第21話 想いは何処へ――



「なんですか――これ」



 魔王さんが倒されて……ダラムさんも倒されて……魔王さんが勇者様に操られ、それをシュリンガーが泣きながら粉みじんになるまで斬って――


 それだけでもいっぱいいっぱいなのに――なんなんですか、これは?


 私はまだ息のあったダラムさんの治療の手を止めないまま、目の前の惨劇を見つめていた。




「破壊、死滅、滅滅滅滅滅! 死! 悪! 死! 斬! 破破破破破破ァ! 滅――っ!!」

「ば、ばけ……ばけものぉぉ!! ヴァヴァヴァヴァレン!! なんとかしろぉ! 僕を守れぇ!!」

「いや――無理! 助け――マスタ……」

「この……役立たずのゴミがぁっ!! 盾にでもなんでもなって僕を守れぇ!!」

「そんな……マスタ」

「うああああ! 来るな来るな来るな来るなあああああああ!!!」

「マス――」



 ――ドゴォォォォォォォォォォンッ――



「なんて――衝撃っ」


 まばゆい閃光と共に鳴り響く地響き。

 私は治療中のダラムさんを支えつつ、高台へと避難する。




 地響きは鳴りやまない。

 勇者様やヴァレンの声ももう聞こえない。

 その場に満ちるのは破壊の音のみだ。



「破滅! 滅殺! 死憎悪全焼破棄末全焼鬼殺浄化抹殺ァァ――ッ」



 怨嗟の声を上げながらシュリンガーだったはずの何かは破壊を繰り返す。目の前にあるものを全て。例外なんて一つもなく破壊していく。



「うっ。ぐっ」



 そんな中、傷がある程度癒えたダラムさんが目を覚ました。


「あぁ? 一体……何が――ぐぅっ」


 目を覚ましたダラムさんはその身を起こそうとするが、痛みによってその行動は中途半端なものに終わる。


「ダラムさん、ジッとしていてください! まだ傷は癒えてないんですから!!」



 私はその身を起こそうとしたダラムさんを寝かせようとする。



「もう大丈夫だっつーんですよ。それに、今は寝ている場合じゃなさそうですからね」



 そうしてダラムさんは私の言葉を無視してその身を起こす。まだ動けるほどには回復していないのに……。

 


「あのクソ勇者と性悪魔導士はどこ行きやがった?」

「さきほどアレに吹き飛ばされていました。生きているかどうかも分からないです」


 吹き飛ばされた勇者様とヴァレンさんを想うと私の心は複雑な気持ちで満たされます。あれだけの事をしでかした勇者様とヴァレンさん。二人が生きていればまた私たちの前に障害となって現れるでしょう。それでも、私は二人に生きて欲しい。生きて、罪を贖って欲しい。そう……思っていたはずでした。


 でも、吹き飛ばされた彼らが生きていれば、きっと反省などせず今回のようにシュリンガーを深く……深く傷つけにやってくるでしょう。

 そう考えると彼らに生きていて欲しいという私の想いとは裏腹に、死んでいて欲しいと願ってしまっている醜い私も居るんです。


 我ながらなんて醜い……。例え相手が悪人だろうと人の死を望むなんて恥ずべき行為です。そんな事を自分がしていると思うと、自分の事が嫌いになりそう。



 それらの想いを私はぐっと呑み込み、私はダラムさんに彼が気を失っている間に起きた出来事を伝える。

 その上で、彼に聞く。



「一体――あの化け物はなんなんですか?」



 私は今も暴れている化け物を遠目にみながら、そう聞いた。それはおぞましく、まさに化け物というべき風体の黒い何かでした。

 漆黒の負のオーラを周囲にまき散らしながら暴れ狂う様は見ている者を恐怖させます。私の足もガクガク震えて、恐怖に身がすくんでしまっているんです。そう、これだけ離れていても全身の震えが止まらないんです。


 そんな私に――


「なぁ、嬢ちゃん。今、なんて言った?」

「え?」



 ダラムさんは険しい声を浴びせる。

 彼は強い眼差しで私の事をジッとみつめ、そしてもう一度問うてくる。



「なぁ、このクソニンゲン様よぉ!! てめぇは今……なんて言ったかって聞いてんだよ!!」

「え? ダラム……さん?」



 私を姉御と呼んで仲良くしてくれていたダラムさん。

 そんなダラムさんが私に対して激怒していた。姉御とも呼ばず、クソニンゲンと罵倒するんです。



「化け物? 化け物っつったか今よぉ!! 苦しんでる坊ちゃんを見て出た感想が化け物だぁ!? ふざけんな……ふざけんじゃねぇぞ!? 見てたんなら嬢ちゃんにも分かってんだろうが! あれが坊ちゃんなんだって事はよぉ!!」


