第333話 カイエの理由


 この二週間の間。カイエは神の化身と魔神たちを訪ねる事と並行して――こちら側の世界に残された遺跡を探索した。


 目的は遺跡に残された『世界を創り出した者たち』の情報を得るためではなく。イグレドを操った者の痕跡を確かめるためだ。


 イグレドを操るために使ったのは失われた魔法ロストマジック――より正確に言えば、魔法の原理を理解した上で再構築したオリジナル魔法マジックだ。


 魔法の原理に関する知識は、二つの世界から失われており。知識を得るためには、『世界を創り出した者たち』の記録を探すしかない。


 しかし、カイエたちの世界には、もはや記録は残っていない――他ならぬカイエ自身が、千年前に『世界の果て』で記録を全て回収してしまったからだ。


 だから、イグレドを操った者が、こちらの世界で『世界を創り出した者たち』の記録を探し出した可能性は高い。カイエはシャーロンたち『深淵の学派』から情報を聞き出して、記録が残っている可能性がある遺跡に目星を付けた。


 シャーロンたちが遺跡の場所を知っていたのに、記録を発見できなかったのは――多重の最高位魔法によって、巧妙に隠されていたからだ。


 壁も床も天井も滑らかな金属で造られたドーム状の空間。仄かな魔法の光に照らされた場所に、カイエは辿り付く。


 そこが『世界を創り出した者たち』の記録が保管された場所である事は、『世界の果て』ほ知っているカイエにはすぐに解ったが……すでに『記録』は残っていなかった。


「まあ……当然、回収するよな」


 予想通りの結果だから、落胆する事もなく。むしろ、誰かが辿り付いた証拠だから、文句を言うつもりはないが。


 カイエの目的はこれ・・だけではなく―――魔力解析を発動する。


「やっぱりな……世界を創った奴らは、ホント性格が悪いよな」


 認識阻害で隠されていた空間の歪みと多重結界――カイエが通ら抜けた先は、先ほどと瓜二つの空間で。銀色の小さな円盤のような形の記録媒体メディアによって、『世界を創り出した者たち』の記録が大量に残されていた。


「オリジナル魔法マジックを創ったくらいだからさ、さっきの部屋もダミーって訳じゃなくて。魔法の原理に関する記録は残ってたんだろうけど……」


 カイエは魔力を発動して、記録媒体メディアの中身を確認する――そこに残されているのは、『世界を創り出した者たち』のあらゆる知識の記録で……神の化身と魔神の正体や、世界の成り立ちに関する情報まであった。


 カイエは『世界の果て』で同じモノ見つけているが――『世界を創り出した者たち』が本当隠したかったモノは……いや、本当に見つけ出して欲しかったモノは、こっちの方だろう。


「まあ。イグレドを操った奴が、どこまで知ってるかは解ったからな……」


 漆黒の瞳で見えない相手を見据えて、カイエは面白がるように笑う。


 これまでの手口と、残されていた痕跡……カイエは、イグレドを操った者の人格を理解した。


※ ※ ※ ※


「ぬかせ……カイエ! 貴様の戯言など、俺は聞く耳など持たぬわ!」


 『激震の神の化身』ダルジオが渾身の魔力を込めて、神器である『破滅の大槍ダルグレン』を振り下ろすが――カイエは漆黒の大剣で受け止める。


 その隙を突いて、左右から『竜巻の神の化身』ゼガンの疾風の大剣と、『憤怒の魔神』ボルドの硬化した拳が迫るが……カイエは『破滅の大槍』を弾いて、返した二本の大剣で神の化身と魔神の渾身の一撃をも受け止めた。


「おまえらさ……精神支配を解除しても良いけど、支配されてた方が強いんだよな? だったら……このままの状態で仕留めてやるよ」


 三対一という不利な状況でも、カイエが余裕を失う事などない。続けざまに襲い掛かって来る人外の存在が放つ必殺の一撃を、カイエは受け止め、或いは躱しながら、面白がるような笑みを浮かべる。


