第10話 凶報


「時間を無駄にしてしまった……」

「ま、まぁいいじゃないですかシュリンガー。幸い周囲には生者の気配も死者の気配もありませんし。気分転換も大事ですよ。うん」

「……はぁ。まぁそうだな。それで納得しておくか」



 カルシアのいう事ももっともだ。それに、今は後悔するよりも先にこれからの事を考えるほうがいい。



「さて、カルシア。早速だがあの黒魔術師について知ってることを全部吐け。あいつをなんとかしない事にはどうにもならないからな」



 現状、あの黒魔術師――ヴァレン一人に負けている状態だ。

 あの死体の軍勢。あの数で攻められればどんな者でも……いや、どんな砦でも耐えきる事は出来ないだろう。あの軍勢は死を恐れない。死んでいるから当たり前だ。

 死を恐れない兵の軍勢。それは単純だが恐ろしいまでに強力だ。俺が知るどんな魔人でもあれと真正面から戦えば勝ち目なんてないだろう。

 ゆえに、対策を立てなければならない。



「その事なんですけどね……実は私もあの子の事はよく知らないんですよ。私が勇者様とお会いした時には既にあの子は勇者様の傍にべったりでした。私が話しかけてもそっけない感じでしたし。勇者様が言うには……その……過去、色々とひどい目に遭った子だとしか聞かされていません」

「ひどい目?」

「ええ……その……魔物を引き連れた魔人たちに故郷を焼かれ、親も友人もなくした子供だと……。あの子本人はその黒魔術の力でなんとか生き延びたのだと聞きました」

「本当の事かどうか怪しいところだな」



 魔物を誘導して人間の村を襲わせることは出来るのかもしれないが、魔人がそんなまどろっこしい真似をするだろうか?

 そもそも、理由が分からない。まぁあの勇者が言ってた事だというし、おそらくデタラメだろう。気にしないほうが良いな。



「それ以外にはないのか?」

「それ以外にですか? うーん、さっきも言ったように勇者様にべったりであまり接する機会もなかったんですよね……。あ、でも」

「でも?」

「勇者様と私でお話してる時なんですけど……あの子に凄い怖い顔で睨まれた事があったんです。その時は勇者様があの子を叱って終わりになりましたけど」 

「ほぅ」



 あの黒魔術師にとって勇者はよほど大きな存在らしい。

 だが一つ、解せない。



「なぜあの黒魔術師は勇者に従っているんだ? 力だけなら黒魔術師の方が上だろうに」 

「分かりません。そもそも、私はあの子があそこまで禍々し……強大な力を持っていることも知りませんでしたし……それに従っているというより……その……」

「なんだ?」

「……勇者様とあの子の関係は近くで見ていると奴隷とその主人みたいな感じなんです。それなのに、あの子自身はそんな関係でも不満はなさそうで……むしろ、満足そうで気味が悪いと思ったのを覚えています」

「奴隷とその主人ねぇ」



 そう言えば確かにあの黒魔術師。勇者の事を『マスター』とか呼んでいたな。

 勇者の仲間というよりは勇者の配下。もしくはカルシアが言うように勇者の奴隷という感じだな。



「ん?」

「どうしました?」

「いや、ちょっとな……」



 待てよ? 勇者をマスターと呼び付き従っている?

 少しあの黒魔術師――ヴァレンのこれまでの行動を整理してみよう。



 俺が勇者を殺そうとする。

 →激怒して襲い掛かってくる。

 勇者が瀕死の状態にもかかわらず動こうとする。

 →必死に止める。

 勇者とカルシアが二人で話している最中。

 →凄い顔で睨む。なんだったらついさっき、死体たちにカルシアを襲わせた。




 ふむ、なるほど。分かりやすい



「お前……よく生きていられたな……」

「え? なんですかシュリンガー? や、やめてくださいよ……なんですかその目は!?」 

「これは……いや、いい。なんでもない」

「凄く気になるんですけど!?」

「まぁそれは置いといてだな」

「さらっと流されました!?」

「寝るか」

「寝るんですか!?」

「zzz」

「早っ!? 絶対狸寝入りじゃないですか!? ちょっ。シュリンガー! まだ話は終わってないですよ、シュリンガー!!!」



 なにはともあれ、俺たちは疲労回復の為に睡眠をとることにした。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



「坊ちゃん……坊ちゃん……」



 んぅ?



