第17話 死者達の歓待
「こいつはひでぇ」
「くさいな……」
「酷い……」
クレタ村へと辿り着いた俺たちを迎えたのは鼻が曲がりそうな腐臭と凄惨な死体の山々だった。
死臭・死臭・死臭。死体が腐った時の臭い。それを何十倍にも凝縮したかのような異臭があたりを包んでいた。
そして、クレタ村にはその原因と思われる死体が数えきれないほど打ち捨てられていた。原型を留めている物からそうでないものまで。数えるのも馬鹿らしくなる量だ。
10や100ではあるまい。数千人分はありそうだ。
いくらクレタ村がそこそこ栄えた村であったとはいえ、この数は多すぎる。
「これは村の住人……だけではないな」
「もしかしなくてもそうだなぁ。クレタ村の規模が他の村よりいくらか大きいといってもここまでの魔人が住んでたわけじゃなかったはずでさぁ。おそらく敵の黒魔術師が操っていた死体がいくつか混じってるんじゃないですかい? いきなり襲ってくることも考えられるんで注意してくだせぇ」
「動く死体のようなはっきりとした気持ちの悪い気配は感じないのでいきなり襲われることは多分ないと思います。ただ――ちりちりとした何かは感じます。おそらく、見られています」
「分かるんですかい?」
「えぇ、死者の気配は生者の気配よりも濃く感じられるので間違いないと思います」
カルシアのいう事を信じるのならば、ここら辺にある死体は言ってしまえば見張りのような役割を果たしているという事か。
白魔術師であるカルシアが居なければ見られていることにすら気づけなかっただろうし、この死体達が動き出すかもしれないとビクビク怯えながら進むことになっていただろう。さっそく、カルシアの力が役に立ったという事か。
そうして俺たちはクレタ村へと入っていく。
町を覆う柵だけはボロボロではあるが健在で、村と外の境界線をその姿で現している。
ボロボロとなり、大きな穴がいくつも空いている柵。その穴の一つから潜り抜け――
「みなさん、来ます! 数は数十体ほど! 地中から嫌な感じが漂ってきます!」
「早速おいでなすったか!!」
「数十体だぁ……様子見のつもりか? 返り討ちにしてやらぁ!!」
村に入るなり襲ってくるとは……やはり勇者はこちらの動きを見ていたようだ。
「どんどん近づいてきます……」
未だに俺たちの目の前には何も出てきていない。だが、カルシアだけは死者の気配が近づいてくるのを感じているようだ。
「カルシア。カウントしてくれ。敵がどのタイミングで出てくるか」
「分かりました! 後7、6、5、4、3、2、1……今です!!」
「「「ブボハアアァ」」」
カルシアの合図と同時に地中が盛り上がり、そこから甲冑を付けた死者。何も身に着けていない死者。小柄な子供だと思われる死者。という感じでバラバラな死者たちが飛び出してきた。
「シッ」
「ラァッ」
既に装備していたヴィネの魔剣で彼らの足を切断。すぐに回復されるだろうが、まずは移動力を奪う。
同じようにダラムもその拳で死者数人の脚部破壊に成功していた。
ダラムが得意とするのは徒手空拳による攻撃。その拳は容易く人体を砕き、その蹴りは岩すらも砕く。脆くなった死者の脚部などこいつにとっては卵の殻を割るよりも簡単な作業だろう。
「行くぞ!! こんなのに構っている暇はない!」
「おう!」「ええ!」
作戦通り、俺たちは敵の第一陣の移動力を削ぐと同時に駆け出す。狙うは死者を操っている黒魔術師の首ただ一つ。どれだけ湧き出すか不明な死者など相手にするだけ無駄だ。
「カルシア! 生きている者の気配は掴んでいるか!?」
「もちろんです。抜かりはありません! ここからずっと真っすぐ言ったところに二人の生者の反応があります。それと……その周りから数えきれないくらいの死者の気配も……」
「問題ない!! 行くぞ!!」
ここをまっすぐ行くと確かクレタ村の噴水広場に出たはずだ。あそこなら四方に遮蔽物はないし、仮に不意の一撃が飛んできたとしても対処しやすい。そこに勇者と黒魔術師が居る可能性は高そうだ。
行く道にも何体かの死者が姿を現す。しかし、足を止めてなんていられない。軽く蹴散らしてなんとしてでも黒魔術師の元へ――
「「「うばぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
「何?」
「こりゃぁ……」
「何ですか? これ?」
行く手を阻むかと思われた死者たち。それらは俺たちに襲い掛かることなく、地面に手をついて頭を下げていた。
異様な光景に足を止めてしまう俺たち。
それはさながら大名行列のような様だった。死者たちは道を妨げるどころか、道を譲っている。それは勇者によるメッセージのようにも思えた。
来い――と。
「罠……か?」
わざわざ道を開けたという事で罠の可能性を考える。しかし、たとえ罠が待ち受けていようと俺たちに撤退という選択肢はない。
「しかし、罠なんて張る必要があるんですかねぇ?」
しかし、ダラムがそう呟く。
「どういうことだ?」
罠以外に道を開ける理由があるというのか?
「敵さんは死者をいくらでも作り出せるんでしょう? ただ勝つだけなら物量で押しまくればいい。下手な小細工なんてしても自らの首を絞めるだけなんじゃないですかねぇ?」
「……確かにそうか」
相手が多くの死者を操れる以上、挟撃、奇襲、その他もろもろの襲撃方法は思いのままだ。わざわざ俺たちをおびき寄せるために何かをする必要なんてない。それに、俺たちの勝利条件は勇者達を倒す事に絞られているのだ。罠を張りたいのならばその到達地点に張りつつ、かつ物量で押しまくればいいだけだ。
「なにをグズグズしてるんですか! 考えても仕方ないでしょう!?」
などと考えているとカルシアが我先にと一歩踏み出す。
「確かに……な。仕方ない。向こうが何を考えているのかは分からないが……行こう!」
「おう」「はい!」
そうして俺たちはかしづく死者たちを尻目に勇者たちが居ると思われる噴水広場へと歩を進めていった。
おぞ気の走る光景だ。腐臭漂う死者たちに見送られながら歩を進める。行く先は黄泉へとつながっているのではないかという不安さえよぎる。それが気のせい、心の迷い、そういったものであると分かっていてもだ。
「――っ」
肩を震わせるカルシア。喉をごくりと鳴らし、しかし表情は笑顔のまま、この恐怖の道を歩んでいる。強がっているのが丸分かりだ
そうして歩いているカルシアの拳は本人の無意識なのか。固く、固く握られていた。
だから――
「え?」
「――ッ」
そんなカルシアの握ったままの拳を、俺は上から優しく握る。
女の子らしく、やわらかな手だ。彼女が女性であるという事を強く意識してしまう。
そしてとうのカルシアはそんな俺の行動に驚いたのか、立ち止まる。
「あの……シュリ――」
「――行くぞ」
そんな彼女に今の顔を見られたくなくて、少し歩くスピードを上げて彼女の手を引っ張る。
それに対して彼女は――
「――はい!」
力強く答え、俺の手を軽く握り返してくれた。
それだけで胸の真ん中があったかくなる……ような気がした。
「はぁ。まったく。頼もしいと言うべきかのんきと言うべきか。まぁここはポジティブに頼もしいと思う事にしましょうかねぇ」
ダラムがそんな軽口を叩いたその時だった。
「いやぁ、まったく頼もしいことだね。頼もしすぎてさぁ……殺意しか湧かないよ」
突如、響く忌まわしき声。
俺はヴィネの魔剣へと手を伸ばす。
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