「――っ」


 目を逸らしていた事実が目の前に突きつけられる。

 そう……だ。あれは……シュリンガーだ。

 どんなに真っ黒に染まってしまっていても……どんなに姿かたちが変わってしまっていても……あれはシュリンガーなんだ。

 私は彼がそうなる瞬間を見ていたし、ちゃんと聞いていた。


 見ていて……聞いていた……のに……。 


「あれは坊ちゃんがヴィネの魔剣とロアの鎧に犯されたがゆえの暴走だ!! おめぇさんも聞いてたよなぁ!? 聞いて、理解して、あれだけ言っておいて出た言葉が『化け物』だぁ!? ふざけるのも大概にしろよこの大ぼら吹きがぁぁ!! おめぇ、自分が魔王様になんて言ったか覚えてんのか!? アァ!?」



 私が――言った事――



「わた……しは……」

「おめぇは……坊ちゃんの心を守るって……訳のわからねえ剣やら鎧やらになんざ負けねえって……そう言ってただろうが!! ありゃ嘘だったのか!? アァ!?」

「――っ!」





『私たちは――必ず勝ちます。シュリンガーも己を失わない。いいえ、私がシュリンガーの心を守ります。訳の分からない鎧や剣なんかに負けてたまるもんですか!!』





 そうだ……私は確かにそう言ったし、決意も固かった。

 固かったはず……なのに……。




 あの時の決意は――あの時の想いは――どこへ行ってしまったのだろう?




「ハッ! 頼りになる姉御かと思ったがとんだアバズレだぜ! てめぇにゃもう心底ガッカリだ。ほれ、さっさと尻尾巻いて逃げなニンゲン。俺が……坊ちゃんを止めてみせ……ぐぅっ」



 私を押しのけてダラムさんは立ち上がろうとする。決して立ち上がれないはずの傷を負いながら立ち上がる。


 他でもない。シュリンガーの為に。シュリンガーの為だからこそ、ダラムさんは立ち上がれるんだ。


 私は……どうなの?

 シュリンガーの為に……私は……立ち上がれるの?



 私は――



「ダラムさん……まだ怪我は治ってないんだから寝てなきゃ駄目です」



 私はそう言ってダラムさんを寝かせようとする。



「ハッ! こんなんかすり傷だってんだよぉ! つばつけときゃ――」

「寝てなさいって言ってるでしょ!!!(ガスッ)」

「へぶ!?」



 私はダラムさん目掛けて頭突きをして、無理やりおとなしくさせる。




「痛っつぅぅぅぅ……。ほ、ほらぁぁ! 動くからそうなるんですよ!! 大人しく寝ててください!」


 ビシィっとダラムさんに指を突きつけてそう命令する。

 うぅ……痛いです。まさかダラムさんがこんなに石頭だったなんて……私の方が先に参ってしまいそうです。


「ぐぉ……お……てめぇ――」

「それから!!!」



 文句を言おうとするダラムさんの口に人差し指をあて、黙らせる。そして――言ってやります。



「それとですね……誰が大ぼら吹きですか!! 誰がアバズレですかぁぁ!? 私は嘘が大っ嫌いで、一人の殿方にいじらしく尽くす系女の子なんですよ!! それを今から証明してやりますから目ん玉ひん剥いてよく見てやがってください!!」

「なっ――――」


 


 言った……言ってやりました。

 今までシュリンガーと過ごした時間を思い返す。短いけれど、濃密だったあの一瞬一瞬を思い返す。


 最初は興味でした。


 いかつい顔立ちを想像していたのに、いざ素顔を見れば格好良くてドキドキしました。


 堅物で……自分でいろんなものを背負い込むその姿を見て胸が張り裂けそうでした。


 そんな彼の重荷を一緒に持てる事が何よりもうれしかった。少しでも頼られているんだと思うと、もっと力になりたいと思えたんです。


 



「――いよし!!」



 体の震えは止まっていた。


 まだ私の中に残っていた。残っていてくれた。


 あの時の決意。私の想い。



「ふふっ」




 いや、むしろあの時に抱いた想いよりも、今抱いている想いは――強い。

 想いが……私の胸の中でどんどん強くなっていく。

 その想いに導かれるように、私は一歩を踏み出す。



「絶対に――助けてやるんですからぁ!!!」




 そう宣言して、私は苦しむシュリンガーに向かって駆け出した。

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