第13話 詰み
魔王様の救援として魔王城へと迎え入れられた俺、カルシア、ダラムの三人。それを迎えたのは大量の死体の腐臭だった。
「戻ってきたが……これは……」
「ひどい臭い……」
あまりにもひどい匂いに顔をしかめるカルシア。かくいう俺も、気を抜けば吐いてしまいそうだ。
そんな俺たちを迎える一団の姿があった。
「やっと来やがったか……クズが」
「カスが……さっさと死んで少しは役に立てってんだ」
「おい、それよりも見ろよ。シュリンガーが連れてるあの女。あれ、人間じゃねぇか?」
「そんなの最初から気づいてるっての。あー、やだやだ。臭ぇ臭ぇ。死体どもの腐臭なんかよりよっぽど臭ぇぜ」
「はやくあのイカレ勇者のとこ行けっつーの。あーあ、それで共倒れしてくれりゃ万々歳なんだけどなー」
それは、ギラついた目で俺たちを――いや、俺を見る魔人たちの姿だった。
……相変わらず凄い嫌われようだな。まぁ、分かってはいたが。
「この――」
そんな魔人たちを睨めつけ、彼らへと一歩踏み出すカルシア。
だが――
「あー、いいからいいから。今は黙っとけー」
「むーーーーー!!」
今はそんな事をしている場合ではない。カルシアの口を押さえ、大人しくさせる。
「まずは現状の把握だな。魔王様は……まぁいつも通り玉座の間か」
そこらの魔人たちに現状を聞いてもいいかもしれないが、俺に得となる情報は隠される可能性が高い。となれば、やはり魔王様に直接聞いた方が早いだろう。
「あまり長くここに居るのもまずい。さっさと行くとしよう」
「了解でさぁ」
「むむぅぅぅ!!」
そうして俺たちは玉座の間へと向かう。
「……」
「……」
道中、多くの魔人たちとすれ違う。
全員俺を睨み、気にくわなそうにしている。中には舌打ちしてくるやつも居た。
全員言いたいことはこれだろう。
『さっさと勇者の所に行ってなんとかしてこい』
という所だろう。
俺がここに居るという事を勇者が知れば、勇者はここに乗り込んでくるだろう。
――死者たちを尖兵としてな。
勇者の従える死者の軍勢に怯える魔人たちにとって、それはなんとしてでも避けたい事態だろう。
だから、俺を見るなり気にくわなそうな顔をする。いつ破裂するか分からない爆弾を抱えているようなものだしな。
「まぁ、言われなくてもとっとと出ていくがな……」
ここにとどまり続ければ魔王様に迷惑をかけるから――という理由もあるが、それだけではない。
黒魔術師だけでも手がいっぱいな状況なのに、こんな所に居たら魔人たちの裏切りにも注意しなくてはいけなくなる。つまり、俺にとってもこの城にとどまるメリットなんて何もないのだ。
「失礼します」
「帰りやしたぜ」
「し、失礼しまーす」
玉座の間に入る俺、ダラム、カルシアの三人。
「ふぅ……来たのか、シュリンガー」
それを迎えるのは浮かない顔をした魔王様だった。
年をめされたとはいえ魔人の頂点に立つにふさわしい鍛え抜かれた四肢。歴戦の老兵ともいえるべきお姿だ。しかし――
「はっ、シュリンガー。ただいま帰還いたしました」
「お前にはもう帰ってきてほしくはなかったのだがな……ダラムやその娘とどこか人里離れた場所で暮らしてくれることを期待していた」
「魔王様を放って自分だけ助かる道を選ぶなど考えられません」
「ふっ、相変わらず頭が固いな。お前は」
乾いた笑みを浮かべる魔王様。その姿は、やつれきった老人のようだ。
(ここまで……魔王様……あなたは――)
かける言葉が見つからず、しかし何か言葉をかけなければとも思う。
しかし、気の利いたセリフも浮かばず、俺は報告を済ませることにした。
「ここには現状の把握の為、寄らせていただきました。それが済み次第私たちはかの黒魔術師の討伐へと向かう予定です」
「む? 黒魔術師? ……ああ、あの勇者の後ろでうずくまっていた者か」
「おそらくその通りかと。勇者よりも厄介であると私は確信しています」
「まさか……あの死した者を使役する下劣で醜悪な術は……」
「ええ。黒魔術師の力です」
どうやら魔王様は死者を操る力を持っているのは勇者の方だと思っていたみたいだ。魔王様の話を聞く限り、黒魔術師は小さくなって目立つ事を避けていたみたいだし、そう思うのも無理ないか。
「凶悪な術だった……。戦う者の意思を挫き、心を持たず襲ってくる異形の者達。おかげで部下たちは希望と言う名の一本の糸を迷わず掴むというありさまだ」
「と言うと?」
魔王様は顔をしかめ、
「どこぞの馬鹿が言ったのだよ。シュリンガー、お前を差し出せば勇者は引き上げてくれるのではないか? とね。あの勇者はお前をよほど恨んでいるようだな。狂ったかのようにお前の名と……『カルシア』という者の名を叫んでいた」
と、吐き捨てるように答えた。
「え? 私?」
突然出た名前にカルシアが反応を示す。
「そうか。お主がカルシアか」
初めて魔王様の視線が、カルシアに向けられる。
