第14話 1+1は――
「なら、とっとと現状の説明をしてください。さっきから駄目だとか無理だとかそんな話ばっかり。いい加減、うんざりなんですよ」
静寂が玉座の間を満たす中、カルシアは腕を組んで、真っすぐに魔王様を見つめながら――言う。
「私たちは――必ず勝ちます。シュリンガーも己を失わない。いいえ、私がシュリンガーの心を守ります。訳の分からない鎧や剣なんかに負けてたまるもんですか!!」
そして、不敵に笑いながら、言った。
「知ってますか魔王さん? 一+一が二になるとは限らないんですよ? 十にも、百にも、千にもなるんです。力を合わせるっていうのはそういう事だと私は思います」
計算もへったくれもない。ただの感情論。気休めにしかならない。
「ふっ」
だけど、少し胸が軽くなった。思わず笑いが漏れる。
「ふっ、くく」
「ぷっ」
俺と同じように、笑みを隠し切れないでいる魔王様とダラム。
そしてそれは――爆発した。
「く、くくくくくくくくく、あーっはっはっはっはっはっはっは」
「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。あーもー最高! さっすがカルシアの姉御だなぁホント。ひっひひひひひひひひひひひ」
先ほどまで陰鬱の雰囲気で包まれていた玉座の間に笑い声が響き渡る。
「な、なにがそんなにおかしいんですか? それにみなさん笑い方が邪悪で怖いんですけど!?」
「くっくっくっくっく。いやぁ、すまないカルシア嬢。そなたの意見、まことに面白いな。なるほどなるほど。確かに有史以前、人間は幾多の困難を群れる事で退けてきた。集団の力と言うのは私が思っているよりも優れているのかもしれん」
魔王様は笑みを携えたまま、カルシアの意見を肯定する。
「まぁ、良い。どのみちもう引くことなど出来んのだ。もう先に進むしかないのなら、前向きな方が良いだろう」
吹っ切れたような顔で、魔王様は笑う。
「さて、現状の把握のために来たのであったな。脱線してしまったが話すとしよう」
そうして――魔王様は語り始める。
「もう既に知っているだろうが、最初から話そう。先刻、勇者がこの魔王城に襲撃をかけてきた。まぁ、正確には勇者ではなく、黒魔術師とやらに使役された死体達だがな。奴らの悍ましい姿に我ら魔人の士気は落ちるばかり。そのとき、先ほども言ったのだがシュリンガー、お前を敵に渡すことで引いてもらうよう交渉しようという話が出た」
「そこまでは俺が坊ちゃんやカルシアの姉御に話してありやすぜ。そこから先は俺も知りやせん」
ダラムの言う通り。ここにくるまでの間、ダラムにそこら辺の事はきいている。
「まぁ、そんな交渉が成立する相手だとは思えませんが……」
あの勇者は現在狂っている。そんな交渉、飲むわけが――
「いや、交渉は成立した」
「……は?」
今、魔王様はなんと?
「使者を送り、シュリンガーを渡すから引き上げてくれと伝えるとすぐに返事が返ってきてな。それと同時に死者の軍団は土に帰ったのだよ。不思議に思わなかったか? なぜ、現在魔王城が襲われていないのか。つまりは、そういう事だ」
「なんと……」
魔王様は乾いた笑みを浮かべ、言う。
「おかげで、今や部下たちは勇者に歯向かおうという気概を持つ者は居なくなってしまった。勇者達への食事の配給なども我らがやらされるという始末。滑稽だったぞ。あれほど人間を敵視していた皆が人間に媚びへつらう姿はな」
「お戯れを……」
「悪い……だが――事実だ。おかげで今やお前を引き渡せば勇者は引いてくれると皆が信じて疑わない。今現在、実際に退いているという実績があるからな」
それほど黒魔術師の使役する術は魔人たちを精神的にも追い込んだということか……。
そんな事を考えていたら魔王様は三本の指を立てながら言った。
「勇者の出した条件は三つ。
一つ、三日以内にシュリンガー、お前を生きた状態で勇者の元まで送り届ける事。
二つ、その間、勇者の要求する物をなんであろうが我々が支給する事。
三つ、人間を……特にカルシアという女性を傷つけない事。可能であれば無傷の状態で引き渡すように。以上だ」
「え? 私?」
「カルシア嬢。どうやらお主は相当あの勇者に想われているようだな」
「は、はぁ」
なるほど。そんな条件が……。
三日。それだけの時間があるからこの城に俺が着いても魔人たちは行動を起こさなかったわけか。
魔人にとって、俺を無理やり捕らえ、敵に引き渡すのにもリスクがある。なんたって、反抗した俺に殺される可能性が高いのだから。それならば、俺が勝手に勇者の元へ向かう方が彼らにとってはリスクが少ないだろう。
これが一日だったり、俺を見つけ次第すぐになどだったら、おそらく魔人たちは俺がこの城に着くなり、俺を騙すか、真正面から捕らえるかして勇者に引き渡していただろう。俺は殆どの魔人から嫌われているし、俺を引き渡さなければ殺されるとなれば選択肢は一つしかないからな。
「以上がここで起こった出来事だ。さて、シュリンガーよ。どうする? 魔王である我でもあやつらを止める事はもはやかなわぬ。かといって、お前の味方をするわけにもいかぬ。我は、王なのだからな」
そんなの 決まっている。俺は――
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