第5話 決死

「危険だな……やはり始末するか」



 勇者と黒魔術師。この二人をどうするべきか迷ったが、やはりこの場で始末することにした。

 勇者だけならばたいした脅威ではない。俺に敵意を向けているとはいっても、まだ俺とこの勇者の間には途方もないほどの差がある。


 問題は黒魔術師の方だ。

 現時点でもあの圧倒的な魔力量は危険だ。あの魔力が魔術という形をとって牙を剥けば、[ロアの鎧]を持つ俺でもタダでは済まないだろう。


 ならばここは見逃すか? いいや、あり得ない。


 放っておいても勇者の言いなりになっているあの黒魔術師はいつか必ず再び俺の敵として立ちはだかるだろう。そのとき、もし黒魔術師が自らの魔力を制御できるようになっていたら? 制御できていない今の状態で相対するよりも苦戦を強いられるだろう。そして俺が敗北すればその牙は魔王様にも向く。


 ならば答えは一つ――ここで災厄の芽を摘む!!


「シッ――」


 喚く勇者と、それをなだめようとしている黒魔術師。隙だらけだが油断はしない。すぐに終わらせる。黒魔術師の背後から寄り、その首を刈っ斬る。勇者は後回しだ。全神経を黒魔術師にだけ向ける。

 そう考えながら全速力で勇者と黒魔術師に向かって走る。



「シュリンガー!!」

「がっ!?」




 走ろうとする足を取られ、俺は惨めにその場に転んでしまう。

 全神経を黒魔術師に向けていた弊害だ。そして、俺の足を止めた奴は誰か……決まってる。それは――白魔術師だった。



「止めるな白魔術師! 俺はここであいつを殺す。あいつらは魔王様に害為す存在だ。ここで逃せば次は俺でも勝てるか分からない。邪魔をすればお前から切り刻むぞ!」


「シュリンガーにそんな事が出来るわけありません! 私は……いえ、私たちは分かり合えるはずです。人間と魔人。すべての人の平和のためにもっと話し合いを――」


「まだそんな事を言っているのか!? この状況で話し合いもクソもあるか!!」 


「シュリンガーこそなんでやりたくない事を進んでやろうとするんですか!? あなただって進んで人を傷つけたくないはずです! なのになんで思っている事と正反対の事をしようとするんですか!!」


「やりたいやりたくないの話じゃない! これは使命だ! 果たすべき使命を全うするかしないかの話だ! 俺は魔王様を守る。守り続ける! その為の障害は全て排除しなければならない! それが魔王様に対するせめてもの恩返しであり、俺の使命だ!」


「人を傷つけなければ果たせない使命なんてクソくらえです!! だいたい拳を向けられたからやり返すなんてやってたらどちらかが滅ぶまで争いはなくならないじゃないですか! そんなのはダメなんです!!」


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! めんっどくせえええええ!!」


 この期に及んで和平だ平和だ争いはダメだとどんだけ頭の中お花畑なんだこいつ!? ホント脳みその代わりにお花でも入ってんじゃねぇか!? 付き合ってられるか!!


 そうして白魔術師を振りほどこうとするが――



「――させない。マスターは私が守る」


「ぐっ――」

「きゃぁっ」



 再び黒魔術師から放たれる膨大な魔力の奔流。ただ、今度は先ほどまでとは少し違う。これは――


「死ねよ魔人がぁ!! カルシアを……カルシアを返せぇぇぇぇっあっがぁっ――」

「マスター……可哀そうに……マスターゆっくり休んで? 後は私が……る」


 ――制御されている。

 先ほどまでとは違って黒魔術師の魔力は暴走などせず、制御されていた。


「『さぁみんな遊びましょう?

   あなたが冷たくても醜くても私が遊んであげる。

    だから遊びましょう? ――壊れるまで♪』」



 黒魔術師が楽しそうに呪文らしきものを唱える。だが、こんな呪文はきいたことがないし、そもそも現代の魔術は呪文を必要としなかったはずだ。だとすればこれは俺が知らない未知の魔術?



