第18話 大きな背中


 それと同時に正面から雷撃が飛来する。



「――ふっ!!」



 その雷撃を俺は構えていたヴィネの魔剣で打ち払う。



「走れ!!」


 俺はそう言って雷撃の飛んできた方向へと駆ける。雷撃が飛来して来たこの方向に勇者はいるはず。そう遠くはないはずだ。



「さすが邪悪で醜悪な魔王の息子といったところか。僕のライトニングがこうもたやすく弾かれるなんてね。予想はしてたけどやっぱりショックだなぁ」



 そうして俺たちは噴水広場へと辿り着き――勇者はそんな俺たちを両手を広げて迎える。

 


「ようこそ。醜悪な魔人。そして魔人に操られてしまっている可哀そうなカルシア。あぁ、可哀そうに。魔人によってその心のありようさえも捻じ曲げられているんだね? 心配しなくても分かっているよ。本来の君はそんな魔人ごときと仲良く手を繋ぐようなアバズレじゃない。その魔人を倒しさえすれば君の呪縛はとけるはずさ。絶対に君を開放して見せる。だからもう少しだけ我慢してくれ」



 優しくそう言って、怪しげな笑みをカルシアへと向ける勇者。優し気に微笑んでいるつもりなのかもしれないが、その瞳孔の開いた瞳は狂気を帯びているようにしか見えない。



「……」



 その隣には件の黒魔術師、ヴァレンの姿があった。勇者の背中に隠れるようにしてこちらを――否。カルシアを睨んでいる。


「――斬る」



 無防備状態でこちらを見下す勇者。その口上に付き合う義理はない。

 力は今は要らない。ただ速く、速さだけを求めて剣を抜き、勇者へと迫る。

 しかし――


「おっと……ヴァレン」

「はい」


 勇者は指を鳴らし、黒魔術師の名を呼ぶ。と、同時にそれは出た。



「「「うばぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」

「ちぃっ」



 予想はしていたが多くの死者が横合い、さらには地中から妨害してくる。勇者までの道のりが近いようで……遠い。




「ちっ。邪魔だぁ!!」


 次々とその数を増やす死者を斬る、斬る、斬る。

 その斬れた体のまま歩みを止めない死者。他の死者と体を無理やり合わせて歩みを再開する死者。死の行軍は止まらない。



「アハ♪ アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 無様! 無様だなぁ魔人シュリンガー! お前の事は他の糞魔人どもに聞いたよぉ!! 人間でありながら魔人に与するゴミ、クズ、カス! 魔人に与する人間は魔人同然。いや、裏切っているお前は魔人以下の汚物さぁ!!」



 襲い来る死者を次々と切り伏せ、死肉を浴び続ける俺の姿がそんなに面白いのか。勇者は笑いころげている。



「坊ちゃん! ちぃっ、邪魔だぁ!!」

「シュリンガー!! うっ、きゃあ!!」



 背後から聞こえるダラムの声とカルシアの悲鳴。しかし、既に背後も死者で埋め尽くされていてカルシア達の姿は見えない。


「カルシア!? 無事か!?」

「「「うぼぉぉああああああああああ!!」」」


「クソッ!」



 死者の数が際限なく増え、その醜い雄たけびしか聞こえなくなる。

 そんな中、何かしらの術を使っているのか。勇者の声だけがはっきりと響き渡る。



「仲間である魔人から裏切られた気分はどうだった? 傷ついたか? 絶望したか? あぁ! 惨め、惨めだなあシュリンガー!! そうして最後は名前も知らない死者に四肢をズタズタに引き裂かれてさぁ……死ねぇ!! 死骸をさらせぇ!! このゴミがぁ! 仲間に裏切られたという絶望を胸に抱えたまま絶望しながら地獄へ行くんだよぉ!! それがお前にふさわしい末路だぁ!! ふき。あきゃかかかかかかかかかか」



「くっ――」



 やはり……無理だったのか?

 何も失わずにハッピーエンドを迎えたい。そんな理想は最初から破綻していたのか?

 手に握るヴィネの魔剣が怪しく輝く。まるでこう言われているようだ。


『その血肉を――魂を差し出せ』と。



 ヴィネの魔剣とロアの鎧。これらを開放すれば勇者までの道をこじ開ける事が出来るかもしれない。だが――そんな事をすれば俺だけでなくみんなが――。



「うびゃばああああああああああああああ!!」

「しまっ!?」



 集中を少しでも欠いた代償か。散乱している死者の体の内の一体に足首をガッシリと掴まれる。それにより体勢が――崩れ――る。



(倒れたら死者たちに蹂躙されるのは確実! 踏ん張れ! 踏ん張れ踏ん張れ踏ん張れ踏ん張れ踏ん張れ踏ん張れ踏ん張れ踏ん張れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)



「ぐぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 雄たけびを上げ、倒れないように下半身に力を入れる。

 ――だが、それでも崩れた体勢は戻らない。いや、それどころか隙だらけのこの身めがけて死者たちは今だと言わんばかりに突っ込んでくる。



「まだ――だぁ!!」



 自身に喝を入れ、この状況をどうにかしようと無様に四肢を動かそうと試みる。しかし、どうしてもうまくいかない。



「いいや、終わりだよシュリンガァァァァァァァァァァ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」



 その時だった。



「ああ、終わりだ――この外道がぁ!!」

「!? マスター!!」




 ――瞬間、轟音が響き渡り、同時に死者たちが雄たけびを上げるのをやめ、動きを止める。

 その隙を逃さず、俺はその身に手を伸ばしていた死者たちの体を切り捨て、体勢を整える。



「一体――」



 何がどうなったというのか。その答えは眼前に広がっていた。



「なぜ……ここに……」


 老いているとはいえ筋肉の鎧に包まれた強靭な肉体。

 見間違えるはずもない。そこには魔王様のお姿があった。

 その大きな背中は多くの魔人の未来を乗せるのにふさわしいものだ。



「……届かなんだ――か――」



 その背中が――鮮血に舞い崩れ落ちる。



「ま……おうさま?」



 俺はその瞬間を――ただ呆けて眺めることしかできなかった。

 

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