第2話 白魔術師がやってきた
――カンカンカンカンカンカンカンカン――
「ん、うぅん?」
うるさいサイレンの音で俺は目を覚ます。なんだ? 昼間の勇者たちがまた来たのか? こんな夜遅くに……夜襲ならばうまく行くという浅知恵か?
まあいい、俺は追い払うだけだ。そう思い、俺は城を出る。
城のたいまつが灯す光だけが闇を照らしている。
「さて」
周囲を見渡す。夜襲ならば闇に紛れて仕掛けてくるはずだが……。まぁ城の警報が鳴っている事は向こうも気づいているんだ。もしかしたら既に敵は引き返しているかもしれない。そう思いながらも軽く周囲を見て回っていると――城の正門前に昼間に見た白魔術師の姿があった。
なんだ? 勇者たち抜きで一人で来たのか?
白魔術師の真意を確かめる為、俺は白魔術師の前へと姿を現し、問う。
「貴様一人で何の用だ? 仲間はどうした? 暗闇に潜ませて俺の隙でも伺っているのか?」
「来てくれると思ってました」
「なに?」
「あなたに聞きたいことがあるのです」
「聞きたいことだと?」
「ええ。それが私がここに来た理由。ちなみに勇者様やヴァレンさんとは別行動です。みんなはここから少し離れた町に居ます。特に勇者様には静養が必要ですしね」
「その言葉を俺が信じるとでも?」
「信じるも信じないもあなたの自由です。仮に私が真実だと訴えても意味はないでしょう?」
「まあ……そうだな」
向かい合っている敵に『信じてください!』 と言われて信じる奴なんて居ないだろう。居るとすれば相当なお人よしか馬鹿だ。
「それで、一人で何をしに来た? まさか一人で俺を退けようというのか?」
「いいえ、さっきも言った通り、あなたに聞きたいことがあるのです」
戦闘の意思が無いことを示す為か……魔術師はローブの頭部分を脱いで、両手を広げて無抵抗であることを示してきた。
俺の目に最初に映ったのは鮮やかなピンク色の短髪だ。整った顔立ちの少女。美人と言うよりは可愛いといった表現が似合うだろう。
少女はその深緑の瞳を俺に向け、口を開いた。
「あなたは人間ですよね? 何故魔王に与しているのですか?」
「なっ!?」
なぜそれを!?
「何故分かったのか? ですか? これでも私は白魔術師。生気の流れを感じることが出来るのです。魔人、魔物、人間。それぞれ生気には特徴があります。そして、あなたからは人間の生気を感じる。その鎧と剣で多少分かりづらくなっていますが中のあなたからは確かに人間の生気を感じます」
女魔術師は言葉を続ける。
「魔王の配下に人間が居るなんて……何故ですか? それだけの力がありながら何故人間の為に動こうとはしないのですか? 私はそれが気になってここまで来ました」
……なるほど。
魔王、魔人はすべからく人間の敵。ニンゲンはニンゲンの為に力を使うべきだ。そういう理屈の上でこの女は話している。
――――気にくわない。
「俺は……幼少の頃、魔王様に拾われた。あまりよく覚えていないが親に捨てられて町の外を彷徨っていたそうだ」
「そんな……町の外なんていつ魔物が襲ってくるのか分からないのに……」
「こんな争いばっかりしてる世の中だ。そういう事もあるんだろう。まあ俺は感謝しているがな。そのおかげで魔王様と出会えた。魔王様には感謝しているんだ。暇な時間を見つけては子供の俺と遊んでくださったし、色々な事を教えてくれた。何より、俺を息子のように思ってくださっている。だからこそ、俺は魔王様の為に剣を振るうんだ」
「魔王が……人間とそのような……」
女魔術師は信じられないのか……そんなつぶやきが聞こえた。
「そんなに驚くことか? 魔王様は寛大だ。本当はニンゲンとの争いもしたくないと思っていらっしゃる。そもそも、事の始まりは貴様らニンゲンが魔人を襲ってきたことだぞ!!!」
「そ……そんな!? 信じられません。魔王がニンゲンとの争いを望んでいない? ならばなぜ魔王は自ら魔物を造り出して自分の領地を広げているのですか!? これが人間と争いたくないと言っている者の行いですか!?」
「本当にニンゲンというのは無知だな……では聞くが、お前は魔王様、もしくは魔人が魔物を造り出しているところを見たのか? 少なくとも長い間魔王様と過ごした俺は見ていない。魔物は魔人たちを襲わないというだけで魔王様や魔人たちが作り出したものではない。なんでもかんでも理由が欲しいのは分からんでもないがな」
「そ……そんな……」
女魔導士がうつむく。そんなにショックだったのか? 肩を震わせている。
「――――で……では魔王は人間と敵対する意思はないということですよね?」
「ああ、その通りだ。俺もその魔王様の意思を尊重して可能な限りニンゲンを殺してはいない」
「では和解もできるのでは??」
「は? 和解??」
女魔導士はキラキラした目でこちらを見つめている。
あれぇ? ショックを受けているようにはとても思えないぞ? むしろ喜んでいるような……。
そのまま女魔導士はこちらにズンズン向かってくる。
「暗黒騎士さんも魔王さんと同じで人間と敵対なんてしたくないんですよね!?」
気づけばすぐ近くに女魔導士が来ていた。
「え……あ……いや……俺は魔王様の意思を尊重しているだけで……」
「敵対なんてしたくないんですよね!?」
「いや……だから……」
「敵対なんてしたくないんですよね!?」
「あ、ああ」
あれぇ、どういう事だ?