「『ほら、あたたかな肉があなたを待っている。

   羨ましい? 妬ましい? 狂おしいほどに。

    さぁさぁ仲間を増やしましょう。そうすればきっと寂しくない』」


「おい白魔術師!! いったん距離を置くぞ!!」

「――はい!!」


 白魔術師が震えながらも立ち上がる。魔術師である彼女の方が魔術に関して理解があるぶん恐怖しているのかもしれない。

 ならば黒魔術師が何をしようとしているのか。同じ魔術師の白魔術師なら分かるかもしれない。それを聞こうとしたその時に――それは来た。



「『壊れるまで――壊し、味わいつくしなさい♪


        死骸の祭りコープス・フェスト』」


 呪文らしきものが終わったその瞬間――何かに足を掴まれた。



「なんっだこれ……」

「きゃああああああああっ」


「「「うぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」



 足元から湧き出てくる死体の山・山・山。

 人間・魔人・魔物・果ては動物まで多くの死体が何もない地面から浮き上がってくる。

 そしてそれだけではない。

 その死体たちは動き出したのだ。苦しそうな声を上げながら。

 俺の足を掴んだのは右目がえぐれ、左腕を欠損している魔人。その死体の右手だった。



「この地で死んだ者たちの死体を使役してるのか? ふんっ!!」


「あぎゃぁっ!!」


 相手は死体。何の躊躇もなくその右手を切断する。

 しかし――


「いだ……い……よぐも……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「さむい……さみしい……くらい……」

「にぐぅぅぅ……あったがい肉……よごぜぇぇぇぇ!!」


 両手足を失ってもその魔人の死体は動き続けていた。他の死体も同じように俺に群がろうとしている。


「ちぃっ! 邪魔だぁぁ!!」


 魔剣の性能に任せて群がる死体を斬り続ける。

 だが、効果はほとんどなかった。首を跳ね飛ばしても首なしの状態で向かってくるし、腕を切り落としても平気な顔でこちらに向かってくる。いや、それだけではない。


「シュリンガー……あれ……」

「うげ」


 白魔術師が指さす方向で見るに堪えない光景が描かれていた。

 ネズミなどの小さな動物が他の小さな動物たちと一体化していく。俺がさっき斬り飛ばした腕すらも吸収し、人間大の大きさになると苦しそうな雄たけびを上げてこちらに向かってくるのだ。


 キリがない。


「うぼぁぁぁ」

「うぎゅううう」

「きしゅるるるる」



 俺に向かって突進をやめない死体たち。



「ちぃっ」


 俺は剣を盾にして、一時的に突進を抑えようとする。だが、



「にぐぅぅぅぅ」

「あぎゃぐごぉぉ」

「だばばばらがああ」


 死体たちは俺など眼中にないかのように横を通り過ぎていった。

 そしてその先には――



「きゃあああっ」



 戦闘能力がない白魔術師が居た。



「なっ!?」


 馬鹿な。

 この死体たちはあの黒魔術師が支配している物のはずだ。おそらく死霊術に類する何か。あの圧倒的な魔力量がなし得た魔術。死した者たちを使役する魔術なんて聞いたこともないがあれほどの魔力で練られた魔術だ。それくらいの事は出来るのだろう。


 その魔術を使って黒魔術師は敵である俺を排除しようとしていたはずだ。なのになぜ味方の白魔術師めがけて死体たちは群がろうとしているんだ?

  


「シュリンガー……」


 白魔術師が俺の名を呼ぶ。

 俺の目に映るのは白魔術師に今まさに襲い掛からんとしている死体たちの汚い手。腐りきった口。


 その光景を見て俺は――



「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! こんの未練たらたらの死体どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! その汚い手でカルシアに触れるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 ――頭にきて、気づいたら剣を振るっていた。


「「「うぼぉぁぁぁぁぁぁぁ」」」



 胴体真っ二つになり半活動停止状態になる死体たち。だが、その状態でもやはり立ち上がろうとしてくる。立ち上がれない死体はほかの死体と合体して無理やりにでも立ち上がろうとしてくる。



「行くぞ!!!」

「え? あ、はい」


 俺は白魔術師の手を取り、この場から撤退する。幸い、死体共の歩みは遅い。ノロノロと歩いてくるだけなので逃げるだけならば容易だ。




 そうして俺は白魔術師を連れ、当てもなく逃げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る