第7話 鼓動
「くそ! なんで俺は……クソ! ちくしょう!!」
「落ち着いてくださいシュリンガー。……しかし、まさかヴァレンがあんなおぞましい魔術を使うなんて……。死した人々を更に酷使するなんてあんまりです」
俺は白魔術師を連れ、雨風をしのげる洞窟の中へと非難していた。
ニンゲンの街や魔王様の居城へと避難することも考えたが、どちらも巻き込みたくはない。あの勇者と黒魔術師の狙いは俺か白魔術師だ。狙われている俺たちが人の居る所へ逃げ込んだらその人たちに迷惑をかけかねない。あの死人の大軍が街中に現れ、暴れまわるなど想像したくもない。
あんなおぞましい魔術。ニンゲンの街では使わないかもしれない。いや、普通に考えれば使わないだろう。しかし、残念ながらそうは言いきれない。勇者も魔剣のせいで少なくともしばらくは精神が不安定な状態になっているだろうし、あの黒魔術師は存在そのものが危うい。何をしでかしても不思議でないと思わせる何かがある。そんな奴らを相手にばくちは打てない。
こうして逃げているだけでは事態は好転しない。いや、むしろ時間の経過とともに悪くなっている。
あちらは無数の死人の軍。操れる範囲などは分からないが、あの大量の死人が周囲の探索をすればこの洞窟もすぐに見つかってしまうだろう。
そして、それ以上に恐れている仮説が一つ。
あの死人たちは俺たちの目の前でその数を無制限に増やしていた。増やし続けていた。
俺たちが撤退するその時もまだまだ地中から湧いてきていた。俺があの死人たちを見たのはそれが最後だが――今はどうなんだろうか?
今もまだ増え続けているのか?
もしそうだとしたらもう手に負えない。使役している黒魔術師を倒せばどうにかなるのかもしれないが、そこに辿り着くまでに一体どれだけの死人を相手すればいいのか見当もつかない。
いかに俺の魔剣や鎧が優れているとはいっても相手の数が多すぎる。捕まって、生き埋めにされでもすれば終わりだ。俺の鎧がどんな攻撃をも弾くといっても捕まってしまえばどうしようもない。
「だからこそ!! あそこで!! なんで俺は!!」
だからこそ、俺は黒魔術師を殺すべきだった。そう動くべきだった。
白魔術師に止められた後のあの状態でも、黒魔術師を殺せる可能性は十分にあった。黒魔術師と俺の間に出現した死人たちの数程度ならば強引に道をつくることも出来たはず。
なのに、俺は気づいたら白魔術師を襲おうとする死人たちを切り伏せ、白魔術師の手を取って逃げていた。千載一遇の好機をみすみすと逃したのだ。
なんで自分がそんな事をしてしまったのか。それは自分でも良く分からない。それなのに、不思議と後悔していない。
――だからこそ、自分に腹が立つ。
「あいつらは絶対に魔王様の障害となるはずだ! 何を置いても! 俺の命を投げ捨ててでも排除するべき敵なんだ! だっていうのに……なんで俺は……」
「シュリンガー……」
なんで俺は……こうしている間もあいつらは死人の軍を増やしているかもしれない。それが魔王様の元に攻め入ればいくら魔王様といえども――
「歯を食いしばりなさい!!!!!」
「っとぉ!?」
いきなり頭に衝撃を受ける。いかにロアの鎧といえども衝撃までは消せない。
「いきなり何を!?」
「痛≪つ≫ぅぅぅぅ~~~~~」
「えと……何を……やってるんだ?」
白魔術師が右こぶしを抑えて涙目になりながら俺を睨む。いや、そんな目で見られても……というか金属製の兜の上から殴るか普通?
「うるさいです!! さっきからぐちぐちぐだぐだいじいじと……そんな風に暗いままでいたらうまくいくものもうまくいきませんよ!!」
ビシィッと指を突きつける白魔術師。
「大体ですねぇ!! 自分の命を投げ捨ててでもってセリフ。私はとっても無責任だと思うんです!! あなたの命があなただけのものだとでも思ってるんですか!? 馬鹿言わないでください!! あなたの命はあなただけのものじゃない。これまであなたを育ててくれた全ての人々。それらの想いがシュリンガーという一個の命を形成しているんです! それをシュリンガーが勝手に捨てるなんて事、神が許してもこの私が許しません!!」
白魔術師の手が鎧越しに俺の胸へと当てられる。
「ほら、聞こえるでしょう? 命の鼓動が。この鼓動が動きを止めて悲しむ人がシュリンガーには居るんでしょう? シュリンガーを大事に思ってくれる人が居るんでしょう? 居ないだなんて言わせませんよ!! 少なくとも私が悲しみます! 私がシュリンガーを大事に思っています! あなたが死んで、この鼓動が動きを止めたら私はわんわん泣きわめいてやりますからね!?」
すでに涙目になっている白魔術師が愛おしいものを撫でるような手つきで俺の胸をゆっくりと撫でる。そこにある物を確認するように。
「人は……いえ、命ある生き物の全てが一生懸命生きていくべきなんです。その自分の鼓動を絶やさないように、懸命に最後まで生きていく。最後まで、生きるためにあがいて、あがいて、あがくべきなんです。なぜなら、失われた命は決して戻ってこないから。だからこそ、命は美しく、尊いんです」
「最後まで……生きるために……あがく?」
「ええ、そうです。ひぐっ……だから……だから……お願い……します。自分をもっと大切にしてください……最後まで生きるのを諦めないでください……」
白魔術師が俺の胸にその額を当て、静かに――泣いていた。
――泣いていた――
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