第15話 おせっかいな二人



「――勇者の元へ行きます。今すぐにでも」



 俺は即答した。



「……少し休んだ方がいいのではないか? 疲れているだろう?」

「いえ、前回の戦闘から一定時間経過していますし、疲労などは感じておりません。それに、城内には俺を嵌めて勇者に引き渡そうとする者も居るでしょう。そんな中で休むことなど出来ません。むしろ、精神的な疲弊を招きます」


 言った通り、この状態でも問題ないくらいには回復している。仮に疲労していたとしても、この城で休息の取れる場所などない。どちらにせよ城からは一刻も早く出たい。


「……すまんな」


 魔王様は力なく、頭を下げる。

 少しきつく言いすぎてしまったか。そう思った俺は少しフォローしておく。


「いえ、魔王様のせいではありません。それにみな、あの動く死者たちを見たのでしょう? 恐れて当然です。自分の身を守る事を第一に考えてしまうのも無理ないでしょう」

「……無理は……してないか?」

「無理など――」



 無理などしていない。そう言おうとする俺の手にするりと滑り込んでくる感触があった。


「シュリンガー」




 カルシアが俺の左手を握っていた。両手で。しっかりと。絶対に離さないように。



 ――なんだか触れられてもいない胸の内が温かくなった。

 今なら、なんでも出来そう。そんな気分だ。

 非合理的な想いを抱いたまま――俺は宣言する。



「無理などしていません。俺たちは――絶対に勝ちます」


 絶対に――勝つ。

 勝算は低い。味方もガタガタ、敵は強大。それなのに絶対に勝つとは……我ながら非論理的な事を言っているなと苦笑する。


 だが――その言葉と、想いに偽りはない。


「……」



 魔王様の目をまっすぐ見据える。

 魔王様もそんな俺をまっすぐ見つめる。


 そうすること数分が経ち、



「ふっ」



 魔王様が笑みを浮かべる。



「俺たち……か。なるほど。本当に良き出会いに恵まれたようだな。シュリンガー」



 とても穏やかな顔で、魔王様は心底安堵したかのように言う。



「あるいはお主たちのその姿こそが我ら魔人と人間の理想なのかもしれぬな。そうやって寄り添い、助け合う姿。正直、眩しいぞ。近き未来、お主たちの子供でも出来れば理想は一歩現実に近づくかもしれぬなぁ。そんな未来の為にも、絶対に生きて帰ってくるのだぞ?」

「「!!??」」



 は、はぁ!? こ、子供ぉ!? 魔王様はこんなときに一体何を口走っている!?


「はわ、ななななな、にゃにを言って……そんな……早すぎます!!! はわ!?」


 カルシアは顔を赤くして、あたふたとし始める。そして俺の手を離すと同時になぜかその場で転んだ。何もないというのにだ。

 ふぅ、まったく。


「魔王様。お戯れもそこまでにしてください。私たちはそのような関係ではありません」


 冷静に、ただ事実だけを伝える俺。

 しかし、


「――むーー」

 

 カルシアは立ち上がり、服の乱れを直しながらなぜか俺を睨んできた。何のつもりか不明だが、頬を膨らましてもいる。なんだ? どういうサインだ?