「起きてくだせぇ、坊ちゃん」



 もう……ちょっと……。



「まだ眠い……後……三時間……」

「何バカな事言ってんですか!? いいから起きてくだせぇ!! 緊急事態です」

「んぅ? 緊急事態?」


 目を覚ますとそこにはTHE・おっさんともいうべき男が佇んでいた。

 無精ひげを生やし、饅頭のように膨れた面でこちらを見つめる男。俺の世話役であり、魔王様の側近でもあるダラムだ。

 

 相も変わらずうるさいダラム。仕方ないので起きることにする。

 すると、そこは洞窟の中だった。



「な!? ここはどこだ!? おいダラム!? 何が起きている?」

「ここですかい? ここはデヒュールヒーズ城の北西に位置する洞窟ですが……」

「デヒュールヒーズ城? あ」



 ……そうだ。俺は黒魔術師から逃げてカルシアと一緒にここに隠れて……そのまま寝てしまったのか。


「そうだ! カルシアは!?」



 辺りを見回してみる。洞窟の中は月明りに照らされ、真っ暗という訳ではなかった。なので、難なくカルシアを見つける事が出来たのだが……。



「むーーーーー! むむーーーーーー! むぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」



 なぜか猿轡(さるぐつわ)は噛まされ、手足を拘束されているカルシアの姿があった。



「……何やってるんだ? お前?」

「むむーーーーー! む! むぐーーーー!」


 すまん。何を言っているのかまるで分からない。



「しっかし坊ちゃんともあろう方が不用心ですねぇ。この人間の女、息を殺して坊ちゃんの傍でなんかごそごそしてたんすよ。俺はピーンと来やしたね。こいつは坊ちゃんの命を狙う誰かしらの刺客に違いねぇ、とね。あっしが居なけりゃ危なかったんじゃねぇですかい?」

「OK大体わかった」



 どうやらこの惨状はカルシアを刺客だと勘違いしたダラムの手によるものだったらしい。



「ダラム。この女を離してやれ。一応俺とこいつは協力関係にあるんだ。一応」

「へ? いいんですかい?」

「構わない」

「ですが坊ちゃん。この女に騙されていやせんか? そりゃまぁ坊ちゃんは激つよですけど友達いねぇし……同族相手にしちまったらコロっと騙されそうっていうか……」

「余計なお世話だ! ……まぁ心配いらないさ。こいつ、かなりのアホだしな。騙す頭なんてないよ」

「むがーーーーーーー! むむ! むうううう!!」


 気に障ったのか。カルシアの抵抗が激しくなる。だが、彼女を拘束する縄はビクともしていなかった。


「いやー坊ちゃん。ニンゲンを甘く見ちゃいけませんぜ? こんなアホそうなツラァ晒しながら裏ではとんでもねぇ事考えてる。それがニンゲンなんでさぁ」

「いや、こいつはアホそうな顔してるんだが……そんな見た目以上に残念な頭をしているんだ……」


 これ以上ないくらい深刻な顔をして呟く。


「そうなんですかい?」

「ああ、頭がお花畑という言葉はまさにこいつの為にあるんだと納得させられるくらいの稀有なバカだ」

「はぁ……まぁ坊ちゃんがそこまで言うならそういう事にしときますが……」

「そういう訳でそいつなら問題ない。縄を解いてやってくれ」

「うぃっす!」



 ダラムがカルシアの猿轡(さるぐつわ)を外す。



「ぷはぁ!! さっきから二人で何を好き勝手言ってくれちゃってるんですか!? 覚悟しておいてくださいよ!! この縄を解けたが最後。神の加護を受けた私の超強力なビンタで昇天させてやるんですからね!? わかってるんですか!?」

「「……」」

「な、なにを黙ってるんですか? それとそこの……ダラムさんでしたっけ? 手が止まってますよ!! 早く縄を解いてくださいよ!! 乙女をこんな目に遭わせてあなたは男として恥ずかしくないんですか!? さぁ早く解いてください!! 私が自由になったが最後、あなたにも神の祝福されたビンタを喰らわせてやりますからね!!」

「坊ちゃん……」

「ああ、言うな。分かってる」



 そんな事を言われて拘束を解くバカがどこに居るんだ……。頭が痛くなってきた。

 さて。



「ダラム。お前がここに来た用件。聞かせてもらおうか」

「それは……」


 言い淀むダラム。


「ちょっとぉ!! 無視しないでください! 祝福されたビンタじゃなくて祝福されたパンチを喰らわせちゃいますよ!?」

「おぉ、そいつは怖ぇ!? は、はははは」


 俺の問いに応えず、乾いた笑いでカルシアをからかうダラム。

 明らかに話をそらそうとしている。


「ダラム」



 俺がそう呼ぶと、ダラムは「はぁ」とため息と共に肩を下ろす。



「言わなきゃ……ダメですかい?」

「その為にここに来たんだろう? 何があった?」




 ダラムは俺の世話役であると共に、魔王様の数少ない側近の一人だ。遊びでこんな所まで来るとは思えない。

 空気が重くなったのを感じてか、カルシアも静かになる。

 少しの間の静寂。痺れを切らしたのか、ダラムは――



「……報告しやす。魔王城に勇者接近。勇者は怪しげな魔術で死者を使役していやす。その数……約一千人。敵は数を減らさないのに対し、こちらは被害多数。このままでは敗北は確実。なんでただちに帰還し、敵を殲滅するように。以上っす」



 吐き捨てるように、凶報を知らせた。


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