第11話 一人じゃない
ダラムの伝えてくれた凶報。
魔王城が襲撃されており、俺に戻ってきて防衛戦に参加するようにとの報。
それに対して、俺がやるべきことは――一つだ。
「そうか。なら、行くしかないな」
魔王様の危機とあればはせ参じる以外の選択肢などない。そう思い、俺は腰をあげる。
だというのに――
「馬鹿言ってんじゃねぇ!!!」
「ぐぁっ!?」
ロアの鎧を装着する前に、ダラムの拳が頬へと突き刺さる。さすがは魔王様の側近。勇者なんかとは比べ物にならない程の威力とスピードの一撃だ。
「『行くしかないな』だぁ? ふざけた事抜かしてんじゃねぇぞおい!? 魔王様がそんな命令を本心で出すわけがねぇって事は坊ちゃんが一番よく分かってるだろうが!! 他の同族たちから反感を買わない為にそう命令するしかなかっただけだ! それが分からねぇとは言わせねぇぞ!!」
そんな事は分かっている。分かった上で俺は行くことを選ぶ。
「魔王様のピンチというのは本当の事なのだろう? なら、行くしかない」
「行けば確実に坊ちゃんは死ぬ。それでも行くか?」
「魔王様の為に戦って死ねるのなら本望だ」
「はっ! そんな気持ちのいい死に方が出来るとは思えませんがねぇ」
「なに?」
どういう事だ?
「勇者は狂ったように坊ちゃんの名前を叫んでてなぁ。それを聞いた同族のクソったれな誰かが言いやがったんだよ。坊ちゃんを引き渡して怒りを鎮めようってなぁ。馬鹿な奴らですよ。あんな狂った勇者を相手に交渉しようっていうんですからね。ただ、そんなか細い希望にもすがらなきゃなんねぇほど戦況は不利なんすよ。それに、あの死体どもを相手するのは精神的にキツくていけねぇ。あんなの相手にして死ぬなんて誇りもクソもあったもんじゃねぇですしね。そんなこんなで坊ちゃんを敵に差し出そうって事で魔人全体の意見はおおむね固まっちまいやした」
「ああ、そういう事か」
そう言えばあの勇者は俺を思いっきり恨んでいたしな。しかも、今はヴィネの魔剣のせいで精神的に不安定な状態。俺の名を叫びながら魔王城を攻めるくらいやりそうだ。
そして、俺は殆どの魔人からあまりよく思われていない。俺を売り渡そうという話になって反対する奴は居ないだろう。むしろ、邪魔ものも消えてラッキーと思う輩の方が多そうだ。
事情は分かった。
だが――それでも――
「それでも……俺は行く。魔王様の為にこの身を捧げる。それが魔王様に対する俺の忠誠だ」
それでも――俺は魔王様の為にこの身を尽くしたい。
「はぁ……坊ちゃんはやっぱりそう言うよなぁ……しかし、そうはさせやせんぜ?」
ダラムは腰の短剣二本をそれぞれの手に持ち、構える。同時に、ダラムの殺気がビシビシと伝わってくる。
「ダラム。俺の邪魔をするのか? そもそもなぜ止める? お前は俺を戦場に向かわせるために来たんじゃなかったのか?」
「えぇ。表向きはそうですねぇ」
「表向き?」
「えぇ。実際はむしろその逆っすよ。魔王様にお願いされたんでさぁ。坊ちゃんが戦場に行くのを止めろってねぇ」
「魔王様……」
あの人が言いそうな事だ。
「『息子を頼む』それが魔王様の最期の命令でさあ。なんで、殺しはしやせんが……この命にかけても坊ちゃんを行かせませんぜ?」
魔王様。
ああ、あなたらしい。実にあなたらしい。
だけど……だからこそ……。
「だからこそ……この命を賭ける価値がある!!」
「バッカ野郎が!!」
ペシーンッ///
乾いた音が洞窟内に満ちる。
頬が……熱い。
「いい加減にしてください!!!」
いつの間にか、俺のすぐ隣にはカルシアが立っていた。
「さっきから黙って聞いていれば……死ねるのなら本望? 命を賭ける? なんでそんなに勝手なんですか!? 男の人がよく言う誇りの為かなにかですか? そんなのクソの役にも立ちませんよバ――――――――――ッカ!! もう私が前に言った事を忘れたんですか!?」
「いや、しかし……」
「しかしもへっちゃくれもありません!!」