「カイエ、貴様は……この状況が解っていないようだな!」


 『激震の神の化身』ダルジオが苛立ち紛れに叫んで、神器である『破滅の大槍ダルグレン』を振り下ろす――神器とは『』すら殺す事が出来る武器と言われているが。それがあながち間違いではない事を、カイエは知っている。


 二つの世界の『』の定義は、世界を構成する魔力そのもの・・・・・・であり。神器には魔力を消失させる機能・・があるのだ。


 だから、『混沌の魔力』ですら神器を飲み込むことは出来ない――しかし、それだけの話だ。


「ダルジオ、おまえさ……勘違いしているのは、おまえの方だって」


 カイエは『破滅の大槍ダルグレン』の一撃を躱すと、『混沌の魔力』を具現化した漆黒の大剣でダルジオの肩を抉り取る。


「…………!」


 ダルジオは呻き声を上げるのを堪えながら、すぐに肩を再生させるが。『激震の髪の化身』が制御出来る魔力・・・・・・・の何割かが、今の一撃で失われた。


 それでも、ダルジオはオーバーフローを起こしながら、限界を超えた魔力を強引に行使する――精神体が壊れていく事など、一切構わずに。


 カイエは三体の人外と戦いながら。首都ギュリオラの郊外で狂った偽神デミフィーンドと戦っているローズたちの状況を正確に把握していた。


 ローズたち六人と、十二体の偽神デミフィーンドの魔力の動き――リミッターの外れた偽神デミフィーンドの魔力は、制約を課した状態の神の化身や魔神の数十倍というところだろう。


 それでも、本来の力を取り戻した神の化身や魔神には遠く及ばないが……それが十二体では、今のローズたちでも仕留めるのは容易ではない。


 しかし、足止めする事なら出来るし。時間さえ掛ければ、狂った偽神デミフィーンドは勝手に崩壊する。そして、何よりも肝心なのは……ローズたちの実力なら、偽神デミフィーンドに殺される事などないという事だ。


 もっと確実な方法は、カイエが先に狂った偽神デミフィーンドを始末してしまう事だが――この状況が意図的に作られた・・・・・・・・事は解っていたから。カイエはダルジオたちの相手に徹する。


「なあ、ダルジオ……精神体が完全に崩壊したら、神の化身のおまえでも二度と復活出来ないだろ。そこまでして、俺を殺したいのか?」


 『竜巻の神の化身』ゼガンと『憤怒の魔神』ボルドの攻撃を躱しながら、カイエは揶揄からかうように笑う。


「当然であろう……カイエ、貴様さえ存在しなければ。我らが千年前に肉体を失うことはなかった!」


 神の化身と魔神たちが、人族と魔族を駒に使った遊戯ゲーム――彼らは互いに争っていたが、互いを殺すほど憎み合っていた訳ではない。


 そのバランスを崩壊させたのは、紛れもなくカイエだ――


 人族と魔族の混じり者ハーフに過ぎなかったカイエは、神の化身と魔神の支配に疑問を持って牙を剥いた。その結果、一度殺されて……エレノアによって復活して、魔神の力を手に入れた。


 そして、勃発した神の化身と魔神同士の争い――当初、敵はエレノアとアルジャルス、そしてカイエの三人に過ぎなかったが。カイエたちとの戦いの中で疑心案偽が生まれて……全ての神の化身と魔神が互いに殺し合う事になったのだ。


「俺が引き金を引いたって事は認めるけどさ……」


 憎悪の視線を向けるダルジオに――カイエは悪びれもせずに応える。


「だけど、おまえたちだって、人族や魔族なら幾ら殺しても構わないと思っていたよな……だがら、俺は今でも当然の事をしたって思ってるよ」


 世界を滅ぼし掛けた事については後悔しているが――神の化身と魔神たちを殺した事については、カイエは一切後悔などしていなかった。

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