第9話 素顔



「うぅ……まだ耳がキンキンします……」

「自業自得だ」



 俺は[ロアの鎧]を外しながらそう言い捨てる。まったく……なぜそんな重要な事を言わないのか理解に苦しむ。カルシアが敵の気配を察知できるのならば、俺が辺りを警戒する意味はない。

 周辺の警戒と言えば簡単に聞こえるかもしれないが、それが長時間ともなればさすがに精神的に疲れてしまう。それを無駄にさせられていたのだ。怒って当然だと言えるだろう。むしろ笑って許すような奴はきっと神様とか天使とかいう存在くらいだろう。居るのか知らないけど。



「ふぅ、まぁいい。よっと」



 俺は[ロアの鎧]を外し、ちょうどいい大きさの岩に腰を下ろす。

 


「さて、あの黒魔術師……確かヴァレンだったか? あいつについて何か知ってることを教えろ、カルシア」


 このカルシアはこう見えてもつい先日まであの勇者パーティーのメンバーの一員だった女だ。少なくとも俺よりはヴァレンについて何か知っているだろう。



 ――と、思って聞いてみたのだが、



「(ぽーーーーー)」




 なぜかこちらを見たまま固まっている。



「おい、どうした?」



 声をかけるが反応はない。



「おい、どうした? まさかさっそく何かを感知したのか?」

「(ぽーーーーーー)」



 やはり反応がない。どこか体調でも悪いのだろうか?



「おーい、大丈夫か~?」



 俺は立ち上がり、カルシアの額に手を当て――



「ぴゃわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ぬぉっ!?」



 瞬間、カルシアが悲鳴を上げた。




「ななななんなんですかいきなり乙女の柔肌に触れてくるなんて一体何を考えてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 顔を真っ赤にしながら怒り出すカルシア。



「お前が話しかけても反応しないからだろうが!! あー、耳がキンキンする。仕返しのつもりか?」



 いきなりカルシアが大声を出すものだからまだ耳が痛い。



「え? ……あ……す、すみませんでした」



 シュンと肩を落とし、謝罪するカルシア。どうやら悪意あっての行動ではないみたいだが……。


「はぁ。……まぁいい。それで? どうしたんだ一体? 急にぼーっとしだしたから心配したぞ。今までの疲労が一気にきたか?」



 今まで苦楽を共にした仲間から攻撃され、まだ会って間もない俺との逃避行……考えてみれば精神的にも肉体的にも疲労しているのが当然か。

 こいつがあまりにも元気な様子を見せるからそんな事にも気づかなかった。



「へ? いえ、そんな事はありませんよ? まだまだ元気ですよーーー!」



 腕をぐるぐる回して元気な姿を見せるカルシア。だが、この行動は俺に心配をさせないための強がりではないだろうか? カルシアの事だから十分考えられる。



「いや、無理をするな。お前には索敵という重大な役目を任せたいしな。……いや、もし疲れているようならしばらく眠るか? お前の事は俺が責任をもって守るから安心して休んでくれていいぞ?」



「えと……それって……あの……」


 顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせているカルシア。これは!?

 


「くぅっ!! 遅かったかっ!?」

「へ?」



 なんてことだ! カルシアはやはり無理をしていたんだ。

 顔が真っ赤になっているという事は何かしらの病気にかかってしまったのだと考えられる。だが、ここまで急速に赤みを帯びる病気なんて俺はきいたことがない。おそらく俺が知らない病気なのだろう。

 しかも口をぱくぱくさせているこの様子――まるで陸に打ち上げられた魚のようではないか。という事は、呼吸が出来ないほどに苦しんでいるという事なのか!? 

 これは……一刻の猶予もないのかもしれない!!



「間に合え!」

「え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」



 カルシアの薄い胸に耳を当て、その鼓動を確かめる。……早い。一体どういう病気なのかは分からないが通常では考えられないくらいに心臓の鼓動が早く、そして大きい。



「息は!?」

「っ――――――」


 

 カルシアの口元に手を当て、息をしているか確認をする。

 ――――――息をしていない!?



