第4話 暴走
次の日、白魔術師は勇者と黒魔術師と共に来た。
「シュリンガーシュリンガー!! 勇者様も和平に協力すると言って下さいましたよ! どうですか? なんとかなるものでしょう?」
白魔術師がない胸を張って自慢げにしている。
「……今、失礼な事考えてませんでした?」
「気のせいだ」
こいつ……女は勘が鋭いと本で読んだが、あながち嘘ではないのかもしれない。
まぁそれは置いておいてだ。
「白魔術師はこう言っているが……本当にいいのか? 勇者」
「もちろんさ! 平和になるのなら別に無理して魔王を討つ必要はないしね。全面的に協力させてもらうよ」
と、さわやかな笑顔で言う。
「色々あったけど、これからは仲間だ。これからもよろしくな! シュリンガー」
そうして勇者は俺へと手を差し出す。
「……あ、ああ。その……なんだ。本当にいいのか? 勇者。お前は俺に対して怒りや恐れを感じていないのか? それだけの事が俺とお前の間にはあったと思うんだが……」
俺は前の戦いのとき、勇者の腕をぶった斬った。
自分に危害を加えた相手に対して仲良くしようだなんて本当に思えるのか? たとえ誰が何と言おうと怒りや恐れが出てくるはずじゃないのか? そう思わずにはいられない。だからこそ、勇者の『これからは仲間だ』という言葉に違和感を感じざるを得ない。
「はは、何を言ってるんだシュリンガー。あれは俺が悪かったんだよ。俺はカルシアを通じてそちら側の事情を聞いた。お前たち……いや、魔人たちは悪しき存在じゃない。それなのに根絶やしにしようなんて思って行動してた俺が悪かったんだ。これからは俺とお前。そう――みんな手と手を取り合って生きていくんだ!!」
勇者はそう言って改めて俺に向かって手を差し出してくる。
勇者の目を見る――そして俺は――
「ああ、わかったよ。これからよろしくな」
勇者の手を取る。
「ああ、よろしくな!! そして――」
勇者は満面の笑みを浮かべ、
「――さようなら」
そう言って勇者は俺の手を強く引く。当然いきなりそんな事をされた俺はバランスを崩す。その隙に勇者は俺の背後へと回り、[ヴィネの魔剣]へと手を伸ばす。
そうして勇者は俺の[ヴィネの魔剣]を奪い、用は済んだとでも言わんばかりに俺を蹴飛ばした。
「っとと」
勇者に蹴飛ばされた俺は、その力の流れに逆らわず、転がるようにして勇者から離れた。
「お前――――」
「魔王との和平? ふざけるな!! そんな申し出を受け入れることなんて出来る訳がないだろう!? お前たち魔人は今まで多くの人間を殺してきた!! 魔人に操られた魔物に多くの人間が襲われた!! そんな相手を受け入れろと? ふざけているのか!?」
本性を現した勇者。しかも、今の話から察するに未だに魔物は魔人が操っている物なのだと考えているらしい。
「……おい、この頑固勇者。お前は白魔術師から話を聞いたんじゃなかったのか? 魔物は魔人が操っている訳じゃないというのを知らないのか?」
無駄だとは思いつつも念のため、確認してみる。しかし――
「そんなデタラメ、俺は信じない! カルシアは騙されているんだ! お前が洗脳でもしたんだろう? 昨日、あれだけ俺が言ったのに……あのカルシアが俺よりお前を信じているなんて……そんな事ある訳がない!!! お前が何か汚い手を使ってカルシアを洗脳したんだ! そうに決まってる!」
「勇者様! 違います! 私は騙されてなんていません! シュリンガーは――」
「ああ、カルシア……可哀そうに。あいつに操られているから本当の事が言えないんだね? でも大丈夫。あいつの武器は奪った。武器の性能差さえなければ、俺があんな奴に負ける訳がない。そして、あいつを倒せばきっとカルシアにかけられている洗脳だって解けるはずさ。それまで待っていてくれ」
「勇者様!!」
白魔術師の言葉に耳を傾けようとしない勇者。白魔術師が俺に操られている。あいつの中ではそういう事になっているらしい。
「カルシアを使って俺たちを罠にはめようとしていたんだろうが当てが外れたな! 騙されている振りをしてお前の油断を誘うのが俺の狙いだったのさ! そうして今、お前の持っていた最強の剣は僕の手の中にある! この魔剣で魔王を打ち負かしてやる!! ありがたく思うんだな!!」
そう言って勇者は[ヴィネの魔剣]を掲げ、言う。
「お前の持っている[ロアの鎧]はどんな攻撃も通さないんだったか? それをこの何でも斬れるっていう魔剣で斬りつけたらどうなるのかなぁ? まぁいい。剣を失ったお前はただ固いだけの存在だ! それなら色々とやりようはある。まぁ、まずはこの剣の試し斬りといこうか!!」