さっきまでのこいつはただオドオドしてるだけの小娘だったぞ?
なのになんだ? この強引さは? 思わず頷かされてしまったぞ。
「私は争いが嫌い……白魔術師になったのは争いで傷ついた者を癒すためというのもありますが、本当は誰かを殺すなんてことを自分がしたくないと思っての事です。魔王は人間の事を滅ぼそうとしている。そう思っていたので敵対は致し方ないと思っていたのですが――ああ、まさか魔王が人間と仲良くしたいと思っていたなんて!!!」
はしゃいだ様子で一人で盛り上がっている白魔術師。
というか俺、魔王様がニンゲンと仲良くしたがってるなんて言ったか? ニンゲンとの争いを望んでいないとしか言っていないような……。
「あ! ご紹介が遅れました!! 私白魔導士のカルシア・バーベバンズと申します! あなたは?」
「え? ああ、暗黒騎士だ」
「そうではなくて!! 人間としての名前はないんですか? 暗黒騎士は役職名みたいなものでしょう?」
役職名て……まあいいが……。
「シュリンガー・エレクトだ」
「シュリンガーさんですね! 分かりました! 私の事はカルシアとお呼び下さい!」
「ああ。分かった。白魔術師」
「分かってないですよね!?」
全力で突っ込みを入れる白魔術師。その様子がおかしくて思わず笑みがこぼれる。
「あっ!!!」
「うん? どうした? 何かあったのか?」
「今笑った! 笑いましたね! 笑えるじゃないですか!!」
「い、いや、笑ってなんかないぞ??」
「嘘です! 今少し笑ってました! もっともっと笑いましょう!シュリンガーさんにはそちらの方が似合ってます!!」
「いやお前、似合う似合わないって……そもそも俺の顔は兜で隠れてるんだぞ!? 笑ったかどうかなんて分かるはずねぇだろ!?」
「じゃあその兜脱ぎましょう!! 脱いでください!!」
「いやだよ。俺、お前に気を許してないしな。脱いだ後攻撃されたらたまったもんじゃない」
「大丈夫です!! 私白魔導士ですよ! 攻撃力なんてないです!! 0です!!」
「胸を張って言う事じゃないだろ!?」
そう言って俺は白魔導士の手から逃れる。
「もー、ケチンボですね……絶対脱がせますからね! 覚悟しててください!」
「変な意味にしか聞こえるからやめろぉ!!」
少なくとも年頃の娘が言うセリフじゃない。まぁ本人は無自覚のようだが。
「まぁ仕方ありません。シュリンガーさんの笑顔を見るのはまたの機会という事で――さっそく作戦会議を始めましょうか!!」
「作戦会議? 何の?」
「もちろん魔王、魔人、人間の和平についてです!! さあさあ、何か案はないですか?」
「は? ちょっと待て! まさか俺も考えるのか!!??」
「当然です!! シュリンガーは既に人間の身で魔王、魔人たちと仲良くしてるじゃないですか!! それに人間ともあまり争いたくないって思ってくれてますし。あなたが和平の架け橋になるんですからね!! 分かってるんですか!?」
「分かってねえよ!?」
「分かって下さい」
「無茶苦茶だぁ!!」
「とにかくっ! どうしたらシュリンガーみたいに私たちニンゲンは魔族や魔王と仲良く出来るでしょうか? 教えてください!!」
「俺頼りかよ……っていうか俺も魔人たちにはあまりよく思われてないぞ?」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。考えてもみろ? 俺たち魔人サイドはニンゲンと争ってるんだぞ? その争い相手と同じ奴に好感なんて抱けないだろ?」
「よくわからないです……」
「じゃあ逆にお前らの国に魔人が住んでたらどう思う?」
「仲良くなりたいと思います!!」
即答だった……。
「ああ……わかった……お前には理解できないだろうッていう事がよく分かった……」
「なんですか! 人を馬鹿みたいに」
だって実際馬鹿じゃん……もうちょっと想像力働かせろよ……。
「っとと。もう夜が明けますね。まだまだ話したりないですけど……私は街に戻ることにします」
白魔術師の言う通り、外はもう明るくなり始めていた。
「また明日、同じくらいの時間に来るのでよろしくお願いします!!」
「明日も来るのかよ……」
「もちろんです!! では明日もよろしくお願いしますね」
そう言い残し、白魔術師は去っていった。
「はぁ……なんなんだよ全く……」
そう言って俺は城へと戻った。
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