ビシッとカルシアは人差し指を突きつけ、言葉を続ける。
「男の人なんですから多少の無茶は必要でしょう。これは許します。大恩ある人のために何かをしたい。これも人として大事なことなのでいいでしょう。なので、私はシュリンガーが戦場に行くのを止めている訳ではないんですよ。でもね、シュリンガー……あなたは自分の命を最初っから捨てにいこうとしている。その事だけが私は許せないんですよ!! 頑張って頑張って頑張って……頑張った果てに命尽きるのならそれは仕方のない事です。でも、最初っから死ぬつもりで事に臨むのはバカのすることです。それは、自分にとっても、自分を大事に想ってくれている人にとっても失礼で、愚かな行為です。そうは思いませんか!?」
「っ!! ならどうしろって言うんだ!? ダラムが言うには敵は千の死体の軍勢だぞ! 斬っても動き続け、潰しても動き続ける死人の軍勢だ! その脅威は俺もお前も味わったばかりだろうが!! あれを前にして命を投げ出すな? 魔王様以外が敵と言うこの状況でか? 何も考えていないくせにきれいごとばかり言うな!!」
俺だって好きで死にに行くわけじゃない。それに、ただで死ぬつもりもない。ヴィネの魔剣とロアの鎧の能力を限界まで使用すれば勇者とあの黒魔術師を倒せるかもしれない。もっとも、この剣と鎧は持ち主の精神を犯す。その力を開放すれば開放するほど、汚染は激しいものとなる。そんなものの力を限界まで使用して俺が俺で居られる保証はどこにもない。
だが、他に方法はない。なぁに、今まで使いこなしてきたんだ。勇者と黒魔術師を殺った後、なけなしの理性で自害くらいは出来るだろう。いや、してみせる。まぁ、それさえ不可能ならば魔王様に迷惑をかけることになってしまうが……どうせ精神を武器に喰われれば命は長くもたない。魔王様の命を奪ってしまうような事態には至らないだろう。
「俺だって色々考えたんだ!! 魔王様をお救いし、俺も無事に帰る。そんな事が出来るのならそうしたいさ! だが、無理なんだ! 俺の力ではそんな事、到底不可能だ。それともカルシア。お前にはこの状況を覆す策があるっていうのか? 誰も死なず、誰も悲しまず、みんなが笑顔で明日を迎えられる。そんな未来を手繰り寄せる策がお前にはあるっていうのか!? あるなら言ってみろぉ! ないなら引っ込んでいてくれ!!」
そんな策があるなら俺だって命を捨てようだなんて思わない。だが、実際問題そんなもの、あるわけがない。だからこそせめて最後にこの命を魔王様の為に捧げる。それの何が悪い!?
「はぁ……本当に……しょうがない人ですね」
「なにを!?」
次の瞬間、カルシアに抱きしめられる。
頭が真っ白になる。
心臓の鼓動が早くなる。どくどく、どくどく、早鐘を打っている。
「私が居る。ダラムさんが居る」
甘い香り――良い匂いがする。これが……人間の匂い。
いや、違う。これが……カルシアの匂い。
そう意識するとどきどきが早くなる。
「なのにシュリンガーはなんで自分だけがなんとかしてしまおうとするんですか? シュリンガーが凄いのは認めます。でもね、シュリンガー。一人じゃ限界がありますよ。一人で持てない荷物でも二人なら持てるかもしれません。二人で無理なら三人で。三人で無理なら四人で。そうして力を合わせれば一人じゃできない事でもきっと出来るようになります」
温かい。この温かさに包まれているとなんだか安心する。
安らぐ……なぜだかこうしているだけで癒される。
「だからシュリンガー。もっと誰かに頼ってください。甘えてください。よりかかってください。一人で色々抱えこんでいたらパンクしちゃいますよ」
このぬくもりをもっと感じていたくて……だけどこのどきどきをカルシアに気づかれる
のが怖くて……カルシアの言葉を聞くだけで頭がぼぅっとしてきて……
「――ああ、そうだな」
自然と、俺はそう答えていた。
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