「ふむ、そうなのか?」


 カルシアから視線を魔王様へと向ける。


「はい」


 と、俺は自身とカルシアの関係をバッサリと否定する。

 すると魔王様は、


「では、我がカルシア嬢を貰っても文句は言わぬのだな?」


 などとふざけたことを言いだした。


「――ア゛ァ゛?」


 なぜか頭に血が上り、大恩ある魔王様を無礼にも威圧してしまう。


「おおぅ、すまぬ。冗談だ。冗談だから威圧するのはやめよシュリンガー。な?」

「はっ! 申し訳ありませんでした。少し喉の調子が悪いようです」



 自分でもなぜ魔王様を威圧してしまったのか分からない。とにかく、頭を冷やして冷静になるように自身を戒める。



「え? あ? うん。そう……だな? ……おいダラム。ちこう寄れ」

「へい」



 いきなり歯切れが悪くなる魔王様。

 そんな魔王様はダラムを近くに寄せて、ひそひそと話を始めた。




「なぁ。儂の息子。どうしちゃったの? 遅れてきた反抗期?」

「いや、今のは魔王様が悪いんじゃないですかねぇ。相思相愛で付き合う直前のカップルに茶々入れるなんて火傷しに行くようなもんですぜ?」

「いや、今の火傷しそうとかじゃなくて凍ってしまいそうだったぞ!? あんな冷たい視線……我、初めてで心底怖かったぞ!?」

「坊ちゃん……自覚はないと思いますが独占欲強いんですかねぇ。自分の女に手を出す奴は絶対に容赦しねぇ! ってやつじゃないですかい?」

「ダラム。お前から見て二人はどうだ?」

「間違いなくお互い意識はしてやすぜ。ただ、二人ともそっちの経験値は低そうですからねぇ。くっつくとしても大分先になるんじゃないですかねぇ」

「……思えばそういった教育はしてこなかったな」

「まぁ、必要ないと思ってましたからねぇ」

「ふっ。ならば仕方あるまい。息子の為だ。事が全て片付いたら儂が手を入れてやるとするか」

「なんでぇ魔王様。こんな状況だってのに結構余裕そうじゃねぇですか」

「くっくっく、馬鹿をいえ。余裕などあるものか。だが、終わった後に楽しい催しがあるのだと思えばがぜんやる気になるだろう?」

「まぁ、気持ちは分からんでもねぇですが……あんまり首ツッコむと勇者じゃなくて馬に蹴り殺されやすぜ?」

「そんな死に方が出来るなら本望ではないか。悔いなどあろうはずもない」

「くかか。まぁそれもそうか。その時は俺も一枚噛ませてくださいよ?」

「無論だ。お互い、楽しみにするとしようか」

「もちろんです」




 何を話しているのかまでは聞こえないが随分楽しそうだ。

 やがて、そんなひそひそ話が終わり、ダラムはにやにやしながら俺たちの元へと戻ってくる。なぜだろう。その顔を見ていたら無性にイライラしてくるんだが……。



「さて、無駄な時間を取らせたな。では、お前たちは勇者の元へ行くがいい。我も可能であれば後から信用できる者達を連れて手助けに行こう」

「いえ、魔王様にそのような事――」

「そうですよ! 魔王様はおじいちゃんさんなんですからゆっくりしていてください!!」

「ゴハァッ」

「プッ」



 魔王様を諫めようと声を上げる俺だったが、カルシアが魔王様にダメージ(精神的)を与えていた。そして噴き出すダラム。お前、無礼だぞ?




「おじい……ちゃん?」


 動揺を隠せない魔王様。

 すかさず俺は魔王様をフォローするべく動く。


「いえ、魔王様はまだお若く……」


 だというのに、


「え? ……あ、ごめんなさい。お年寄りが相手だからっておじいちゃん扱いするのは失礼ですよね? 本当にすみませんでした」

「ごはぁっ!?」

「魔王様ぁ!?」



 更に追い打ちをかけるカルシア。ワザとじゃないあたりが恐ろしい。

 そして、そんな中――



「くっくっくっくっくっく。あっははははははははははははは。ひー、ひーっひっひっひっひっひっひひひひひ。クハハハハハハハハハハハ!」


 ダラムは爆笑していた。


「――――――っ!」


 そんなダラムに気分を害したのか。魔王様は立ち上がり、玉座の後ろに回り込むと――どこに隠していたのか。身の丈ほどある太刀を取り出していた。


「おのれぇ! ダラム! 笑いすぎだぞ! そこになおれぇ!! 叩ききってくれる!!」

「やっべ! おい坊ちゃん、それにカルシアの姉御! 行くぞ!!」

「え? いや、でも――」

「早くしろい! このままじゃ勇者よりも先に俺っちが魔王様に殺されちまう!!」

「お前が全部悪いんだろ!?」



 などと言いつつも玉座の間から慌ただしく退室する俺とカルシアとダラムの三人。


 誰も居なくなった玉座の間。その中で魔王は、



「誰も……死なせぬぞ」



 そう――誓いを立てた。

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