったり開いたりしながら自分の体の調子を確認する。

 問題なしだ。




「良かったぁ」



 そんな俺の答えに満足したのか。カルシアは満面の笑みを浮かべ、そのまま――――――目を閉じる。



「カルシア?」



 俺に抱き着いているカルシアの体を揺する。

 しかし、反応はない。

 かわりに、ヌチャリという音が響いた。




「これ……は……」



 カルシアの肉体は――濡れていた。

 それは鮮血の赤。毒々しいほどに赤い血によってその体は彩られていた。

 その鮮血の赤は今もなお彼女の体から失われ続けている。もっと華やかに彩るのをやめようとしない。無残に切り裂かれた腹部からとめどなく流れる。流れ続ける。


「あ、ああ……」



 それは……俺が……やった事だった。

 


「なんだよ……これ……なんなんだよ!!!」



 認めない!! こんな結末……絶対に認められない!!



「惚れた女を自分で傷つけて……。ふざけんなよ……こんな結末――認められるわけねえだろうが!!」


 認めない。

 認められる訳が無い。

 認められないからこそ……彼女が言ってくれた言葉をそのまま彼女に返そう。




「絶対に――助けてやるぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 決意を口にして、俺は彼女を救う戦いを始める。



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