「は、はい。お初にお目にかかります魔王様」
カルシアは緊張しながらも、背筋をピンと伸ばして魔王様に答える。
「シュリンガーとはうまくやってくれているか? 本当にこやつは年齢に見合わず頭が固くてな。苦労しているのではないか?」
「い、いえいえ。とんでもないです。むしろ、私の方がシュリンガーには迷惑をかけていて……」
「聞いているかもしれないがシュリンガーは魔人の中で育った。その為か、友人と呼べる者が居ない。私や、そこのダラムは友人というよりは家族のようなものだしな」
「は、はぁ」
「つまり、そういう事だ」
「?」
魔王様が何を言いたいのか分からない様子のカルシア。
「ようは坊ちゃんにとっての友人は今の所カルシアの姉御だけだって事ですよ。だからこれからも坊ちゃんをよろしく頼みますってぇ話です。あってやすよね、魔王様?」
「うむ……まぁ……そういう事だ」
魔王様の言葉を代弁するダラム。その言葉を受けたカルシアは、
「い、いえ、こちらこそです!」
なぜか頬を赤くしながらそう答えていた。
対して、魔王様は浮かない顔を浮かべ、言う。
「だが、シュリンガーがここへ戻ってきた以上、そういう訳にもいかなくなってしまった」
「どういう意味でしょうか? 魔王様」
「お前は勇者……いや、黒魔術師だったか。ともかく、奴らには勝てないという事だよ」
そう、敗北を断言する魔王様。
「お言葉ですが魔王様。俺にロアの鎧とヴィネの魔剣があるのをお忘れですか? この鎧と魔剣の力、そして仲間の力をもってすれば奴らを倒すことも不可能ではないかと……」
「ほぅ……お前が仲間の力を当てにするとはな」
珍しいものを見たとばかりに目を丸くする魔王様。
確かに、以前までの俺ならば仲間などと言うセリフは口から出なかったかもしれない。
「お気に召さなかったでしょうか?」
「いいや、逆だ。どうやら良き出会いに恵まれたようだな」
「では――」
言葉を続けようとする俺を魔王様は片手で待ったをかける。
「残念ながら、それでもお前はあの者達には勝てないだろう。そもそも、お前の全力に他の者は付いてこれぬだろうしな」
「そんな――」
俺の全力と仲間の力。それらを駆使してもあの黒魔術師には敵わないと魔王様は言うのか……。
俺は何か手はないかと思考を巡らせる。そんな中、カルシアが一歩前に出る。
「た、確かに私はシュリンガーみたいに強くありませんけど……それでも、サポートの魔術ならたくさん使えます! それでも無理なんでしょうか?」
「あぁ、そうか。お主は白魔術師だったか。確かに、お主の力とシュリンガーの力を合わせれば万分の一ほどの可能性がないわけでもないか」
「「それなら!!」」
それでも、魔王様は首を振り、
「今言ったように、それは限りなく薄い可能性だ。それにな、シュリンガー。仮にだ。仮に、お前たちがあやつらを倒したとしてもだ。その時、お前はお前でなくなってしまっているだろう。どのみち、詰みなのだよ」
「それは……どういう……」
「使い手であるお前が一番よくわかっているのではないか? お前がロアの鎧とヴィネの魔剣の力を完全に開放した時、それはシュリンガー。お前という人間の精神が真っ黒に塗りつぶされるときだと」
「――ッ」
確かに、そのなるかもという予感はあった。今まで問題なく魔剣を使えていたのは、俺が力をセーブして使っていたからだ。全力を出して戦う相手が今まで居なかったというのもあるだろう。
そんな俺が、力をセーブしないままにヴィネの魔剣・ロアの鎧の力を開放したらどうなるか。
答えは簡単。今までの使用者と同じように俺の精神はヴィネの魔剣・ロアの鎧に犯され、消え失せるだろう。
という事は……どうしようもない……のか?
「そうなった場合、誰もお前を止められんよ。完全に覚醒したロアの鎧、並びにヴィネの魔剣に支配されたシュリンガーと言う肉の入れ物は全てを破壊しつくすまで止まらないだろう。最悪の事態と言うやつだな」
「ならば……力を押さえて勇者達に立ち向かえば――」
「それであの者たちに勝てると? 断言しよう。不可能だ。力を押さえて勝てるほど甘くない相手だというのは私よりもお前の方が良く知っているのではないかね?」
「ぐぅっ――」
魔王様の言う通りだ。敵は強大。そんな敵に力を押さえて立ち向かったところで返り討ちにされるのが関の山というもの。
「ゆえに、状況は詰んでいるのだよ。シュリンガー、お前がここにきてしまった以上、同胞たちは決してお前を逃がしはしないだろうしなぁ。だからこそ、お前にはここに来てほしくなかった」
「魔王様……」
悲壮感漂う雰囲気。敗戦が確定したこの状況。
静寂が漂う。誰も、何も喋らない。
その時――
「――お話はそれで終わりですか?」
絶望の中、その声は静かに、しかし力強く響いた。
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