第20話 危険信号



 マスターの役に立てた。

 私が力を使うたびにマスターが喜んでくれる。

 それとは逆に以前マスターを傷つけた暗黒騎士シュリンガーが苦悶の表情を浮かべる。カルシア・バーべバンズも自分が傷つけられたかのように苦い顔を見せてくれる。


 そうして暴力を振るい続ける私が思ったのは――




「ふふ……タノシイ♪……」



 ――なんて……楽しいんだろう。

 私の気にくわない人たちが苦しむ姿。それを見ているだけでとても……とても気分がいい。気にくわない相手に振るう暴力がこんなにいいものだとは思ってもみなかった。

 胸の中のもやもやが力を振るうたびに霧散していくようだ。快感ですらある。




「お前らに――人の心はないのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 暗黒騎士シュリンガーが憎悪に染まった表情で私とマスターを見つめている。私を――見つめている。

 



 もっと――もっと苦しんで! 悶えて! その悲鳴をもっと私に聞かせて! マスターを傷つけたお前にふさわしい罰を! 贖罪を! 贖いを! そしてもっと私を憎んで! 恨んで! 私を見て!! 私を……私だけを……ミテ!!! 


 マスター以外から初めて私に向けられる強い感情。それを受ける事で私は自分がここで生きていると強く実感できる。


「さすがさすが! 血が繋がっていないとはいえ育ててくれた親をよくもそこまで斬り刻めるもんだよなぁ!! 良心が痛まないのかこの人でなしぃぃ!! アッハハハハハハハハハハハハハ!! そらそらどうした? 盛大な拍手でお前のその所業を祝ってやってるんだからその場で死肉を抱きしめ惨めに泣いてみろよ! おっと、抱きしめるほどの死肉なんてもう残ってないか。アッハハハハハハハハハハ!!」


 私のすぐ隣でマスターが喜んでくれている。

 私の眼前で暗黒騎士シュリンガーがもがき、苦しんでいる。

 その様がとても滑稽で、とても痛快で――もっと悶えて欲しくて――

 


 ――パチパチパチ――



 マスターと同じように私は暗黒騎士シュリンガーに対して拍手を贈る。


 ほらほら頑張って? もっとあがいて? 何度も何度も挑んできて? あなたの無駄なあがきをもっと見ていたいの! 何度も何度も何度も挑んで、何度も何度も何度も無力に打ちのめされて? もっと――もっと――もっとっ!!



「ふふふふふふふふふ」



 思わず笑みがこぼれてしまう。マスターの事以外で私が感情をここまで動かされる事があるなんて思わなかった。これもまた一つの恋かな? 愛かな?


 もっと傷つけたいの! もっと苦しめたいの! だって、そうしたらあなたはきっとあなたはその心に更に強く私を焼き付けるでしょう? 私はここに生きている。その実感が欲しいの!! だから、ほら、さぁ、立って? 続けようよ!!!



 そんな私の想いとは裏腹に暗黒騎士シュリンガーがその動きを止めてしまう。



「まだこんなもんじゃ済ませないぞ糞魔人がぁ!! お前にはもっともっともっともっともっと苦しんでもらわないと割に合わないんだよぉぉぉぉぉ!! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」




 そうしてマスターの視線がカルシア・バーべバンズが抱えている魔人へと向けられる。



 (ああ、今度はあれを使うんだね?)



 私は少しの間迷う。


 (あれのついでにカルシア・バーべバンズも殺しちゃってもいいのかなぁ? 殺しちゃったらマスターは怒るかなぁ? 怒ったら私を傷つけてくれるかなぁ? 少し迷ってしまう)



 死者を操る手を止めないまま考え続ける。あの魔人を真っ先に殺して、その死肉を操ってシュリンガーへとぶつける。そうすればきっとあの人はもっともっと苦しんでくれる。


 マスターに命じられたからというだけじゃない。シュリンガーにもっと苦しんで欲しいからという明確な理由を持って私は自身の力を振るう。




 ――ゾクリ……と……悪寒が走る―― 




 (なに?)



 それは――危険信号――

 長らくさび付いていた私自身の第六感。いや、違う。この感覚は少し前にも味わったような気がする。


 逃げろ――逃げなきゃ――コワイのが――クル。


 それは……恐怖。


 果てのない恐怖という感情が私を包む。


「マスター……怖い……」

「なに?」





 いつの間にか私は死者を操る手を止めていた。そんなことよりも早くここから逃げたい。一刻も早く逃げたいという想いでいっぱいいっぱいだった。



「怖いって……何がだ?」

「えと……」



 何がと問われても答えられない。いや、そもそもそんな問答している時間すらも惜しいと思えてしまう。

 マスターには悪いけれど仕方ない。少し眠ってもらうことにしよう。マスターに眠ってもらって、死者の肉壁を盾に逃げる。


 判断は間違っていないはずだった。ただ――決断するのが遅かった。



「死――滅――壊」

「――っ!!」



 憎悪に満ちた唄が聞こえる。

 その歌声は未だに動きを止めている暗黒騎士シュリンガーのものだった。

 暗黒騎士シュリンガーは今も微動だにしない。ピクリとすら動かない。ただ――唄だけがこの空間を支配していた。

 誰もが圧倒され、動けない。この空間そのものが静寂に満たされているかのようだった。――憎悪の歌を除いて。





 それはまるで……嵐の前のような静けさだった――




 そう感じた次の瞬間――破壊の獣が牙を剥いた――



「破壊――死――滅殺――滅滅滅滅滅滅滅滅滅! 破破破破破破破ァ!」



 それは真っ黒な化け物だった。

 暗黒騎士シュリンガーであったソレは全身から黒いオーラを辺りにまき散らしながら笑っていた。



「禍禍禍禍禍禍禍禍禍禍禍ァァァァアァァァァァァ!!」



 その剣が地面へと叩きつけられる。

 すると、まるで地震でも起きたかのような衝撃が辺りを包む。

 大地はひび割れ、まるで泣き声を上げているかのようだ。



「な、なぁっ!?」



 マスターは驚きを露わにする。でも、驚いている暇はない。


 逃げないと! 逃げなきゃ!

 アレは――駄目だ。

 アレに捕まれば死ぬだけでは済まない。魂までも凌辱され、待つのは永遠の苦しみだけだ。

 


「破壊、死滅、滅滅滅滅滅! 死! 悪! 死! 斬! 破破破破破破ァ! 滅――っ!!」




 暗黒騎士シュリンガーだったもの――破壊の化け物は暴力の塊であるその剣を振り回しながらこちらへと向かってくる。



「来ないで」



 もう私から……奪わないで。



「イヤ、イヤァ」



 私を道具から……ゴミにしないで。




「破壊破壊破壊破壊破壊破壊ィィィィィィィ! 死ィ死死死死死死死ィィィィィィ! 悪ァ! 忌ィ忌忌忌忌忌忌忌忌忌ィィィィィィィィィ! 破ァァ――っ!!」




「イヤ……イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァ!!」




 私はこの時になってようやく自らの愚かさに気づかされた。



 私たちは――手を出してはならない物に手をだしてしまったのだと――



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