そう言って魔剣を俺めがけて振り下ろす勇者。
勝利を確信した目。ああ、まったくもう――
「残念だ……」
次の瞬間――
「ぐっひぎっ、ぎゃ、かはあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺に斬りかかろうとしていた勇者が突然、剣を握りしめたままその場に崩れ落ちた。
「勇者様!?」
「マスター!?」
突然倒れた勇者の元に駆け寄る白魔術師と黒魔術師。だが――
「邪魔だ!!」
俺はその二人を押しのけ、腰からサバイバル用に携帯していたナイフを取り出す。
「ぎひっ、やめっ、はいっくる……なぁっ!!!」
「クソッ、進行が早いな。勇者ならもっときばれよクソが。ったく、仕方ない。恨むなよ? 勇者」
そう言って俺は勇者の両腕を切断した。
「シュリンガー!? 一体何を!?」
「マスター!! こんのっお前ぇぇぇっ」
白魔術師はいきなり凶行に及んだ俺に対してただ驚くだけだった。だが、黒魔術師の方は怒りの声を上げて俺に殴りかかってきた。
「なっ!?」
「え?」
その瞬間――黒魔術師から放たれる圧倒的な魔力の奔流。
今まで俺が感じたものとは別種の魔力が黒魔術師を中心にグルグルと渦巻いていた。ただ、形を成さない魔力の渦。これが魔術として組みあがり、標的を定めて発射されたのならばどれほどの被害をもたらすのか。想像もつかない。
ただ、幸いなことに黒魔術師はその魔力をただ垂れ流すばかりで魔術として使おうとしなかった。ただ、子供のように俺にその拳を叩きつけてくるだけだった。
その拍子に、黒魔術師の顔が露わになる。
怖いほどの美少女だった。
銀と金の両眼で俺を睨む女の子。白すぎる肌、腰まで伸びた銀髪。この世の者とは思えない美しさだった。
全体的に細い体。人形を思わせるくらいに作り物めいた体躯。どこか幻想的で、しかし危なげな印象を見る者に与える。
黒魔術師の姿はそんな印象を俺に抱かせた。
「よくもっ! あぁっ!! ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そうして俺が固まっている間、黒魔術師は俺を殴り続けていた。しかし、衝撃はその体躯から想像できる範疇のもの。いうなれば、子供のパンチ程度の衝撃でしかなかった。
しかも、俺の持つ[ロアの鎧]の上から殴り続けている。俺よりも黒魔術師の拳の方がダメージを受けている現状だ。現に、黒魔術師のの白く小さな手が今や彼女自身の血によって赤く染まっている。
「――っと。勘違いするな!! 俺は勇者の命を助けたんだ! おい白魔術師! さっさとその勇者を治療してやれ」
俺は黒魔術師の拳を手で押さえ、白魔術師に指示を出す。
「は、はい!!」
白魔術師は俺の言った通り、勇者の元へ向かいその傷を癒し始めた。
「離せっ!! 離せはなせハナセ離せはなせぇぇェェぇぇぇ!!!」
逆に、全くいう事を聞かず暴れまわろうとする黒魔術師。
絵ずらだけ見れば子供を難なく抑えている俺と言う図だがとんでもない。黒魔術師から流れ出ている魔力の量は異常だ。今はただ垂れ流されているだけだから問題はないが、魔術と言う形を持って暴走でもすればここに居る全員、骨も残らず消し飛ぶだろう。[ロアの鎧]を着ている俺はもしかしたら生き残れるかもしれないが、そんな保証はどこにもない。
「聞け! 黒魔術師! 勇者が俺から奪った[ヴィネの魔剣]。あれは持ってるだけで持ち主の精神を犯そうとする呪われた魔剣なんだよ!! 精神を魔剣に喰われれば最後。元の人格なんて残りゃしねえ。あのまま放っておいたら勇者の人格は魔剣に喰われてた。俺は勇者を救う為、無理やりにでもあの魔剣を引きはがす必要があったんだよ!」
「なら、腕を切断する必要なんてなかったはずっ!! 嘘だ嘘だ嘘だ! マスター言ってた。お前は嘘つき。人類の敵。私とマスターの敵! ユルサナイ!! お前の言ってること全部嘘ばっかり!!」
「これを見ろ!!」
聞き分けのない黒魔術師に、俺はさきほど勇者から無理やり引きはがした[ヴィネの魔剣]を見せつける。
[ヴィネの魔剣]は毒々しく脈動していた。その柄からは触手のようなものが何本も伸びており、そのすべてが俺の腕と繋がり、一体化していた。
「ひっっ」
黒魔術師は引きつった声と共に後ずさり、その場にペタンと尻もちをついた。――と同時に、黒魔術師から放たれていた膨大な魔力の波がピタッと止まった。