「くそっ!? 見よう見まねだが……やるしかない!!」

「え? ちょっ。まっ――」



 知識でしか知らない人工呼吸。確か他人の口に息を吹き込み、息を吹き返らせるのが人工呼吸だったはずだ。

 俺は未だに口をパクパクとさせているカルシアの唇へ自分の唇を近づけていき――



「イヤアアアァァァァァァァァァァッ!!」

「ごふぅっ!!」



 まさに唇と唇が重なろうというその刹那――俺は下半身に走る形容しがたい痛みに襲われ、その場にうずくまる。



「何をやってるんですかシュリンガー!? 物事には順序っていうものがあるでしょう!? そりゃあ強引なのも嫌いではないですけど……ってそうじゃなくて!! 前置きも何もなくこんな所で乙女の唇を奪おうとか本当に何を考えてるんですか!? だいたいあなたはですねぇ――」



 ず、ずいぶん元気じゃないか……。

 カルシアの説教? を聞きながら、俺は痛みが引くのを待つ。



「もちろん私もシュリンガーが相手ならやぶさかではないですけど………………。あれ? やぶさかではない? いやいや、待って? 待つんですカルシア・バーべバンズ。顔に騙されちゃダメです。中身を見るんです。こんな乙女心も分からない男性なんてこちらから願い下げです。あり得ませんあり得ませんあり得ません。そもそも私たちはまだ会ったばかりじゃないですか。だから静まるんです私の心臓。まずはお友達から……って違う! だからそうじゃなくて――あぁもぅ……」



 説教するかと思えばぶつぶつと何かを呟くカルシア。一体さっきからどうしたというのか。元気そうだし病気とかの心配はなさそうだが別の意味で心配になってきた。



「……はぁ。……カルシア!!」

「ぴゃい!?」


 なんかすごい音が聞こえたな。ぴゃい……。

 ぴゃいってなんだぴゃいって……まぁいい。



「何を慌てているのかは分からないがとにかく落ち着け。どんな時でも冷静に対処せよ。俺が魔王様から教わった事の一つだ。平静を保っていない状態では実力の半分も出せないからな。どうしても平静さを保てないようなら一旦休め。足手まといを連れて黒魔術師たちを相手するのは避けたいからな。――分かるな?」

「は、はい。あ、あの……それなら一つお願いしてもいいですか?」



 やはり何か平静さを保てない理由があったらしい。

 俺に出来ることならなんとかしたいところだが……。



「なんだ?」



 カルシアの目をまっすぐ見て応える。それに対してカルシアはなぜか俺から目を逸らし、



「えと……そうやって真っすぐこちらを見つめないで頂けると助かります……」

「? ……――ッ。あ、ああ。そうか……そうだな。わかった」


 俺とは目を合わせたくない……ということか……。

 随分と嫌われたもんだな……。


 いや、むしろそれが当然なのかもしれない。成り行き上、今はカルシアと行動を共にしてはいるが元々俺たちは敵同士だったのだ。俺は魔王様に仕える忠実なしもべ。対してあちらはニンゲン達の為に立ち上がった勇者の仲間だ。元から仲良くなんてできるわけなかったという事か。



 なんなんだろう? この気持ちは。

 胸が……ちくちくする。



「いえその違いますよ!? シュリンガーが思っているようなのとは違って……風習! そう、風習なんです! 私の生まれ育った故郷では目と目を合わせてはいけないという風習があるんですよ! だからそんなにまっすぐ見つめられるとちょっと落ち着かないかなぁって。ただそれだけなんです! だから別に深い意味は無いんですよぉ!!」

「いやそれどんな風習!?」



 少し落ち込んでいた俺を気遣おうとしているのは伝わってきたがそんな嘘では騙されたくても騙されないぞ!? いや、まぁカルシアらしいっちゃらしいが。



「くくっ」

「シュリンガー?」



 ああ、実にカルシアらしい。

 少しずれているところも、底抜けに優しいところも、実にカルシアらしい。

 そう思ったらなんだか笑えてきた。



「くくくくくく、はーーーっはっはっはっはっは」

「なんでそんな悪い人っぽい笑い方をしてるんですか!? ちょっと怖いんですけど!?」

「くっくっくっくっく。悪い人とは失礼な。偉大なる魔王様もこのように笑うんだぞ? ククク」

「いやそれ思いっきり悪者じゃないですか!? 事実はどうあれ世間では魔王って悪者の親玉ってやつですよ!? っていうか何がそんなにおかしいんですかシュリンガー!!」

「いや、わるい。しかしな……ハーハッハッハッハッハッハッハ」

「だから何がそんなにおかしいんですかもーーーー!!」



 カルシアとそんな中身のないやり取りを続ける。

 ただそれだけの時間がなぜだろうな――これ以上ないくらいに楽しく感じたんだ。


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