「持ち主が俺から勇者へ、勇者から俺へと移ったからな。持ち主が変わった瞬間、こいつは持ち主の精神を喰らいつくそうとこうやって喰いついてくるんだよ。[ヴィネの魔剣]には今までの担い手の精神の一部が眠っている。それを一気に流し込まれ、自分を失ったらそいつは[ヴィネの魔剣]に操られる木偶と化す。だからこいつを使いこなすには『確固たる自分』ってやつがなければ話にならない。誰に何を言われようが構うか!! っていう強い自己性が必要なんだよ。まぁ、そう言う意味じゃたくさんの人類の声に耳を傾けるべき勇者とは相性が悪いかもな」
これは[ヴィネの魔剣]だけではなく、[ロアの鎧]にも言える事だ。
この魔剣と鎧はとある魔人からのプレゼントだ。もっとも、その魔人は魔王様がもっとも気を許している相手である俺を暴れさせて、魔王様の力を削ぐのが狙いだったみたいだが……。
まぁ偶然とはいえ俺はこの魔剣と鎧の支配から逃れ、強大な力を得ることができたんだ。そこだけはあの魔人に感謝してやってもいいかもしれない。もちろん、魔王様に弓を引こうとしたのだけは許せないし、その魔人はとっくにくたばっているわけだが。
「嘘だ……僕は……俺は……私は……正義の……魔王様の……みんなの……ため……」
「マスター!!」
勇者がうわごとのように何かを呟いている。[ヴィネの魔剣]に精神をやられた者は自己を失い、自分が誰かも分からないまま生きていくことになるという。まぁ強引にだったが、途中で[ヴィネの魔剣]の精神汚染は切ったはずだし、時間の経過と共の自己を取り戻せるだろう……多分。
「勇者様? 大丈夫ですか?」
白魔術師が勇者の治癒をしながらそう尋ねる。もっとも、治癒とは言っても既に勇者の両腕はくっついており、見た目では完全回復している訳だが。
「カルシア? カルシア……なのか?」
勇者の瞳に光が戻る。
「ええ、ええ! そうです! 私です! カルシア・バーベバンズです! 勇者様!!」
必死に白魔術師が勇者へと呼びかける。
「ああ、そうか……俺は……欲しくて……だから……」
「勇者様?」
「カルシア――」
「え?」
勇者はおもむろにその手を白魔術師の頬に添え、近づいていく。
二人の距離が近づいていく。
そして――
「いやっ!」
白魔術師は、勇者を突き飛ばして拒絶した。
「カルシア?」
不思議そうな顔で白魔術師を見る勇者。
そんな中、白魔術師は俺の元まで戻ってくると俺の背中に隠れてしまった。
そうして勇者と目が合う。
ボーっとした顔で俺と目を合わせる勇者。しかし、変化はすぐだった。
「お前……お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! お前がカルシアを! 俺のカルシアをたぶらかした盗人がぁぁぁぁぁ!! この腐れ魔人がぁ!! お前のような人外が居るから争いが絶えないんだ!! お前さえいなければカルシアは俺の……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 死ねぇ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
精神肉体共にボロボロの勇者はその場から動けないまま。殺気と呪詛の言葉を浴びせてくる。さらに自分の状態も把握できないのか、その状態で勇者はこちらにミノムシのように這いながら徐々に向かってくる。
「勇者様! 聞いてください! 私は――」
「無駄だ白魔術師。あの状態じゃ誰が何を言おうと聞く耳持たない。いっそ楽にしてやったほうがいいかもしれないが……あいつがどう動くかだな」
そう言って俺は視線を黒魔術師へと向ける。
「マスター!! 暴れないで! 心身ともにマスター傷ついてる。今は休んで――」
「うるさい! 黙れヴァレン!! 道具がこの俺に意見するんじゃない!!」
「でも――」
「うるさいって言ってるだろぉぉぉ!!」
「マスター……」
勇者の身を案じる黒魔術師。ひどい扱いを受けているが勇者から彼女は離れようとしない。彼女にとって勇者はよほど大切な存在なのだろう。
今、勇者を傷つけようとすればあの黒魔術師が黙ってはいないだろう。あの黒魔術師の魔力量は異常だ。一種の災害とさえ言える。
さて――どうするか。
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